出番は無さそうですね~

本日2つ目です

――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 

その場にいた全員が同じような光景を脳裏に思い浮かべた――

 

 暴走した一人の貴族の子息が放った火魔法は1人の令嬢の身体を包み込み、その身体に癒えることの無い傷を残す光景を。

下手したらその命を奪うかもしれないという最悪の光景を。


 しかし魔法が放たれたと同時に、その間に誰かが飛び込んできた。


 それはその令嬢の近くにいた別の令嬢であった。もちろんその身に鎧や盾を身に着けている訳ではない。

その身を盾にして友人を守ろうとしたのか、それともあの火魔法を止める事が出来る自信があったのか。

 

 しかし結末は変わらない……


 あの一瞬で防御魔法や相殺するだけの魔法を詠唱する時間なんて無い。

魔法は無慈悲にその令嬢に当たり、その身を焼き尽くすだけ。


 ――キャアアァァ!!?


 そして間もなく、火魔法は令嬢に衝突した。会場中を悲鳴が包み込む。


 近くにいた人は火の熱から逃れようと、見たくない事から目を逸らすように顔を背けていた。


「全く……こんな所で魔法を使うなんて。本当にどんな教育されてるのかしら」


 その呆れたような声は炎の中心から聞えてきた。

 「まさか」「そんなはずない」そう思いながら恐る恐る声のした方に視線を向ける。


 令嬢はその場に立っていた。金属の手袋のようなものを着けて片手で火の玉を受け止めていたのだ。

 そのあり得ない光景に悲鳴が困惑へと変わっていく。令嬢は受け止めた魔法をボールのように持て遊びながら鋭い視線を魔法を放った貴族子息に向ける。


「これ、冗談じゃすまないわよ?」


「な、何で魔法を掴んでっ……」


「そんなことはどうでもいいわ。それより、もしこれがソフィアに当たっていたら重傷、下手したら死んでいたかもしれないのよ。それを分かっていて撃ったのかしら?」


「っ……」


 令嬢、クレハは淡々と魔法を放った張本人であるランデス・フルハルトを追求する。あれほどの火力を持った魔法を生身で受けたのなら、間違いなくまともに生活を送る事は不可能であっただろう。それは誰の目からも明らかだった。


「それに王族主催のこのパーティーで許可なく魔法を使う事が禁じられている事を知らないのかしら?緊急時ならともかく、自分勝手な怒りに任せてなんて理由が通ると思う?――さて、あなたはどういう言い訳をしてくれるのかしら」


 さながらそれは、悪人を裁く正義の騎士の様に子どもたちの目には映っていた。友人を守るためにその身を盾にし、そして恐ろしい魔法を軽々と受け止めた。

 多くの子ども達がクレハに対して憧れのような感情を抱くには十分な材料が揃っていたのだ。


 一方で、そんな事は知る由もないクレハはと言えば――


(ヤバいわね……まさかとは思っていたけど、このグローブって魔法も受け止められたのね!)


 自分のアイテムの性能に興奮しまくっていた。





 ソフィアに火球が迫るのを見たあたしは、慌ててそれを防ぐ手段を考えた。何故か知らないけどお姉様達は動かないし、他の令息令嬢も誰も動こうとしない。このままでは間違いなくソフィアに直撃する。


(あれを相殺できるほど魔法には長けていないし、そもそも私じゃ今から発動しても間に合わない。何か別の手段は無いの?魔法を消す、防ぐ、受け止める……ん?受け止める?)


 思いついた事があった。正直、ちょっとした賭けになるけど……まあ9割ぐらいは大丈夫なはずだ。残り一割は単純に準備が間に合わない可能性ね。


 すぐ決断したあたしは、急いでソフィアと火球の間に身体を入れる。そしてドレスに仕込んでいた隠しポケットの中の『無限ポシェット』に手を突っ込んだ。

 これは手を入れて取り出したい物をイメージすれば、一瞬で手元に引き寄せることが出来る。それを少し応用して『万能工具グローブ』を手に嵌めた状態をイメージする。

 

 手に伝わってくる感触を確認して、既に直前にまで迫っていた火球に向かって右手を突き出した。後は見ての通りだ。あたしの推測通りグローブは魔法に、正確には魔力に干渉することが出来た。

 故に魔力で構成された火球をボールの様に掴む事が出来たのである。


(それにしても魔力って結構柔らかいのね。まるで羽毛みたいだわ)


 あのアホの言葉を待つ振りをしつつ、手の中の火球の感触を楽しむ。実体のないはずの火を掴む事が出来るのは、やはりこれが魔力で構成されているからだろう。

 という事はこのグローブなら風魔法で作った風すら掴む事が出来るかもしれない。


(ふふふ……風ってどんな触り心地なのかしら)


 試してみたい事が増えたと喜んでいると、ようやくクズが口を開いた。もう名前とか覚えてないしクズでいいわよね。


「そ、それがどうしたというのだ!?どうせ女なんて吐いて捨てるほどいるのだぞ!お前やそこの女が死んだ所で何の問題もないだろう!」


 何を言い出すかと思えば……あの頭の中には本当に脳みそがあるのだろうか?生ゴミが詰まっていると言われてもあたしは信じると思う。

 周りからの視線が冷たくなっている事にも気づかずにクズは続ける。


「男が貴重なこの国で、俺とお前らとでは生まれた時点で価値が違うのだ!そもそも貴様らが調子に乗った行動をするからこうなった。それを処罰しようとした俺の何が悪いというのだ!!?」


 ……うん、言っている事が欠片も理解できない。話している言語が同じなのに内容が理解できないなんて初めての経験だわ。

 というか、聞いているのが不快でしかないしそろそろ止めましょうか。


「だいたい「もういいわ」――俺の言葉を遮るな!?」


「どうせどれだけ聞いても理解できないからもういいわよ。とりあえずこれっぽっちも反省してないってことが分かっただけでも十分だわ」

 

 クズがまだ文句を言っているけど、もう聞く気も無いからどうでもいい。そんなことよりも、あんな事をしておいて全く反省していない事に何も思わないはずがない。

友だちを傷つけられそうになって黙っているほどあたしは大人じゃないのだ。


 手の中の火球に意識を向ける。するとグローブを通して火球が内包する何かを感じることが出来た。意識を外に向ければ、それは周囲の空間にも漂っているのが分かる。

 そう、それが魔力だ。その魔力を使って火球を弄っていく。


 ――そんなに火が好きなら返してあげるわよ


「もちろん倍にしてね?」


 グローブの機能は大きく分けて二つある。一つは無機物への干渉、そしてもう一つは――構造解析と改造だ。


 火球に触れた時点で既に構造解析は終わってる。後はこれにいい感じの改造を加えていくだけだ。グローブを使って周囲の空間に漂う魔力もガンガン火球に放り込み、その構造を書き換えていく。


「お、おい、何だそれは……」


 そんな声が聞こえて目を開けると、手の中の火球の色がオレンジから青に変わっていた。


「炎の温度変化に伴う現象よ。火魔法を使うのにそんな事も知らないのかしら。まあでも折角だから『蒼炎』とでも表現しておこうかしら」


 驚いているようだけど、あたしの改造が温度を変えただけだと思われたのなら、心外でしかない。なぜならば、ここからが本番だというのに。


 あたしは火球ごと腕を上に掲げる。そして新しく組み上げた術式を呼び覚ますために、ついさっき定めた発動鍵を告げる。


生命術式アニマコード:モデル『ドラゴン』――起動」


 蒼い炎は乱舞する。それはまるで炎自身が意志を持っているかの様に何かの形を作っていく。天を穿つ角、全てを嚙み砕く鋭い牙、あらゆるものを切り裂く爪、そして敵対するものを焼き滅ぼさんとする意志の宿った瞳。

  

 そこに出現していたのは、紛れもない蒼い炎の体を持ったドラゴンだった。その体が会場全体を蒼い輝きに包んでいる。


「男の子ってこういうの好きでしょ?喜びなさい、ご自慢の火魔法がまさかドラゴンになって自分の所に帰ってきてくれるんだから」


「や、やめっ……」


「本の挿絵で見たことしかないから本物とはちょっと異なるかもしれないけど、まあ細かい所は気にしないでちょうだい――さて、そろそろ待ちきれないようね」


「お、お願いだ。や、やめてくれっ……」


「それはこの子に言ってちょうだい。さあ、ご主人様の所に御帰りなさい」


 炎のドラゴンは真っすぐにどアホの元の進んで行く。

 そしてその身を飲み込もうとしたその時、

 

 ――パリィィンッ


 何かが砕けるような音と共に、その身が砕け散った。蒼い炎が宙に揺蕩いながらゆっくりと地面に落ちていく様はある種、幻想的な光景だった。

 しかしその静寂を破る鋭い声が扉の方から放たれた。


「これは何事であるかっ!」


 会場中の視線がそちらに集まる。あたしも視線を向けると、そこには国王アーレンハルト・ジルド・ハルモニアその人が立っていた。


「ここでの魔法の使用は禁じていたはずだ。それを知りながらあのような魔法を使った?」


「あ、あの女です!あの女が魔法を使いました!」


 いの一番にそんな事を言ったのは、やはりクズだった。あたしの方をちらりと見て勝ち誇ったような顔をすると、陛下に訴え続ける。


「あの女はこの場での魔法の使用が禁止されていると知りながら、私を殺そうとあのような恐ろしい魔法を放ったのです!陛下、すぐに処刑を!」


「……クレハ・カートゥーンよ、今の言葉は誠か?」


「一部誤解がありますが、確かにあたしはあの男に向かって魔法を放ちました」


「陛下、あの女は罪を認めましたよ!さあ早く処刑を言い渡してください!」


 気付けば陛下の後ろに子息の親たちがどんどん集まってくるのが見える。その中にはお父様の姿があった。頭を押さえながら「何やってるんだ!?」と目で訴えてきている。


「ふむ……ときにお主、名前は何と申す?」


「は、はい!ランデス・フルハルトと申します!フルハルト侯爵家の長男にございます!」


「そうかそうか、フルハルト家のランデスか。ではランデスよ――お前は先程から誰に指図をしているのだ?」


 優し気だった声音が突然ドスの効いた声に転じる。そのあまりの迫力にクズの身体が震え始め、目の端には涙が滲んでいた。直接向けられている訳でもないあたしも、かなり怖いんだからクズはかなりの圧力を受けているんだろう。


「もう一度聞こう、一体誰に命令しているんだ?」


「ひっ、あ、あぁ……」


「はぁ……誰か、この状況を正しく説明できる者はおらぬか?もちろん当事者以外でだ」


「それなら私が説明しますわ、お父様」


 そう言って陛下の前に出たのはミラ、第三王女ミラクリア・セント・ハルモニアだった。さっき喋っていた時のような気楽な雰囲気は鳴りを潜め、その姿は王族としての威厳が現れていた。


「ではミラクリアよ。この場で何があったのか説明してみよ」


「はい、では順を追って説明させていただきます――そこのフルハルト家の長男がクレハ・カートゥーン、ソフィア・ワイスガイアの両名に難癖をつけた上で逆上、ソフィアに向けて魔法を放ちました。それをクレハが受け止め、その男にお返しした、というのが今回の顛末となります」


 ミラの話を聞いた親たちの方から騒めきが起こる。見るとお父様と、ソフィアのお父様がクズの事を凄い目で睨みつけている。そして親たちの波を掻き分けながら、誰かが前に出てくる。


「レイラさん……?」


 それはこの国で最強の魔法使いであるレイラさんだった。これでさっきの出来事にも合点がいく。自分で言うのもなんだけど、あの魔法にはそれなりの魔力が籠っていたのだ。それをあの一瞬で破壊するなんてさすがとしか言いようがない。

レイラさんはあたしの姿を見つけると、こっちを見てパチリとウィンクをする。


「付け加えるならじゃが、先程の魔法に殺傷能力は無かったのう」


「どういう事だ、レイラ?」


「見た目こそ派手じゃろうが、それだけだったのじゃ。まあ見た目だけの張りぼてみたいなものじゃな。実際にあれだけの火力が近くにあったのに、誰もと感じていなかったであろう?」


 会場の子どもたちはお互いに顔を見合わせて「そういえば……」と言うような反応を見せる。


 ――やっぱりレイラさんには気づかれていたみたいだ。


「しかし面白いのう。蒼い炎は火力が高い証拠。にも拘わらず熱を一切感じさせず、それに加えてドラゴンの形を作るとは……壊すのが実に勿体ない術式であったぞ?」


 レイラさんの言う通り、あの魔法には殺傷能力なんてこれっぽっちも無かった。本当にただの張りぼてでしかない。あたしの目的はあのクズに傷を負わせる事じゃなくて、ざまぁみろと恥をかかせてやることだった。


 あんな張りぼて魔法で腰を抜かしたなんてプライドの高そうなアイツにはちょうどいい仕返しでしょうからね。


 クズは未だに陛下の圧力の前に喋る事が出来ず、他の子どもたちも余計は口は挟みたくない。さっきのミラの言葉とレイラさんの言葉を聞いた陛下は、顎に手を当てて少し考え込む。


「なるほど……とはいえ、会場で許可なく魔法を使った事実は変わりない。それはランデス・フルハルトもクレハ・カートゥーンも同様だ」


 陛下はそう言った後、会場をぐるりと見回して言葉を続ける。


「此度の騒ぎの関係者はこちらに集まるように。それ以外のものはパーティーを引き続き楽しんでくれ」


 その言葉を皮切りにして、親たちが自分の子どもの元に向かう。あたしやソフィアの所にもお父様たちが戻ってきた。


「クレハ、大丈夫だったかい!?アイツに変なことされなかった!?」


「だ、大丈夫だから!何にもされてない訳じゃないけど、実害はなかったし!」


「フルハルト家だね?……ちょっと考える必要があるね」


「お父様……ごめんなさい。侯爵家とことを構えるような事をしてしまって」


 問題はそこなのだ。あたしがパーティーで目立ちないと思った理由は、うちが男爵家であるのも理由の一つだった。貴族の中でも下位の爵位である男爵は、少しでも目立った行動をすれば目を付けられる。

 もしそれが上位の貴族だった時なんて目も当てられない。


 ――にも関わらず、あたしは侯爵家に確実に目をつけられてしまった。


 もしこの責任が両親やお姉様たち、万が一にでも領地に影響が出てしまったら。そう考えるだけで、今更ながらに全身から血の気が引いて震えが止まらない。


「大丈夫だよ、クレハ」


「お父様……?」


「とにかく大丈夫。それに陛下は理不尽な事で自国の民が泣かされるのを許すお方ではない。きっと良い方向に話を進めてくれるよ。だから、陛下の所に行こう?」


「……うん」


 お父様に手を引かれて陛下の前に歩いて行く。そこには既にミラ、ソフィア、そして何故かファイも揃っていた。

 ファイは関係ないと思うんだけど、何でいるんだろう? 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る