第三話 同盟
ジルギスタン王国とコートワール公国の国境は大混乱に陥っておりました。公国で出された触れがどこかでねじ曲がり、期限内に立ち去らなかった王国民は捕らえられ、処刑されるというデマが飛び交っていたからです。
また、禁止された商人の商材持ち出しについては、一般市民を装って商材ごと出国しようとする者が後を絶たず、次々に捕らえられていく様子もデマに拍車をかけていたのです。
さらに不可侵条約破棄により政情が不安定になるとの見通しから、公国への移住を求める王国民が日に日に増えておりました。
ただ、我が国は彼らの移住を認めていなかったため、お陰でマルール河の対岸は大騒ぎとなっていたのです。
「検問所が混乱しているせいで、王国からの使者も来なくなりましたわね」
「旦那様が、たとえ使者と言えども特別扱いを禁じたそうですから」
私に美味しいお茶を淹れてくれるのは、専属メイドのカーラです。彼女の家系は代々我が大公家に仕えており、母親はメイド長を勤めております。
加えて父親は
ところであの不遜な態度で王国に追い返されたザンドルの後も、性懲りもなくジルギスタン王国からは何人もの使者がやってきておりました。ですが伝えられるのは婚約破棄の取り消しと、断交の再考を求める話ばかり。
謝罪などはその誰からも一言もありませんでした。
王国がいかに焦っているか丸分かりです。
最後に来たのは何とかという侯爵本人でしたわね。私への面会を希望されていたようですが、父上さまににべもなく断られておりました。
他にはこちらにつきたいという貴族家もいくつか。爵位はそのままでなどと、なんて恥知らずな方たちでしょう。もちろん国を売るような輩を父上さまが受け入れるはずはありません。
そしてジルギスタン王国とコートワール公国の国交は、完全に閉ざされたというわけです。
◆◇◆◇
「なんということをしてくれたのだ!」
ジルギスタン王国国王ユグノレストは、勝手に公国公女シャネリアとの婚約を破棄したジュクロア王子を激しく叱責した。子爵令嬢の色香に惑わされ国を窮地に陥れた罪は、たとえ第一王子であっても許されることではない。
かと言って王位を第二王子のエリックに譲るのは心許なさすぎた。彼に付き従うのは王国でも特に強硬派と呼ばれる貴族たちだったからだ。王国を手中にした
連合王国相手ならば悪くても痛み分け、空軍を持たない相手によもや敗戦はあり得ないだろう。しかし公国には今や千のワイバーン騎兵隊と、十一騎の黒竜もいる。その上、兵の練度も高い。
やり合えば十中八九どころではなく、百パーセント勝ち目はないのだ。
さらに戦で疲弊すれば、帝国や聖教皇国がここぞとばかりに挙兵する可能性もある。今はどういうわけか、両国に対して公国が牽制したため表立った動きは見られないが、虎視眈々と機会を窺っているのは明らかだった。
むろん王国には、彼らに抗うだけの戦力はない。となればどちらにつくべきか、慎重に考え決断しなければならないだろう。
「あの忌々しいシャネリアめ。婚約破棄を解消してやると送った使者を追い返すとは」
「バカ者! 身の程を
「しかし父上……」
「陛下と呼べ! この愚か者!」
「へ、陛下。我がジルギスタン家は王族ですよ?」
「その我々王族がこれまで生きながらえてきたのは、不可侵条約を結んだコートワール公国に黒竜がいたからだ! あそこに逆らってはならんと何度も教えたではないか!」
公国との国交が閉ざされた今、民衆の不安は頂点に達しようとしていた。いつ暴動が起こってもおかしくない情勢だ。
それを煽っているのはエリック王子派の貴族たちである。表向きは尻尾を見せていないが、影で糸を引いているのは間違いなかった。
「
「コドリーか、許す。申してみよ」
コドリー・エイカー。ジルギスタン王国
「ここは聖教皇国と同盟を結ぶべきかと」
「
「はい。ベッケンハイム帝国には属領となることを求められますが、モートハム聖教皇国なら正式にモートハム教を国教として認めると言えば済みます。
さらに新たな教会を建設すると持ちかければ、同盟締結を断ることはないでしょう。帝国よりははるかに
「うむ。
「ではすぐに使者を立てましょう」
聖教皇国と同盟関係を築ければ、万が一帝国や連合王国から侵攻を受けても援軍を要請出来る。聖教皇国の魔法部隊は、地上にあって唯一ワイバーン騎兵と互角に戦える戦力なのだ。
さすがに黒竜相手では無力と言うほかはないが、黒竜はコートワール公国にしかいない。つまり公国と戦を交えない限り最強の戦力と言えるだろう。
問題はいざ侵攻を受けた時、援軍到着までどの程度の時間がかかるかというところだが。
「いっそ魔法部隊を駐留させてもよいな」
「父上……陛下、他国の軍を駐留させるのですか!?」
「我が王国を護るためだ。全く、誰のせいでこうなったと思っておる!」
「それもこれも、あの女が……!」
「バカ者め! ジュクロアよ、お前は沙汰があるまで謹慎せよ」
「へ、陛下、それは……」
「あのアンリとか申す子爵の娘とも会うことはならん!」
一国の王子と言えども王命には逆らえない。彼はがっくりと肩を落とし、執務室を出ていった。
「陛下も苦労が絶えませんな」
「コドリー、聖教皇国との同盟、頼んだぞ」
「はっ!」
しかしそれから数日後、聖教皇国に向かった使者は真っ青な表情で帰国するのだった。
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