第二話 国交断絶
「シャネリア、ここにいたのか」
「ノウル兄上さま、いかがなされました?」
この方はノウル・ロベルト・コートワール。コートワール大公家の次男で、ウラミス兄上さま同様私をとても可愛がって下さっています。
「ジルギスタン王国からの使者が参った。お前との面会を希望しているが、不快なら追い返しても構わぬとは父上の仰せだ」
「そうですか……では三日ほど待たせてからお会い致しましょう」
「ほう。三日間も気を持たせるとは、なかなかによい当てつけだな」
「うふふ。ところで使者はどちらから?」
「ジュクロア王子の遣いだそうだ。用件はお前に直接と
「随分と豪胆なことですわね」
「全くだ」
今さら使者などを寄越してどうしようというのでしょう。条約の件なら私より父上さまにお話しなさればよろしいでしょうに。
もっとも婚約破棄については父上さまもかなりお怒りのご様子でしたので、取り付く島などないと思います。それどころか、国交を断絶するとまで仰ってましたし。
もし本当にそうなれば、ジルギスタン王国は大変なことになるでしょうね。国内貴族の反乱はもちろんですが、南の連合王国もここぞとばかりに王国に攻め込むかも知れません。
加えて東のベッケンハイム帝国が一枚噛んでくる可能性もありますわね。直接は手を下さなくとも、連合王国に加勢するという形なら十分に考えられます。
となると王国の歴史はそれで終わり。帝国の植民地化を嫌って難民が一気に流れ込んでくるのは必然です。
それを如何に
いっそのこと王族を
色々考えると楽しくなってきました。大公家の令嬢である私を貶めたこと、後悔するといいですわ。
それから三日間、私はお庭の散歩や読書などをして優雅な時を過ごしました。
ただ、さすがに城から出るわけにはいきませんでしたので、今のところヴァスキーダロワ殿と城下の散策は実現しておりません。
◆◇◆◇
コートワール大公家は領地を公国として治めております。ただ、十年前まではジルギスタン王国の属国として辛い日々を送っておりました。
それが一変したのは、私が黒竜の長であるヴァスキーダロワ殿と友誼を結び、公国に黒竜一族が舞い降りてからです。
その私が王国第一王子のジュクロア殿下と婚約することにより、両国間で正式に不可侵条約が締結されました。また通商面においても、条約こそ結ばれてはおりませんが不利な条件がなくなったのです。
ところがここに来てのジュクロア王子の愚行は、陛下にとってみれば
お城の
「ザンドルと申したか。
「ジュクロア王子殿下の遣いである私を三日間も待たせるとは、大公家も偉くなったものですな」
「口を慎め! ザンドル!」
「構いませんわ」
剣を抜こうとした衛兵を手で制し、私は遣いの男に冷ややかな視線を向けました。
「それで、私にご用がおありだとか?」
「ああ、よく聞くがいい。ジュクロア殿下はご寛容にも婚約破棄を取り消して下さるそうだ」
「はい?」
「ジルギスタン王国はコートワール公国にとっての最重要交易相手国。双方にとって、たかが婚約破棄ごときでその関係に影を落とすのは得策でないと、賢明な殿下はそうお考えになられたのだ」
「言われている意味が分からないのですけど」
「つまり、殿下はシャネリア殿を側室に迎えて下さると仰せなのだ! ありがたく思うがいい!」
「もうよい!」
突然父上さまが玉座から立ち上がり、殺気を帯びた声を発せられました。その手は剣の柄にかけられており、三人の兄上さまたちも同様に、今にも使者の首を落とさんというオーラが漂っておいでです。
「ザンドル!」
「は……は?」
「帰って陛下とジュクロア殿に伝えよ! これより十日の
この国に滞在する王国の貴族、商人、一般市民には三十日の猶予を与え、その間に全てを引き払って出国すること。もちろん商人は商材を放棄し、持ち出しは手荷物のみ許可。
三十日を過ぎた後は一般市民の往来も許さず、両国間の婚姻も認めないとの厳しい沙汰が言い渡されました。
なお、期限を過ぎて滞在した者は、いかなる理由があっても不法入国者として捕らえ労役に服させるとのこと。ただし、すでに嫁いできている者や三十日の期限前に嫁いできた者は、例外として公国に永住することで労役は免除されるという条件が課せられました。
もちろん、国交断絶後は家族に会いに行くことも叶わなくなります。移民などは
また、王国が抱える我が国に対する金貨借款は期限通りに完済。これが成されない時は領土割譲をもって返済することとし、拒めば武力による制圧も辞さないと、父上さまの剣幕はそれは激しいものでした。
「お、お待ち下さい、コートワール大公殿下! それでは私の立場が……」
「貴様の立場など知ったことか! 早々に立ち去らねばその首を
「ひえぇっ!」
ついに剣を抜いて壇上から飛び降りた父上さまに、ザンドルは何度もつんのめりながら謁見の間を飛び出していきました。
「シャネリアよ、不快な思いをさせた」
「いえ、父上さま。私のためにお心を煩わせてしまい、申し訳ありませんでした」
「構わぬ。ウラミス、文官に命じて触れを出させろ。ノウル、帝国に使者を。スコットは聖教皇国だ」
スコットとは三番目の兄上さまです。
「ジルギスタン王国への侵攻は我が国に対する宣戦布告と同義とな」
「「「はっ!」」」
これは王国を窮地から救うという意味ではありません。帝国や聖教皇国が攻め込めば、多くの難民が国境を越えて我が国に雪崩れ込んでくるからです。
それに我が国との国交が途絶えれば、王国内の反体制派が活気づいて内乱勃発は必至でしょう。連合王国も攻勢を仕掛けてくるかも知れません。それでなくとも小競り合いが耐えませんし。
ただ、父上さまは連合王国だけは意に介していないようでした。ワイバーン騎兵すら持たない小王国の集まりなど、烏合の衆に過ぎないと思われているのかも知れません。
私ももちろん、連合王国が北上してきたとして、我が国にまで戦火を広げるとは思っておりません。そんなことをしたらあちらが全滅させられるのは火を見るより明らかですから。
問題があるとすれば、罪のない一般市民が巻き込まれることでしょうか。それだけは望むところではありませんわね。
そしてこれより十日の後、父上さまの宣言通り、コートワール公国とジルギスタン王国の国交は閉ざされるのでした。
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