閑話 未来の生徒

 ある日、優秀な卒業生がふらりとやって来た。


「サリヴァン先生~、ちょっとこれ読んでみてください~」


「何だい?藪から棒に……」


 魔法科目において過去最高の成績を叩き出したフローラ・カートゥーンは、いきなり学園にやって来るとそんな事を言い始めた。そう言いながら手に持っている紙の束をぐいぐいとこちらに押し付けてくる。

 目を掛けていた生徒の突然の奇行に若干の鬱陶しさを感じつつも、渋々押し付けられた紙束に目を通してみる。


「……何だいこれ?思いつきの走り書きじゃないのさ。こんなの読む意味なんてあるのかい?」


「そんなこと言わずに~、ちゃんと読んでみて下さい~。きっと凄く興味を持つはずですよ~?」


「全く。訳が分からんねぇ」

 

 フローラは強引にコレを読めと言ってくる。そして自信満々にこの内容にわたしが興味を持つを確信している。


 だが、それほどまでに言うんだったら読んでやろうじゃないか。

 まあこの子の事だから意味の無いことはしないだろう。ここに書かれていることがそれだけ人の興味を惹き付けるような何かということだ。それこそ学園長としてこの国でも有数の知識人だと自負しているわたしでさえも興味を惹かれるような、ね。


 そんな期待感を持って読んでみた紙束は――黄金以上の価値があるものだった。


「こ、これはあんたが書いたのかい?フローラ」


「いいえ~、これは今年で5歳になる妹が書いたものですよ~」


「はっ!馬鹿言うんじゃないよ!?これだけのモノを書ける人間がたった5歳の子どもだって??冗談も大概にしな!!本当は誰が書いたんだい!?」


「ですから~、本当に私の妹が書いたんですってば~。私は嘘なんて言ってませんよ~?」


 あくまで冗談ではない。嘘はついていないと言い張るフローラの目を真っすぐに見据える。


「……確かに冗談を言ってるわけじゃ無さそうだね。でも、俄かには信じられないねぇ。これを今年5歳になるような子どもが書いただなんて。まだあんたが書いたって言われた方が納得できるんだけど?」


「妹、クレハは正真正銘の天才ですから~。私の考えの及ぶような範囲にはいないんですよ~」


「あんたがしそこまで言うほどかい……」


 わたしからしてみればフローラも天才と言われるのに相応しい才を持っている。そんじょそこらの魔法使うでは何十年鍛えた所で辿り着くことすら出来ないような高みに、手を届かせる事が出来る程に。

 そんなフローラが、自分の妹はそれ以上の天才だと言う。


 果たしてそれは、どれほどのものなのか――


 それはこの走り書きを読めばその片鱗は見えてくる。


 魔法を使用する為にはその魔法に対する適正が必要だ。もちろん全てが全てでは無いが、世間で属性魔法と言われる魔法は適性を持たない限り使う事は出来ないのは広く知られている事実だ。

 しかしコレはそんな定説を真っ向から否定するような理論が書かれている。


「ちょうどサリヴァン先生が研究してるテーマの参考になるんじゃないかと思いまして~。それで、どうでしたか?興味を惹かれましたか?」


「ああ、そうさね……こんなのを読まされて触手が動かないような奴は魔法使いを名乗る資格は無いと思えるぐらいには興奮してるよ!!」


 わたしが最近手掛けている研究のテーマ。恐らくこの研究が自分の人生で最後の研究テーマになるだろうと考えていた。それは歳の関係もあるが、テーマを実現することの難しさを考慮しての時間であった。

 きっと自分が生きているうちの本当の意味での研究の完成は見ないだろう。何代にも引き継いでようやく達成できるようなテーマ。


 それは――現在の魔法技術体系の更なる進化。今ある魔法をより自由度を高くあらゆる分野で魔法を活用する事が出来るようにする。

 要は魔法という便利な力をもっと便利に使えるようにしようという方針での研究だ。


 そのテーマの中には、適正が無い者でも魔法を扱える方法というのも含まれている。


「ここに書いてあることを着実に検証していけば、魔法分野の研究が10年、いや50年は前進する。まったく、あんたの妹はどうなってるんだい?まるで見ているレベルが違う。この子の目はわたしなんかよりもずっと先を見ているよ……」


「ですよね~?でも当の本人は思いつきのメモ程度のモノだからそんな価値は無いって言うんですよ~」


「これに価値が無いって言うんだったら、この学園に学術書のほとんどが無価値になっちまうよ。しかしあんたの所の妹と言えば――」


 頭に過るのはカートゥーン家の三女に対する世間の噂。姉2人や両親が優秀過ぎたからなのかとんと良い話を聞かない。どこから広まった噂なのかは知らないけど、何時の間にか王都のほとんどの人間が三女を落ちこぼれだと思っていることだろう。

 そう。まるで何者かが意図的に貶めようとしているかのように。実際にそんな動きがあったのかは定かではないが、ほとんど表に顔を見せていないにも関わらずこうなっていることを考えると、可能性としてはあり得ない話ではない。


「……はい。ですからサリヴァン先生には味方になってあげて欲しいんです。クレハは来年にはこの王立学園に入学します。その時に心無い噂のせいでクレハに危害が及んだりしないように守ってあげて欲しいんです」


「なるほど。それで突然ここに来たわけだねぇ」


「まあクレハだったらそんなこと関係無いって自分の興味の赴くままに行動すると思うんですけどね~。でも万が一を考えてのお願いです~。味方は多い方が良いですから~」


「ふむ」


 何やら話が見えてこないと思っていたら、単純に妹が心配だっただけなのかい。

 フローラのこんな一面を見るのは初めてだけど、こんな顔もするんだねぇ。


「いいだろう!このサリヴァン・リリウッドが約束しようじゃないか!わたしだって優秀な生徒がくだらないことで潰されるのを見ているほど穏やかな人間じゃないからねぇ!特定の生徒を贔屓することぐらい許される!なんたってわたしはこの学園で一番偉いんだからねぇ!」


「わぁ~、ありがとうございます~!サリヴァン先生にそう言ってもらえると心強いです~」


「そうだろう、そうだろう!!ふぇっふぇっふぇ!!――ああそうだ。これ、最近わたしが書いた本なんだけどねぇ、是非それを妹に呼んでもらって感想を聞いて欲しいんだよ」


 自分で書いてみたはいいものの、あまりにもとっ散らかった内容になった上に煮詰まって自分でも途中で何を書いてるのか分からなくなった代物だ。もちろん販売などはしてなくて、むしろこんなものを誰かに売れる訳もない。

 

 でも、もしフローラの妹がわたしの期待通りの人物だったらきっとこの本を読んでわたしが何を言いたかったのかを理解してくれる。ちょっと意地悪かもしれないが、まあ実力を測るのにはちょうどいいだろうさ。


「分かりました~。多分お披露目パーティーのときには王都に来ると思うので、その時にでも実際に会ってみてください~」


「分かった。その時を楽しみにしておくよ」


 そうして時間が過ぎて、実際にあの少女。クレハ・カートゥーンに会った。


 召喚陣の解析と契約解除であれば、単純な話で。ただし一定以上の実力のある魔法使いでなければ不可能という注釈はつくが。だからこそこれまでの研究者たちは実質不可能であると結論付けてきた。

 一部に実力者だけが解決出来る方法を確立したところでそれに意味は無い。そのハードルを下げる事こそに意味があるからだ。


 だからクレハが使った思考加速魔法にこそ驚きはしたものの、解決した事自体にはさほど驚かなかった。

 驚かされたのはその後だ。


 なんとクレハはより事故が起こりにくい召喚魔法の術式を提案してきた!

 それどころか考案して提出してきたのだ!!


 わたしの見た限りでは、確かに事故のリスクが下がるような術式構成になっていた。


 ――はっ、何が期待通りなんだい。期待以上じゃないか!!


 学園から去っていくクレハ達を見ながら思う。果たしてあの子がこの学園に入学したとき、どんな風を吹かせてくれるのか。どのように変わっていくのか。

 それを考えるだけで未来が楽しみで仕方がない。この気持ちを来年の入学時期まで我慢しろなんてお預けもいいところだねぇ。


「待ってるよ、クレハ」


 さて、今度話す時の為にわたしも頭を鈍らせないようにしないとねぇ!

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