世の中は物騒ですね~
領地に帰る馬車の中。王都に来た時とは乗っている面子は異なっている。
まずお姉様たちは乗っていない。王都でそれぞれ騎士団と魔法師団の仕事があるから一緒には帰れないらしい。残念そうというか一緒に帰りたそうな顔をしていたけど、どうしようもないから普通に置いてきた。
その代わりと言ってはなんだけど、ミランダが同行している。王都にいられなくなったミランダには元々うちの領地に来てもらうつもりだった。別々に行っても面倒なので、こうして一緒に行動している。
そんな訳で帰りの馬車に乗っているのはお父様、お母様、あたし、サーラ、そしてミランダの5人だ。
馬車の旅といっても来るときと同じ道を通ってるだけだから、それほど特筆すべきことも無かった。少し退屈な道のりを長く感じながら進んで行き、もう領地が目と鼻の先のところまで来ていた。
このままのペースで行けば夕方ぐらいには屋敷に到着できるはず。
ここまで特に問題も起きなかったし、このままスムーズに進む事が出来るかと思っていたのだが――
「おーいぃ!!金目のモノと女は置いて行けぇー!!」
あたし達は盗賊に遭遇していた。
馬車の進路を遮るように男が2人武器を構えて立っていて、さらに馬車の左右に2人ずつ、後ろには3人が同じように逃げられないように道を塞いでいる。
まあ、あたしからは見えないけどサーラがそう言ってるから間違いないと思う。道の左右に広がる森の中には人の気配が無いらしいから、盗賊は全員で9人ということになる。
「さて、家を目前にして面倒なのが出てきた訳だけど……どうするの?行きはお姉様たちは居たけど今は居ないわよ。護衛の冒険者も雇っていないし」
王都を出るときも疑問だったけど、どうしてかお父様たちは旅の護衛を雇わなかった。一応それについて指摘はしてみたんだけど「大丈夫だよ」と言うだけでやっぱり護衛は不要という態度は崩さなかった。
お母様やサーラも当然だという顔をしてこれといって疑問は抱いていない様子だった。その意味が分からず結局あたしとミランダで顔を見合わせたわけだけど……
「そうねぇ……
「ここは私が行きましょう。旦那様や奥様が出るほどの相手ではありません」
「う~ん、やっぱり僕が行こうかな?」
誰が行くという言葉にも違和感を覚えたけど、目を丸くしたのはお父様から放たれた言葉が原因だった。この中で戦えるのはサーラだけだと思っていたのに、突然自分が行くと言い出すのだから驚くなと言う方が無理だ。
何を馬鹿な事を言いだすのかと止めようとすると、サーラもそれにお母様も別に構わないという雰囲気を出している。
「さて、最近は政務続きであまり身体も動かして無かったし。ちょっとは動かないと本当に戦闘勘が鈍っちゃうからね」
「ちょっと!?お父様――」
「じゃあサクッと終わらせてくるから……ちょっと待ってて」
止める間もなくお父様は馬車の外に出て行ってしまった。
「お母様もサーラも止めなくていいの!?お父様がそれなりに強かったとしてもこの数相手じゃ不利になるんじゃないの!?」
「「……不利??」」
「だって相手は9人もいるのよ!?それも全方位に広がってるんだから手が足りないじゃない!?」
なのにどうして2人ともそれがどうしたって顔してるのよ!?数的に不利なのは目に見えて明らかじゃない!もし正面の数人と戦っている間に左右や背後から攻撃されたら危険なことに違いないじゃないの!?
「そういえばクレハはバルドの強さを見たこと無かったわね」
「もっと言えば1日のほとんどを屋敷で過ごされていますので、戦闘に遭遇した経験すらほぼ無いでしょうね」
「大丈夫よ。バルドは、あなたのお父様はとっても強いからあんな盗賊なんかには負けないわ。むしろクレハが見ていてくれた方が力が出るでしょうから、しっかり見ててあげなさい」
「……分かったわ」
確かにあたしは戦闘を間近で見たことは無い。それに身内が戦っているところなんてもってのほかだ。だからジュリアお姉様やフローラお姉様が強い、凄いという話は聞いた事はあってもそれが実際にはどの程度なのかは知らない。
お母様とサーラはお父様のことを信用して落ち着いた様子をとっている。2人が大丈夫と言うならあたしも黙って見ていよう。
「やぁ、初めまして。僕はバルド・カートゥーン。この道の先にあるカートゥーン領で領主をやっているこれでも貴族家の当主なんだ。君達も貴族を襲うことがどれだけの罪になるか知らないわけじゃないだろう?だからここは黙って通してくれないかな?」
盗賊たちはお父様たちの言葉を聞いて目を見合わせると、一斉に大笑いを始めた。
そして正面にいた盗賊の首領っぽい男が最初に口を開く。
「だから何だってんだよ?貴族が怖くて盗賊なんてやってらんねぇよぉ!!黙って通してくれだぁ?だったらしょーこが残らねぇように男は殺して女は奴隷にでもして売っちまえばいいだけの話だろうがよぉ!!」
「……そうか、残念だよ」
「俺達は嬉しいぜぇ?上玉がひー、ふー、みー、3人も乗っていやがるんだからなぁ!護衛も着けないで長距離移動するなんて襲ってくださいと言ってるようなもんじゃねぇか!恨むんなら馬鹿な自分達を恨むんだなぁ!!」
「まあ、元々逃がすつもりは無かったけど……家族をそんな汚い目で見られて黙っているほど僕は温厚じゃないんでね。痛いのは覚悟してもらうよ?」
そう告げたお父様は腰に佩いていた剣を抜く。
現れたそれは片刃の刀身を持つ剣だった。日の光を受けて刀身が輝いている刀身には片側にしか刃が付いていなかった。
この国ではほとんどが両刃の剣を使っているからとても珍しい。剣については詳しくないから何とも言えないけど、あれだと片側でしか切れないからむしろ不便なような気がする。
しかもお父様はその刃の付いた側を自分の方に、ついてない方を敵に向けるようにして構えている。
「ああ?何言ってんだお前?この人数相手にどうにか出来るとでも――ぎゃあああ!!!?」
盗賊の男がお父様を小馬鹿にしながら自分も剣を振り被ろうとしたその時だった。
一瞬、お父様の身体がブレたかと思ったら次の瞬間にはその盗賊の男の懐まで移動していた。
たったそれだけで盗賊の身体は数mは飛ばされ、木が折れるほどの衝撃でぶつかってようやく止まった。
さっきまで盗賊が建っていた場所には剣を横薙ぎに振ったであろうお父様の姿が残されていた。
「「「っ……」」」
あまりの出来事に盗賊たちは口を大きく開けて誰も喋ることも動くことも出来ずにいた。あたしだって何が起こったのかさっぱり見えなかった。
状況からして多分お父様が剣を振ったんだろうけど、その瞬間は見る事すら叶わなかった。気が付いた時にはお父様が移動していて盗賊が吹き飛んだようにしか見えなかったのだから。
その後は圧倒的だった。
次々と瞬間移動のように動いては最初に倒した1人と同じように切り伏せていく。だけどよく見れば血が一滴も流れていないのが分かる。
なるほど。それで刃が付いていない方で斬ってたのね。殺すんじゃなくてあくまで行動不能に追い込んでいるわけだ。
「ふぅ、こんなところかな?」
「お疲れ様、バルド。それにしてもちょっと鈍ったんじゃないの?少し動きが遅いように見えたわよ?」
「ああ、やっぱり分かったかあ。うん、これは本格的に鍛え直す必要があるかもね。でも帰ったら帰ったで仕事も沢山あるしなあ~」
あっという間に盗賊を倒してそんな会話を始めるお父様とお母様。
「えっ……あれで遅いの?」
「そうですね。旦那様の本来の動きからすれば些か遅いと言わざるをえない動きでしたね。とは言えあの短時間で9人を片付けるのはさすがです」
「……サーラはお父様の強さを知ってたの?」
「もちろん。カートゥーン家は色々な意味で有名ですからね。バルド様の名も王都まで聞こえておりました
から。冒険者ではありませんでしたが何度か同じ戦場を経験したことはあります。片刃の剣という珍しい武器を使って凄まじい強さを誇ってしましたね」
「へぇ~……」
そういえばジュリアお姉様に剣を教えたのはお父様だったと聞いた事がある。そのお姉様でさえ騎士団内でも実力者だと言われるぐらい強いのだから、冷静に考えればその先生であるお父様が弱いはずもないか。
……という事はフローラお姉様に魔法を教えていたお母様も同じような事が言えないだろうか?
もしかして盗賊と戦う前に「誰が行く?」と聞いた中にお母様自身も入っていたのかしら?
だとすると、どうして家の人たちはこうも強者っぽいのが多いの?
「セレナ、領地の警備隊には連絡してくれたかい?」
「ええ、盗賊が出てきた時点で済ませてるわ。距離的にもう少しかかると思うから先に捕縛だけしちゃいましょう」
お母様が懐から出した短杖を構えると魔法が発動する。地面から植物の蔦が伸びてきて、散らばっていた盗賊たちを一纏めにして拘束する。
「ついでに余計な事が出来ないように結界も張っておくわね。これで警備隊が来るまでは十分拘束できるはずよ」
「ありがとう、セレナ。じゃあそれまでもうちょっと待とうか」
お父様とお母様の活躍によりあっという間に盗賊の脅威は去ってしまった。
なるほど、これなら確かに護衛を雇う必要も無いってわけね。
それにしても――
「ねぇ、お母様?お母様が今使った魔法ってどんな魔法なの?本でも見たこと無い魔法だったんだけど?もしかして植物の生育速度に干渉したのかしら?」
「ちゃんと説明するから落ち着きなさいって。あれは周囲に張り巡らされている植物の根に干渉して操作する魔法よ。根っこを伸ばしたりする関係で少しだけ植物の成長にも干渉しているわ――何か知りたいことでもあったの?」
「ちょっとね。植物って大体そこら中にあるじゃない?もちろん室内とかは例外だけど。だから植物を使った魔法で護身用の魔法とかでも構築できないかと思って」
本当は室内、屋外関係なく使えるようにしたいからそこら辺は工夫する必要はあるんだけど。
正直、この前のミランダの作戦で使った身を守るシールドを張る魔道具。ミランダ曰くあれでもかなり良い方の出来らしい。
でもあれだとやっぱり防御面に心配が残る。
いろいろ手段は考えているけど、その一環として実体があるもので防御魔法を使ってみようと考えたのだ。
今のところ追っては掛かっていないけど、どんな所から作戦がバレてしまうかなんて分からない。
あたしにはミランダの身を守る責任があるのだから、その対策は欠かしてはいけないのだ。
「そう……だったら今度植物に干渉する魔法を教えてあげるわ」
「そのニヤニヤした笑みは止めて……ありがとう、お母様」
まあ、お母様に教えてもらえるなら教えてもらおう。魔法に関してはフローラお姉様に仕込んだ実績があるから、きっと詳しい筈だし。
だから、サーラやお父様もミランダもその変な温かい視線を向けるのは止めてくれるかしら!?
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