ミランダ暗殺事件

その日の夜――


 ミランダ魔道具店の中に1つの人影があった。それは店主のミランダの影では無い。全身をマントで覆い隠し素顔どころか性別すら判断が付かない風貌をしている。


 それは明らかに招かれざる客だった。


 侵入者は建物の中を進んで行く。辺りは一寸先すら真っ暗だというのにその進みには迷いが無い。何かしら暗闇に対する対策をしてきているようだった。そしてその足は一つの部屋の前で止まる。

 その部屋はミランダが普段から寝室として使用している部屋だった。音も立てずに部屋の中に入った侵入者は部屋の中に視線を巡らせて布団の膨らみに目を止める。


 侵入者の狙いは――ベッドで眠るミランダだった。


 素早くしかし一切音を立てない動作でベッドに近づいていきその傍に立つ。

 侵入者は腰から引き抜いた短剣を振り被り、それを一気に振り下ろす。


 眠っているミランダを貫いたかに思われたその短剣は空中で止められていた。短剣とミランダの間に出現した膜のようなものに刃を阻まれていたのだ。


「っ……」


「あら、こんばんわ。暗殺者さん。今夜も私を殺しに来たのかしら?」


「……」


 ミランダの問いかけには一切答えることなく暗殺者は引き続きミランダを狙う。

 しかし先程短剣を防いだ膜によってまたもや防がれる。


「最近物騒でしょ?だから護身用に新しい魔道具を作ったの。早速役に立ったみたいでよかったわ」


「……」


「……なるほど。より強う攻撃ならって判断したわけね」


 攻撃を防ぐ謎の膜によってミランダには近づく事が出来ない。しかしその手の魔道具の効果はさほど長く続かないと判断した暗殺者は、得物を短剣からサーベルに変えるとミランダに切りかかる。


 暗殺者の考えは間違っておらずその魔道具は3分間しか発動し続ける事は出来ない。その上、一定以上の衝撃が加わると防ぐ事が出来ずに壊れてしまう欠陥品だった。

 そしてその時はあっという間にやってきて暗殺者の刃はとうとう防御を突破してしまった。攻撃を避けようとしたミランダの肩口を浅く切り裂く。


「くっ……」


「……」


「せめて移動しながら使えるように作っておくべきだったわね。ちょっと油断しすぎたかしら」


「……」


「暗殺者だからなのか何にも言わないのね。せめてこれから死んでいく私に何の目的で殺されなくちゃいけないのか教えてくれてもいいんじゃないの?」


「……」


「ああ、そう。冥途の土産も無しってこと……」


 暗殺者にその気が無いことを悟ると、傍にあった机の中から杖を取り出す。 

 それを見逃すような暗殺者では無く既に守る手段の無くなったミランダを殺そうと迫る。その瞬間ミランダの杖から強烈な光が発せられた。


「っ……!?」


 声を出す事は無かったが思いもしなかった現象に暗殺者の目が眩む。その隙をついてミランダは寝室を逃げ出す。そのまま一階に降りて行き外に逃げようとしたが――足に短剣が刺さった。


「ぐぅ!!?」


 その痛みにその場に崩れ落ちるミランダ。あと一歩の所で暗殺者は閃光の衝撃から立ち直り外に出ようとするミランダの脚に短剣を投擲したのだ。

 戦士ではないミランダには痛みに対する耐性は無い。そして短剣に塗られた毒による麻痺で身動きすることすら出来ないミランダにゆっくり近づく。


「貴族に逆らうんじゃ無かったな……」


「あ、あら……最後には、喋って、くれるのかしら……?」


「ふん。どちらにしろ貴様は助からん。死ね」


 今度こそ留めを刺すべくサーベルを振り下ろす暗殺者。


「それじゃあ、あなたも、ね」


「!?」


 サーベルに貫かれたミランダの懐から小さな宝石が転がり出てくる。その宝石は一瞬で真っ赤に染まると辺りにとてつもない熱量と炎をまき散らし始めた。

 咄嗟に暗殺者はショーウィンドーを突き破り外に転がり出る。


 次の瞬間にはミランダ魔道具店全体が炎に包まれあっという間に火事に発展してしまった。

 騒ぎを聞きつけた近所の住人達が何事かとざわつき始める。暗殺者は誰かに見つかる前にと素早く路地裏に入って身を隠す。

 そこで息を潜めていると背後に人の気配が突然現れたのを感知した。


「標的は仕留めたのか?」


「間違いない。急所にサーベルを突き立てたし手応えもちゃんとあった。最後に俺を道連れにしようとしたみたいであの様だ」


「ふむ。どのみちあの火の手では助からんな。火が消えたら死体も確認しておけ」


「分かった」


 暗殺者の返事を聞いて満足したのか背後に立っていた何者かの気配は霧散した。


 明け方まで続いた火事は魔法師団の魔法使いが到着したことでようやく鎮火されることになる。店は全焼して焼け焦げた何かというしかない状態のものがそこら中に転がっていた。

 その焼け跡の中からは全身が焼け焦げて人相の判別がつかなくなった人間の遺体が発見された。場所から考えてこの遺体は店主であるミランダのものとして間違いないと処理された。

 遺体が焼け跡から運び出される瞬間を野次馬に混じって見届けた暗殺者は自分の仕事の成功を報告する為に雇い主の元へと帰って行った。


 こうして王都に名を馳せた魔道具職人ミランダは店の火災と共に死亡したと知られることになった。





「これがクレハの書いたシナリオかい?」


「ええそうよ。ミランダにはお店と共に死んだことになってもらって身軽な状態で領地に来てもらいたかったから。それにこの方が追ってとかが掛からなくていいでしょ」


「ふむ。確かにね」


 ミランダ魔道具店を訪れた翌日の昼頃。


 あたしはミランダを保護することになった経緯と昨夜から今朝がたにかけて王都で起こった事件のあらましをお父様とお母様に説明していた。

 

 ここは昨日に引き続き王宮にあるあたし達が宿泊している一室。

 本当なら昨日で帰るつもりだったんだけど、今回の件について陛下にも話しておく必要があったのでこうしてもう一泊させてもらったのだ。 

 と言うか作戦の実行の為に全員徹夜しているんだけど。それで後処理とか報告を聞く関係上片付くまでにこんな時間になってしまった。

 

 今部屋の中にはあたしとお父様、お母様、サーラそしてミランダがいる。


「昨日戻って早々に『優秀な魔道具職人をスカウトする為に協力して!』ですものね。蓋を開けてみればこの騒ぎ。まったく連日騒ぎを起こさないと気が済まないのかしら?ねぇ、クレハ?」


「そ、それは……でも今回はちゃんとした人助けよ!命を狙われているミランダを救ったんだもの!」


「はぁ……ミランダさんは本当にこれでよかったの?クレハの手段はかなり強引だったわ。もうお店も無ければミランダという人間は死んでしまった事になっているのよ?」


「少し迷ったけれどね。これでよかったと思うわ。こうでもしないと私は一生命を狙われる人生だったでしょうし。だからクレハ様には感謝こそすれ、恨みなんてないわ。むしろ恨むのならこれを仕掛けてきたフルハルト家のやつらよ」


「フルハルト家……まさか口止めにこんな手段に出てくるとは。本当に何を考えているんだ?」


 確かに今回ミランダには死んだことにするどころか大切なお店を潰すという選択しか提示出来なかった。あたしにもっと知恵と力があればそこまでせずには済んだのに。

 為には原型が分からなくなるまで破壊する必要があったし、そもそもミランダと暗殺者を長時間合わせたくなかったという理由もある。


 だからこれからミランダにはあたしに出来る限りの最高の環境を提供して魔道具作りに励んでもらうつもり。

 それが今のあたしに出来る唯一の事だから。


「それにしてもあんなアイテムをクレハが隠し持っていたなんて思ってもいなかったよ」


「別に隠してた訳じゃないわよ?披露する機会がなかったから仕舞い込んでただけだもの」


「これは……まだ他にもそういうアイテムがありそうだね?」


「そうね。近いうちにクレハの持ってるアイテムを全部チェックする必要があるわね」


「……」


 今回の作戦で活躍したアイテムは主に2つ。

 それが描こうと思えば何でも描ける『自在筆』と描いたものを実体化させる『実体化スケッチブック』だ。これを出してしまえばもう分かってしまうだろう。

 自在筆を使って360℃から完全再現されたミランダの姿を実体化スケッチブックに描く。そうして出来上がったのがミランダの形をした抜け殻だ。ただし外側は皮膚の感触すら再現した完全なミランダだった。錬金術の奥義として存在するホムンクルスが近いのかもしれない。

 意志もなく生きている訳でもない。ミランダの形をした人形を作った。


 後はミランダホムンクルスに生命術式のアレンジ版を施して自立行動を可能にする。

 

 つまり本物のミランダは別の場所にいながらもミランダホムンクルスが殺されることで、あたかも本物のミランダが殺されたように思わせる事が出来る。

 ただしこのミランダホムンクルスの欠点としては傷を作っても血が流れない。そこだけは本当に苦労した。服の内側のいたるところに血のりを忍ばせておいた。


 だから暗殺者と長時間対峙させたくなかった。どのタイミングでバレてしまうか分かったものじゃないから。


 それでも何とか無事に乗り越える事が出来て正直なところホッとしている。

 一歩間違えば秘密が露呈しかねない綱渡りのような作戦だったから。もっと時間があれば少しはましな作戦を考えられただろうけど、さすがにアレが限界だった。


「今回使ったアイテムにしても国宝どころの騒ぎじゃないような価値があるんだよ?そこのところちゃんと分かってるのかいクレハ?」


「これまで色々な魔道具を見てきたし作ってきたけど、あれほどの力を持った道具は見たことが無いわ。クレハ様って本当に何者なの?」


「ぜ、善処するわ。アイテムに関してはスキルが凄いだけであたしが作ってるわけじゃないから」


 改めてガチャガチャスキルから出てくるアイテムの理不尽さを確認したところで、陛下が部屋に入ってきた。

 もちろん陛下にも今回の件とフルハルト家の話はしてある。その上でミランダ死亡事件の詳細について確認する為に、さっきまで動いてくれていたのである。


「全員楽にせよ。まずミランダについてだが、騎士団の方でも死亡処理をされていた。これは我は一切口を出していないから怪しまれることもあるまい。それと暗殺者の方だが、運びだされる死体を一目見てどこかへ戻って行ったそうだ。まあ恐らくは依頼人、もしくは闇ギルドだろうな」


「陛下、娘が厄介事を持ってきてしまい申し訳ありません!」


「よい。そもそも今回の一件は我が王として不甲斐ないがゆえ。フルハルト家が好き勝手にする要因を作ってしまったのだ」


「け、決してそんなことはっ――」


「いや。だからこそフルハルト家の蛮行を許す事は出来ない。まさか精神干渉系の魔法を使おうとするとはっ、王家が全力を挙げてフルハルト家を粛清するつもりだ……しかし証拠が少ない。だからすぐに断罪という訳にはいかん。ミランダよ、すまぬがもう暫く待って欲しい」


「そ、そんな私なんかに謝らないでください陛下!そう言ってもらえるだけで十分ですから!」


 これで何とかミランダの件に関しては一旦の終わりは見る事が出来た。後はいかにしてフルハルト家の連中を罪に問うかという問題だが、これは王家に任せてしまおう。素人が口を出すよりも専門にしている人に任せた方がきっと上手くいく。まあもう面倒くさいっていう理由もあるけど。


 さて、これで領地に帰ってゆっくりする事が出来る。暫くはフルハルト家とかそういう面倒くさいのは忘れてのんびりしたいものね。

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