巻き込まれ体質ってあるのかしら~

 まさかここに来てまたあの家の名前を聞くことになるとは思わなかった。

 思い出すのは先日のパーティー会場での出来事。あたしとソフィアに平気で魔法を放ってくるような馬鹿息子と、近寄り難い雰囲気を漂わせる父親の当主。


 関わるのはあれっきりだと思っていただけに顔が強張るのが止められなかった。


「フルハルト家ですか……お嬢様も随分とが、そんな魔道具を依頼するとは。一体何を考えているのか……」


「さぁ、そんな事はしらないわよ。興味も無かったし。でも何人か常連さんもいたからその人達には迷惑かけることになるわね。せめて謝罪だけでもと思ったけど私が関わった方が迷惑になるわよね……」


「……」


 ミランダの悲痛な視線があたし達の背後にある店内に続く扉に向けられた。サーラの話から商売を好き好んでする人のようには感じなかったけど、お店とお客の事は大切にしていたのがその様子から伝わってきた。


「ミランダ。嫌がらせをフルハルト家がやっている証拠は何かある?」


「そんなのないわ。そう思ったのだって店に来た遣いが『断ったら後悔することになる』って言っていたからだもの」


 だとするとフルハルト家を罰する事は出来ないか。


 貴族を犯罪者として裁くのは平民を裁くのとは訳が違う。例え明確な証拠を揃えたとしても貴族家の家格によっては罪に問えないことすらある。だから証拠すら押さえられていない状況では何を言ったところでフルハルト家が揺らぐ事はないだろう。


 馬鹿げてるかもしれないけど、それが今の貴族を取り巻く現状だ。


 今のあたしなら国王に言葉を届けることだって出来る。それでも前回のように精々謹慎処分にするのが良いところ。そうなれば、ミランダにどんな報復が待っているか分かったものじゃない。きっと今よりも直接的な手段に出てくるに違いない。


「……やっぱり王都を出るしかないかしらね」


「何処かあてがあるんですか?」


「いいえ。両親はとっくに他界してるし親戚筋はもう何十年と顔を合わせてないわ」


「それでは――」


「まあ適当な田舎にでも引っ込んで細々と暮らしながらほとぼりが冷めるのを待つとするわ」


 ミランダは王都を出る気でいるようだが、本当にそれで解決するだろうか?

 本当にほとぼりは冷めるのだろうか?


 もし連中がミランダを逃がす気が無かったとしたら。精神支配の魔道具を依頼するという情報を知ってしまったミランダを殺す事が本当の目的だったのなら。

 そうだったなら、例えどこに逃げたところで何年隠れたところで自由に外を歩く事は出来なくなるだろう。最悪の場合は間違いなくそうなる。


 それを主導しているのが、あのフルハルト家であると……


「――気に食わないわね」


「お嬢様?」


「フルハルト家のいいようにされるのは気に食わないわ。さっきサーラが言ったようにアイツ等にはあたしもお世話になったから」


「しかし、どうするつもりですか?奴らの狙いがミランダの命だったとしたら王都から逃がしたところで解決とはなりませんよ」


「そうだったとしてもやりようはあるわ。ミランダの命が狙いなら――死んだことにすればいいんだもの」

 

 正確に言うと相手にミランダを殺したと確信させればいいってこと。


「……何か策があるんですね?」


「もちろんよ。じゃなかったらこんなこと言い出さないわ」


 またアイテム頼りの作戦になるけど使えるものなら使わせてもらう。


「ただしこの作戦を実行する以上ミランダ。あなたは表向き死んだことになるわ。当然だけどここで店を続けることも出来なければ、王都で魔道具職人として活躍することも出来ないわ。少なくともフルハルト家がどうにかなるまでわね」


 仮にも侯爵家なのだから滅多なことがない限り傾く事は無い。実質もう二度と王都には戻ってこれないと言っていることと同じだ。ミランダにはお店を通じて作り上げて人間関係があっただろうけど、それを捨てて貰わなくちゃいけない。


「だから選んでちょうだい。ここに残って死の恐怖に怯えながら日々を過ごすか、小娘の作戦にのってこれまでの自分を捨てて新しい生活をスタートさせるか」


「あなた……一体何なの?サーラについてきた子どもかと思ってたけど、普通じゃないわよね」


「そういえば自己紹介してなかったわね。あたしはクレハ・カートゥーン、カートゥーン男爵家の三女よ・少し前に5歳になったわ」


「カートゥーンって、あの騎士団と魔法師団にいる姉妹と同じ……?」


「ええ、2人はあたしの姉よ」


 ミランダが目を丸くする。王族や貴族の周りだけじゃなくてこんなところまでお姉様たちの名前は轟いているのね。その影響力の大きさに少し呆れると共に誇らしくも感じている。

 2人ともよっぽど活躍しているのね。


 あたしの返答を聞いたミランダは考え込むように視線を下に向ける。


 まあ突然こんな子どもに偉そうなことを言われても悩むわよね。でもあたし達にもそこまでの時間は無い。王都での用事が済んだ以上、近々領地に帰ることになるはずだ。そうなってしまえば、あたしは手を出す事は出来ない。

 だから急かすような形になってしまったけど、この場で決めてもらう必要があるのだ。


 するとミランダの瞳が真っすぐにあたしの目を見据えた。


「なぜ、初対面の私にそこまでしてくれるのかしら。サーラの知り合いだから?それにしたってそこまで世話を焼く理由にはならないと思うんだけれど?」


 理由か……確かにサーラの知り合いだって事が助けようと思った一因であるのは間違いない。

 でもそれだけじゃない――


「店内にあった魔道具。詳しく見る事は出来なかったけど、造形が素晴らしかった。それだけじゃない。分かる範囲でだけど、魔道具としての機能を得る為に最も効率的な構造をしているとも感じたわ……ミランダ。あなたの魔道具作りの腕は一流だとあたしは思うわ。だからこそ――あなたが欲しいと思った」


「っ……」


「それがあたしにとってのメリットよ。弱ったあなたの気持ちに付け込んで引き抜こうとしているだけ。シンプルな理由でしょ?」


 残念ながらあたしは術式を仕上げる事は出来ても魔道具を作る才能は凡人並みしかない。画期的な術式を造る事が出来たとしてもそれを魔道具として仕上げるとたちまち見劣りする作品になってしまうのだ。

 だから商業ギルドではあくまで術式の登録に留めた。きっと魔道具として登録していたら他のもっと腕の良い職人が作ったものにあっという間に追い抜かれてしまうから。


 これまではそれでも満足だったけど、ガチャガチャスキルを得てから考えが変わったのだ。

 

 それじゃあ足りない、と。


 だからミランダを領地に連れてくる事が出来るのは渡りに船の話だ。我ながらやり方はあくどいと思う。もしミランダがあたしの手を取ってくれるのなら罵倒も甘んじて受けるつもりだ。これから先で魔道具職人としての腕を振るってもらう為に。


「サーラ、あなたの主人はいつもこうなのかしら?」


「まあ大体こんな感じですね。私のときもこんな感じでしたから」


「なるほどねえ~」


 ミランダが口元をニヤニヤさせながらサーラに視線を向ける。

 その視線から逃れるようにサーラも顔を背ける。その耳が赤くなっているのが見えたけど理由は分からない。どうしてかしら?


「クレハ様。私はあなたの話に乗ることにするわ」


「本当にいいの!?」


「だからちゃんと私の事を守ってちょうだいね」


「ちゃんと計画は立ててあるわ。だから任せなさい!」


 ふふっ、魔道具職人ゲットね!これで頓挫していた研究やら実験やらが捗るわ!!


「ではお嬢様。その作戦とやらを説明して貰えますか?」


「もちろんよ!」


 色々と作戦に必要な条件があるけど、ダメならダメでどうにかする手段も考えればいい。


「じゃあ説明するわ――」


 3人で話し合った結果、作戦の決行は今日の夜がベストタイミングである事が分かった。

 よって今夜でミランダの問題に一旦の区切りをつける。


 ああ、早く領地に帰って平穏無事に研究生活を再開したいわ~……





 お嬢様は作戦の為の準備をすると言って、ポシェットの中から色々なアイテムを出して並べている。

 その様子を呆れながら眺めていると隣にいるミランダが話しかけてきた。


「あなたの所のお嬢様、良い意味で頭おかしいわね」


「良い意味、と言われても誉め言葉としては不適切ではないですか……?」


「そう言ったって、普通じゃないわよ。あの作戦だって私の事情を聴いてからの数分で考えたものでしょう?かなり荒唐無稽な作戦だったけど、それを実行できるだけの力を持っている。どう考えたって、普通の子どもじゃないわよね?」


「まあ……そうですね」




 私は自分がお嬢様と出会った時のことを思い出していた。


 当時の私はSランク冒険者として他人から見れば大成しているように見えただろう。それなり以上には実力もあったし仲の良い人間もいた。

 アリシアは仲が良いというよりも何故か毎回絡んでくる変な人という認識でしたが。まあ仲が悪かったかと言われるとそうではありませんでしたが。


 しかし私は冒険者としての生き方に疲れてしまっていました。その時にはもう、どうして自分が冒険者になったのかなんて思い出すことすら出来ませんでしたから。でも孤児だった私は生きるのに必死だったからだと思います。


 冒険者なんてリスクのある仕事をして、いつ終わるとも知れない命のやり取りの中に身を置き続けて。

 どうしてそうまでして冒険者を続けているのか分からなっていました。


 そんなある日でした。カートゥーン家の領地がある方面へ向かう商隊の護衛の依頼が掲示板に張られているのを見つけたのは。

 依頼ランクはC以上、Sランク冒険者が受けるにはいささか力不足な依頼です。ですが私はその依頼を手に取って、気が付いた時には依頼受諾を済ませていました。

 きっと受付してくれた人も驚いたことでしょう。


 そうして私は逃げるようにその商隊と共に辺境へと向かいました。


 道中で出てくる魔物はそれほど強いものもおらずいたって平穏に道中を過ごす事が出来ました。


 そうして辿りついた辺境の街のギルドで達成報告をしていると、近くの森に強力な魔物が発生したとの報告が聞こえてきたのは。その場にいた高ランク冒険者は私だけ。その討伐依頼が回ってくるのも当然と言えるでしょう。

 場所はその街からさらに進んだところにあるカートゥーン領に含まれる森。


 断る事も出来ずに受けたその依頼で――私は瀕死の重傷を負いました。


 普段だったら絶対に犯すことの無かったミスを連発し、ほとんど相討ちのような形で何とか倒す事は出来ました。きっと気力とかそういったものが欠如していたんでしょうね。だから普段通りのパフォーマンスをを発揮する事が出来ずにあっさりと追い込まれた。


 自分はここで死ぬのだと感じたその時、ようやく自分の中にあった感情に気付く事が出来た。


 それは死にたくなかったということ。必死で生きてきて考えている暇なんて無かった自分の命のこと。冒険者として安定した生活が出来るようになって、その事に目を向ける余裕が出てきたからこそだったんだと思います。

 死ぬ寸前になってようやくそのことに気付いても遅かった。もっと早くにそのことに気が付いていればもっと違う選択をする事が出来たのかもしれません。


 涙を流すのなんて何年ぶりだったか。もしかしたら数年じゃ足りないかったかもしれませんね。


「あれ?もう終わってたのかよ――うおぉ!?お前死にそうじゃねぇか!!おい、フローラ!!こっちきて回復魔法かけてくれ!!」


「まさかジュリアが怪我でもしたの~?……ああ、そういう事ね。すぐに治療するわ~」


 瀕死の私に治療を施してくれたのは偶然にも領地に帰省している途中だったジュリアお嬢様とフローラお嬢様だった。2人は私が依頼を受けた街で今回の魔物の事を聞いて折角だからと討伐に参加しようとやってきたらしい。


「お前がギルドで聞いたSランク冒険者のサーラか?この程度の魔物に苦戦するって、まさか偽物じゃないだろうな?」


「そう、ですね……Sランク冒険者のサーラは死んだのかもしれません」


「はぁ?……仕方ねえな。取り合えずうちに来いよ。回復魔法でも失った血までは戻らないから歩くのもつらいんだろ」


「そうね~。折角だから話も聞きたいし、一緒に来てもらいましょうか~。ああ、魔物の素材は後でちゃんと返すから今は私が保管しておくわね~」


 2人に連れられた私はカートゥーン家のお屋敷に招かれた。


 そして、そこで出会ったのだ――クレハ様に。




「ちょっとサーラ、どうかしたの?さっきから遠い目をしてるわよ」


「いえ、少し……懐かしい記憶を思い出していました」


 あの時の事は今でも忘れていない。でも、その話をしようとすればきっと一晩かかっても語りきれないだろう。

 だから私の記憶の中だけに留めておく。ミランダがカートゥーン領に来るならいつか話す機会もあるかもしれない。

 その時まで大切な思い出として、私の中で温めておこう。そう思った。

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