第三話 王国からの使者
ヴァスキーダロワ殿は私に
「では私も……」
「ナラン。シャネリアノミダ」
私に続いて父上さまも嬉しそうに立ち上がろうとされたのですが、彼はそれを許しませんでした。
寂しそうな父上さまが少々気の毒ではありましたが、こればかりは仕方ありません。黒竜たちが友誼を結んで下さるのは、最初から私だけとのことでしたから。
ところでヴァスキーダロワ殿は先ほどお城の庭が狭いと言われましたが、決してそのようなことはありません。約三百メートル四方に渡る城壁に囲まれているのがお庭を含む敷地です。
もっとも成竜の体長が百メートルを超える黒竜たちからしたら、確かに狭いと言わざるを得ないかも知れませんわね。
彼はお城の横、正面から向かって右側に広がる芝生の中央まで行くと、私に離れるようにと言われました。その通りに後ろに下がると、芝生全体が淡い光に包まれます。
「これは……?」
「結界ダ」
そして、すぐに彼は巨大な黒い竜の姿になったのです。結界の光を反射して輝く美しさは、まるで
その頭がゆっくりと私の前に下がってきます。顎を地面につけ、開かれた瞳は私の身長よりも大きく、黄金色に光っておりました。
「きれい……!」
「シャネリアヨ」
「はい!」
「瞳ニ口ヅケヲ」
「ひとみに? いたくないのですか?」
「問題ナイ」
「わかりました」
私は両手を後ろに組み、目を閉じてそっと唇を触れさせました。すると何ということでしょう。声も聞こえないのに、歓喜に満ちたヴァスキーダロワ殿の叫びが頭の中に流れ込んできたのです。
『シャネリアよ』
「え? え?」
『これが友誼の証。我は今、お前の頭の中に直接話しかけている』
「あたまのなかに……?」
『お前も声に出す必要はない。我らとは念話が可能となったのだ』
『『『『『よろしく! シャネリア嬢』』』』』
『『『『シャネリアさん、はじめまして』』』』
『ボクを助けてくれてありがとう!』
「ひゃっ! えぇぇぇっ!?」
黒竜たちの声が一斉に頭の中に飛び込んできました。でもなんと言いますか、とても気さくなように感じるのですが。
『友ならば当然であろう?』
「かんがえていることまでわかるのですか?」
『
「それはつまり……」
『我らの敵となれば、待っているのは死のみということだ』
「それをちちうえさまにおつたえしても?」
『構わん。前にも言ったが、ジルギスタン王国とやらにどう喧伝するかも我らに興味はない』
本当に黒竜が動くのは私に害意を向けられた時だけだそうですが、その"私"という部分を"コートワール公国"に置き換えて伝えても構わないということです。
もちろん王国に限らず、黒竜たちに対して敵対行為を行う者がいればその限りではなく、それらは間違いなく滅ぼされることになるでしょう。ですがさすがに誰も黒竜に敵対するなどという愚行は犯さないと思います。
そんなことがあってから数週間後のある日、ジルギスタン王国から使者がやってきました。どうやら父上さまが放った
「ギルバート・エシュロンと申します。爵位は伯爵。ライオネル・カイザー・コートワール大公殿下、お目通りのお許しを頂き感謝申し上げます」
コートワール公国城の謁見の間では、王国の使者が
壇上には父上さまの他に長兄ウラミス兄上さま、それと幼い私の三人のみです。ウラミス兄上さまは私より十歳年上で、この時はまだ十五歳でしたが、大公家の長子としてすでに父上さまの仕事を手伝っておられました。
なお、壇下にはギルバート殿の他はお城の衛兵が二十名ほどで、彼の付き人は別室にて待機となっております。
「私がライオネルだ。ギルバート殿、面を上げられよ」
「はっ!」
「して、
「我がジルギスタン王国内にて囁かれております噂の真相を確かめるべく、
「ほう。噂とな?」
「黒竜が貴国の味方についたとか。根も葉もないことではございましょうが……」
「いや、事実であるぞ」
「まさか! 戯れ言を申されるな!」
「戯れ言だと!? 宗主国の伯爵とはいえ父上は王家の血を引く大公殿下だぞ! 口を謹め!」
ウラミス兄上さまが怒気を込めた声で怒鳴りました。父上さまはジルギスタン国王の甥に当たる存在なのですが、王家とは何かにつけて
何故なら現ジルギスタン国王は、王族にコートワール家の血が入ることを嫌って、領内の貴族家から正室を
ところでどうやらギルバート殿は本性を現したようですわね。
「では問おう! この領地に入ってからこれまで、私が一度も黒竜を見ていないのは如何とされる!?」
「黒竜殿は森におられるからな。もっとも森に行ったところでギルバート殿が出会えるとは思わんが」
「な、何だとっ!」
「運良く出会ってもその場で殺されてしまうだろう。だが森に入るのを止めはせん。望むなら許可を出してやるぞ」
「くっ……」
その時です。ヴァスキーダロワ殿から念話が入りました。
「ちちうえさま」
「どうした、シャネリア?」
「ゔぁしゅきーどのがすがたをみせてくださるそうです」
父上さまと兄上さまの驚いた表情は今でも忘れられません。五歳の私が謁見に立ち会っていたのは、父上さまにヴァスキーダロワ殿のお考えを迅速に伝えるためだったのです。
そして全員でお城の庭に出たところで、ギルバート殿はもちろん、父上さまも兄上さまも口を開けて驚くばかりでした。
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