そろそろ行くね……

 子どもの成長を祝う為に王家が主催して開かれているお披露目パーティー。これは子どもの死亡率が今よりもずっと高かった100年以上前から続く由緒ある行事である。故に主催する王家側も参加する貴族側も気合いが入る。

 王家はパーティーの完成度によってその治世の豊かさを示し、貴族はその振舞いや衣装で行き届いた教育と領地の発展を示す。


 言ってしまえば子ども達のお祝いだけじゃなく、子どもを通しての自分達の家の威厳を示すという側面もあるのがこのパーティーなのである。


 クレハをパーティー会場に送り届けた後、子ども達の交流を邪魔しない為に僕たち保護者は別の会場に移った。こっちも立食形式の会場になっていてあちこちで当主やその夫人たちが立ち話をしている。


「とはいえ、今となっては子ども達が家格と権力を自慢するだけの会になりつつあるんだけどね」


「そんな事を言っているとまた上位貴族の方々から睨まれますよ?」


 そう言ったウィリアムの視線を追ってみると少し離れた場所から数人で固まってこちらの様子を伺っている貴族たちがいた。それほど離れていないので僕達の会話が聞こえていたのか、気に入らないという感情を隠しもしない視線を向けている。

そして僕が視線を向けたことに気が付くと慌てた様子で自分達の会話に戻っていった。


「あからさま過ぎてちょっと笑えるな。たかだか男爵家の当主だが、その中身はSランクの魔物すらも一刀で切り伏せる英傑!貴族としての首輪をつけられていてもちょっかいをかけるような度胸のある連中はそうそういねぇな」


「……ロイド、僕は犬じゃないんだけど」


「はっ、犬で収まるような奴だったらまだ組みしやすかっただろうよ。なあ、英雄様?」


 こいつは昔っから人を揶揄うのが好きなんだよなあ。Sランクの魔物を倒すことぐらいこの国には両手じゃ足りないぐらい出来る人はいるのに。冒険者ならAランクパーティーの上位層は普通に対応できるはずだ。


「1体や2体ならともかく10を超えるSランク魔物の群れに突撃して生きて帰ってくるのは十分に化け物と言えます。貴方はもっと自分のお力を再認識した方が良いかと思いますよ、バルド」


「そんなこと言ってもなあ。セレナだってそれぐらい出来るだろう?それに最近じゃジュリアやフローラも力を付けてきてる。あの子たちが英雄、いや英雄を超えた大英雄と呼ばれる日も近いんじゃないかな!」


 僕はどちらかと言うと戦士タイプだから魔法関連は疎いけど、ジュリアもフローラも王都勤めになってからメキメキ力を伸ばしている。もう同い年の頃の僕なんかよりもずっと強いね!


 それにしても……家の娘たちは可愛くて美しくて可憐な上に強いだなんて火の打ちどころがないじゃないか!これは周りの男共が黙っちゃいないだろうな!


「全くバルドともあろう者が形無しだな。それで――はどうなんだ?」


「それは私も気になりますね。先程挨拶させて頂きましたが、正直ジュリアさんやフローラさんの時のような強烈な何かを感じませんでした。しかし何か、言葉に表せないような何かを感じた。そこのところどうなんですか?」


 相も変わらずウィリアムの勘は鋭いというか本質を見抜くというか。こういう所があるから貴族の当主でありながら商人としても成功しているんだろうな。

 武器屋の前で剣を眺める子どものような目に、持っていたグラスを一口含んでから応える。


「そうだな。これは親馬鹿とかそう言うのを抜きにして……天才、かな?」


「「天才か(ですか)?」」

 

「そう。例えばクレハが2歳の頃に文字に興味を示した時の話だ」


 気が付いたのは本当に偶然だった。セレナが膝の上にクレハを乗せて本を読んでいたときだった。その光景を正面から見ていた僕はクレハの目が規則的に左右に振れていることに気が付いた。

 

(この子はもしかすると、本を読んでいるんじゃないか?)


 だから僕はセレナが読んでいた本の単語を指差しながらその発音を教えてみたのだ。するとクレハは舌足らずながらも僕の言葉を繰り返した。今度は違う箇所に書かれている同じ単語を指差すと同じように発音した。


「これだけなら覚えたばかりの言葉を言い続けているだけだと思うだろ?でもクレハの本当に凄いのはここからだったんだ」


「「……」」


 それから面白がったセレナと一緒に他にもそのページに書かれていた単語の発音を次々に教えていった。もしこれでクレハが本に対して興味を示してくれるなら将来の為にもいい。そうでなくても貴族の子弟は6歳から学園に通うのもあって、それ以前の勉強はそこそこにする家も多い。だから特に何かを期待しての事ではなかった。本当に同じ言葉を返してくれるクレハが可愛くてやっていたことだ。


 しかし、教えた単語が10と少しを超えたぐらいだった。セレナが指差した単語を僕が発音しようとする前に――クレハが口にしたのだ。


 まだ教えていないはずの言葉。もちろんクレハがそれを知っているはずもない。僕達は何かの記憶違いかと思ってまだ教えていない別の単語を指差した。するとクレハはまたもや僕が口にする前に言葉にしたのだ。


「分かるかい?数分程度で教えてほんの10単語程度で僕達の言語の発音、その法則性を自分で考えて理解して言葉にしてみせた。あの子はクレハは若干2歳にして1つのしてみせたんだよ!ふふっ、あの時は2人して全身が震えたよ」


「そ、そんな事があり得るんですか?僅か2歳で文字という記号とその発音の仕組みを独自に理解したと?」


「確かにこれは僕達の推測に過ぎないよ。クレハに聞いても『そんな昔のこと覚えてるはずないでしょ?』って言われたしね。でもこれだけは間違いない。あの子は……クレハは本物の天才だよ」


 クレハは記憶力も相当なものだ。さっきだって1歳ぐらいの頃のウィリアムとロイドの記憶が薄っすらとだけどあったぐらいだしね。でも其れよりも最近の出来事であるこの話を覚えていないという事は、それだけクレハにとっては些末な事だったということだ。


 あの子にはジュリアのような天性の武の才は無い。フローラのような圧倒的な魔力と魔法への適正は無い。

 けれど、それを補って余りあるだけのモノがある。


「それにクレハは自分の噂なんかに右往左往するような子じゃないよ。あの子は自分の興味のある事に何時でも全力で一直線だからね」


「……なるほど。はっ、俺達の杞憂だったって事か」


「とはいえまだ子どもである事に変わりはありませんよ。その手の悪意を退けるのは僕等大人の役割です」


 やっぱり2人ともクレハの事を心配してくれていたみたいだね。


 姉2人が優秀過ぎたこともあり、クレハに妙な噂が流れていることは知っていた。曰く 『カートゥーン家の出来損ない』とか『上に才能を持っていかれた出涸らし』だとか……今にも腸が煮えくりかえりそうだ。


「当然だ。それにその出所についても目星はついてるよ」


「そりゃあ……近々面白いものが見れそうだな。なあウィル?」


「ええ、領地に戻るのはそれを見届けてからでも悪くはありませんね」


 と、思っていたら……


 娘がパーティー会場で問題のフルハルト家の息子を相手に大立ち回りをしていた。

 火魔法でも難易度の高いと言われる蒼炎を操り、竜の形として自分の背後に従えていた。その姿はさながら炎の支配者といったところか。圧倒的なまでの存在感でその場の空気を完全に自分のものとしていた。


「ははっ……なるほど。アレはとんでもねぇな」


「魔法は不得意と聞いていましたが私の目もまだまだなようですね……」


 ウィリアムやロイドがクレハの姿を見てそんな事を呟いているが、それ以上に僕だって驚いていた。

 クレハが魔法が苦手というウィリアムの言葉は間違っていない。と言っても苦手という言葉とはちょっと違う。

 クレハはその身に宿す魔力量が絶対的に少ない。常人の10分の1にすら届かないほどである。それゆえに最も消費魔力の少ない魔法すらも使う事が出来ない。術式系に関しては自身の魔力ではなく周囲に漂う魔力を使う機構が組み込まれているから使う事は出来る。


 それが理由でクレハは魔道具に興味をもったんだと思う。あの子は賢いから自分の魔力が圧倒的に少ないと知った時点で自分で魔法を使う事には見切りをつけたんだと、僕達は思っていた。


 ――だからこそ目の前の光景が信じがたいものだった


 会場中の視線をその身に集めながらも、それを意に介することも無く悠然としていた。クレハの視線を正面から受けているフルハルト家の子は、蛇に睨まれた蛙のように動くことが出来ずにいる。


 その威を示すように飛び出した蒼炎の竜は、魔法師団長であるレイア様の魔法破壊マジックディスペルにより消滅させられた。あの規模の魔法を一瞬にして消滅させたレイア様の技術は凄まじく卓越したものだった。けれどその場にいた多くの人間の記憶に残るのは、やはりクレハの魔法の方だろう。


 天使すら裸足で逃げ出す容姿に加えて、5歳であれだけの魔法を操ることが出来る。これが広まればクレハに近づこうとする不貞の輩が増えるかもしれない。

 いや、それだけじゃなく婚約の申し込みすらくるかもしれない!


 ……近頃は机仕事が多くて腕が鈍ってるかもしれないな。来るべき時に備えて鍛え直しておくか?


 ドスッ


「バルド?今大事な話をしているんだからきちんと聞きましょうね?」


「はいっ!!」


 騒ぎを収めた後、陛下は先程の騒動の当事者たちを連れて別室に移動した。小会議室としても使われているそこには長机が1つ置かれていて陛下に促されて全員が席に着く。

 今この部屋にいるのはカートゥーン家、アミーティア家、ワイスガイア家、フルハルト家、騎士団総長アレス様、魔法師団団長レイア様。そして陛下と第三王女ミラクリア様が揃っている。それなりの人数がいるけど、全員が座って猶席が余るぐらいには広い部屋だ。


 全員が座り、場が落ち着いたのを確認して陛下が口を開いた。


「さて、事の次第は我が娘ミラクリアから聞いている。確認の為にもう一度会場で何があったのか説明を求めよう。まずはミラクリアから話してくれ」


「承りました陛下。それでは私が見て聞いた事を説明させていただきます」


 そう答えたミラクリア様よりパーティー会場での出来事が事細かに説明された。





 ミラの話が終わった。話した内容は私達、フルハルト家のどちらかを贔屓した内容ではなく会場での真実を語っていた。ランデスは話が進む度に何か言いたそうに口を開きかけては噤むということを繰り返していた。きっとさっき陛下に怒られたことが効いているのね。

一方で父親であるフルハルト侯爵は身動ぎ1つせずにじっと話を聞いていた。その顔には表情が無くどんな感情を抱いているのかすら分からない。ただその氷のような冷めた瞳と一瞬だけ目があった時は身が竦んだ。表現できない不気味さが背筋を這ったような。そんな気がした。


「ふむ、ありがとうミラクリア。続けてもう1人にも話を聞くとしよう。アミーティア家のファイ」


「はい!」


「お主は先程ミラクリアが話した件を近くで見ていたな。それを改めてお主の口から聞かせて欲しい」


「分かりました!任せてください!」


 元気に返事をしたファイもミラクリアと同じ内容の事を語った。所々に晩餐のアレが美味しかったとかの余談が入ったのは実にファイらしいと思ったわ。

 それにしても本当に物怖じしない性格よね。緊張してまともに喋れなくなる、なんて言葉はファイには当て嵌らないのかしら。


 そうしてファイの話も終わる。その内容は寄り道はあったけれど、やっぱりミラの話したこととほぼ同じ内容だった。


「ミラクリア、ファイ、両名の話はよく分かった。ではこの内容に異議のあるものはいるか?」


「「「……」」」


 誰も声を出さない。それは沈黙は肯定という言葉が示す通り、2人が語ったことに嘘偽りが無いことを証明していた。意外にも何かしらの反論をするかと思ったフルハルト家側も口を開かなかった。


 このままだとランデスの一件が明白なものとして受け入れられることになる。王家が主催したパーティーで問題を起こしたという事実は、今後の家にもアイツ自身にも大きく影響することになるはずだ。否定しようにも目撃者も多くその全てを黙らせるなんてことは出来るはずもない。


 それでも弁明とか他にも何か言ってくると想像していたのだけどそんな事も無かった。


 罪を粛々と受け入れているという見方も出来るけど……どうにも違う気がするのよね。

 何か明確な理由がある訳じゃないんだけど、あのフルハルト家の当主は信用しない方がいい気がする。


 そんな漠然とした不安が胸中で渦巻くけど今すぐどうこう出来ることでもない。


 この後の流れは、騒動を起こしたあたし達に陛下が沙汰を言い渡して終わるはず。ソフィアはともかくあたしは実際に魔法を使っているから何かしらの罰則は覚悟している。


「反論は無いようだな。では今回の一件について、ランデス・フルハルト、クレハ・カートゥーン、ソフィア・ワイスガイアの3名に沙汰を下す」


 まず陛下の視線はランデスの方を向く。


「ランデス・フルハルト。お主は禁止とされている魔法を会場で使い、それをソフィア・ワイスガイアに向けた。戦う意志を持たぬ者に魔法を向けるなどあってはならぬことだ。よってお主にはこれより一月の謹慎を言い渡す」


「……はい」


 あたしもこの国の法律に明るい訳じゃないけど、処罰が甘いと感じてしまう。でも貴族に対して裁きを与える時には色々と面倒なしがらみがある事も知っているから口には出さない。出さないけど、納得いかないのも本音なのだ。

 後で法律に関しても調べてみようかな。今回みたいな事が2度もあるとは思えないけど、何かあった時には役に立つはずだものね。


「フルハルト侯爵、此度の件は親であるお主の責任でもある。息子にしかと反省を促すように」


「承知いたしました。二度とこのような事がないように教育し直すと致します」


「うむ。続けてソフィア・ワイスガイア。友と領地を不当に馬鹿にされたことに対して反論出来る精神は賞賛すべきものだ。しかし時には言葉を選ぶ必要がある場面もいくつも存在する。そんな時にどのような対応をすれば穏便にその場を収めることが出来るのか。それを学ぶがよい。ちょうどお主の父親がそういう対応は得意だからな。存分に聞いてやるとよいぞ?」


「は、はい!お言葉しかと胸に刻みましたわ!」


「寛大な言葉を頂き感謝いたします、陛下」


 陛下の言葉を聞いてホッと胸を撫でおろす。

 これは元々あたしとランデスが発端となった問題。それなのにソフィアにも罰が下ってしまったらとずっと心配だったから一安心したわ。

 そして最後に陛下の視線はあたしに向く。


「最後にクレハ・カートゥーン。ソフィア嬢を魔法の脅威から守った行為はとても勇敢であった。しかし相手へのお返しはいささか過激であったな。あの炎の竜はランデス・フルハルトの魔法ではなくお主が発動した魔法と見なす。よってお主には1週間の謹慎を言い渡す。カートゥーン男爵よ、この子の才を正しい方向に導くのだぞ」


「畏まりました」


「はっ、決して曲がらぬように育てることを誓います!」


 そうして陛下による今回の一件の処分は決定した。ランデスとフルハルト家は話が終わるとパーティーには戻らずに帰って行った。騒ぎを起こした手前会場に戻るのは憚られるのはあたしも同じだ。特にあたしは炎の竜モドキを出してるから、みんな怖がってるかもしれないし。


 だからあたしもそのまま帰ろうかなと考えながら部屋を出ようとすると、陛下に呼び止められた。


「クレハよ、例の件で少し話がある。バルドとセレナも少し残ってくれ」


「お父様、私もいいですわよね?」


「あ、ああ。ミラクリアも残ってくれて構わん。他の者は退出してくれ」

 

  部屋を出るときソフィアが不安そうな表情であたしを見ていたけど心配しないでと目配せしておいた。アミーティア家とワイスガイア家が部屋を出て、残ったのは陛下たち王族とその護衛、そしてあたし達カートゥーン家だけになった。


「残ってもらった例の件とは、もちろんティアラを巡る一件の事だ。クレハよ、例の物の準備はどうなっている?」


「はい、既に準備は終わっています。今日もアイテムバッグにて持ってきていますのでいつでも受け渡しは可能です」


「そうかそれを聞けて一安心した。実はな今朝起きたら枕元にこれが置かれていたのだ」


 そう言って陛下は一枚の板を取り出した。見たこともない青い金属で作られたその表面では水が文字の形を象っておりこう書かれていた。


『今日、いく。水の精霊』


「「「……」」」


 ……す、凄まじく簡潔に用件が書かれているわね。


「へ、陛下。これは、その、本物なのでしょうか?」


「それはわしが保障しよう。ティアラが纏っている魔力とこの文字が纏っている魔力は間違いなく同一のものじゃ。それに陛下の寝所に誰にも悟らせずにこれを置くことが出来ることも理由の1つじゃぞ」


「という事はつまり――」


「そうだ。今日これから……水の精霊様がここに来られるという事だ」


 ……何で今日に限ってこんなにイベントが多いのかしら?

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