新しい魔道具とな……?

 サーラとミランダの身支度も終わりようやく落ち着いて話をすることが出来る。


「今回ミランダを尋ねたのは他でもないわ。作って欲しい魔道具があるの」


「作って欲しい魔道具……?」


「ええそうよ。以前から溜め込んでいた設計図――とも言えないような計画書があったの。どれもこれも自分で作るには難易度が高かったから後回しにしていたんだけど、ミランダなら作れると思って」


「まあ、これでも魔道具作りを専門にしてきたんだからそれなりのものを作れる自信はあるけど……何だかクレハ様にそう言われると怖いわね。なんかとんでもないものを持ってきてそうで?」


「そんなことないわよ。魔道具作りに関してはほぼ素人同然のあたしにとっては難しいってだけで、本職のミランダからすれば大したことないモノのはずよ」


「……どうかしらね」


 何やら不本意な方面でミランダから信用されているみたいね……別に冗談を言ってるつもりは無いんだけど。あたしが魔道具作りに不慣れなのは事実だし、ミランダであればそんなに難しい注文じゃないと思ってるのも本当のことだし。

 実際に計画書を見せれば納得してくれると思うから、百聞は一見に如かずよね。


「とにかく!まずは注文内容を説明するから聞いてちょうだい!……今回依頼したいのは魔物避けの結界を発生させる魔道具なの」


「魔物避け……?そんなものをどうしてクレハ様が?」


「……これはまだ公式には伝わっていない話よ。あたしもお父様とダグラスの会話を偶然聞いてしまっただけだから。実は――」





 それはちょうど領地の屋敷に帰って来た日のこと。あたしはお父様に王立学園や商業ギルドでのことを改めて報告しようと執務室に向かった。 

 中に入ろうとした時に、少し興味を惹かれる内容の会話が聞こえてきた。盗み聞きするつもりは無かったけど、何でか無性にその話が気になって扉を開こうとした手を止めてしまった。


「やはりカートゥーン領における魔物の分布に変化が確認できました」


「具体的には?」


「領地の西側に生息していた魔物が東に移動を始めています。それに伴って領内全体の魔物の分布が東に押し出されるように変化しておりました」


「……ダグラス。確かフレイムドラゴンはここよりも遥か西方を主な生息地としていたね。今回の魔物の大移動はやつが原因だと思うか?」


「正直に申しまして、その可能性は低いかと。移動の原因が排除されたのであれば魔物たちの動きも沈静化を見せてもいいはずです。しかし、それどころか動きは活発になる一方です。まるで――更なる脅威から自らの身を守ろうとするかのように、です」


 つまりダグラスはフレイムドラゴンですら逃げ出して領地ここに来るほどの力を持った存在が西方にいるって言いたいの?

 でもフレイムドラゴンはA級魔物なのよ?弱い部類でも騎士団が決死の戦いを挑んでようやく討伐できるほど、強くなれば一個の都市を簡単に落とせてしまうほどの力を持っている。

 そんな強力な魔物が恐れて、逃げるような存在がいるとすれば……それは――


「ひょっとするとSの魔物が発生しているのかもしれない。となれば一体どこで発生したのか把握する必要があるな。しかし……王都ではそんな話、噂程度も耳にしなかったんだけど……」


「そのことについてなのですが、旦那様。1つ、気になる話を耳にいたしました」


「今回の件に関係のありそうなことか?」


「はい。数か月前のことですが、ここより西方にあるダーナプレタ商業連合が公にはされていませんがある存在に手を出したと聞き及びました。その存在はこの国と商業連合の境にある山の主と言われています」


「お、おい!?それじゃあ、まさか!!?」


「ご想像の通り、奴らが手を出したのはです。商魂たくましいことですから、龍の素材でも手に入れば大儲け出来るとでも考えたのでしょう」


「ダグラス、それは確かな情報なのか?」


「緘口令を敷いているようですが人の口に戸は立てられません。既に商業連合内でもかなり話題になっております。この国に情報が入ってくるのもそう時間は掛からないでしょう」


「……」

 

 具体的に何をしたのか分からないけど、龍族に手を出したですって……?


 この話が本当だとして、商業連合の連中はこれが何を意味するか本当に分かっているの?

 もし、龍族がその件に対して怒りを持っているのならば本当に大変なことになるのは間違いない。


「金にしか目がないと思っていたけど、ここまで愚かだとは思っていなかった……もし本当に龍族の怒りをかっているのからその余波がこちらに来てもおかしくはないな。この件については早急に詳しい調査を進めてくれ。それと魔物にも動きがあったら、小さいことでも構わないから報告を頼む」


「畏まりました。両者ともに早急に調査を致します」


 龍族の怒りがそのままこの国に向くとは考えにくい。だけどお父様の言った通りその余波を受ける可能性は大いにある。

 今起こっている魔物の大移動だってそれが原因だとも考えられるのだ。それにだったらフレイムドラゴンが逃げてきたという話にも筋が通る。例えAランク魔物であろうと、龍族からすれば赤子も同然だろうから。


 このまま領地への影響が魔物の大移動だけならまだいい。もし人間の生活圏と移動してきた魔物の行動範囲が重なってしまったら、領民へとんでもない被害が出る可能性も考慮しなくてはいけない。


「(出来ることは少ないだろうけれど、話を聞いてしまった以上あたしも何か考えなくちゃ。あたしだってこの領地を治める貴族の娘だもの)」


 そう考えたあたしはお父様への報告を後回しにして、過去に自分で作った資料をかたっぱしから持ち出して何か役に立ちそうなものが無いかを探し始めた。





「そうしてこれなら、と思ったのが魔物避けの結界よ。こっちが組み込んで欲しい術式ね」


 取り出した資料をミランダに手渡す。あの資料には術式の他にも結界に組み込んで欲しいと思っている機能などがまとめてある。

 ミランダが見ているそれをサーラも横から覗き込んでみている。


「これ、本気で言ってるのかしら?」


「本気も本気よ。それで、どう?作れそう?」


「う~ん……作ること自体は可能だけれど、時間が欲しいわね。さすがに街一個を囲むような結界を発生させる魔道具を作るとなるとそれなりの素材が必要になってくるから。それを集めるのと、それからクレハ様が想定しているような機構を組み込むのなら、作るのにもそれなりに時間が必要だわ」


「まあそれぐらいは想像してたわ。あたしもちょっと盛り込み過ぎたとは思っていたから。優先して作って欲しい機構には印を付けておいたから、それさえ出来ていれば十分よ」


「そういう言い方は魔道具職人として見逃せないわねぇ……引き受けた仕事を完璧に仕上げるのが私の仕事なのよ。そこに妥協してたら私は魔道具職人を名乗ることを自分で許せなくなるもの。だから注文通り完全な形で仕上げてあげるわ」


「ミランダ……」


「そうね、これを作るとしたら……どんなに頑張っても2週間は欲しいわ」


「っ……へぇ」


 それなりの性能が求められる魔道具だから、最低でも1か月はかかると思っていた。 

 でもまさかその半分で仕上げることが出来るだなんて……さすが王都でも有数の魔道具職人なだけあるわね。これは期待していた以上だわ。


「分かったわ。1か月以内に完成すればそれでいいから製作をお願いするわ。それぐらいなら現状も保つことが出来ると思うから。それにこの魔道具に関しては使うか使わないか分からないものだから……本当は活躍の機会が無い方が良いんだけれど。ああ、それと必要なものがあれば言ってちょうだい。可能な限りで協力する」


「それじゃあ早速お願いしようかしら」


「もちろん大丈夫よ。何が必要なの?」


「まずは魔道具作りの材料が幾つかね。それと製作に必要な道具の調達もお願いしたいわ。具体的には――」


 ミランダが要求してきた素材の中には私が名前も知らないものもあったけど、そこはサーラにも補足を手伝ってもらいながらメモしていった。


「ふむ……あんまり量は多くないのね。本当にこれで足りるの?」


「この街で販売されている素材も分かって来てるから、そこら辺は自分で調達できるわ。クレハ様にお願いしたいのはちょっと手に入りにくい素材の方だから、そんなもんで大丈夫よ」


「分かったわ。サーラ、今聞いた素材はどれぐらいで調達できるかしら?」


「そうですね……入手が面倒なだけで、どれもこの地域で手に入れることは可能ですね。扱っている店舗も知っているので入荷状況次第ですが、3日もあれば揃えることは出来ると思います」


「じゃあ素材調達はサーラに任せるわ。ミランダ、少し機能面を整理したいから相談に乗ってくれる?あたしも欲しい機能を適当に詰め込んだ感じになってるから、もうちょっとスマートにしたいのよ」


「そうねぇ、確かにしっちゃかめっちゃか感は否めないわね。私もクレハ様の意見を聞きたいから少し話しましょうか」


 ミランダならあたしのメモ程度からでも効率的な設計を考えてくれると思うけど、折角なら魔道具職人としての観点でのものの見方も知っておきたい。

 もしかすると、術式をより効率化できるようになるかもしれないし。あたしの術式は魔道具作りに最適化されてるって訳じゃないのよね。まあ別にそれが目的ってわけでもないし。


「うんうん!さっきよりも随分とまとまったわね。これなら機構も単純化できるし、消費魔力と出力の燃費も改善できそう……ほんとクレハ様は理解が早いわよね。もうポイントは抑えられるようになってきてる」


「そう言ってくれるのは嬉しいけど、やっぱり私は魔道具作りには向かないわね。術式を弄ってる時の方がずっと楽しいもの」


「そう、このままクレハ様に魔道具作りを仕込んでも良いと思っていたけど。まあ気が向いたらでいいわ。私はいつでも歓迎するから」


「そうね。少しぐらいは自分でも作れた方が良いとは思ってるし、基本ぐらいはそのうち教わりに来るわ」


「あら!じゃあ待ってるわね」


 さて、さっきはああ言ったけど本当に1か月も現状維持が出来る保証はどこにもない。あくまで推移からの推測でしかないから、これがもっと早くなったとしても不思議じゃない。

 迫る脅威が龍族かはともかくとして、少なくともフレイムドラゴン以上の存在だと仮定すべき。


 やっぱりこれ以上動くのならお父様やお母様にも話を通しておく必要があるわよね……


 きっとあたしが積極的に動くのは歓迎されないと思うけど、これも平穏は研究生活のためよ。

 ちょっとだけ頑張りましょう。

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