大変だったみたいだけど何とかなってよかったわ~
思考加速魔法を解除する。
色を失っていた辺りの風景が動きを取り戻していく。そして加速された速さが完全に元に戻ると、突然の立ち眩みに襲われた。バランスを崩して倒れそうになったあたしの身体を素早く移動してきたサーラが支えてくれた。
「大丈夫ですか、お嬢様?」
「サーラ……ええ、ちょっと眩暈がしただけだから。それよりもまだ時間は大丈夫よね?」
「はい。お嬢様が作業を開始されてから7分程しか経過していません」
「なら良かったわ――サン先生!」
制限時間内である事を確認して、サーラの手を借りながら立ち上がる。その足でサン先生の目の前まで歩いて行き、あたしを正面から見据える眼をしっかりと見ながら告げる。
「術式の解析は無事に終了したわ」
「っ……ま、まさか本当にやってのけるとは……!!」
「これから召喚契約の解除方法を伝えるから、その通りに契約の解除を進めて欲しいんだけど――サン先生?ちゃんと聞いてるのかしら?」
「あ、ああ!!驚き過ぎて少しぼーっとしてしまったんだ。話はちゃんと聞いていた。クレハ殿がこんなに頑張ってくれたのだ。後の事は私に任せてゆっくり休んでいたまえ」
「お言葉に甘えさせて貰う事にするわ。それじゃあ契約解除の手順を伝えるから聞いて覚えて頂戴。まずは――」
本当なら解除の瞬間にも最後まで立ち合うべきなんだろうけど、今の状態的に少し難しい。サン先生には口頭で伝えただけだけど、召喚魔法を専門としている先生ならこれで十分に伝わっているはずだ。
全て伝え終えると、召喚主であるリオネルと早速契約解除作業に移った。調べた限り最も効率のいい解除法だったから、素人ならともかく専門家が行えば1分程度で終わるはずだ。
その作業を見つつ、そろそろ限界を感じ始めたので、サーラに寄りかかって身体から力を抜く。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
「お嬢様?――顔色が真っ青!?どうされたのですか!?」
「分かんないけど、恐らく思考加速魔法の副作用なのかしらね?使っている間は何でもなかったんだけど、止めたら急に吐き気がね。暫くすれば落ち着くと思うから、少しこのまま支えてて頂戴」
「……あまり無茶を為さらないで下さい。旦那様や奥様、お姉様方も心配なさいます。もちろん私もです」
「そうね、気を付けるわ……」
そんな事を話していると、向こうではついに
サン先生の主導で契約解除がつつがなく進行していき、リオネルと妖精が淡い白い光に包まれる。
そして次の瞬間、その白光はガラスが割れるように砕け散った。リオネルは自分の身体を確かめるように掌を閉じたり開いたりするが変わったところは無さそうだった。肝心の妖精の方は、胸がゆっくりと上下すして呼吸が落ち着き始め閉じられていた瞼がゆっくりと開く。
気が付いた妖精はキョロキョロと辺りを見回すと、自分が複数の人間に囲まれている事に驚きリオネルを盾にするように隠れた。まだ完全に調子は戻ってはいないだろうけど、どうやら飛べるぐらいには回復出来たらしい。
「契約はちゃんと解除出来たみたいね……」
「そのようですね。さすがはお嬢様です。これまで誰もが為しえなかった難問をいとも容易く解決されてしまうとは」
「別に簡単だった訳じゃないわよ?術式を解析するだけだけだったらすぐに済んだけど、根本的な問題を解決するのには色々面倒な障害も多かったし。まあそっちも何とかなったと言えばなったから、後の事は学園の教師たちに任せる事にするわ」
「?……それはどういう――」
サーラが何か聞こうとしていたようだったけど、その言葉が紡がれる前にリオネルとサン先生がこちらに来ているのが分かったので遮らせてもらった。寄りかかったままなのもと思ったけど、サーラに抑えられて動く事が出来なかった。
正直まだ体調が芳しくないからありがたいわ。
「クレハ殿、改めてお礼をさせて欲しい。生徒と妖精を守ってくれて本当にありがとう!!私には黙って見ている事しか出来なかった……未だに目の前で起きた光景が夢のように思えてしまうが、これは紛れもない
現実だ。君はその宣言通りに全てを救ってみせた――ありがとう」
「クレハちゃん、本当に妖精さんを助けてくれたんだよね……ありがとう、ありがとう!あ”りがとぉぉ!!私、私!何も出来なくて!苦しんでいる妖精さんを見ている事しか出来なくて!私が気付かなかったせいなのに私はっっっ……ありがとうね。ありがとうね、クレハちゃん!!」
「……あたしは出来ると思った事をやっただけ。もし出来る確信が無かったらあなた達のことは無視して進んでいたわよ。だから運が良かったとでも思っておけばいいわ」
今言った言葉に嘘は無い。今回の問題が自分の手に余るものだと判断したら、まず間違いなく見て見ぬ振りをして立去っていただろう。
それにあたしは何も妖精を助けたかったわけでも、リオネルたちを救いたかったわけでもない。ただ自分の欲を満たすが為に出しゃばっただけ。だから余計な事をしたと言われればそれまでだし、ましてや感謝されるような事なんかしたつもりはない。
「クレハ殿にとってはそうだったのだろう。だが結果として妖精もリオネルも救ってくれた事も紛れもない事実なんだ。だから例えそれが君の気まぐれだったのだとしても、私達が感謝しない理由にはならないのだよ」
「……まぁ、勝手にすればいいわ」
「ああ、勝手に感謝するとしよう。ありがとうクレハ殿」
「っ……」
こうして家族以外に面と向かって感謝されると、何かこう、変な気分になるわよね……
「それでクレハちゃん体調は大丈夫なの?さっきからずっと顔色悪そうだけど……?」
「ああ、これね。慣れない魔法なんか使ったからそれでなのかしらね?暫くすれば治ると思うから心配無用よ」
「ふむ。薬で強制的に魔力を増やしてでの魔法の行使……ひょっとしてそれは――」
サン先生が続けようとした言葉は離れた場所から飛んできた別の声に遮られることになる。
「やれやれ学園に入ってから正門の前で動かないと思ったら。色々大変だったみたいだねぇ、カートゥーン家のお嬢ちゃん」
「が、学園長!?どうしてここに!?」
そんな声と共に現れたのは、黒いローブで全身を包み頭には大きな三角帽子を被った老婆だった。しゃがれた声だが力強さも併せ持ち、一瞬にしてこの場の空気を支配してしまうような存在感。その瞳が真っすぐにあたしを射抜いている。
サン先生が学園長と呼んだからには、あの老婆の正体は明らかだろう。この王立学園の長にして、国でも1,2を争う魔法の使い手である大魔法使い。
「あなたがサリヴァン・リリウッド学園長ですか?」
「ああ、その通りさ。わたしがサリヴァン・リリウッドだよ」
どうしてか胡散臭く見える格好をしているのにそれがむしろ彼女の存在を際立たせているというか。まるで絵本の中に登場するような悪い魔女みたいな……あの人に会いに来たわけなんだけど、あたし大丈夫かしら?
「一悶着あったみたいだけどわたしが来る必要も無かったか。うちの学園のもん達が随分と迷惑を掛けたみたいで悪かったね」
「迷惑を掛けられたとは思っていないのでお気になさらないで下さい」
「そうもいかないさ。無理をして魔法を使ったせいで魔力酔いの症状が出てる。そこまでさせておいて何もせずに帰したんじゃ学園の面子に関わるのさ」
「やはりクレハ殿の症状は魔力酔いでしたか。では、私の研究室から魔力酔いに効く薬を持ってくるので少し待っていて欲しい」
「いや、それには及ばないよ。元々わたしの客なんだからこっちで持て成すから。それよりもサン、あんたな自分の授業の方をほっぽリ出して来てるんじゃないのかい?生徒が不安のまま授業が終わる前に、フォローする時間も必要だろう」
さっきから会話の中に出てきている魔力酔いという単語は聞き覚えがある。確か自分が普段扱っている以上の魔力に晒されることによる起きる現象で、保持魔力の少ない人間がなりやすい。
これで合点がいった。これによって現れる症状は文字通りお酒に酔った時と同じような酩酊状態になること。今の気分の悪さや眩暈はこのせいだった訳ね。
「うーむ、仕方ない。本当であればクレハ殿の付き添いたい所だが、教師としての仕事をおろそかにする訳にもいかない。クレハ殿、次に会う機会があれば今日のお礼がしたい!是非とも楽しみにしていて欲しい!後の事は頼みましたぞ、学園長!」
「分かってるよ!まったく、言われなくてもわたしが招待したんだからきちんと持て成すさ!」
そんなやり取りを終えるとサン先生と生徒達は自分達の授業に戻って行った。リオネルは姿が見えなくなるまで手を振ってくれて、それを真似たのか妖精も一緒になって手を振っていた。
これでこの場所に残ったメンバーはあたし達と学園長のみになった。
「さて、それじゃあわたしの部屋に行こうか。辛いだろうがもう暫く我慢しな。部屋に着いたらちゃんとした薬を出してやるから。それまでは――」
そう言ってサリヴァン学園長は短い詠唱を呟くと、あたしに何かしらの魔法をかけた。
するとさっきまで感じていた気分の悪さが半減するぐらいに良くなった。まだふらふらするけどこれなら歩いていけそうね。
「少しはマシになったかい?」
「はい、かなり楽になりました。見たこと無い魔法ですが、これはどういう魔法なんですか?」
「ふぇっふぇ、聞いた通りの
じゃあ後でじっくりと聞くとしよう。それにしても精神干渉魔法ね。難易度の高い魔法であり、使うには熟達した魔法技術が必要になると聞いた事がある。加減を間違えば精神崩壊すら招きかねないこの魔法を治療に使うなんて――面白い。
早く話を聞きたくて、意気揚々と歩きだそうとすると後ろから肩を抑えられてしまう。
「……サーラ?」
「いくら学園長の魔法が効いているとはいえ安静にして頂く必要があります」
「そんなこと言っても……」
「ご心配なく。案内先までは私がお嬢様を連れて行きますので」
そう言うとサーラは躊躇なくあたしを持ち上げる。所謂お姫様抱っこという体勢で抱えられてしまった。
「ちょっ、ちょっとサーラ!?」
「幸い授業時間の途中なので他の生徒達には遭遇しないと思われます。ですからお気になさらず」
「そう言う事じゃなくてっ!!?」
「ほら何してんだい!さっさと行くよ!」
「学園長もああ言っておりますので早く行くとしましょう」
サーラの言った通り他の生徒や教師には遭遇しなかったけど、恥ずかしいものは恥ずかしいのだ。
今後絶対にこんな事にならないように魔力酔いへの対策は最優先で考えてやるわよ!
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