第二話 友誼の証

「目が覚めたか?」

「はれ……ちちうえさま……? わたしどうして……」


 どう見てもそこはコートワール公国城の応接室でした。気づいたら私はそのソファに寝かされていたのです。森にいたはずですのに、なぜそんなところで目を覚ましたのかと不思議に思った覚えがあります。


 それと同時に黒竜との出逢いも何もかも夢だったのかと。ですがそれはすぐに夢ではなかったと分かりました。


「ヴァスキーダロワ殿がお前をここまで運んで下さったのだ」

「ゔぁしゅきー…………ゔぁしゅきーどの!?」


 顔を上げると粗末なボロ布に身を包んだ、長い黒髪の美丈夫びじょうふが優しげな微笑みを私に向けていたのです。


 聞けば私を抱きかかえたまま竜の威圧で城門の衛兵を硬直させ、いきなりお城のホールに入って父上さまを呼びつけたそうです。


「コノ城ノ主ハオルカ!?」

「き、貴様何者……」


 使用人たちが大騒ぎしたせいで城内の衛兵が駆けつけてきましたが、彼らもまた竜の威圧で身動きが取れなかったそうです。


「何事かっ!」

「オ前ガ小娘ノ父親ダナ?」


「シャ、シャネリア!? 娘に何をした!!」


「魔力ショックデ眠ッテイルダケダ」

「魔力ショック?」


「一度ニ大量ノ魔力ヲ使ッタノダ。オ陰デ幼竜ヴィンスキーグノワノ命ガ救ワレタ」

「幼竜……? 何を言って……?」


「シャネリアニハ礼ヲセネバナラン。ドコゾ横タワラセテヤレル部屋ヘ通セ」


 父上さまには威圧はあまり効きませんでしたが、それでも言うことを聞かせることは出来たそうです。父上さまいわく、剣の柄に手をかけることすらままならなかったとのことでしたが。


 そうして応接室に連れてこられたというわけです。


「シャネリアよ、幼竜を助けたというのは本当か?」

「はい」


「また森へ行っていたのだな」

「も、もうしわけありません」


「森は危険だから一人で入ってはならんと、いつも言っているだろう」

「はい……」


「城ノ主ヨ、叱ルノハ後ニセヨ」

「おお、これは失礼した」


 そこで改めてヴァスキーダロワ殿が、私にしてほしいことを尋ねました。


 幼いながらも私は、絶対に間違えるわけにはいかないと考えを巡らせます。この場を逃したら、こんなチャンスは二度と巡ってこないでしょう。


 黒竜にしてほしいこと。黒竜にしか叶えられないこと……


「あの……」

「遠慮ハイラヌ」


「おともだちになってください!」


「友達? コノ背ニ乗ッテ飛ビタイナドデハナク友達ニナレト申スノカ?」

「はい!」


「ソレハ我トカ? ヴィンスキーグノワトカ?」

「いいえ、ちがいますわ」


「ウン? デハ誰トダ?」

「こくりゅうぜんぶとです」


「何ダト……?」

「だめですか?」

「ウーム……」


「さきほどゔぁしゅきーどのは、なんでもひとつのぞみをかなえてくださるともうされましたわよ?」


「これ、シャネリア。いくらなんでもそれは……」

「イヤ、ヨカロウ。ダガ理由ヲ知リタイ」


 コートワール公国は、南のジルギスタン王国の属国という立場でした。ですから常に足許を見られ、貿易などに関してもかなり不利な条件を受け入れざるを得なかったのです。


 加えて上空から火の玉を吐くワイバーン騎兵隊を擁する王国に対し、公国には対抗しうる空軍がありませんでした。そんな中で完全な独立を望もうものなら、敵対心ありとして攻め込むと恫喝されていたのです。


 父上さまの不満は幼い私にもひしひしと伝わってきておりました。ですが私が黒竜と友達になれば、全てが一度に解決してしまうのではないかと、子供ながらにそう考えたのです。


「我ラガ友誼ゆうぎヲ結ブノハシャネリアノミ。ソモソモ我ラハ他種族ニ興味ハナイノダ。マシテ人間同士ノ争イニナド手ハ貸サンゾ」

「ええ。かまいませんわ。でも……」


 私は公女ですから、王国に対して黒竜は公国の友達、つまり守護についたという形で喧伝させてほしいと言うと、ヴァスキーダロワ殿には勝手にしろと鼻で笑われてしまいました。それもこれも他種族には興味がないからだと言いたかったのでしょう。


 こうして私は、黒竜という得難き友を得たのです。


「黒竜族は我ヲ含メテ十一。ダガコノ城ノ狭イ庭ニ全テガ降リ立ツノハ不可能ダ」

「やはり足りませんか……」


「ヨッテ我ラガ友シャネリアヲ守ルタメ、我ハ城ニ身ヲ置クガ、他ノ者タチハ森ニ降リルコトトスル」


「あそこでよければ存分に使って下され」

「ウム。デハ我ハ庭デ休ム」


「え? ゔぁしゅきーどのはおしろむのではないのですか?」

「住ムノハ構ワヌガ、コノ姿デイルノハ少々窮屈ナノデナ」


 お庭に出て本来の姿に戻るそうです。結界を張れば姿を見られることもないらしく、黒竜に限らず竜族は普段からそうして存在を隠しているとのことでした。


 だから目撃情報がほとんどなかったのですね。


「シャネリアヨ」

「はい?」


「我ト共ニ庭ニ参レ」

「え?」


「友誼ノ証ヲヤロウ」


 突然の言葉。ですが私は友誼の証と言われ、それが何なのかとワクワクせずにはいられませんでした。

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