欲しいアイテムって何かしら~
学園での用事も済ませて入ってきた時と同じように正門から出ていく。背後ではとても元気な様子のサリヴァン学園長がぶんぶん手を振っている。
あたしもそれに軽く手を振り返して足早にその場を立ち去る。授業の時間が終わっているので生徒達が校舎の外に出てきているのだ。すると正門前で子どもとメイドに手を振っている学園長の姿があるのだ。目立つなという方が無理な話だった。
暫く速足で歩くと正門が完全に見えなくなったので歩く速度を緩める。
「なかなかに、その……強烈な方でしたね。あの学園長は」
「……サーラは前に依頼を受けた時に会った事あるのに知らなかったの?」
「私の時は依頼の件で少し話したぐらいで、その時は威厳のある学園長としての姿しか見ませんでしたので。今日じっくりと話して思ってもみなかった一面を知りました……」
「そうね。暫くは会わなくてもお替りは必要ないわ……」
別に悪い人ではないのだけれど、如何せん強烈というか豪快というかそんな性格をしているので気疲れしてしまっただけ。来年から学園に通うとなったら毎日あの人と顔を合わせるかと考えると、失礼な話だけど少しげんなりしてしまう……
とはいえそれも先の話だ。今は次の目的地に向けて気を取り直して歩こう。
まあこの通りを真っすぐ行けばすぐに着くという話だったから迷う心配も無いのだけど。
「お嬢様、次に向かうのは
「そうよ。まずは商業ギルドに登録しに行かないと」
あたしが今回商業ギルドに行く主な目的はギルドに登録すること。
「あたしのスキルって基本的の魔石を使わないとまともに機能しないじゃない?本当なら自分で魔物を狩りに行けたらいいんだけど、それはあたし向きじゃない。だから資金を作って魔石を買うっていうのが一番合ったやり方かなって」
「私でも魔石ぐらいなら何時でも調達できますよ?幸いにしてカートゥーン領の辺りは魔物の数も種類も豊富ですから。強いところから弱いところまで選り取り見取りです」
「いえ、それには及ばないわ。サーラの仕事の邪魔をする訳にはいかないし、それに人間が1人で活動して集められる量なんてたかが知れてる。だからどっちにしろ大量の魔石を確保するなら自分で調達するよりも大量に購入する方がいいの」
「……そんなに大量の魔石が必要なんですか?スキルに使う為だけであればそんなに大量の魔石を使わないと思うのですが」
「まあ普通に使うんだったらね――ちょっと欲しいアイテム、というか欲しい力を持ったアイテムがあるの。多分ガチャガチャに入ってると思うんだけど、それを引き当てる為に何回引く事になるか分からないから纏まった量が必要なのよ」
あたしの予想だと、目的のアイテムは銀色以上のレア度は確実にあるはずなのだ。だから余計に出にくくなっていると思うから、魔石がそれなりの量必要になるはずなのよね。
まあよほど運が良ければ別だけど、ここ最近だと神水の湧き出る盃をこの前引き当てたばかりだから運を使い果たしたような気がしてならない。
逆に今が乗っている時期だと考えることも出来るけど……この判断が中々難しい。
分かりたくないけど、ギャンブルにのめり込み過ぎて身持ちを崩す人の気持ちが分かってしまうような……
「しかし特許登録をするにしてもすぐに資金は入ってこないでしょう?領地に帰ってしまったら魔石を販売している店はありませんし、そこら辺の事は何か考えているんですか?」
「もちろんよ!特許で得られた金額の半分で魔石を買って領地にいるあたしの所に届けてくれるように商業ギルドと契約を交わすつもり。残りの半分は何かあった時用の貯金と、実験に必要な素材を購入する為の資金にするわ」
「……ご趣味に関する事
「……そんな事ないわ」
じとっとした目を向けてくるサーラの視線を躱しつつ道なりに進んで行く。
少し歩けば商業ギルドのシンボルである荷馬車とペンと硬貨の描かれた看板が見えてきた。建物は背の高い2階建てで、外には押し車や馬車が止めてある。人が頻繁に出入りして忙しない雰囲気は、いかにも商人達が集まる場所という感じがする。
そんな人の波を搔い潜りながら扉を潜って商業ギルドの中に入る。中は表から見た時ほど騒がしいという印象は無く人は多くいるけどマナーを守った話し声といった雰囲気だ。
ちょうど空いた受付に向かって進む。
「商業ギルドへようこそお出で下さいました。本日はどのような御用件でしょうか?」
「あたしのギルド登録をお願いしたいのと、術式の特許申請がここで出来るって聞いてきたからそっちもお願いしたいのだけど」
「えっと、登録はともかく特許申請ですか……?お嬢様が……?」
何となく予感はしていたけど、この歳の子どもが術式の特許申請に来るなんて変に思われても仕方ないわね。
使わなければその方が良かったんだけど使った方が話がスムーズに進みそうか。
「これ、王立学園のサリヴァン学園長からの紹介状よ。ちゃんと本物だけど確かめてもらっても構わないわ」
「サ、サリヴァン様の!!?――か、畏まりました。念のため確認させていただきますので少々お待ちいただいてもよろしいですか?」
「構わないわ」
学園案内が終わって再び学園長室に戻った時に渡されたものだ。今日はこの後商業ギルドに行く予定だと言ったら何かあった時に使えとその場で一筆したためてくれた。学園は冒険者ギルドだけでなく商業ギルドとも繋がりがあるそうで、色々顔も利くのだとか。
裏で他の職員に声を掛けつつ作業をしていた受付嬢は、別の人物を伴って戻ってきた。一緒についてきたのは、淡い緑色の髪を腰の辺りまで伸ばした優しそうな雰囲気の女性だった。そしてその耳はアリシアと同じように人間よりも長く尖っている。恐らくエルフ族なのだろう。
「お待たせ致しました。紹介状は間違いなくサリヴァン様からのものであると確認が取れました。それでこの後なのですが、ここからの対応は私ではなくギルドマスターに引き継がせていただきます」
受付嬢の言葉とともに一歩下がって控えていた女性が前に出てくる。
そして綺麗な仕草で一礼してみせる。
「本日はよくお越しくださいました。初めましてクレハ・カートゥーン様。私は当商業ギルドでギルドマスターの役職についております、アリューミン・ゴールドと申します。以降の対応は、私の方でさせていただきたいのですがよろしいでしょうか?」
「別にいいけど、どうしてギルドマスターなんて偉い人が出てくるのかしら?」
「それは腰を落ち着けてからゆっくりと話しましょう。個室を用意しましたのでそちらにご案内します」
通された部屋は品の良い調度品が揃えられた上等な内装で、さほど広くは無いけどいかにも重要な商談とかが行われていそうな雰囲気があった。
入ってすぐにお茶やお茶菓子を別の職員が持ってきて、長年経験を積んできた使用人のように綺麗な動作でお茶を入れて部屋を後にする。
「彼女は元々王宮で働いていた優秀なメイドなんです。今では何とか無理言って私の元で働いてくれていますが、その腕は今も一流なんですよ。お口に合えばよろしいのですが――」
お言葉に甘えてカップに口を付けようとすると、横から伸びてきた手にそれを制される。
「サーラ……?」
「少しお待ちくださいお嬢様」
サーラの視線は射抜くようにアリューミンさんに向けられている。その鋭い視線を受けてもアリューミンさんは柳の様にそれを受け流して微笑みを崩さなかった。
「この紅茶に使われている茶葉は砂漠の国である『マルスターリ』の特産品として栽培されている茶葉ですね?」
「っ……」
「はい、おっしゃる通りこの茶葉はマルスターリが原産の現地でよく飲まれている茶葉ですよ」
今のを聞いて、ようやくサーラがどうして怒っているのかが分かった。
だとすると、このままの状況ではいけない。恐らくだけどここはあたしが動かなくちゃいけない場面のはずだ。
「……では
「待って、サーラ」
「――お嬢様。これはお嬢様に対する侮辱ともとれる行為なんですよ?」
「だとすれば猶更サーラに任せてるだけじゃあたしの面子に関わるでしょ?教わったことはちゃんと頭に入ってるから、ここはあたしに任せてくれないかしら?」
「……畏まりました。申し訳ありません、出過ぎた真似を致しました」
「いいのよ。本当ならあたしが真っ先に気付くべきことだったんだもの」
さて、この茶葉を出す意味はちゃんと知っている。
後はそれをきちんと自分の口で言えれば合格になるかしらね。
「アリューミンさん、サーラの言葉の続きだけどこの茶葉はマルスターリで栽培されてよく飲まれている品種で間違いないのよね?」
「ええ、おっしゃる通りです」
「だったらこれも知ってるわよね?この茶葉を商売の場において出すとき、それは――相手が自分の取引相手としてふさわしいか試すため。排他的な国風のマルスターリの商人が自国が原産であるこの茶葉の良し悪しが分かるかどうかでマルスターリへの敬意を量る、ある種の儀式ね。でもその傲慢な態度から今となっては現地ですら行っている商人は少なくなった儀式のはず」
「……」
「つまりアリューミンさんは、わざわざこの方法を使ってあたしの事を試そうとした。どうかしら?」
「……その通りでございます。サリヴァン様からの紹介状にクレハ様のことを大層凄い人物だと書かれていたので思わず。それでどういたしますか?この作法について知っていた時点で私としては十分だと思っているのですが、このままお続けになりますか?」
十分、とは言っているけど恐らく嘘なんだろうな。言外に何も分からず飲もうとしたあたしにこの茶葉の良し悪しが分かるのか?このまま続けてもいいけど、逃げてもいいんだぞ?ってことなんだろう。
確かにあたしは茶葉の違いは分かっても何が違うのか分からないとかそんなレベルだ。それに良し悪しと簡単に言うが、何をどこまで言い当たればアリューミンさんが満足するのかも微妙に分からないのだ。
だから思いっきり――ズルをする。
「続けましょう。商人にとってこれが重要な儀式であるのなら、取引相手としてあたしもしっかりそれには答えなくちゃいけないものね」
それだけ言って紅茶を一口飲む。それと同時にスキル『アーカイブ』を発動する。口に含んでいる紅茶、その主成分である茶葉について検索をかける。
すると、アーカイブはあっという間に茶葉に関する情報を探し出してその詳しい情報をあたしに伝えてくれた。
「ふむ、産地はマルスターリの北部にある村ね。ただこれが栽培された年は例年よりもほんの少しだけ雨の量が多かったみたい。僅かに風味が薄くなっているわ。でもあたしはこれぐらいの味が好みね。多分この国の人間が飲むんだったら本来の味よりもこっちの方が好みな人が多いんじゃないかしら。だから良し悪しで言うのであれば、あたしだったら良い味が出ていると答えるかしらね」
アーカイブから得られた情報とあたしの感想を織り交ぜてそれっぽく言ってみたけどどうかしら?
そう思ってアリューミンさんに視線を向ければ、その目は限界まで大きく見開かれて信じられないものを見たような顔をしていた。
「ま、まさかそこまで言い当てられるとはっ……!私の見る目が鈍っていたようですね。クレハ様がそこまで分かるとは想定外でした」
まあ実際分からなくてズルをしたからね。
でも不意打ちを仕掛けられたんだからこれぐらいいいわよね。別に全部自分の力でやりたい、なんてことは微塵も思ってないし。
「さて、それじゃあ見極めも終わったみたいだし。これで本題に入ってもいいかしらね」
まったく、学園長の紹介状を使ったお陰で余計な面倒事が増えたわ。
やっぱり次回あった時に嫌がらせを出来るように何か考えておくことにしましょう。ええ、そうしましょう。
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