閑話 カートゥーン家の姉妹
カートゥーン家には世間から神童と言われる2人の姉妹がいる
長女ジュリア・カートゥーン、次女フローラ・カートゥーンである。
両名ともに王立学園生時代から他の追随を許さぬほどに剣技と魔法に優れていた。その進撃は彼女たちの就職先においても変わる事は無かった。
ジュリアは入団試験で試験官だった隊長クラスの人間を降し、師団長を強引に引きずり出して勝負を挑んだという異色の経歴を持つ。その時に戦った第3師団の師団長ですら「気を抜くと斬られていた」と発言する程であった。そうして異例の速さで騎士団の幹部職に就いたジュリアはその力をいかんなく発揮することになる。
そして魔法師団に所属することになったフローラ。彼女は魔法への適正も、その魔力量もまるで魔法を扱う為の最適な身体で生まれてきたと称される程に魔法に愛されていた。魔法師団の先輩魔法使いが使用する魔法を見るだけで盗み、使い手以上の魔法として昇華させる。そうしてこちらも姉同様に最年少にして魔法師団十席に数えられるようになった。
これらの経歴、そして彼女たちの類稀な活躍によりカートゥーン家の神童と謡われることとなった。
そんな彼女たちには物心がついた後に出来た妹がいた。既にそれぞれが騎士団、魔法師団に所属しており滅多に家には帰らなくなっていた時頃に、母親が身籠ったとの知らせが届いた。
もちろん矢も楯もたまらず飛び出した彼女たちが領地に戻ると既に母親の傍らには生まれたばかりの妹がいた。
そんな妹を見て最初に思った事は――
「「(驚く程に才能が無い……)」」
ジュリアは武人としての才能を、フローラは魔法使いとしての才能を指して思った感想だった。
騎士団にいた時も、学園にいた時ですらここまで才能の片鱗も感じさせない者には出会った事が無かった。
――この弱い生き物はどうやって自分の身を守るのだろう?
そう、三女クレハ・カートゥーンを見て最初に抱いた感情は保護欲だった。この存在を守らなければいけない。力のある自分たちが守らなければこのか弱い妹はすぐに死んでしまうに違いない。そこから始まった過保護過ぎるお世話は母親が鬱陶しいと怒られるまで続けられた。
何せ仕事を放り出してクレハの部屋の前で寝ずの番をしだしたり、防御や回復の魔法を過剰過ぎる程に重ね掛けをしたり。夜泣きがあれば扉を蹴破る勢いで駆け付けたり……剣と魔法を構えながら。
そうしてクレハに構っている内に抱いていた保護欲は、愛情へと変わっていった。
歳の離れた妹として生まれたクレハは2人にとって目に入れても痛くないぐらいに可愛かった。小さな手で自分の手を握ってくれたとき、ふとした時に目が合いふにゃりとした笑顔を見せてくれたとき。楽しそうにきゃっきゃと笑う姿が見たくて魔法とぶっ放したり、剣を振るって彫像を作ったり、そしてまた母親の雷が落ちる。
それぐらい妹という存在が本当に愛おしくて堪らなかった。最初にどっちの名前を呼んでもらうかという議論では初めて本気で兄弟喧嘩が勃発したぐらいには。
そのようにして何かにつけてクレハに構っていた姉妹は、徐々にクレハの
歩き出すのも、言葉を話すのも、書物に興味を示すのも早すぎた。気が付いた時にはこちらの話す言葉さえ理解を示していたし、字を読むことも出来ていた。
何時からだっただろうか。クレハが知識を仕入れることに飽き足らず自分で検証と称した実験を始めるようになったのは。
天才、神童と周囲から言われ続けていた彼女たちは思った。
お前たちは
身内贔屓を抜きにしても、クレハこそが本当の天才なのだ。
そして思った――可愛いうえに天才なんて……うちの妹、最強じゃないか?
しかし世間の噂ではクレハは自分達のような才能の無い落ちこぼれだとか、カートゥーン家の無能だとか、出涸らしだとか。何故かクレハを褒めるような噂は一つたりとも存在せず、その逆に貶めるような噂しかないことに。
もちろんそんな事を姉である自分達の目の前で言いやがった面々は泣いて謝っても叩き潰してきた。
それでも噂は減る事は無かった。
そこで姉妹はある作戦を考えていた。
どうにかして本当のクレハの姿を見せつけてやろうと。
フローラがクレハの論文を持って王立学園に行ったのもその一環だった。少しでもクレハの理解者を増やそうと思っての行動だったのだ。
しかし広く知らしめる為にはもっと目立つ場所で多くに人間に目撃される必要がある。だけどクレハは目立つことが好きじゃない。
王都にいる間に何とかしたいと頭を悩ませていたまさにその時――お披露目パーティーにおいて馬鹿が馬鹿な行動を起こしたのは。
あろうことかクレハとその友達に向かって魔法を放とうとした。ジュリアとフローラであれば例え魔法が放たれた後でもどうにかする事は可能だ。
しかし、これはチャンスなんじゃないか?
この騒ぎを自分達ではなくクレハが収めればかなり影響力があるんじゃないだろうか。この場にいるのはいずれも有力な貴族の子息子女である。とすればこの場で自分達が動くよりも、そして難儀していた広く知らしめるということにも繋がるんじゃないか?
何よりも……あの妹ならこの程度のこと必ずどうにかしてみせる。
だからこそクレハから助けを求める視線を受けた時も見て見ぬふりをした。そうすればあの子は必ず動くから。友達を見捨てられるような子じゃないから。
そしてクレハは見事に期待に応えてくれた。いやそれ以上の成果でもって会場の度肝を抜いてくれた。
しかし――その代償も大きかった。
「ねぇ、ジュリア~。あれからクレハが口を利いてくれないんだけど~……?」
「私だってそうだ。話掛けようとすると避けられる……」
肝心な時に助けてくれなかったダメな姉認定を受けることになってしまった。
パーティーの後で事情を説明する為に話をしようとした時にはもう無視されるようになっていた。大切な妹に無視されたという事実に2人は崩れ落ち、今日も今日とて項垂れていた。
「お主ら……何時までそうしているつもりじゃ……」
「「レイラ様ぁ……」」
「全くたかが喧嘩とも言えんようなもんじゃろうに。それより、ほれ。仕事じゃ」
「今はそんな気分じゃありません~……」
「私も仕事してる場合じゃないんですよぉ。すぐにでもクレハと仲直り出来る方法を考えないと、マジで無理……」
「なら朗報じゃな。この仕事は元はクレハの発案によるものじゃ。これを完璧にこなせば仲直りぐらい――」
「行くわよ、ジュリア!」
「行くか!フローラ!」
仕事の内容すら聞かずにクレハの依頼である事と仲直りの手助けになりそうという部分を聞いただけで書類をひったくるようにして持っていってしまった。
「仕事の中身も聞かんとは困った奴らじゃ……にしても、魔道具職人ミランダとフルハルト侯爵家か。先のティアラ盗難事件もそうじゃが最近は何かと物騒になってきておるのぉ」
レイラは虚空を睨むように視線を細める。
「これは一度、本腰を入れて調べる必要がありそうじゃのう」
何かを決意した魔法師団団長レイラはその場を後にした。
その後、きちんと仕事をこなしたジュリアとフローラは無事にクレハと和解?する事が出来た。
仕事の為一緒に領地に帰る事は出来なかったが「頑張って」と応援された2人の仕事ぶりは近年稀にみる程の気合の入り様だったという。
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