計画は着々と……
家に帰ったその足でお父様の執務室に向かう。この時間なら部屋の中で書類仕事と格闘しているはずだから居ないという事は無いはずだ。
執務室の扉をノックすれば中からは期待通りお父様の声が返ってきた。あたしが来た事をドア越しに告げると、すぐに入室の許可が出る。
「クレハにしては珍しいね。普段ならこの部屋には近づこうともしないのに?」
「こんな子どもに仕事を手伝わせようとさせなければ、あたしだって普通に来ますけど?ここに置いてある本には興味があるし…?」
「だって、クレハが手伝ってくれると効率が段違いなんだよ!……やっぱりお給料もちゃんと出すからお父様の仕事を手伝ってくれないかな~……なんて?」
「お・こ・と・わ・り・よ」
毎度のことながらお父様は仕事に追われているらしい。でもだからってあたしにも仕事を手伝わせようとしてくるのは勘弁して欲しいわ。
「2人ともそれぐらいにして。クレハ、見ての通り私達は領地に戻って来たばかりで忙しいわ。用事があるなら手早くお願いね」
「もちろん分かってるわ。でも手早く済むかどうかはお父様とお母様次第になるんだけど」
「……また厄介な話を持ち込んだんじゃないでしょうね?」
「厄介と言えば厄介かしらね――いま領地近辺で起こっている魔物の大移動についての相談よ」
「「っ!?」」
2人そろってなんであたしがそれを知ってるのかって顔してる。まあ仕方ないわよね。
恐らくだけど、この話について知っているのは家での極少数のはずだ。下手に広めてしまうと領民たちが必要以上に混乱してしまうだろうから。
あたしだって立ち聞きしなかったら当分は知らされなかっただろうし。
「はぁ~……さては盗み聞きしたわね?」
「廊下を歩いていたら耳に入ってきちゃっただけですっ」
「――クレハ、これは大事な話だよ。その件について何をどこまで知ってる?」
お父様の雰囲気が少し張り詰めたものに変わる。
さすがに話題が話題なだけあってお父様の真剣さが伝わってくる。
あたしも気を引き締めないと。
「ダーナプレタ商業連合が龍族に手を出した可能性。そしてその影響が周囲にも及んでおり、領地周辺の魔物の分布の変化にも影響を及ぼしている、ぐらいです。詳しい事情とかは殆ど知らないので、知ってることと言えばこれぐらい」
「……なるほど。大筋は知っている訳だね。う~ん……」
「バルド……?」
「お父様……?」
あたしの話を聞いたお父様は何かを考えこみ始める。お母様も何なのかよく分かっていない様子であたしと2人で目を見合わせる。
そして、少ししてからお父様が口を開いた。
「……この際だからクレハにもきちんと事情を知っておいてもらおうかな」
「それはっ……まだ話すには早いんじゃないの? 情報が確定している訳じゃないんでしょ?」
「いや、ほぼ間違いない。まだ裏取りも完璧じゃないが、あちこちでそれに伴った動きが起こり始めている。それに別の領地から入ってくる客人もそれなりにいるんだ。もう口止めしておくのは難しいだろう」
「……確かにそうかもしれないわね。分かった、あなたの決定に従う」
「ありがとう、セレナ」
なるほど、やっぱり緘口令が出ていたのね。でもこの問題は既にうちの領地だけで済む話じゃ無くなっている。それだけ魔物の大移動は各地に影響を及ぼしているのだ。
だからこそ領民に対していつまでもこの事実を隠しておくのは、お父様の言ったように無理があるだろう。それに街の外に頻繁に行く猟師のような人たちは、きっと森の異変に気付き始めているだろうし。
「クレハ、君にはまず現状を正しく認識して欲しい。持ってきた話を聞くのはその後でもいいかな?」
「あたしも詳しく知りたいと思っていたから願ったり叶ったりよ。だからお父様、お母様。今回の件についての情報をちゃんと教えてちょうだい」
それから2人の口から語られたのは、今起こっている魔物の大移動に関する正しい情報、事が起こった原因だった。
まず大元の原因がダーナプレタ商業連合であることは間違いなかった。
ダーナプレタ商業連合はその名の通り商人達が中心となって運営している集団である。
近くの国家だけでなく時には海を越えた先にある国とも取引をするため、ダーナプレタに行けば何でも揃うというのが決まり文句のようになっている、そんな国だ。
そして商人が中心となっているだけあり、国としての気質もそれに大きく影響されている。
端的にいえば、金さえあれば権力でも買えてしまう。
そんな国が、今のダーナプレタ商業連合なのだ。
そんなダーナプレタの運営の中心となっている『ダーナプレタ中央議会』が存在する。
最初期から存在した7つの商家を中心とした国内でも力を持つ商人しか参加できない、ダーナプレタの最重要決定機関である。
今回の騒動の中心となっているのはその7つの家の内、『強欲』の名で知られる『グリード家』だった。
過去に起こったとある一件で没落の一途を辿っていたグリード家は、何とかその力を取り戻そうと考えた。
その結果手を出してしまったのが――龍族だった。
しかも強力で知られる成龍には歯が立たないと考え、龍族の
「ちょっと待ってお父様。確か龍族の子どもって巣穴の奥で大切に育てられるから、成長するまでほとんど巣穴の外には出ないって聞いた事があるのだけど? それなのに連中はどうやって子龍に手を出したのよ? まさか巣穴に侵入した訳じゃないでしょ?」
「いいや、そのまさかだよ。もっとも無策で侵入したんじゃなくて、ちゃんとした
「仕掛け……?」
「ああ、卑劣な仕掛けだよ。奴等は――周辺に生息する魔物を山脈に誘導したんだ。そして龍族の気を引いて、その隙に子龍を攫った」
……なるほどね。それなら巣の周辺が手薄になってもおかしくないかもしれない。
「そして奴等が誘導に使った魔物はこちら側、つまり王国側に生息する魔物だったんだ」
「っ……!? もしそれが本当なら国際問題だわ!? 今すぐにでも商業連合に抗議すべきよ!!」
「そうだね。でも抗議文を送ったところで商業連合側がその責を認める訳がない。認めてしまったら自分達が龍族の対処をしなくちゃいけなくなるからね。それに魔物の誘導には色々と手段があるけど、どれも証拠は残りにくいんだよ。だから責任を追及できるかどうかすら、怪しいと言わざるを得ないんだ」
「確かに卑劣なやり口ねっ……!!」
「ただし、今回の件に関しては事情が複雑でね。そこら辺もこれから話すよ」
お父様の話は続けられた。
魔物の誘導によって手薄になった隙に子龍を攫う事に成功したグリード家だったが、それも長くは続かなかった。
中央議会に所属する他の商家がその企みに気付いたのだ。子どもが攫われたことを知れば間違いなく龍族の怒りをかってしまう。
そしてその結果もたらされる被害は計り知れないものになるだろう。
だからこそ、それを恐れた議会は速やかに子龍の奪還作戦を実行に移した。それによってグリード家は当主諸共に拘束されたのだが、子龍の救出にも成功したのだが……この時に事故が起こってしまったらしい。
なんと、救出作戦の中で子龍が怪我を負ってしまったのだ。
「そして龍族は攫われた子どもを必死に探している。もし傷ついた子どもの姿を見たらどうなるか……想像するだけでも恐ろしいよ……」
「……そんなに深刻な傷なの?」
「分からない。そこまで詳しい情報はまだ得られてないんだ。だけど……あの商業連合が治療に苦戦しているという事実から、軽傷という可能性は低いだろうね」
「……」
少なくとも簡単に治療出来るような怪我じゃないってことね……
商業連合なら、それこそ欠損すら治してしまうような薬だって手に入れる事は可能だろう。現状でそれを出し渋る理由も無い。
にも拘らず現状で治療出来ていないという事は、それ相応の理由があることに他ならない。
「……それじゃあこの国で魔物の大移動が起きている原因は――」
「そう、子どもを探している龍族が山脈の外に出てきたからだ。つい最近の情報だけど、西の国境付近で龍の姿が目撃されている」
「っ!?……もうそんなところまでっ」
「だが、龍族は鼻が良く利く。少しすればこの国に子龍が居ないことにもすぐに気が付くだろうから、こっちから手を出さない限り滅多な事は起きないはずだ」
「そうなのね……」
つまり、この話の大きな問題点はやはり龍族よりもその影響で移動を開始してしまった魔物たちだろう。
もちろん龍族も脅威であることに変わりはない。でも彼らは知恵ある種族だ。何の理由も無く人を襲ったりするような話は聞いた事が無い……こっちから手を出した場合を除いてね。
「それで、影響を受けた魔物たちはどんな状況なの?」
「そっちも芳しい状況じゃないんだよ。元々この領地の周辺には多様な魔物が生息していたのは知ってるよね? だから他領に比べると対策も対応も面倒だし……その上、今回の騒ぎの乗じて厄介な魔物が動きだしたかもしれないんだ」
「厄介な魔物って……?」
「クレハも聞いたことあるだろう――
「なっ!? あ、あの二つ名持ちの魔物ですの!?」
「そうなんだ。もし大移動してくる魔物の大群に加えて、
魔物の大群に加えて二つ名を付けられる程の強力な魔物の襲来……
間違いなく今この領内にいる人間だけじゃ戦力が足りない。
もちろんお父様の強さなどを鑑みてもだ。
そもそもとして大群が相手では一人に出来る事は限られてくる。結果的には一人強力な戦士がいれば勝てるかもしれないけど、それは時間やその間の損害を無視した結果だ。
現状では圧倒的に手数が足りていない。
「まあ、というのが現状のカートゥーン領だよ。それでクレハはどんな用があって来たのかな? 入って来たときに魔物の大移動に関する話があるって言ってたけど?」
「……はい、そうでした。実は――」
あたしは自分が計画していること、そしてミランダに相談した内容などを事細かに両親に説明した。
最初は驚きに瞠目しているだけだった二人だけど、話を聞いていくうちにそれが呆れともとれるような表情に変化していく。
「まったく……常々思っていたけど、クレハは本当にとんでもないね。まさか領地に帰って早々に、しかも盗み聞きしてたったの数日でこれだけの計画を立てて持ってくるんだから」
「盗み聞きじゃないですっ。聞えちゃっただけですから!」
「ああ、ごめんごめん。なるほど、そうだね……セレナ。今の話についてどう思う?」
「そうですわね……幾つか気になる点はありましたが、概ね賛成です。むしろ領地を守るためにも是非クレハの計画を推奨したいところですわ」
「うん、僕も全く同じ意見だよ。それじゃあクレハ。少し疑問に思ったところとかを聞いて、もっと詳しくこの話を詰めていきたいと思うんだけどいいかな?」
「もちろん! 元々そのつもりで今日はここに来ましたから!」
そうしてあたしの計画は領主であるお父様と、お母様公認の元で進められる事が決定した。
とは言え、さっきの話を聞いてまだ少しだけ戦力的な不安が残っている。
さて、その分をどうやって埋めるのかも考えておこうかしらね?
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