第四話 婚約

 コートワール公国城の庭に姿を現したヴァスキーダロワ殿は両脚で立ち上がっておいでで、その高さは五十メートルほどにも達しておりました。最上階に見張り台があるお城の塔は高さが約二十五メートルですから、その倍ということです。


 まさにそびえ立っているといった感じですわね。


 ヴァスキーダロワ殿は普段、結界を張って本来のお姿を不可視にしているので、父上さまも兄上さまもそれを見るのは初めてでした。だから驚いておられたわけです。


「人間ノ国ノ使者ヨ」

「は……はいぃっ!」


「我ラ一族いちぞくガコノ国ニイルノハ理解シタカ?」

「はいっ!」


「ナラバ早々ニ立チ帰ルガヨイ。貴様ノ匂イハ不愉快ダ」

「は、はひぃっ!」


 この後すぐにギルバート殿は、従者を連れて逃げるよう王国へと帰っていきました。


 そしてそれから一週間後、ジルギスタン王国から今度は勅使ちょくしがやってきたのです。


「ライオネル・カイザー・コートワール殿、王命である。貴国におられる黒竜を差し出されよ」

「勅使殿、黒竜殿は自らの意思でここにいるのだ」


「ならばジルギスタン王国に身を置くよう命じよ。王命に逆らえばどのようなことになるか……」

「ほう。どうなるのか申してみるがよい」

「なにっ!?」


「黒竜殿は我が公国の守護。ここに攻め込んでくるならその日が王国の最期となると、ユグノレスト陛下に伝えよ」

「こ、後悔するなよ!」


 勅使が捨てゼリフを吐いてから一週間後、とうとう召喚状が届きました。王命に背いたということでしょうけど、罪人扱いはあんまりだと思います。


 もちろん父上さまも応じる気などさらさらないようで、話があるならそちらから出向いてこいと返事をしたそうです。


 そんなことがあってからさらに一カ月が過ぎようとしていた頃、ついにはジルギスタン王国国王ユグノレスト・テシアン・ジルギスタンが、第一王子と共にこちらを訪れるとの書状が届きました。


 王子の名はジュクロア・ユグノカイン・ジルギスタン、私より二つ年上とのことです。私とあまり年の差がないのは、ユグノレスト国王が長く子に恵まれなかったからでした。


 まさか本当に連れてくるとは、さすがの父上さまも考えてはいなかったようですが。


 ただ、父上さまを王命に背いた反逆罪で裁こうというのなら、幼い王子を連れてくる意図が分かりません。考えても分からないことは、考えるだけ時間の無駄ですわね。


 それから数日後、ユグノレスト国王とジュクロア王子がお城にやってきました。もちろん相手は宗主国の王ですから、護衛騎士も共に謁見の間に入ります。


 玉座に座すのは父上さま。横柄な宗主国の王になど玉座は譲らないということでしょう。隣には母上さまとウラミス兄上さま、そこに何故か私も呼ばれておりました。


「叔父上、いや、ユグノレスト国王陛下。此度こたびは何用があってジュクロア殿を連れて参られた?」


「その前にまず詫びよう。先の勅使だが、随分と無礼を働いたそうではないか」

「陛下がこの私に詫びる、と?」


「立場上、頭を下げられんことも含めてな。あの者は鉱山に送った。長くは持つまい」


「承知致しました。そこまでされたのでしたら謝罪を受け入れましょう。改めて問いますが此度は何用で? 私を断罪しに参られたようには見えませんが」


「うむ。実はな、改めて其方そなたの国と友好を深めようと思ったのだ」

「我が国と友好……?」


 ようやく王子を連れてきた理解が分かりました。将来私と結婚させるために、王子に目通りさせようという魂胆です。


 国王もバカではなかったということですわね。黒竜に王国に行けなどと命令出来るはずがありませんもの。子ウサギが虎に立ち去れと命じるようなものです。


 それなら私と王子を結婚させて友好条約などを結び、将来の脅威を取り除く方がよほど賢明だと思い至ったのでしょう。


 見ればジュクロア殿下は幼いながらも容姿端麗。いずれは相当なイケメンになると容易に想像出来ます。


 私が三人の兄上さまや、人の姿になったヴァスキーダロワ殿を見ていなければ、心ときめかせたとしても不思議ではありません。


 ええ、この時から兄上さまたちは殿下よりも数段素敵でしたわよ。

 そして私の予想通り、国王の用件とは私と王子の婚約に関してでした。無論正室としてです。


「叔父上、本気で申されているのですか? シャネリアはまだ五歳ですよ」

「なぁに、子供などすぐに大きくなる」

「しかし……」


「シャネリア嬢が男子を産めば、その子にジュクロアの次代の王位継承権を与えようではないか」


 これは驚きました。私が王国に嫁げば、当然コートワール家の血が王家に入ります。しかも私は次期国王となる予定のジュクロア殿下の正室、国母です。


 それほどまでに黒竜の力がほしいということなのでしょうか。あるいは黒竜を使って、東のベッケンハイム帝国や西のモートハム聖教皇国に攻め入ろうと考えているのかも知れません。


 そんなことにヴァスキーダロワ殿を始めとする黒竜たちが手を貸すはずはないのですが。


「シャネリアはどうだ? ジュクロア王子と婚約したいか?」


「えっと、わかりません」

「まあ、そうだろうな」


 父上さまったら五歳の私に何を聞いてらっしゃるのかしら。今になって思えば笑えますけど。


「婚約が成立すれば不可侵条約を結ぼうではないか。関税なども引き下げてやるぞ」

「真ですか?」


「書面にしたためよう。公国にとっても悪い話ではないと思うが?」


「しばし時間を頂けますか? シャネリアの気持ちもございますので」

「構わん。よい返事を待っておるぞ」


 この数日後、父上さまは私とジュクロア王子の婚約を了承する旨の書簡を送り、それから間もなく我が国に対する王国の関税は大幅に引き下げられたのでした。

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