ど、どうするのよ!?
王立学園に到着早々に厄介事の予感しか漂ってこない。
かといって目的地を変更する訳にもいかないし、校門の近くで何かしている以上避けて通る事も出来そうにない。だから分かってはいても真正面から突撃するしかないのだ。
例え荒事になったとしても、こっちには全冒険者の中の最高戦力たる元Sランク冒険者サーラがいるのだ。ちょっとやそっとの事じゃ何てことは無い。
それにいざとなれば、あたしのガチャガチャで収集したアイテム達が火を吹くから。
校門をくぐって、噴水まで目と鼻の先程の距離となる。
すると集まっていた生徒の一人があたし達に気が付いて近づいてくる。
その女の子は焦った様子で、あたしではなくサーラに詰め寄って捲し立てる。
「あのっ!!助けて下さい!!」
「っ……どうしたんですか?」
「あたしのせいで――このままだと妖精さんが、妖精さんがっ!!」
振り返った女の子の視線を追ってみると、人垣の隙間からベンチに横たわってる小さな影が見えた。人型でありながら人間よりも圧倒的に小さなその生き物は、苦悶の表情を浮かべて荒い呼吸を繰り返している。
その様子から現状が一刻を争うような事態であることを認識する。
同じ光景を見たサーラも状況を把握したようで、目配せをして対応するように促す。
「落ち着いて下さい。まずはあの妖精の状態を確認してみないと何も分かりません、よろしいですか?」
「お願いします!!」
そう言うと女の子はサーラの手を引いて妖精の傍に連れて行った。
それにしても
あの子の言っている事が本当なら、ベンチの上で苦しんでいる生き物は妖精という事になる。
あたしも実際に見たことは無く本で読んだ知識しかないけれど、人をそのまま小さくしたような姿と背中側に見えている1対2枚の蝶のような羽。その姿は以前に絵で見た妖精の姿そのままだった。
だとするとおかしい、どうしてこんな所に妖精がいるの?
妖精が好む環境はこういった街の中ではなく、樹々や花々、湖などより自然の環境が多い所のはず。それに進んで人前に姿を現すような種族でもなかったはずだ。
とすれば人間によって持ち込まれたと考えるのが妥当だけど、それがどうして王立学園にいたのか。
そして、あの子が言っていた「あたしのせいで――」という言葉も気になる。
悪い子には見えなかったけど、ここにいる他の生徒達を含めて全員が何かしらの事情を知っているのは間違いなさそうだ。もしあたし達の手に負えるような問題では無かった時の為に対応が出来そうな大人を……出来ればこの学園の教師が欲しい。
「クレハ様、妖精のおおよその状態が分かりました……どうかなさいましたか?」
「いえ、念の為に学園の教師を呼びに行って欲しいと考えたところだったんだけど」
「あっ、それなら大丈夫だ!君達が来る前に1人先生を呼びに行ったから!」
あたしとサーラの会話に即時に反応したのは、集団の中にいた眼鏡をかけた男子だった。
いかにも真面目そうな外見通りに、そこら辺の対応はちゃんとしていたらしい。あたしよりも年上だし、学園の生徒なんだからあたしが気にするまでも無かったわね。
「要らぬ心配だったわね。それでサーラ、その妖精が苦しんでいる原因が分かったのかしら?」
「ほぼ間違いないかと……この妖精は魔力不足に陥っています」
「魔力不足……?」
「はい。体内の魔力量が身体機能を維持できるギリギリの量まで減少しています。そのうえ一向に魔力が回復する気配がありません。このままだと――」
「身体の大部分が魔力で構成されている妖精が魔力不足に陥ると言う事は……消滅を意味する。そうなのね、サーラ?」
「……その通りでございます」
消滅という言葉がよほど衝撃的だったのか、生徒達から悲鳴にも似た声が上がる。
妖精は最も精霊に近い種族と言われている。その理由がさっき言ったように身体の大部分が魔力から構成されているからだ。逆に精霊との違いは、身体が実体を持つという点である。
魔力から構成されているとはいえ、妖精はあくまで生物という枠に入る。精霊のように自由に身体を実体化させたり非実体化する事は出来ない。もしも今回のような魔力不足が原因で実体化を保つ事が出来なくなった時、待っているのは消滅という名の死だ。
「だったら魔力回復を補助するようなアイテムなり魔法なりを使えば解決――あなたの様子を見る限りそう簡単な話じゃないようね」
「根本の解決にはなりませんが応急処置としては適切な対応です。詳しい事は後ほど説明しますので、今はそちらの対応を優先致しましょう。この中に魔力回復ポーションを持っている、もしくは魔力回復系のスキル、魔法を使える方はいらっしゃいますか?」
サーラの問いかけにさっきも返事をしてくれた眼鏡の男子が手を上げる。
「授業の途中だったのでポーションの類を持っている人はいませんけど、魔力譲渡の魔法なら僕が使えます!それと魔力不足が原因なら回復を補助する魔法を使える者も何人かいます!」
眼鏡男子の声に応じて数人の生徒が同じように手を上げながら、回復補助の魔法を使えると告げていく。
それを聞いたサーラは考えるように少し黙ってから、テキパキと指示を出す。
「では魔力譲渡のみをお願いします。今回の場合においては魔力回復の補助に意味はありませんから。むしろ魔力ではなく、簡単でも構いませんので回復魔法を使ってもらえますか?多少ですが効果はあると思いますので」
魔力不足なのに魔力の回復を優先せずに普通の回復魔法を使う……?
あたしの疑問も他所にサーラの指示を受けた生徒達が次々と動き始める。眼鏡男子は魔力譲渡を発動させ、他の何人かの生徒は妖精に対して回復魔法を発動させた。
するとさっきまで苦しそうに呼吸を荒げていた妖精の様子が落ち着いていき、ゆっくりと胸が上下するようになる。
「これで一先ずは大丈夫でしょう。しかしあくまでこれは応急処置ですので根本的な解決には至りません。可能であれば学園の教師が来るまではそれを維持して欲しいのですが、出来ますか?」
「はい!何としても持たせてみせます!!」
……関係ない疑問なんだけど、どうしてあの眼鏡男子はサーラの言う事に従順なのかしら?
緊急事態でその対処法を知っているサーラの言葉を素直に受け取っているだけとも考えられるけど、なんかそれだけじゃないような。言葉の端々にそれ以上の気持ちが入っているような。
……うん。まあ、サーラは見目はかなり美人だから。年頃の少年が憧れてしまうのも分からなくもない。
「クレハ様?どうかなさいましたか?」
「い、いえ、何でもないわ」
まあ、なるようになるか。可哀そうなのは今日以降はサーラはあたしと一緒に領地に戻ってしまうこと。何かアクションを起こすなら今日しかないんだけど、取り合えずは傍観してましょうか。
「それよりも説明してくれるかしら。この妖精がそもそもとして、どうして魔力不足に陥ってしまったのか」
きっと最大の問題点はそこにあるはずだ。
単純な魔力不足であれば魔力回復の補助魔法を断る理由が無い。つまりそれはこの妖精の状態が普通の魔力不足ではない事を示している。
「気付いていましたか。この妖精が魔力不足に陥っているのは、この妖精を縛っている
サーラのその言葉を聞いた時、視界の端であたし達を呼びに来た女の子が大きく肩を震わせたのが見えた。
なるほどね、だから自分のせいなんて言っていたのね。
女の子を含めて詳しい話を聞こうとすると、遠くから誰かが叫んでいる声が聞こえてきた。
その声のした方を見れば2人の人影。1人はここにいる人達と同じ制服を着た学園の生徒、そしてもう1人は背格好からして大人だった。
眼鏡男子が言っていた教師を呼びに行った生徒と、その生徒が連れてきた学園の教師のようね。
走ってこっちに向かってくる2人、特に教師の方は学園に関係の無い部外者のあたし達を見て走る速度を上げた。
「君達は何者だ!?この王立学園に何か用だろうか!?」
しょうがないことだけど警戒されているわね。
あたしは学園長からの手紙を出しながら教師の言葉に返す。
「あたしはクレハ・カートゥーンよ。ここの学園長に呼ばれてきたの。こっちは見ての通りあたしのメイド。ああ、これが学園長からの招待状ね」
そう言って手紙を教師に渡す。すると教師は手紙を開けることなく、手を翳して何かの呪文を唱える。
「……ふむ、間違いないようだ。先程の態度は失礼したクレハ・カートゥーン殿」
「気にしないで頂戴。あなたはこの学園の教師であってるかしら?」
「ああ、私は学園で召喚魔法を教えているサン・モニッツだ。すまない、客人である君達に迷惑をかけてしまったようだな」
「そんな事はどうでもいいの。それよりも貴方ならこの状況を説明できるんでしょう?この妖精の不調の原因は召喚契約にあるって聞いたわよ」
「っ……!?そうか知っていたのか。分かった君達には知る権利がある、ちゃんと説明しよう。だが
――」
サン・モニッツ教師の続く想定外の言葉にあたしも、そしてそれを聞いていた生徒達も息を呑んだ。
しかし、サーラだけは少し目を伏せただけで特に驚いたような様子は無かった。まるで最初からこの結末を知っていたかのように。
「その妖精を助ける事は出来ない。そのようなその場凌ぎをしても余計に妖精を苦しませるだけだ」
「……どういうことよ」
「言葉通りの意味だ。その妖精は間もなく魔力不足によって消滅する。それを覆す事は出来ない」
「……っ!!」
すぐに反論したくなる気持ちをぐっと堪える。あたしに召喚魔法に関する知識は殆どない。ましてや実践で使えるようなものや、こんな緊急事態に対応できる知識なんてものはもってのほかだ。
召喚魔法を専門で教えている教師であるサン・モニッツ先生がそう言うからには何か理由があるはずだ。
まずは先生の話を聞くこと。対策や出来る事を考えるのはその後だ。
あたしの様子を察したのかサン・モニッツ先生は今回の事件に至る原因について話し始めた。
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