クレハにとって――
「じゃあ――始めていくわ」
あたしは『万能工具グローブ』を手に填める。契約陣を読み取る作業にはこのアイテムを用いる。
これは、こと構造解析においてあたしの手持ちの中で最も有用なアイテムだ。術式に対してこれを使えば、その全体像が自動的に頭の中にイメージとして流れ込んでくる。
昨日のパーティーでもそうだったけど、このアイテムは本当に役に立っている。便利なアイテムという点で言えばガチャガチャから色々出てきたけど、中でもこれと『無限ポシェット』は特に使用頻度が高いアイテムだ。
本当はグローブの機能の一つである改造が使えればよかったんだけど……でも今回は使えない。会場で火魔法を書き換えた時とは状況が違うからだ。
実際に見て思ったけど召喚術式は精密で繊細だ。もしあたしが好き勝手に書き換えて妖精やリオネルに何かあっては元も子もない。いずれ試すにしても、それは今することじゃない。
「……っ」
召喚術式に触れたことで、頭の中にその構造が流れ込んでくる。
強力な力のある魔法ほど、その術式は美しく複雑に洗練されていく傾向にある。それはあたしのこれまでの経験から得た経験則のようなものだ。実際にそう本に書かれていた訳じゃない。
だからこの召喚術式の構造を見た時に思ったのは――酷い、だった。
例えるなら誰が見ても乱雑だと思えるような部屋に、部屋の主だけが知っている法則性が隠れているようなもの。しかもその乱雑度合いが普通じゃない。部屋の中で嵐でも起こったんじゃないかってぐらいにぐちゃぐちゃになっている。
なるほど、サン教師や他の魔法使い達が匙を投げるわけだ。あたしみたいに何かズルを出来るアイテムを持っていない限り、この読み取る作業だけでも途方もない時間がかかる。
でもあたしの場合はそのアイテムの恩恵で、読み取り自体はあっという間に終了した。
続けて術式を読み解く作業に入る。もちろんここでもあたしの取り柄を最大限に活用させてもらう。
ポシェットからオレンジ色の液体が入った掌サイズの瓶、そして透明な液体の入った指先ほどの瓶を取り出す。それぞれの瓶の蓋を開けオレンジ色の液体に透明な液体を注ぎ込む。見た目に変化は無かったけど、これでいい。
「お、お嬢様、それはっ!?」
「……やむを得ないわ」
サーラはあたしの作業を見ていたからコレが何なのか知っているのね。あたしだって
混ぜた事で少しだけ体積の増えたオレンジ色の液体を前に覚悟を決める。
そして、一気にぐいっと飲み干す。
「……」
苦みと酸味の中に甘みがあり、何とも言えない味となっていた。ただそれも喉元過ぎればというやつで素早く飲み込んでしまえば、後味は特に気にならなかった。味はともかくスッキリした飲み口だった。
飲み込んだと同時に全身に力の奔流のような何かが充足していく感覚がやってくる。
どうやら、ちゃんと成功したみたいね。効果もおおよそ望んだ通りになっている。
ただ、もうちょっと効果があると思ったんだけど……
「ば、馬鹿なっ……魔力が数倍に膨らんでいる、だと……!?」
そう口に出したサン教師だけでなくその場にいた生徒全員があたしの変化を見て、信じられないものを見た驚愕の表情に変わる。やっぱり魔法を学んでいる人にはすぐに気付かれるわよね。バレなきゃいいなんて考えは理想が過ぎたか。
「御覧の通り今あたしが飲んだのは魔力強化ポーションよ」
オレンジ色の液体が魔力強化ポーション、透明な液体が神水。今回は神水の薬品を強化する力を使って元となった魔力強化ポーションの効力を高めた。元々の効力は――
――――――――――――――――――――
アイテム名:魔力強化ポーション レア度:☆☆
様々な場面で必要になるであろう魔力!その魔力を強化する事が出来るのがこちらのポーションとなっています!このポーションは元々の魔力の大小に関係なく、魔力量を5割増しにする効果があります!そして何と言っても魅力なのがその効果継続時間!なんとポーション、一度服用するとその効果が24時間も継続するんです!さあこのポーションを飲んで、増えた魔力を体感しよう!!
――――――――――――――――――――
これに神水を混ぜる事でざっくり3~4倍に魔力を増やせる計算だった。必要分よりも少し多めに見積もって計算していたから多少効果が減衰して問題ない。元々データが王都の屋敷で木を急成長させた時のものしか無かったから、それほど正確な数値を出す事は出来なかったのだ。
「そ、それは分かる。だが、その強化の度合いは異常だ!!通常時の数倍まで強化できるポーションなんて聞いた事もない!?」
「偶然手に入れたものなので詳細はあたしにも分からない。もう一度手に入れることも無理そうだから、このポーションについては内密でお願いするわ」
「っ……わ、分かった」
まあ運が良ければ手に入るけどこれ以上の面倒事は勘弁だから詮索しないでってこと。
それに今はコレについて問答している時間が勿体ない。
あたしが魔力強化薬を用いた理由は一つ、これから使う魔法に魔力が足りないから。元々魔力が多くないあたしがそれなり以上に強力な魔法を使うにはこうするしかない。
そして魔法を使う為にもう一つ足りないものがある。それを補う為のアイテムが――
「ほとんど解析は出来てないけど使う分には問題ないわよね、『4元の指揮者』」
適正が無くとも属性魔法を使う事が可能になるこのアイテム。
そう、あたしに足りないのは魔法を使う為の適正だ。それを補ってくれるのがこのアイテム。
……きっとフローラお姉様ならこれぐらい苦も無く発動するんだろうけど。あたしはこうしてズルを重ねないとその土俵にすら立つ事が出来ない。今更劣等感は感じないけど、憧れてしまうのは仕方ない。
でも、こうして回り道をして憧れに近づいていくって方があたしらしい気もするのよね?
今はそんな事を考えている場合じゃなかった。
「一応言っておくと、このアイテムについてもオフレコでお願いね」
「「「……」」」
もはや返事すら返ってこないけど恐らく大丈夫だろう。
これから使う魔法は本で読んだ知識しか無く、実際に使った事は一度も無い。
でも準備は整っているし、この魔法の術式も知っている。正しい発動の仕方で正しい手順を踏めば魔法は必ず発動する。
4元の指揮者に魔力を込めながら発動する魔法の術式を頭の中に思い描いていく。これから使おうとしているのは複合属性魔法。火と土の2属性の魔法が必要だ。
必要な魔力を4元の指揮者に送り終え、魔法を発動させる。
「思考加速魔法『
昔、魔法についてよく知らなかった頃の事に限られた時間の中でもっと沢山の本や論文を読んだり、自分の中の考えを纏めたいと考えた事があった。その解決方法を魔法に求めて探し回って見つけた1つの魔法。もちろん適正や魔力量の関係で使う事は出来なかったけど、しっかりと記憶には残っている。
この魔法は文字通り自らの思考速度を上昇させる事が出来る。それに加えて込めた魔力量に応じて効果がどんどん上昇していく。今回の場合であれば、通常であれば2日必要だと仮定してそれを10分以内で終わらせる。よって必要になるのは――おおよそ200倍だ。
周りの風景が一気に遅くなる。
「(魔法の発動は成功、ね。でもここからが本当のあたしの仕事よ)」
万能工具グローブから流れ込んできた契約術式の情報を整理しなくちゃいけない。どの部分がどんな役割を果たし、それが干渉し合う事でどんな効果が生まれているのか。そこをきちんと調べない事には安全な契約解除の手順を見つける事は出来ない。
「(さあ、始めましょう)」
思考加速しているとは言え時間は限られている。
あたしに出来る全力でもってきっとあの妖精を助けてみせるっ!
サンは自分の作業に集中し始めたクレハを黙って見ていた。クレハは、不可能だという話を聞いてなお妖精を助ける事を諦めていない。
1人の召喚士としてサンもこの問題に挑んだ。そして何度も何度も解決策を探して、何の成果も得ることが出来ずに挫折した経験がある。だからこそクレハがやろうとしている事がどれほど難しいのかを身をもって知っているし、クレハに何が出来るんだという思いは変わっていない。
もしここで失敗すれば生徒達だけじゃない、クレハの心にも消えない傷を残すことになってしまう。
――止めるべきだった。でも……止められなかった。
「お嬢様は出来ない事を出来るなどとは言いません。ああ言ったからには何かしらの勝算があっての事だと思います」
「あなたは……」
沈黙しつつクレハを見続けているサンにサーラが確信を持った声音で告げる。
初めて顔を見た時からだったが、サンはサーラの顔に見覚えがあった。さっきまでは落ち着けるような状況では無かった為に後にしていたが、今改めて見てみてようやく思いだした。
「もしや……私の記憶が間違っていなければ、以前学園の臨時講師として来てくださった――
「……ええ、昔はそうでしたね。でも今はお嬢様の家の一メイドに過ぎませんので、あしからず」
「そ、そうだったのか。う、うむ了解した。しかしサーラ殿ほどの方から見て、クレハ殿に本当に勝算があると思っているのだろうか?」
言葉だけ聞けばクレハを侮辱しているように聞こえるが、サンは純粋に疑問で不安だった。
「確かに年相応と思えぬところは多々あった。さっき使用した魔法にしてもそうだが、とても5歳が使ったとは思えない力量だった。しかし、だとしても残りの時間で契約解除の方法を見つけられるとは思えんのだ」
「仰る事はよく分かります。私はお嬢様の事をずっと見てきました。だから同じ事を言います。お嬢様は出来ない事を出来ると言い張るような無責任な方ではありません。出来ると言ったからには必ずこの事態をどうにかする勝算があります」
「っ……」
サーラはクレハが失敗するとは微塵も思っていない。心の底からクレハが成功すると信じている。サンはその言葉に従者が主人に向ける感情の他にもっと深い信頼のような感情を感じた。
その瞳は真っすぐに今も難問に取り組むクレハに向けられており、主が求めたらいつでも動く事が出来るように待機しているようだった。
「貴方も学園の教師であるならお嬢様が先程から使っている魔道具も、用いた魔法も一朝一夕に使えるものではないと分かるはずです」
確かにそうである。クレハの使った思考加速魔法はこの学園の生徒どころか教師ですら発動するのは難しい。魔道具も同様に、使うには魔道具に対してそれ相応の理解を必要とする。
「しかしお嬢様であれば、この場で初見の最上級魔法を起動しろと言われてもそれを可能とするでしょう」
「そ、それはあまりにも……」
――過大評価なのではないか。
そう続けようとしたサンだったが、この短時間で見たクレハの姿を思い浮かべて口を噤む。
「お嬢様は……クレハ様は正真正銘の天才です。これはカートゥーン家の皆様がお認めになっています。しかし本人はそれを頑なに認めないのですが。全く困ったお方です」
「……私はサーラ殿程クレハ殿と付き合いは長くありません。ですからその言葉を簡単には飲み込めない。故に黙って見ている事にします」
それを聞いたサーラはサンの方を向き小さく微笑んで「お気遣い感謝します」と告げて、再び主の方に視線を戻した。
サンは思った。もしクレハがこの一件を解決したのだとしたら、それは――
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