起きてしまった召喚契約の事故
本日2つ目です
――――――――――――――――――――――――――――――――――――― その日は学園において、ある特別な授業が行われていた。
授業の一環であるが、召喚魔法の授業において実践――つまり召喚獣の召喚儀式が行われていた。
生徒達はこの日の為に座学を行い、その理論や注意点などを教師や既に召喚獣を持っている先輩から学んできた。
そして臨んだ召喚儀式の当日――
「『我は求める、我が剣となる者を。我は求める、我が盾となる者を。我は求める、共に歩む者を。幾星霜の彼方から我が求めに応えるのなら姿を現したまえ!』」
生徒が詠唱を終えると同時に、目の前の地面に召喚陣が出現する。その輝きは赤から橙へ、橙から黄色へ、黄色から緑へと七色に変化し続ける。
そして数秒も経った頃、その輝きの色が白に固定される。
「やった……!」
「召喚契約が済むまで気を抜くな!!」
「……っ!?」
召喚陣の様子を見た生徒が思わず喜びの声を漏らすと、教師から鋭い注意が入る。それを聞いた生徒はすぐに表情を引き締めて目の前の召喚陣への集中を再開する。
その様子を見届けた教師――サン・モニッツは召喚陣の中を目を細めて見つめる。
瞳には不思議な文様が揺蕩っていた。
召喚魔法で現れるのは何も人間に対して友好的である存在だけでは無いのだ。こちら側を害そうと悪意を持って出てくる存在もいれば、生徒の手に負えない高位の存在が現れる可能性だってある。そんな時に生徒を守るのが召喚魔法を教えているサンの役目だ。
だからこそ召喚魔法が成功した証である白い輝きを見ても、生徒に気を抜くことは許さない。そして自分自身も気を抜く事は絶対にあってはならないのだった。
視線の先で召喚陣から現れたのは、小さな蛇だった。青い鱗が光を反射し、召喚主である生徒の方を見ながら舌をチロチロと出して様子を伺っている。
「私と契約して……くれる?」
「……」
生徒が差し出した指先に、青い蛇がその頭をコツンッと当てる。
すると、生徒の手の甲と蛇の額に同じ形の紋章が現れた。
これこそが召喚陣から現れた存在が召喚契約に応じた証。あの小さい蛇が正式に生徒の召喚獣になったという証拠なのだ。
それを確認してからサンは自身の眼に発動していた魔法を解除する。
召喚された蛇に悪意は無く、純粋にあの生徒の魔力を気に入り契約を交わしてもいいと判断したのだ。蛇が何かしらの悪意を持っていたのなら、その時点でサンが止めに入っている。召喚された存在におかしな点が無ければ契約を結べるかどうかは生徒の力量次第なのだ。
無事に契約が結ばれた事を確認して、サンは一つ息を吐くと、そして契約した蛇と早速交流し始めた生徒に注意を飛ばす。
「召喚獣を召喚している間は常に魔力を消費するのだ。自分の魔力量はきちんと把握して、魔力切れを起こすんじゃないぞ」
「はいっ!!」
召喚契約したばかりの頃は加減が契約に成功した喜びと加減が分からない事を理由に、魔力切れを起こす事がままある。それは座学の中でも口が酸っぱくなるほど言ってはいるが……やはりいざ自分の番になると意識の外になってしまうものだ。
しかしなったらなったで魔力切れと召喚魔法の注意点を身をもって体感することになるので、サンはさほど気にしていなかった。
「では次の生徒の召喚契約に移る。次は――リオネラ・ランドリス!前に出なさい!」
「は、はいっ!!」
明らかに緊張した様子のリオネラを見かねて、自分の前を横切る際に小声で呟く。
「そんなに緊張していては上手くいくものもいかなくなる。前にも言ったが、初めての召喚魔法で契約成立まで持っていくことが出来る者はクラスの半分もいない。それにチャンスは何も今日だけじゃないんだ。気楽にやれ、とまでは言わないが深呼吸でもして肩の力を少し抜いておきなさい……あまり兄や姉の事を意意識しすぎるな」
「すー……はー……あ、ありがとうございますサン先生。もう大丈夫です!行ってきます!」
「ああ、しっかりな」
大丈夫とは言っているが、歩くリオネラの身体にはまだ余計な力が入っているように見える。
リオネラが
今回行う初の召喚魔法では召喚契約を結ぶよりも、実際に魔法を発動することに重きを置いている。契約まで持って行ければ上々の成果、魔法を発動出来れば御の字といえる。
しかし当のリオネルは、激しく緊張していた。
それは緊張と言うよりも、プレッシャーだったのだろうか。リオネルにとって召喚魔法は、学校の授業だからという以上の意味を持っている。
何としてもこの場で召喚契約を成功させたい。そして出来れば、力のある召喚獣と契約したい。
そう考えれば考える程にリオネルに圧し掛かるプレッシャーは強く重くなっていた。
所定の位置について、何度も練習してきた詠唱を口にする。それと同時に自分がどんな存在を召喚獣として望んでいるのかをイメージしていく。このイメージは召喚陣を通じて召喚される側にも伝わり、出来る限り召喚者に合った存在が召喚される仕組みだ。
詠唱を紡ぐ口は幾度の練習でその形を身体で覚えており、少し声は震えてしまったが噛んでしまうような失敗はしなかった。
この日の為に固めてきたイメージを頭の中に思い出すように描けば、それもスムーズに進める事が出来た。
リオネルが求めているのは、力のある召喚獣だ。その姿を見るだけで他者に威圧感を与え自らを守ってくれる騎士のような存在。力を振るえば敵を打倒し、そして何よりも――誰もが自分を召喚魔法使い、召喚士として認めてくれるような。そんな存在を。
入念な準備が実践においてその成果を発揮している、その事に喜びを感じつつ気を引き締める。
時と共に色を変えていた召喚陣が、その輝きを白に固定する。
「……っ!」
これで何者かが召喚される事は確定した。後はその存在と召喚契約を結ぶことが出来れば――
しかしここで不測の事態が起きた。
目の前に現れたのは、狼だった。人間の大人と同程度の大きさを誇り、その身からは稲妻の如き魔力が迸っている。純白の体毛が全身を包み、金色の確かな知性を宿した瞳がリオネルを見つめていた。
その場にいた誰もが神聖さすら感じさせる威容に目を奪われていた。
「ま、まさか
存在は確認されていたが、その発見数は極めて少ない。雷雲と共に現れるとも言われており、その名の通り雷属性の魔力をその身に宿している。聖なる力の宿る雷は下級のアンデッド程度であれば土地ごと浄化し、Aランクの魔物すら一撃で屠る力を持っている。
そんな言い伝えにも残るような聖雷大狼をサンが知っていたのは、単純に魔物などの生き物が好きで独自に調査をしていたからだった。
「あっ……えっと……」
望んでいた以上の存在の出現にリオネルは動揺して上手く言葉を紡げなくなってしまう。
そんな様子を見ても聖雷大狼は、続きを促すようにリオネルを見つめている。静かに佇む姿にリオネルも徐々に緊張が解れていく。
誰もが2人の様子に注目する中で――最初にソレに気付いたのはサン・モニッツだった。
「あ、あれは!?――リオネルっ!!!」
「大丈夫です先生!!」
「そうじゃない――」
しかしサンの言葉の真意は、目の前の存在に集中しているリオネルには届かなかった。偶然ながらも召喚されたこの大狼と契約したいと心の底から思っていたから。
「私と契約してください!」
リオネルの差し出した手に聖雷大狼が鼻先を触れる。すると先程の生徒と同じようにリオネルの手の甲、そして聖雷大狼の額に同じ紋章が現れた。
これによってリオネルと聖雷大狼の間に召喚契約が結ばれた。
そして起きてしまっていた不測の事態は後戻りできない所まできてしまった。
契約出来たことに喜ぶリオネルにサンから鋭い声が飛ぶ。
「リオネル!!聖雷大狼の背中を見るんだ!!」
「せ、背中?」
サンの声に促されてリオネルは聖雷大狼に背中を見る為にしゃがむように指示を出す。そして見えるようになったその背には――
「え……?」
すやすやと眠る妖精がいた。
「えっ、うそ……そんな……」
リオネルの頭に座学で習ったある単語が横切った。
『二重契約』は正規の手順を踏まずに行った場合、召喚獣か召喚主のどちらかに重大な障害が生じる事になる。確かにリオネルが契約を結んだのは聖雷大狼の方だった。しかし同じ召喚陣の中にいたことその片方と召喚契約を結んでしまったことが原因となり、妖精と聖雷大狼との疑似的な二重契約を結んでしまった状態になる。
すると、眠っていた妖精が目を覚ます。
寝惚け眼で辺りをキョロキョロと見渡して、さっきまで自分がいた場所と全く違う場所にいる事に気が付く。それと同時に周囲に多くの人間がいて、その注目が自分の方に集まっていることにも。
「……っ!!?」
「あ、待って!」
突然のことに驚いた妖精は、聖雷大狼の背からどこかへ飛び去って行こうとする。リオネルはそれを止めようとするが、そんな間もなく妖精は凄い勢いで飛んで行ってしまった。
「ど、どうしよう……」
「リオネル!!すぐにあの妖精を追いなさい!!他の生徒も手伝ってください!!」
「は、はい!!」
サンの指示を受けたリオネルと召喚魔法の授業を受けていた生徒達は、逃げて行った妖精を追い駆けて行く。
その姿を見届けて自分がしなければならない事を始める。
契約陣から今回起きてしまった二重契約にどんな形で不具合が起きるのかを調べる。サンは魔法陣を解析する魔法を発動する。完全に魔法陣を読み取る事が出来る魔法は存在しないが、それがどんな結果を生むのかを調べる魔法なら存在する。
それを用いたところ――
「こんな形になるとはっ……こうなってしまってはあの妖精は、もう……!」
歪な形で結ばれた召喚契約は、妖精にとって最悪の形で現れていた。
「妖精が存在する為の魔力が契約者から供給される魔力に完全に依存しきってしまっている。しかも妖精自身の魔力が自然回復しない形で……これが事実ならリオネルからの魔力供給が途切れた時点であの妖精は消滅してしまう!?」
リオネルの魔力を全部使い切ってしまったとしても、命に関わる事は無い。しかし妖精にとっては、それは命に関わる問題となる。その上、通常の召喚魔法であれば供給される魔力が無くなれば召喚獣は元いた場所に帰るだけだが、今回の契約によって妖精の魔力の全てが召喚主に依存するようになった。
「……」
あまりの事に暫く呆然としていると、さっき出て行った生徒の1人がサンを呼びに来る。
妖精を見つけたという報告だった。
この事実を生徒に、リオネルに告げなくてはいけない。その事にサンは内心で酷く動揺し、自分を呼びに来た生徒の眼を見ることが出来なかった。
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