学園といえばイベントの定番だわ~

本日2つ目です

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――  お披露目パーティーや水の精霊の襲来など盛りだくさんのイベントがあった翌日。

 

 目を覚ましたそこは見慣れないベッドの上だった。寝起きで回らない頭でしばらくぼーっとして、ここが王宮だということを思い出す。

 ここは王宮にある客室の一つ。昨日の一連の騒動で疲労していたあたし達は、陛下の誘いでそのまま王宮に一晩泊っていくことになったのだ。


 案内されたこの部屋はかなり広くて一人で過ごすには少し落ち着かなかったけど、疲れのせいなのかベッドに横になってすぐに寝てしまったみたい。


 ちなみにお父様とお母様は隣の部屋に泊っている。普段から両親と違う寝室だけれど、王宮のしかもそれなりの広さの部屋を2部屋も使うのは気が引けると言うか何というか……

 まあ一人部屋の方が気楽だし、折角貸してくれてるんだから気にすることじゃないか。

 

 でも屋敷の自室じゃないから実験とか研究とか色々出来なかったのは窮屈だったわね。

 昨日使った魔法の整理をしようと思っていたけれど、下手な事をして怒られたくないし。とは言え、そもそもそんな事をする余裕も昨日は無かったわね。屋敷に帰ったらゆっくり進めるとしましょうか。


 窓の方に視線を向ければ、カーテンの隙間から日差しが漏れているのが見える。経験上寝過ごしたりなんかはしないはずだけど昨日の今日だから……ちょっと不安になってきたわ。


 身体を解しながら外の様子を見る為に窓際に近づこうとすると、突然声を掛けられた。


「おはようございます、クレハ・カートゥーン様」


「――だ、だれ!?」


 薄暗くて顔ははっきりと見えないその人は、スタスタとあたしの前を通ってカーテンを開ける。

 すれ違った時に使用人の服を着ているのが見えたから、王宮勤めのメイドだと思うけど……どうして部屋の中にいたのかしら?


 差し込んだ光によって照らされ、急に明るくなった部屋に目を細める。

 すぐに目が慣れるとさっきのメイドが窓際に立ったままこちらに一礼したのが目に入った。


「失礼いたしました。わたくし、陛下よりカートゥーン家の皆様をお世話するように仰せつかりましたレジーナと申します。早速ではございますが、クレハ様の身支度をさせていただいてもよろしいでしょうか?」


「え、いや、それぐらい自分で出来るから」


「いえいえ、折角の機会ですので王宮の持て成しを堪能なさってください。では失礼致しますね――」


 レジーナと名乗ったメイドは本当にこっちの意見を聞く気があるのかという早さで返事をすると、そそくさとあたしの身支度を始める。その少し強引な態度とは裏腹に仕事は丁寧かつ素早く、邪魔とか不快感を感じる事は一切無かった。


「レジーナさんは、何時からこの部屋にいたのかしら?」


「一介のメイドにさん付けは必要ございませんので、レジーナとお呼びください。質問の答えとしては、クレハ様がなかなか起きてこられないので勝手ながらそろそろ起こそうと部屋に入ったところ、偶然クレハ様がご自分でお目覚めになられました」


「そうだったのね。あんまり寝過ぎるタイプじゃないんだけど、ありがとうレジーナ」


 ……いま、なかなか起きてこないって言ったわよね?


「ね、ねえレジーナ?今って一体何時なのかしら?」


「……ご安心下さい。まだお昼は過ぎておりませんので」


 ああ、完全に寝過したわ。


 しかもかなり寝過したわ!!


「セレナお母様たちはもう起きてる……?」


「はい。既に起きておられますよ。ちなみにご当主様はもう少し寝かしておこうと仰っていましたが、奥様は起きてきたらお話があると申されておりました」


「レ、レジーナっ!もう身支度はてきとうでいいからお母様達のところに案内して頂戴!!」


「お二方は隣の部屋にいらっしゃいますから、すぐにご案内出来ます。それよりも、クレハ様の身支度をてきとうにだなんてとんでもありません!――迅速に終わらせますので、あと40秒お待ちください」


 今までは、寝坊する前にサーラが無理矢理にでも起こしてくれたから本当の意味で寝過した事は無い。

 あたしがそんな事を考えている間にもレジーナは準備を進めている。何処から持ってきたのか、何時の間にか昨日のドレスよりも装飾がシンプルになった蒼色のドレスを着させられて、髪のセットも終わっていた。ついでに全身を洗ったかのような爽快感に包まれている。


 本当にあっという間に身支度が済むと、レジーナに案内されてそそくさお母様達の部屋に向かう。


 ああ嫌だなと、少し気が重くなりながら扉に手を掛ける。

 部屋に入るとお母様とお父様の視線があたしに集まる。二人ともどうやらお茶を飲んで寛いでいるところだったようだ。


「あの、お、おはようございます。お母様、お父様……」


 きっとお母様からこれでもかってぐらいにお小言が飛んでくるんだわ。

 だけど返ってきたのは思いもしない言葉だった。


「あらおはようクレハ。もう少ししたら起こしに行こうと思っていたんだけど自分で起きたのね」


「おはようクレハ。昨日は色々あって疲れただろう?もう少し休んでいてもいいんだよ。今日は特に急ぐ用事は無いからね」


 ……あれ?


「あ、あのお母様?寝坊したあたしに何か言う事があるんじゃ……?」


「え?……まあバルドも言った通り昨日は色々あったし、いいんじゃないかしら?それに言うほど遅い時間でもないわよ。私達が起きたのだって少し前の事だし」


「……?」


「それよりもレジーナ。クレハも起きたことだから、朝食の準備をしてくれないかしら?」


「……??」


 おかしい。話が違う。


 レジーナの話しぶりだと、寝坊したあたしにお母様が怒り心頭みたいに聞こえた。

 それと、あたしがとんでもなく寝坊したというようにも聞こえた。

 でも蓋を開けてみればお母様は特に怒ってなくて、あたしも想像よりは寝坊していない。


 どういうことだ説明しろという思いをが篭った視線をレジーナに向ける。


「っ……そ、それでは朝食の準備を致しますので少々お待ちください」


 レジーナはそう言い残すと、足早に部屋を出て行ってしまった。

 

 完全に逃げたわよね?


 何の目的があってかは知らないけど、あたしを騙そうとしていたらしい。

 でも、こんなつまんない嘘なんてつく意味あるのかしら?騙された所でさして影響も無くて、精々あたしの気分が朝から悪くなるだけだ。

 ……カートゥーン家が気に入らないにしては、標的があたしだけっぽい。という事は原因は昨日のお披露目パーティーでの出来事ぐらいしか思いつかない。


 どうせ王宮に泊るのなんて今日だけなんだから、そこまで気にしなくてもいいわよね。

 もう関わる事なんで早々無いでしょうし。


 そう結論付けて、運ばれてきた朝食をさっさと食べ終える。ちなみに運んできたレジーナは何食わぬ顔で配膳を済ませると部屋を後にした。

 昨日のパーティーと同じ料理人が作っているのかは分からなかったけど、やっぱり美味しかった。ちょっとだけ警戒したけど、料理に変な様子は無かった。


 本当にレジーナは何をしたかったんだろうか……?


 食後の紅茶を飲みながら3人でこの後の予定を話し合う。


「僕は今日も王城の会議に出席しないとだし、セレナもご婦人方とのお茶会があるよね。それからクレハは王立学園の方に行かなくちゃいけない」


 ……ああ、そうだった。昨日色々あってすっかり忘れてた。


「学園の見学だったわよね?」


「それもあるけど、どっちかと言うとクレハに会う方がメインな気がするな。あそこの学園長って優秀な人材が大好きで有名だから。少しでも優秀だとか天才っていう噂を聞くと、辺境だろうと自分の脚で出向くぐらいの事はする人なんだ」


「それで言うんだったら、あたしの所には来なかったしそこまで期待してるわけじゃ無いんじゃないの?」


 むしろ過度な期待なんかしないで欲しい。自分が優秀なのかなんて自己評価じゃ主観が入るんだからあんまり意味は無いし。


「いやいや、クレハ。たかが5歳以下の子どもが書いた論文にあの王立学園の学園長が興味を示すって事が既に異常なんだからね?それに僕も良く知らないけど、最近は学園長も忙しいらしくてずっと学園に籠っているらしいよ」


「だから、あんなの論文じゃなくて落書きレベルのメモみたいなものだし!むしろあんなので評価するってそっちの方が怖いんだけど?……大方フローラお姉様の紹介だからとかそんな所でしょ。全く、勝手に人のメモ書きを持っていった挙句に面倒事を持ってくるなんて」


 それにジュリアお姉様もだけど、昨日のパーティーで近くにいたのに助けてもくれなかったし……


「……まあ行けば分かるか。それじゃあクレハは王立学園に行くって事でいいよね。時間はどうする?一応サーラは呼んでるからもうすぐこっちに来るだろうし、学園長は何時でもいいって言っていたよ」


「そうねぇ……それじゃあ午後、お昼過ぎ頃にするわ。本の感想を簡単にまとめておきたいから」


 前にお父様経由で学園長に渡された本で、読んだ感想を求められていた。


 内容は魔法詠唱の省略について、その理論と技術の構築を議論する感じ。


 ざっと読んでみて、前半と後半で論理に矛盾が生じていたり現行の技術体系に真っ向から喧嘩を売っていたりと専門書としての価値はほとんどないと思ったのが正直な感想だった。


 でも少しだけ気になる所もあったから、面白かったと言えば面白かった。

 折角だから学園長に聞いてみてもいいかもしれない。


「それじゃあ僕とセレナの用も午後からだから、少しだけゆっくりしていようか」


「あら、それじゃあ昨日のお話でも聞こうかしら。どうだった?仲良くなれそうな人は出来た?」


 お母様が興味津々って顔でそんな質問をしてきた。


「う~ん、まあ……ソフィアとかファイとは話してて面白かったかな。今度領地に遊びに来てって誘われたし、あたしも行ってみたいと思ったし?」


「ワイスガイア家とアミーティア家の子ね!ちゃんと仲良くなれて良かったわ!これでクレハにも同年代の貴族の友達が出来たのね!!それで、ちゃんとお茶会の約束はしてきた?」


「……なんで?別にしてないけど?」


 お茶会なんて面倒な事の約束をあたしがするはず無いじゃない。それよりもソフィアとファイの領地にあるっている鉱山とダンジョンの方が気になるわ。

 別に領地を訪問した時に話せばわざわざお茶会なんてする必要無いでしょ?


 そう答えるとお母様が深く溜息を吐き出す。


「クレハ、貴族同士の仲を深める為にお茶会を開催するものなのよ?折角友達になれそうな子を見つけたのに誘わないなんて勿体ないじゃない!何時までも王都にいる訳じゃ無いし、領地にだって簡単に遊びに行ける訳じゃないんだから!」


「そうは言っても二人が何処に居るのか知らないし今更じゃない。幸い領地の場所は知ってるんだから、そのうち手紙でも出すわよ。それで連絡を取り合えば問題ないでしょ?」


 あたしの言葉を聞いたお母様が二度目の溜息を吐く。

 

 まるで「折角引きこもりのクレハに友人が出来たと思ったのに、そのすぐそばから疎遠になってしまうのかしら……」と憂いているようだ。


「貴女のことだから私の言いたい事ぐらい分かってるわよね……?」


「……善処します」


 何とかお母様からの追求を躱して(?)王都に来てから諸々の事を話しているとあっという間に時間が経っていた。こうして喋っていると、こっちに来てから落ち着いて話す時間があまり無かったんだと思い知らされる。

 本当だったらお披露目パーティーに参加して帰るだけの予定だったのにどうしてこんな事になったのやら。


 あのティアラを拾ってから面倒な事に巻き込まれてるのよね。


 ……いや、元はと言えばティアラを盗んだ奴が悪い。


 そう考えると段々と事件の犯人に腹が立ってくる。かといって犯人が分からない以上、今すぐどうこう出来る訳でもない。もし何かあった時の為に準備だけはしておこうかしらね。


 犯人をどうしてやろうかと考えながら、王都の道を行く。


「サーラは王立学園には行ったことあるの?道順も知ってるみたいだし」


 あたしとサーラは王城から王立学園に向かう道中にいた。

 距離的にはさほど遠くはないが王都はうちの領地よりも遥かに道が入り組んでいる。だから案内出来ると言ったサーラに王立学園までの道案内をお願いしていた。


「もちろん学生としてではありませんが。冒険者時代に依頼を受けて行ったことがあるんです」


「依頼って、例えば学園の臨時講師とか?」


「さすがクレハ様ですね。これから行く場所なので詳しい事は省きますが、学園では冒険者を招いて講義を行う事があります。高ランク冒険者向けで尚且つ報酬が良かったので、私も以前に受けました」


「単純に学園に行くような依頼で思いついたのが講師だけだったんだけど。それにしても専門の講師が揃っている王立学園で冒険者が教えるような事ってあるのかしら?」


「主に実践的な部分ですね。例えばこの薬草は実際にどんな場所で採れるのか、街の外をどのように歩くのか、いざという時の身の守り方は。他にも冒険者だからこそ教えられる事を学園の生徒達に指導します」


「ふむ……」


 王立学園はこの国中から生徒が集まってくる。貴族の子どもであれば護衛を雇ったりすれば済む話だけど、皆が皆それが出来る訳じゃない。とすればそういった知識は持っていて損は無い。何かあった時に自分を守る術は幾つあっても足りないぐらいだ。


 ちょっとだけ学園に興味が出てきたかも……


 学園には最短でも3年は在籍しなくちゃいけない。今のうちから、学園に通ってから何をするのか少し考えておいた方が良いかもしれないわね。

 

 ちょっと今日の学園見学にも気合いが入る。


「そろそろ見えてきましたよ。あれがこの国最大の学校、王立シンフォニア学園です」


「おぉ……!」


 サーラが示す先にあったのは、長く続く高い塀と見上げるように大きな校舎だった。校門の少し入ったところには噴水があり、その周りでは何人かの生徒が集まっている。談笑でもしているのだろうか。

 そして何と言っても目を引くのが校舎だ。大きいのはもちろんだけど、形がまるでお城のようなデザインになっている。正面にある建物の背が一番高くて、左右の端にある建物がそれに準ずるぐらいの高さだった。

 

 公爵レベルが領地に持っているような屋敷以上王城未満って感じの建物だった。

 さすが国が運営に関わっているだけあり、規模が大きい。


「おや……?」


「サーラ、どうしたの?」


「いえ、今は授業時間のはずなので……どうして生徒があんな所にいるのか、と」


「そう言われればそうね……」


 サーラから聞いた学園の話が今も同じなら、確かに今は授業をしている時間のはず。

 絶対に外で授業をしないってことは無いだろうけど、見た限りだと教師の姿は見えない。

 

 それに近づいてみて分かったけど、噴水をの周りの生徒達の様子がおかしい。

 遠目には分からなかったけど、複数人で何かを囲んでいるように見える。


「おい――だぞ」「そうか――?」「どうする――まず――!?」


「……やっぱり様子がおかしいですね」


「そうね……」


 まだはっきりと聞こえないけど、何かを言い争っているような雰囲気に見える。


 ……昨日の今日でトラブル続きは勘弁して欲しいんだけど。


 でも正門前で騒いでいる以上、避けては通れないわよね。


「仕方ないわね。取り合えず行ってみましょうか」


「畏まりました。危険があるかもしれませんので、クレハ様は私の後ろからついて来て下さいね」


「分かったわ」


 さて、面倒事じゃないといいんだけれど。

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