本音を言ってるだけなんだけどね

 サン教師から、何が起こったのかおおよそのあらましを聞く事が出来た。


 こうなった原因は召喚魔法の最中に起こってしまった事故。さらに妖精が助からないと言った理由は、妖精自身で魔力を生成する事が出来なくなってしまったせい。


「サーラ、あなたが魔力回復を補助する魔法を無用と言ったのはこれを知っていたからなのね?だから直接的に魔力を回復手段である魔力供給やポーションでの処置を行おうとした。回復魔法には微弱ながらも魔力回復の効果があったからよね」


「……はい。この妖精が魔力不足と同時に魔力生成にも異常を抱えている事は確認していました」


 やっぱりね。これで何故あんな応急処置をしたのかには合点がいった。  


 でも、肝心な部分でまだ分からない事がある。


「だったらその召喚契約を破棄すればいいだけの話じゃないの?そうすれば今回の問題は解決するはずでしょ?」


 あたしがそう聞くと、サーラは眉を辛そうに歪める。それだけであたしが言ったような方法で解決できるような問題じゃない事が分かった。

 そんな単純な方法で解決できるんだったら、きっとサン教師があんな事を言う前に対処していたはずだ。


 するとサーラでは無くサン教師がその疑問に答えてくれた。


「正常な召喚契約を解除するだけなら簡単だ。しかし……今回のように意図せず結ばれてしまった契約は正攻法の解き方が通用しない。この場合の解決方法は一つだけ、歪に絡んでしまった召喚契約を詳細に読み解いて、それにあった解除の仕方をすること」


 サン教師は続ける。


「だが召喚契約を全て読み解く事は、異なる言語で書かれた本を1ページ1ページ解読していくようなもの。そりゃあ時間を掛ければ可能な方法だが、あまりにも時間がかかり過ぎて現実的では無いのだ。加えてサーラ殿は知っていたようだが……このような事例において今の方法が成功した前例は過去に一度も無い」


「……だから不可能なのね」


「そうだ。これまでに高名で名を馳せた幾人もの魔法使いがこの問題を解決しようと取り組んできたがその悉くが失敗に終わっている。だから――」


 ――この妖精はもう助からない


「「「……」」」


 この場を重い沈黙が支配する。


 あたし達を呼びに来た女の子が嗚咽を漏らす声が聞こえた。涙と鼻水のせいで凄い顔になって、妖精に何度も何度も「ごめんなさい」と謝っている。それを見た周りの生徒も連鎖するように泣き始め、サン教師は沈痛な面持ちで拳に力を入れている。


 そう、あの子が妖精を召喚した生徒だったのね。だからあんなに必死になっていたんだ。

 自分が誤って召喚してしまった存在が助かる可能性が無いと知って、あんなにも悲しんでいる。


 ……果たして今後あの女の子は召喚士としてやっていけるのだろうか?


 女の子だけじゃない。この光景を見てしまった他の生徒達も、これまでと同じように召喚魔法を使う事が出来るのだろうか?

 きっと知ってはいたはずだ。召喚魔法を使う事の危険性は知識として全員が頭の中に入っていただろう。でもそれを現実の光景として目撃して、平静でいられるとは思わない。もしかしたらこの中で召喚魔法から離れてしまう生徒がいるかもしれない。



 あたしは魔法が得意じゃない。 

 でも、魔法を知る事は好きだ。



 召喚魔法は時にこの世界とは別の世界から召喚獣を呼び出す事がある。それ分かったのはこれまでの召喚魔法の使い手が残してきた記録と、それを研究する召喚士がいたからだ。召喚士を志し、尽きる事の無い興味をそれに向けてきたからこそ得る事が出来た成果だ。


 そして、召喚魔法にはこの世界とは異なる世界を繋ぐ鍵となる可能性を秘めている魔法でもある。もしかしたらこの生徒の中に、将来その可能性の糸口を掴む者がいるかもしれない。



 あたしは知る事が好きだ。

 自分が知らない事を、新しい事を知る事が好きだ。



 例え可能性の問題だとしても、その芽を摘み取るような事は――あたしがさせない。


「そのまま処置を続けなさい」


「ク、クレハ殿!?一体何を!?」


「サーラ!このまま処置を続けたとして、妖精はあとどれぐらい持つ?」


「っ……魔力残量、消費量、回復量を加味すると15分は持ちません!保証出来るのは10分までです!」


「なら10分は確実に維持しなさい。いま方法を考えるから」


 この緊急事態に予め解決方法を用意している訳がない。だったらその方法は今考えればいいだけの話よ。

 10分を越える程に妖精が助かる確率はどんどん低くなっていく。だから考える事に使える時間は30秒以内、残りの時間はそれを実行する時間に全て費やす!


 最大の障害は召喚契約の読み取り作業にあるとサン教師は言っていた。


 でも読み取る事に関しては何とかなる。そっちについてはもう算段はついている。

 あたしにとって問題なのは、事じゃなくて事にある。


 召喚契約は他の魔法の中でも複雑さで言えば上位に入る。それが歪んだ召喚契約となれば、その複雑さはガチャガチャから出てくるレアアイテムにも相当するかもしれない。前にどこでも蛇口や飛行の指輪の術式を解析した時には数日掛かりでの仕事になった。

 それを10分足らずで解析するには真正面からぶつかったんじゃ時間が圧倒的に足りない。何か別の近道を探す必要がある。


 今のあたしの手持ちにあるものをリストアップしていく。

 その中で使えそうなもの、組み合わせれば使えそうなもの、併用できるものの組み合わせを何通りもシミュレートする。


 いくつか使えそうなアイテムはあったけど、まだあと一歩足りない。もう少し時間を短縮できないと不安要素が残ってしまう。


『難しいことに挑戦しようとしているね』


 ……知恵の神様でしょうか?


『そうだよ。久しぶりに君の様子を見ようとしたら、面白そうな事をしている姿が見えたからね』

 

 では、今の状況は分かっているのでしょう?申し訳ありませんが話をしている余裕は無いんです。覗くのは勝手ですが、話をしたいのであればこれが片付いてからにしてくださいますか?……それとも貴方様が手を貸してくれるんでしょうか?


『手を貸す事は出来ないよ。いくら君のお願いでもね』


 でしょうね。だったら後にしてください。


『まあ待ってよ。手を貸す事は出来ないけど、ちょっとだけ口を出すぐらいなら出来るからさ。こんな風にね』


 そう言った知恵の神様は続けて、助言なのか励ましているのかよく分からない言葉を言い放った。


『前にも言ったよね、君な正真正銘のなんだよ。その頭脳はこの世界において並ぶものが無い。それも僕が知る限りでは――最高といえる程のスペックがある。ここは僕の言葉を信じて下手な小細工はせずに挑戦してみなさい』


 挑戦してみなさいって……これは失敗が許されないのよ!?それを簡単に挑戦なんて無責任な事を言わないでください!!


 しかし、それっきり知恵の神様の言葉は聞こえてこなくなった。


 助言をくれるかもなんて思ったのが間違いだった……

 きっとあたしの頭は人よりは良いんだろう。それは知恵の神様の言葉や称号を見てもそうなんだと理解ささせられる。でも自分に出来る限界はしっかりと把握しているつもりだ。


 だから知恵の神様には申し訳ないけど、ここはあたしのやり方でやらせてもらう。

 足りない一歩を何とかする方法もどうにか思い付いた。少し不安は残るけど、これが現状では最良の方法のはずだ。


「……あなたが妖精の契約者よね。妖精との召喚契約が記された召喚陣を展開してくれる?」


「あ、え、えっと……」


「クレハ殿!!いい加減にしてくれ!!学園の生徒にすら満たない歳の君に何が出来ると言うんだ!?言っただろう、これは優秀な魔法使い達が何十年と解決する事が出来なかった問題なんだ!これ以上出来もしない事を言って生徒にありもしない希望を持たせないでくれ!!」

 

「ありもしない希望なんかじゃないっ!!」


「っ!?」


 あたしが言い返すとは思っていなかったのかサン教師は目を驚愕に目を見開く。


「貴方だって助けられるんなら助けたいんでしょ!でもその方法が無いからやきもきして何にも出来ずにいるんでしょ!?でもあたしにはこの妖精を助けられる方法があるの!それに歳がどうとかなんて関係ない!出来るからやる、方法があるから試す!そうしてこれまでの不可能を可能にしていくのが今を生きるあたし達がすべきことなんじゃないの!?……昔の人がどれだけ出来なかったかなんてどうでもいい。妖精を助けたいなら、その気があるならあたしに協力しなさい!!」


 感情的に言い募ってしまうのはあたしらしくないけど、もどかしくて思わず言いたい事を言ってしまった。だって、出来る事があるのにそれをしないなんてそれこそ出来るはずがない。 

 サン教師と生徒達は未だにあたしの言葉が半信半疑なようで動く事が出来ずにいる。そんな中で1人だけ、妖精を召喚した女の子だけがあたしの眼を真っすぐに見つめて口を開いた。


「本当に……本当に、妖精さんが助かるの……?」


「方法はある。でも世の中に絶対なんて言い切れる事はないわ。だからあたしに出来る全力を尽くして、この妖精を助ける事を約束する」


 あたしの言葉を聞いた女の子の足元に召喚陣が出現する。


「だったら、お願い……妖精さんを助けて!!」

 

 そう言った女の子の瞳には確かに光と、諦めたくないという気持ちが宿っているように見えた。


「本気かよリオネル!?ほんとうにコイツに何とか出来ると思ってんのかよ!サン先生でも無理だって言ってるんだぞ!?」


「でも……例え無理だったとしても、出来る事はしたいの!しなくちゃいけないの!それがこの子を召喚した私のの責任だから!!」


「っ……」


 女の子、リオネルと言い合いをしていた生徒がその迫力に思わず口籠る。

 するとずっと魔力供給の魔法を使っていた眼鏡の男子が、あたしに視線を向けると口元をニコリとさせる。


「クレハさん、でいいかな?僕達の魔力もそう長くは持ちそうにないんだ。だからやるなら早めにお願いするよ」


 その言葉を筆頭に、妖精に魔法を施していた生徒達が次々「やってくれ!」と口にしていく。その様子を見ていたサン教師は思いがけなかった生徒の行動に唖然として何も言う事が出来ずにいる。


 最初からそのつもりだったけど……ここまで言われたら失敗する訳にはいかない。


「任せておきなさい。きっとこの妖精を――助けてみせるわ!!」


 残された時間は少ない。だから、あたしはあたしに出来る全力を尽くそう。

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