関わることになる貴族

 王立学園の見学、商業ギルドへの登録と術式の特許登録も済ませた。

 まあ他にも色々あったけど……取り合えず今日の目的は達成できた。この後は王城に戻るだけなんだけど少しだけ見てみたい所がある。


「サーラ。魔道具とかが売っているお店ってここら辺にある?」


「簡単なものでしたらそこら辺の商店でも売っています。ですがお嬢様の求めるようなものとなると専門店に行った方がいいでしょう。ここら辺だと昔私が使っていたお店がありますので、そこに行ってみますか?」


「そうなの?だったらそこに行きましょう。サーラが使ってたって事は信用のおけるお店なんでしょ?」


「そうですね。店主は愛想がある人ではありませんが、悪い人間ではありません。それに使える使えないに関わらずオリジナルの魔道具もそれなりに置かれているので見ていて面白いですよ」


 というわけで今度はその魔道具専門店に行ってみることになった。


「それで、どうして急に魔道具が見たいなどと?」


「う~ん……なんか王都で色々あったじゃない?それで、もしかしたら自分の価値観と世間の価値観にかなりずれがあるんじゃないかと思って。特に魔道具とか、魔法技術面に関してね……」


 王都に来てからの数日で色々考えるような事があった。

 それが大きくなったのは今日、学園でサリヴァン学園長やサン先生、そして商業ギルドでアリューミンさんと話したからだと思う。

 自分がこれまで積み上げてきた知識、技術、経験、そしてそれに基づく常識が世間のそれとは大きくずれているという可能性に思い至った。思い返してみれば、今朝もお父様に行けば分かるとか何とか言われていたような気がする。


 だからこそ社会勉強という程大げさなものじゃないけど、少しだけ世間一般を自分の目で確かめておく必要があると感じたのだ。


「ああ、ようやくっ……ようやくお嬢様がそれに気付いたのですね!?カートゥーン家の使用人として大変嬉しく思います!」


「大げさすぎやしないかしら……?」


「いえっ!!これまで何度それを自覚させようとして失敗して来た事か。旦那様や奥様ですら最近は諦めた空気が漂っておりました。時間が解決してくれると溜息を吐いていた日々がようやく報われたような思いで一杯でございます」


「あたしの評価……」


 サーラの言葉をどうにかして否定してやりたい気持ちはあるけど、思い当たる節が多すぎて反論出来ない自分がいるのが非常に悔しい。そういえばお父様もお母様も少し前ぐらいから、それまでほど実験とか研究に口煩く無くなっていたような気がしなくもない。

 

「……まあ特に気にしなくてもいいか」


「いえ、そこは存分に気にしてください。自覚した上で無視するとか一番質が悪いですよ」


「大丈夫よ。今度から少し控えめにしていくから」


 ええ、少しね?


「……不穏な副音声が聞こえた気がするのですが、今はその言葉を信用しておきましょう」


 サーラからのお許しが出たのでちょっとは控え目にするとしよう。その時までに今日の決心を覚えていればだけど。まあいざとなったらきっと思いだすから大丈夫でしょう。あたしって記憶力は良い方だし。


 ともあれそんな話をしながら魔道具のお店まで歩いて行く。商業ギルドからそのお店に行くには大通りを通って行かなければならず、道の両側には多くの露店が並んでそれよりもっと多くの人々が往来に溢れていた。


「ここはいつもこんなに賑わってるの?」


「そうですね。この通りは王都でも最も多くの露店や店舗が集中しているエリアになります。品揃えも幅広く揃っているのでこんな感じで商品を求める人達が多く集まってくるんです」


「毎日こんな感じなのね。ちょっと人酔いしそうだわ……」


 領地でもこれだけの人が一度に集まる事はほぼ無い。

 あっても秋の収穫祭ぐらいだと思う。

 

 元々あまり人と関わることが多くない生活を送っているから熱気とか色々あって少し気分が悪くなってきた気もする。


「申し訳ありません。元々の体力とついさっき魔力酔いで倒れられたことを失念していました。近道をしますのでそこの路地に入りましょう」


「ええ……」


 路地に入るとサーラは自然な動作であたしの身体を横抱きで抱えるとその場で一気に飛び上がった。 


「えっ、ちょっとサーラ!?」


「少し行儀は悪いですが、認識阻害魔法を発動するので周りからは見えませんので安心してください」


「せめて行動する前に説明してくれるかしら!?いきなりで死ぬほど驚いたんだけど!?」


 サーラが今立っているのは通り沿いの建物の屋根の上。当然抱えられているあたしも屋根の上にいる。


「まあまあ、お嬢様が為されることと比べれば可愛いものではありませんか。それでは行きましょう」


「もしかしてこれまでの事怒ってぇ――!!」


 屋根から屋根へと飛び移っては凄い歩きより全然早いスピードで進んで行く。あたしを抱えていることを考えれば凄い身体能力なんだけど別の場面で見せてほしかった。決してこうして体験したかった訳じゃない。


 今度からサーラへの頼み事は程ほどにしておこう……


 そうして進んで行くこと約5分。あたしとサーラは屋根から地面へと戻ってきた。目の前には一軒家の小さなお店が建っていた。


「到着しましたよ、お嬢様」


「……ええ、ありがとうサーラ」


 地面に下ろしてもらい、ようやく足を付ける事が出来た。浮遊する感覚は反重力空間で体験しているはずなんだけど、それとは全然違う感覚だった。自分で動くことが出来る浮遊と誰かに抱えられての移動はやっぱり違うものなんだろう。

 

「それでここがサーラの案内したかったお店でいいのかしら」


「はい。ここがそうです。あまり有名は店舗ではありませんが私はお勧めできるお店ですよ」


「へぇ~……」


 店舗の看板には『ミランダ魔道具店』と書かれている。


 店名からして店主は女性なのかしら?


 ガラスの窓から見える店内は薄暗くとても営業しているとは思えない。けれどサーラはそんなことお構いなしに扉を開けて店内に入ろうとする。あたしも慌ててそれに続くと、やっぱり店内には誰も居ない。

 それどころか床や棚は埃を被っており、ここしばらくまともに営業していなかった雰囲気が伺えた。


「これは……ミランダ!ミランダはいますか!」


「ねぇ、ここって本当にやってるの?とてもそうは見えないんだけど」


「私が来ていた時は多少汚れてはいましたが、少なくともここまでではありませんでした」


 その後サーラが何度かミランダと名前を呼び続けると奥から呻くような声が聞こえてきた。少ししてから茶色い物体が這うようにしてやってきた。


「ひぃっ……!」


「見て分からないの。今は営業していないのよ。分かったらさっさと帰ってくれるかしら」


 茶色い物体が掠れるよう声でそんなことを言っているのが聞こえてきた。

 もしかしてこの人が――


「久しぶりに来てみれば、これはどういう事なんですか――ミランダ」


「その声……もしかして」


 茶色い物体から手が伸びてきて前髪を払う動作をするとその奥から顔が現れた。全身を覆うほどにあった茶色は無造作に伸ばされた髪の毛だったらしい。


「やっぱり、サーラじゃないの。随分と久しぶりのお客さんね。何年ぶりかしら」


 現れた顔は病的に白く、眼の下の隈もくっきり濃く出ている。素材としては美人だと思うんだけど、隈とかやつれのせいで台無しになっている。


「そんな事は今は良いです。それよりもこの状況は何が合ったんですか?以前からやる気があるようには見えませんでしたが、店を閉める程では無かったはずですが?」


「ちょっと、ね。色々あったのよ。折角の馴染みの客だし、好きな魔道具を持っていっていいわよ」


「それはどういう?」


「簡単な話よ。この店はもうすぐ畳む予定なの。だからここにある魔道具も処分しなくちゃいけないのよ。でもただ捨てるよりも必要としてくれる人が使ってくれた方が魔道具も嬉しいでしょう」


「本当に何があったのですか……?」

 

 ミランダは大儀そうに立ち上がるとあたし達を店の奥に案内してくれた。

 そこは居住スペースになっているらしく、他にも魔道具を作製する為の道具らしきものや作業台も多く置かれていた。

 けれどその大切なはずの商売道具たちは埃を被っていて使っている形跡が見られなかった。お店どころか魔道具作りすらしていないのかもしれない。


 さっきお店を閉めるって言っていたけど、ひょっとして魔道具作りも辞めるつもりなのかも……


「さて、どこから話したものかしらね。といっても言葉にしてしまえば、至極簡単な理由なんだけれど」


 ミランダさんの口から語られたのはここ1年間に起こった出来事だった。


 今から遡ること1年前。その頃はこのお店もお客は少なかったが営業は普通にしていたらしい。しかしある時ミランダさんの噂を聞きつけた貴族の遣いを名乗る男がやってきたらしい。ミランダさんは魔道具作りにおいてはかなり名の知れた人物で、貴族やそれなりの立場の人間から魔道具作りの依頼を受ける事はままあったとのこと。

 その貴族の遣いの男もその類の依頼主だと思って話を聞いていたらしい。しかしその話が進んで行くにつれて雲行きが怪しくなっていった。特に問題だったのは製作を依頼された魔道具で――


「他者の精神を支配する魔道具。それが奴らが製作依頼してきた魔道具だったの」


「この国では精神干渉系の魔法は基本的に禁止されているはずよ!?それを貴族が依頼してきたって言うの!?」


「その通りよ。家紋付きの短剣を見せられたから、間違いないと思うわ」


 そんな馬鹿な……貴族であればその魔法が禁止されていることを知らないはずがない。あたしのような辺境の男爵家でさえ貴族教育の一環として使ってはいけない魔法として教えられるのだから。


 精神干渉系の魔法が禁止される理由にはその力があまりに危険であり、大きな混乱を招きかねないからという話がある。まだこの魔法が禁止される以前、この国でもそれを利用した犯罪が多く存在していた。例えば見ず知らずの人間を操って盗みをさせ自分は高みの見物でその報酬だけを得る。

 この犯罪の厄介なところは精神干渉系魔法は痕跡が残りにくいということだ。例え操っていた人物まで辿り着いたとしても、証拠不十分で捕まえる事が出来ないケースが多くあった。


 そんな経緯もあって精神干渉系魔法は禁止されたという過去がある。

 

 ちなみに今日あたしが使った思考加速魔法は身体強化系に含まれるので特に禁止はされていない。


「私もさすがに不味いと思ったからね、断ったのよ。ちょうどその後からよ、嫌がらせが始まったのは。それに少し前から単なる嫌がらせじゃなくて、命まで狙われるようになった」


 続けてミランダの口から出てきた言葉に驚くことになる。


「依頼してきた貴族は――フルハルト侯爵家の連中よ。一連の嫌がらせもアイツ等の仕業でしょうね」


「フルハルト……侯爵家……」


 それはお披露目パーティーで散々迷惑をかけられ、もう関わりたくないと思っていた家の名前だった。 

 

 妙なところで縁のある名前が出てきたわね……

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