閑話 王女とメイドと少女

王宮にて――


 カートゥーン家が去った王宮で、第三王女であるミラクリア・セント・ハルモニアは自分の部屋でつまらなそうに窓の外の風景を眺めていた。


「はぁ~……」


 まるで魂ごと抜けていきそうな深いため息を吐いたミラクリアを見かねて、メイドのレジーナが注意する。


「ミラ様、みっともないですよ。先程から溜息ばかりついて。一体どうされたのですか?」


「当然でしょ?折角出来た友達が家に泊りに来たのにほとんどお喋りも出来ないうちに帰っちゃうんですもの。ちょっとぐらい大目に見てくれたっていいでしょ?」


「カートゥーン家の皆様は非常にお忙しかったようですから仕方ありませんよ。それとミラ様がだらしなくする事とは話が別です。今日もこれから予定があるのですからしゃんとして下さいませ」


 第三王女と言えど決して暇な訳では無い。執務と言えるような仕事はそれなり程度であるが、それに加えて王族として身につけなければならない教養やマナーを学ぶ必要があるのだ。その為の勉強の時間もしっかりと用意されている。

 その為、まだ子どもであれど王族であるからにはやる事は沢山ある。逆にそれをきちんとこなせてこその王族という部分もあるぐらいだ。


「ちょっとぐらいは許してよ。じゃないと――例の件、メイド長に話すわよ?」


「っ……な、なんのことでしょうか??」


「とぼけても無駄よ。私の目を誤魔化せるなんて思わない事ね」


 部屋の中に張り詰めた空気が漂い始める。


 さながら問い詰める兵士と、罪と問われる罪人といったところか。


 ミラクリアの指摘にレジーナは明らかに動揺を隠そうをしている。目は泳ぎじっと見つめてくるミラクリアとは決して目を合わせようとはしない。

 暫く沈黙が続き、レジーナの頬を一粒の汗が伝う。ピリッとした緊張感が2人の間には流れていた。


 一体、ミラクリア付きのメイドである彼女が何をしてしまったのか――



「(びくっ)……」


「勧誘」


「(びくびくっ)……」


「クレハ」


「(びくびくびくっ)……そ、それは……一体どこで――はっ!?」


 追い詰められたレジーナはとうとう沈黙に耐える事が出来なくなり自分がやっていると同義の言葉を漏らしてしまった。

 その事に気付いて口を塞ごうとも発した言葉が戻ってくるわけではない。

 

 その様子を見ていたミラクリアは確信を得たりと口の端を釣り上げる。


「やっぱりね。あなたが勝手にクレハのファンクラブを王宮内に立ち上げてこっそりと会員を勧誘しているのを目撃していたメイドがいたのよ。その子も口止めされていたみたいだけど、私に命令されて喋らないわけにはいかないわよね~?」


「そ、そんな横暴ですよ!?いたいけなメイドの口を割らせる為のご自身の権力を用いるなんて!?王族として恥ずかしくないのですか!?」


「そのいたいけなメイドにじっくりとクレハの素晴らしい所を聞かせてあげて何時の間にかファンクラブの会員になるように仕向けたのは何処の誰なのかしら……?」


「はて、記憶にございませんが?」


 白々しくとぼけるレジーナに更なるジト目を向けるミラクリアだが、またしても躱される。視線を向けられる、逸らすの攻防を続けることしばらく。


「はぁ、もういいわよ。それで、どうしてファンクラブなんて作ったりしたのよ。それも本人に内緒で」


「あれは――」


 レジーナの語るところによれば。


 時はお披露目パーティーまで遡る。ミラクリア付きのメイドであるレジーナも当時お披露目パーティーの会場にいた。そしてパーティー会場にいたのであれば当然あの騒ぎを目撃していた。

 

 フルハルト家の長男がソフィア・ワイスガイア令嬢に向かって魔法を放ったあの時――

 あの場にいた誰もが動くことが出来なかった。


 クレハを除いて……


「あの姿に見惚れるなというほうが無理でございます。蒼炎のドラゴンを背に纏って悠然と立つクレハ様のあの姿……ああっ、今思い出してもゾクゾクします!」


「まあ、分からなくもないけど……ね」


「そうでしょうとも!あの心臓を撃ち抜かれたかのような衝撃を忘れる事なんて出来ようはずもありません!だからこそのファンクラブなのです!クレハ様の魅力をより多くの人にも知ってもらいたいと!そう思っております!」


 そう熱弁するレジーナの顔はまるで憧れの王子様のことを語っているかのように目がキラキラ輝いていた。


 実際、あのパーティーの一件でのクレハの姿に衝撃を受けた者は多い。


 使用人たちだけでなく貴族子弟の中にもクレハに憧れのような感情を抱いている人間はいる。クレハ達があれから会場に戻らなかったから知らなかったが、あの後の会場での話題のほとんどがクレハについてのものだった。

 きっとクレハが戻っていれば人波に飲み込まれたに違いない。だからむしろ当人が心配していたのとは別の意味で戻って来なくて正解だったかもしれない。


「誤解を解くために言っておきますと、別に無理矢理に勧誘はしていませんよ?私と同じようにクレハ様に少なからず興味を持っている人達を誘っただけですので」


「まあ、それならとやかくは言わないけど。でもほどほどにしておかないと後でクレハにバレた時に怒られても知らないわよ?」


「それならむしろ望むところですが!!」


「……」


 クレハが王宮に泊った時にレジーナのした悪戯も実はそれを目的としていた。 

 当のレジーナは影で「あの時のクレハ様の瞳が忘れられなかったのです!凍てつくような視線の中に含まれる燃えるような瞳の輝き!あの目で睨まれたいっ……!!」と、こんな事を口走っていたとかいなかったとか。


 クレハから向けられた咎めるような視線に興奮していたような、紛れもない変態の姿がそこに。

 自分のメイドの新しい一面に混乱を隠せないミラクリアだったが、今度クレハに会った時にうちのメイドをよくも変態にしてくれたなと一言文句でも言ってやろうと思った。

 でもその顔には先程までの退屈さは見て取れず、クレハと次に会う日を楽しみに考えるのだった。





ワイスガイア家、王都邸宅にて――

 

 ソフィア・ワイスガイアは翌日に控えた領地への帰還に備えて自分の荷物を纏めていた。

 しかしその動きはどこか投げやりで挙動の端々から「私、機嫌悪いです!」という感情が現れていた。


「ソフィア、入るわよ」


「……どうぞですわ」


 部屋に入って来たのはソフィアの母親だった。自分が入って来ても黙々と荷造りを進める娘の姿を見て苦笑を漏らした。


「まだその調子なのね。いい加減そろそろ機嫌直したらどうなの?」


「別に、機嫌なんて悪くないですわ」


「もう……」


 誰がどう見ても不機嫌にしか見えないのだけど、そうじゃ無いと言い張る娘の姿にさすがの母親も呆れてしまう。


「しょうがないでしょ?カートゥーン家はあの後も忙しそうだったし。それにお茶会の約束を取り付けなかったのはあなたが言い出さなかったからでしょう」


「そんなこと分かってますわ!だからこそ悔しいんですの!約束をするタイミングなんていくらでもあったはずなのにそれぐらいも出来なかったなんて自分が許せないですわぁぁぁ!!」


 母の真っ当な指摘にとうとう隠し切れなくなったソフィアが叫び声を上げた。荷物に入っていた何かの布をバタンバタンと振り回して床に叩きつけながら「くやしい悔しいぃぃ!!」と言い続けるソフィアだったが、母親の次の一言で急停止する。


「ならちょうど良かったわね。ついさっきカートゥーン家から手紙が届いたのよ。宛先はソフィアで、差出人はクレハちゃん「どこですの!?その手紙はどこにあるんですの!?」――落ち着きなさいよ。これよ」


 クレハの名を聞いた途端に詰め寄って、出した手紙を一瞬で持っていく。手紙の封を大切にかつ素早く開けると、早速手紙を読み始めた。

 手紙を読みながら「あらっ」とか「もうクレハちゃんたら!」とか表情がコロコロ変わっている。

  

 少なくともさっきまでの不機嫌な様子では無くなった事は良かったと思う母であったが、自分の娘ながら単純なと思わなくもなかった。

 読み終わって満足気な様子のソフィアに何が書いてあったのか尋ねてみると、向こうもお茶会の約束を出来なかった事を気にしていたらしい。今度会うときはゆっくり話そうという旨のことが書かれていたらしい。それと――


「今度ワイスガイア家の領地に来て下さるそうですわ!」


「そう。それは良かったわね~」


「はい!来るときになったらまたお手紙で連絡を下さるそうですわ!」


 ソフィアはすっかり機嫌を直したどころかむしろ上機嫌な様子で荷造りを再開する。

 そんな娘の姿を見て母親はほっと安心した。パーティー会場での事件がソフィアにとって心の傷となっていないか心配していたが、それよりも興味を惹かれるものがあったらしい。意識が完全にそっちに向いているようで安心したような呆れればよいやらと複雑な気持ちであった。


 しかし、今こうして元気な姿の娘を見ることが出来ているのは他でもない彼女クレハのお陰である事は間違いない。


「(今度会ったらきちんとお礼しないといけないわね。ほとんど会話らしい会話なんて出来なかったから話すのが楽しみだわ)」


 母親である彼女もソフィアがあんなに気に入っているクレハという少女に強く興味を持っていた。夫と一緒に見に行ったのはずっと昔のことだから、今はどんな子に成長しているのか。少なくとも自分の娘を守ってくれるような優しい子であることは間違いない。


 ――ソフィアの言っていたように領地に来るのなら、ちゃんとお礼と歓迎が出来るように準備しなくちゃいけないわね。


 そう考えながらも、その前にドレスを滅茶苦茶に畳んで詰め込もうとしているソフィアを止めなくてはいけない。

 

 ソフィアだけでなく母もまた、娘に新しく出来た友達であるクレハという少女に会える日を楽しみにするのであった。 

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