何がでるかな♪ 何がでるかな♪

 夕食の場、あたしの話を聞いたお父様が手にした食器を取り落とす。

 すぐさま、控えていた執事のダグラスが拾い上げる。


「すぐに変わりのものをお持ちいたします」


「あ、ああ。すまないダグラス……クレハ。今言ったことは本当なのかい?」


「ええ、本当よ」


 ついさっき追加された<ガチャガチャ>の新しいイベント。

 それについて、夕食の席を利用してお父様に報告したところ――今のような反応をしてみせた。


「しかし……前々から訳の分からないスキルだと思ってたけど。とんでもないアイテム、海の神様と続いて次は『従魔』かぁ……」


「あたしもまさか生き物が出てくるようなスキルになるなんて欠片も想像出来なかったわよ」


 と言っても、カプセルの中に生き物が入っている訳じゃなくて、それを呼び出せるアイテムが入っているという点ではこれまでと変わっていないけれどね。


「従魔がいれば少しは領地の防衛能力も少しは上がると思うでしょ? それに初回限定だけど魔石無しで十回ガチャガチャを回すことが出来るし……だから、ねえ? お父様?」


「待った! 言いたいことは分かってるよ。でもね……今回はこれまでとは違う。生き物、それも従魔ってことは魔物が出てくるかもしれないんだよ?」


「それは――」


「これまでも色々とアイテムが出てきたことはあっても、それはあくまで道具。勝手に歩いたり、危害を加えてくる可能性は無かった……でも今回はそうじゃない」


 確かにお父様の言う通り、今回ガチャガチャから出てくるのはアイテムというではなく従魔というだ。

 そして従魔となることが出来るのは、魔物などの『体内に魔力を宿した生物』に限られる。

 そう、お父様が言ったように魔物が出てくる可能性がある――どころか、むしろ高いと言ってもいいのである。

 

 さらに従魔とは、決して契約者に絶対服従な存在というわけじゃ無い。


 従魔と契約者の関係はあくまで『対等』なのだ。力を貸してもらう代わりに、こちらが何かその対価を支払う。

 支払う対価は従魔になる存在によって異なるが、基本的には魔力を要求されることが多いらしい。

 場合によっては魔力以外も要求されることもあるらしいけど、パターンが多すぎてさすがに全ては覚えていない。


 要は、従魔によって千差万別ということだ。


 だからこそお父様の心配も理解できる。もしそれを知らずに契約なんてしようものなら、あたし自身の身に危険が及ぶことになるから。


「従魔を得ることのメリットも、もちろんデメリットについてもちゃんと理解してるつもりよ。その上で許可が欲しいの。お願いお父様、お母様。あたしが従魔と契約する許可をちょうだい!」


「「う~ん……」」


 二人は顔を見合わせて頭を捻っている。


 じゃあここでもう一押し。


「アイテム類に関してもそうだけど、今回の従魔に関しても『あたしだけ』っていう制限はないみたいなの。それとこんな感じに見た目が可愛い従魔がいるかも「私もクレハを傍で守ってくれる存在が必要だとと思うの!」――お母様っ!!」


 以前にガチャガチャで手に入れた自由自在に絵を描くことが出来るアイテム『自在筆』を使って描いた、従魔の絵。

 新しくなったガチャガチャの画面に映っていた中でも、見た目が可愛らしい従魔を選んで描いたものを予め準備しておいたのだ。


「ちょっと、セレナ!?」


「バルドだって王都での一件からクレハの護衛を増やそうか悩んでたじゃないの」


 お父様ったらそんなことを考えてたのね。

 でもこれ以上の監視の目は勘弁して欲しい。

 ここは何としても従魔を得ることで押し通さないと、後々面倒なことになりそうね……


「いやでも、それはさあ? ひとまずはサーラがいれば安心だって結論になったじゃないか」


「でもサーラには護衛以外にメイドとしての仕事もあります。それに今回みたいにクレハの傍を離れることもあるかもしれません。その点、従魔ならば何時いかなる時でもクレハの元に駆け付けることが出来ます。護衛という点に限るならば、有用だと思いませんか?」


「……ねえ、セレナ。自分も可愛い従魔と契約できるかも、とかそんなこと考えてない?」


「……さて? あなたが何を言っているのかさっぱり分かりませんけど?」


 お父様の許可が欲しければ、お母様から崩していくのが最善手……ふふっ、お母様が大の可愛い物好きなのはこの屋敷の皆が知っているのよ?


 こっそり自室に置いているぬいぐるみや、クローゼットの中の一度も着ているのを見たことがないフリフリのドレスも既に知られている。

 お母様本人は気付かれていないと思っているようだけど……残念。知らぬは本人ばかりってところね。


 ともかく、『可愛い従魔』という言葉でお母様は完全にこちら側についた。

 お母様が傾いたとなればお父様だって――


「はぁ……分かったよ。確かセレナの言うことにも一理ある。だから僕やセレナの立ち合いの元で召喚して契約するのなら許可するよ」


「本当っ!?」


 やったわ! 狙い通りね!


「ああ、本当だよ。実際クレハの護衛に関して悩んでいたのは事実だしね。今の君は自分で思っている以上に周囲から見える価値が高い。それに商業ギルドに登録した特許の件で、今やさらに拍車がかかってるから猶更なんだよ」


「ん?……ちょっと待ってお父様。どうしてあたしが商業ギルドに登録したことが知られるの? ちゃんと偽名も使ったし、商業ギルドからそう易々と情報が洩れることはないと思うんだけど」


 商業ギルドは信用問題に対して最も厳しいことで有名だ。

 そりゃあ商人たちが登録するギルドなんだから、下手に情報が漏れたりしたらあちこちで大変なことが起こってしまう。

 だからこそ偽名と商業ギルドっていう二重の障害を突破しないとあたしに辿り着くことは出来ないはずなんだけど……


「そういうところはまだまだ経験不足ね。クレハ、あなた商業ギルドに行ったときそのままの格好だったでしょ。しかもメイドとしてサーラまで連れて」


「……あっ」


「ただでさえお披露目パーティーで大いに目立ったんだから、あの時点であなたを追っている貴族は多かったと思うわよ。その目の前で堂々と商業ギルドに行き、そのすぐあとに新しい特許が登録されていた――まあ、勘のいい人たちなら気付くわよね」


「……悪目立ちしたあたしに近づきたがらないって可能性は?」


「貴族っていうのは面白いものに目がないのよ。特に王都で暮らしてる暇人貴族にとってはね。それに悪目立ちって感じでも無かったでしょう? ねえ、あなた」


「そうだね。むしろ自分より上位爵位の貴族子息に対して、無礼な振る舞いをはっきり無礼と言い切る。そして友達を背に庇いながら、あれだけ圧倒的な魔法の披露。むしろ王都でのクレハの評価は高い方だったよ」


「っ……」


 誤算……これは完全なる誤算よ!?


 だって、あんな風に好き勝手暴れただけで引かれるどころか評価が上がるなんて想像できる訳ないでしょう!?

 だから周りから面倒なのが減って万々歳ぐらいに思ってたのに、そんな事になってるなんて分かるわけないじゃないのよ……



 この時、王都の貴族の間ではクレハの話題がよく上がるようになっていた。


 曰く、姉に勝るとも劣らぬ武術と魔法の才を有したカートゥーン家きっての天才である、と。

 曰く、それが例え王女であろうと国王であろうと間違っていると思えば諫言する高潔な精神の持ち主である、と。


 他にも様々なクレハに関する噂が王都で出回っているとかいないとか。

 そのほとんどがクレハに好印象な噂であり、今王都ではクレハの株が急上昇中であった。

 そしてその噂を聞いては頬を緩め、更なる妹自慢を始める姉たちがいるとかいないとか。その所為でどんどんクレハに関する噂が広まっているとかいないとか……


 当然、領地に帰ったクレハがそんなことを知る由もない。

 次に王都に訪れたとき、それに対してどんな反応を見せるのか――それはもう少し先の話である。



「そ、そんなに落ち込まなくても……ほ、ほら! 別に悪いことじゃないからさ!?」


「……あたしにとっては悪いことなのよ」


「全く情けないわね。今回のことは王都で隙を晒したクレハの自業自得よ。貴族たちっていうのは恐ろしいものだって知れたいい機会ね」


「お母様は当事者じゃないからそんなことが言えるのよぉ……もうあたし王都に行けなくなっちゃったじゃない。どんな顔して王都に行けばいいかもう分かんなくなっちゃったわよ」


 そんなことを言うと、お母様の表情に影が落ちる。

 若干、目の中の光が薄くなったような気もする。


「私だって……昔は色々あったわよ。でもね? その内気にしてられなくなるのよ。そうして無理やりにでもあちこちに顔を出し続けると――段々、本当に気にならなくなるわ。大丈夫よクレハ。あなたも次第にそうなるから……」


 何というか、見てはいけないお母様の闇を見てしまったような気がする。

 お父様に視線を向けるとフイっと顔を背けて目を逸らされる。最近、お父様の横顔を要みるようになったのは気のせいかしら……?

 そんなあたしのジトッとした視線に気付いたのか、どうにか場を収集させようと殊更に大声で喋る。


「と、とにかく!! クレハの従魔については明日僕とセレナの監督の元で執り行うからそのつもりでね!! 時間は朝食を食べ終えてからにしようか! 午後からはやらなくちゃいけない仕事もあるしね!」


「分かりました。それじゃあ、あたしは部屋に戻るからお母様のことはお願いしますね」


「あっ、ちょっとクレハ!? 手伝ってくれてもいいんだよ――」


 後ろでお父様が叫んでるけど、無視に努める。

 何事かを思い出しては何かの呪詛のような言葉を吐き続けるお母様に誰か近づくもんですか。





 一日明けて、翌日。


 屋敷に庭には新しいガチャガチャと従魔召喚を試みるために、あたし、お父様、お母様が集合していた。

 使用人たちには万が一があるといけないから、危険なので近づかないように言ってある。


「じゃあ、そろそろ始めてもいいかしら?」


「そうだね。周りには誰もいないようだし、いいよ」


 お父様の許可も下りたことなので、早速スキルを発動させてガチャガチャを出現させる。

  

 これまでのガチャガチャと、形はほとんど変わっていないけど……サイズが倍以上になっている。

 外側から見える限りとしては、単純に中身が増えている可能性もあるけれど、それ以上にカプセル一つ一つが大きくなっている。

 そんなガチャガチャの出現に一瞬驚いたけど、すぐに観察を終える。


「それじゃあ、回すわね」


 ガチャガチャの取っ手を掴み、回す。


 今回は『初回10連無料』で回しているので、中からカプセルが次々と転がり出てくる。

 もちろん数は全部で十個。予め説明されていた通り、いつものようにカプセルの色に違いは無く全部同じ黄色をしている。

 

 全部出てきたことを確認してガチャガチャを消し去ると、お父様とお母様が近づいてきた。


「その中に『召喚石』というのが入っているのかい?」


「そうらしいわ。まだあたしも中身を見たわけじゃないから、それがどんなものかは分からないんだけど――取り合えず、一つ開けてみるわね」


 そう言って適当に選んだカプセルを手に取り、中身を確認してみる。


 入っていたのは、虹色に輝くとても綺麗な石だった。


「……まるで美術品みたいね。とっても綺麗だわ」


「そうだね。こんな色の石……宝石? は初めて見るよ」


 二人とも見たこと無いその石の輝きに目を奪われている。

 かく言うあたしも、こんな色をした石はどの図鑑でも見たことが無かった。とても興味深い――って、言ってる場合じゃ無かったわね。


「ええと、多分……あっ、これね」


「この模様は、何かの絵かい?」


「この召喚石を使うと、この絵に描かれている存在を呼び出すことが出来るらしいわよ。この絵だと……何かしらねぇ。多分、四足歩行でキャット系だと思うんだけれど……」


 何というか、召喚石に書かれている絵が抽象的なのである。ある程度の特徴ははっきりと描かれているからどんな系統かは分かるんだけど、どの種族かまではさすがに分からない。


「キャット系……ねぇ、クレハ。それ私が使ってみてもいいかしら?」


「お母様が……?」


「キャット系の魔物なら私も好きだし、それに最初は自分の身を守れる人が試した方がいいと思うの」


「ん? それなら僕が試しても「あなたは遠慮してくれるわよね?」――も、もちろんだよ。やっぱり魔法に精通しているセレナが試した方がいいよねっ!!」


 キャット系の魔物かもしれないと聞いて完全にスイッチの入ったお母様と、その迫力に呆気なく気圧されてしまったお父様。


 まあ、確かにお母様の言っていることも最もではあるのよね。

 

 この『従魔ガチャガチャ』の注意書きには、確かに契約中にこちら側に被害が及ぶようなことは書かれていなかった。

 けれどその後に書かれていた「契約後はその限りではない」という一文がかなり気になっている。


 従魔契約は、あくまで双方が対等な契約関係なのである。

 だからこそに関しても両者の同意を必要としない一方的な方法も存在しているのだ。


 もし、それを悪用する知性ある存在が現れた場合、こちらに危害を加えてこないとも限らない。


 となれば、身を守れる人が……言い方が悪いけど実験台になるのも納得できる。


「……分かったわ。でもまずは全部の召喚石を確認してからね。どんな存在がいるかだけ確認しておきたいから」


「そうね、他にもかわい――んんっ……危険な魔物がいるかもしれないものね。任せてちょうだい」


 さて、それじゃあ残りのカプセルを全部開けていきましょうか。

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