面白いアイディア、儂も形にしてみるか……
学園長室に通されたあたしとサーラは、サリヴァン学園長が淹れてくれたお茶を飲みながらお茶菓子を堪能していた。曰く、魔力酔いに効く薬草を配合したハーブティーのようなお茶らしく一口飲んでみると変化がよく分かる程に体調が良くなった。
完全回復とまではいかないけど、あと一歩ぐらいまでは回復している。こうしてお茶菓子を食べたり落ち着いて座っているぐらいであればなんてことはない。
「どうやら落ち着いたみたいだねぇ」
「はい。これもサリヴァン学園長が用意してくれた薬草のお陰です。あたしは知らないんですけど、これってなんの薬草が淹れてあるんですか?魔力酔いに効く薬草って知らなくて」
魔力酔い自体は知っていたけど、自分から調べた訳じゃなくて目に入った知識程度しか持ってなかったので気になっていたのだ。
「それかい?そんなに珍しいものでもないが、アンニヴルという薬草だよ」
それなら聞いた事がある。確か普通に酔い止めとして使われている薬草だったはずだ。
「魔力酔いってのは症状で言えば酒に酔うよりも乗り物に酔う方が正しい。体内に何かを取り込んだのではなく、過剰な魔力によって三半規管が揺さぶれたことで起きる症状だからね。だから馬車でよく酔うもん達がよく使う酔い止めで十分に回復出来るんだよ」
「なるほど……それでアンニヴルを使ったんですか。やはりサリヴァン学園長は博識なんですね」
「ふん、その歳でわたしの説明をちゃんと理解出来てるお嬢ちゃんも中々のもんだと思うけどねぇ?」
そんな言葉を交わしながらも、空になったカップにお茶を注いでくれたり、隙間の出来たお皿にお茶菓子を追加したりなどしてくれている。途中でサーラが変わろうとしていたけど、自分がやりたいからいいんだと言ってサーラも座らせて全部自分でやっている。
子どもが多く在籍する学園の長をやっているだけあって世話好きな一面もあるのかもしれない。
そんな風にあたしの体調の気を遣いつつまったりとした時間を過ごす。
お互いに落ち着いたところを見計らってなのか、学園長が口を開く。
「ところでお嬢ちゃん。少し聞きたい事があるんだがいいかねぇ?」
「構いませんよ。何でしょうか?」
学園長の目が細められる。これから来る質問にどう答えるのか、その心底まで見透かそうとしているかのようだった。元より嘘をつく気はないけどそれも話題による。あたしにはいくつか隠しておかなくちゃいけないことがあるからだ。
「さっきの一件でお嬢ちゃんは魔法を使っていたと思うんだが、あれは思考加速魔法でよかったんだよね?」
「その通りです。以前読んだことがある本に書かれていたその魔法を使いました」
「なるほど。だとするとやっぱりおかしいねぇ。わたしも思考加速魔法は知っているけど……お嬢ちゃん程度の魔力が数倍に膨れ上がった所で大した効果を得る事は出来ないはずなんだよ」
「……」
「なぁ、お嬢ちゃん。本当に本に書かれていた魔法をそのまま使ったのかい?」
なるほど。さすがはこの国で一番の学府である王立学園の学園長だ。結構マイナーだと思っていたそれなりに古い文献に書かれていた思考加速魔法についても知っていたとは。
そして知っているからこそ、あたしがあの魔法に何かをした事を確信しているんだろう。
まあその通りなんだけどね。
「確かにあたしは本に書かれていた術式をそのまま使用した訳じゃなく、ちょこっと手を加えています。でもより効率化出来そうな部分を見つけたのでそこを弄っただけで大したことはしていませんよ?」
「……ちなみにその
「えっと、ちょうど自己強化魔法がマイブームだった時なので3歳ぐらいの時だったかと思います」
魔改造とは失礼な言い方だ。改造は良いとしても効率化とか昇華とか言って欲しい。古い文献に載っていただけに無駄な部分が多かったから最適化しただけなのに。
「まあ我流でやったので本職の魔法使いが効率化したものと比較すると無茶苦茶かもしれませんから、変だと思われても仕方無いですけど」
「はぁ……いいかいお嬢ちゃん。何を勘違いしているのか知らないが、思考加速魔法の術式は現在までに間に確かに何度も手を加えられてきた。しかしさっきも言ったように最も新しい形でもあそこまでの費用対効果を得る事は出来ていない。具体的に言ってやれば、現存する術式の10倍近い効率を叩き出しているとみたね」
「……普段は地方の領地に籠っているので情報に疎いんですけど、本気で言ってますか?」
「ああ、本気も本気。こんな常識を話すのも馬鹿らしいけど大真面目に言ってるよ。むしろ誰にも学ばずにどうやってあれだけの技術を身に着けたのやら」
どうやって、と言われても同属性の魔法における異なる種類の魔法を比較したり、異属性の魔法を比較したりしているうちに法則性を掴んだとしか言えない。法則さえ見えてしまえば術式の構築ぐらい誰でも出来るものだと思っていたんだけど……
「なるほど聞きしに勝るとはこの事だね。まああの論文を見た時から普通じゃないとは思っていたけど、まさかここまで常識外れとは思ってもみなかったよ」
「論文ってフローラお姉様が勝手に持っていたメモ書きの事ですよね?正直今でもあれの何処に学園長が興味を引かれる要素があったのか分からないんですが」
「まあ思いつきがその時の思考が殴り書きしてあったりして論文と言えるものじゃなかったのは確かだけどねぇ。だからわたしが興味を引かれたのはその内容の方さ。術式を描く事による適性外の魔法使用の可能性なんて話を聞かされちゃあ興味が湧かない訳がないだろう?」
「……それであの本を渡して感想を求めた訳ですか」
フローラお姉様が持っていったメモ書きには1つの文献だけじゃなく、複数の議題の異なる文献を読んだメモが書いてあった。だからはっきりしなかったんだけれど……
「そうだった、そうだった!あれの感想を聞かせて貰うのを楽しみにしてたんだよ!じゃあ早速で悪いけどあの本を読んでお嬢ちゃんがどう感じたのか、聞かせて貰ってもいいかい?」
「そうですね……詠唱の役割、属性適性の意味、そこら辺に関してはおおむね同意といった所です。他の部分に関してはしっちゃかめっちゃかで意味のある議論ではないと感じました。しかしだからこそ無詠唱に関する部分には同意できませんでしたね」
個人の持っている属性適性とは、あたしやあの本は体内の魔力を属性を帯びた魔力に変換する事が出来る機能の有無だと思っている。つまり体内に存在する純粋な魔力は属性を帯びておらず、それを同様に体内で変換して発動するのが属性魔法だという理屈だ。
そして詠唱は、魔法を望んだ形で発現する為に必要な誘導をしていると考えられる。魔力を一定の形、流れに誘導する事で魔法という形にしている。この特定の形というのが術式なのだ。
であれば、その詠唱を省いた無詠唱魔法は可能なのか?
答えは可能だ。ただし、詠唱によって導いていた魔力を自分で誘導してやる必要がある。だから無詠唱魔法というのは熟練した魔法使いや、長年魔法を使ってきた老齢の魔法使いにしか使う事が出来ないのだ。身体が魔法を使う為に必要な魔力の流れを覚えて無意識に魔力を誘導しているのだ。
「だったらあの本で言っている事を否定する話にはならないんじゃないかい?」
「ここまでだったらですけどね。でもそれを分かったうえで、詠唱破棄や無詠唱を訓練によって会得するしかないと締めくくっている所が納得いかないんです。要は詠唱による効果を肩代わりさせるような媒体を用いれば無詠唱魔法は可能なはずじゃないですか」
「それは技術的難点が多いだろう。詠唱の肩代わりと言っても、術式を記憶させるような媒体はどれもかなり値が張る。結局は金持ち連中しか使う事の出来ない技術になっちまうだろう」
「術式とはすなわち魔力の流れです。確か魔物の中には魔石の固有の魔法を宿している種類がいるとか。少し調べてみましたけど、あれは種族としての特徴を表した魔法の情報が魔石に記憶されたことにより、種族固有の魔法として発現したものだそうですね。それを解析すれば――」
「そうかっ!!いやっ、だがそれにしたって魔石一つにつき術式一つしか刻めないのであればその都度魔石を交換する必要が――いや、そもそも魔石に刻める術式が一つとは決まっていない。後はどれだけコンパクトに情報を刻めるかを研究すれば……」
「取り合えずそこら辺の話をまとめた感想文を書いてきたのですけど……いりますか?」
「いる!!」
学園長はあたしから受け取った感想文を嬉しそうに小躍りしながら机の引き出しにしまっていた。
「さすがに今読み始めると何も手が付かなくなりそうだからねぇ。あとの楽しみにさせてもらうよ。さて、面白い話も聞けたことだし、学園の案内でもしようか!今日は機嫌がいいからわたしが直々に案内しようじゃないか!」
「それは光栄ですけど、良いんですか?学園長だからお忙しいんじゃ?」
「な~に、学園長なんて大した仕事は無いさ。あっても後回しにしても大丈夫だよ。なにせわたしはこの学園で一番偉い学園長なんだからね!」
きっと学園長という立場でどうとでもなるって意味なんだろうけど、学園長だからこそこはしっかりとすべきなんじゃないかと思うんだけど……?
まあ本人が良いって言ってるんだからいいか。
「それとわたしの事をサリヴァンと呼ぶことを許すぞ!口調もそんなに堅苦しいものじゃなくて、普段通りの砕けたもので構わない!」
「……そう、分かったわ。他の人が居ない状況だったらこんな感じで喋る事にする。これでいいかしらサリヴァン?」
「ふぇっふぇ、中々に物怖じしない姿勢は嫌いじゃないよ。お嬢ちゃんと喋っていると子どもとじゃなくて大人の知識人と話しているような感覚になるからそっちの方がしっくりくるさね」
「お気に召したようなら良かったけど、だったらあたしの事もお嬢ちゃんじゃなくてクレハって名前で呼んでくれないかしら?」
「いいだろうクレハ!何やら学園に通う事に乗り気じゃないって聞いたからねぇ。是が非でも来たくなるようにとことん魅力を発信してやろうじゃないか!」
「……ほどほどでよろしく頼むわ」
意気揚々なサリヴァン学園長に若干の不安を覚えながらも、サーラと一緒に学園案内ツアーを行う事になった。
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