ちょっと神(ひと)集めなさい

「さっきの事だったら、あたしが新しい術式を発見した事が理由よ。それがお姉様経由で陛下に御耳に入ったんだと思うわ」


「褒美がどうのって話していた聞こえたんだけど?」


「後で魔法学園で調べてもらう予定だけど、これまでに無かったタイプの術式なの。それも色々と応用が効きそうな感じのね。それで褒美を、なんて話になっただけの話よ」


「ふ~ん……それじゃあお父様に迫られたりしている訳じゃないのね?」


「……は?」


 思わず変な声が出てしまった。あたしが陛下に迫られる?それってあたしが口説かれたってこと?

 いやいや、一体どうしてそんな考えになったのよ。


「だってお父様ったらいつも若いメイドにいやらしい視線を向けているんだもの!とうとうこんなに小さい子にまで……!お母様に言ってしっかり躾てもらわないと……」


 うわぁ……さっきの演説の時にほんの少しでもかっこいいと思ってしまった感情を返して欲しい。まあ貴族や王族の男なんてそんなもんだろうけど、父親としての威厳は砂上の城のようだ。


 というか第三王女が視線だけで殺せそうな目になってきた。

 これまでの事はともかく、今回に関しては誤解を解いておくとしますか。


「えっと、第三王女様……?あたしは別に「それにお爺様なんて無類の女好きで有名だったのよ!使用人はもちろんのこと、貴族の若い娘や酒場の看板娘、果ては貴族の婦人にまで手を出したなんて噂もあったんだから!」――うん、それは普通にヤバいわね」


 いくら国王でもそこまで行くとあちこちで恨みをかっているんだろな。死因が痴情のもつれによる暗殺とかにならない事を願っておこう。

 いやむしろ切り落とされてしまった方がいいかもしれないけど。


「まあとにかくそんな感じなの!それで、本当にお父様に迫られた訳じゃないの?褒美をだすから愛人になれとか言われてない!?」


 陛下の女性関係に対する信頼が地に落ちてる……


「心配してくれてありがとう。だけど今回の話は本当にそういうのじゃないから安心してちょうだい」


「……本当に?」


「ええ、本当よ」


 あたしが嘘をついていないか確かめるためなのか、瞳をじっと覗き込んでくる。

 

 子どもとはいえさすがは王族だ。この人の前では嘘を隠し通せる気がしない。これも王族としての資質なんだろう。

 多少嘘も混ぜているけれど、術式の発見や魔法学園に行くことは嘘ではない。


それに、恐らくだけど、ティアラの件に関しては話さない方がいい。

もし事件の詳細について知っているのならあたしが何らかの形で絡んでいるのは知っているはず。それを知らないという事は詳細について聞かされてい無いということ。


 それが意図的なのかこれから話す予定があるのかは知らないけど、だからこそ話すべきではないと思う。


「うん、嘘はついていないみたいね。良かったわ、もし本当に貴方に手を出そうとなんてしていたら国中にあることないことばら撒いて社会的に潰していたところよ?まあその前にジュリア達が物理的に潰していたと思うけど……」


第三王女が背後にちらりと視線を向けて身体をぶるりと震わせる。その先には少し離れて控えているお姉様たちの姿があった。

まさかお姉様たちもそこまではしないだろうと思いたいけど……偶に変な方向に暴走するから無いとも言い切れないのが怖いところなのよ。


とにかく第三王女が納得しれくれたようで何よりだわ。嘘についてもバレていないようだし無事に丸く収める事が出来たのは行幸ね。


「ごめんなさいクレハ、邪推してしまって。気分を悪くしたでしょう?」


「あたしは特に気にしてないから、あなたも気にしないで。それよりも折角のパーティーなんだから楽しみましょうよ。ほら、ファイが持ってきた料理がまだたくさん残っているから少しでも減らさないと」


「それもそうね。ふふっ、期待してちょうだい。王宮料理人が腕によりをかけて作った料理だからどれもすごく美味しいわよ!――それと……私の事はミラと呼ぶことを許すわ。次からは第三王女じゃなくてミラって呼びなさい」


「……分かったわ。よろしくね、ミラ」


 第三王女、ミラは満足そうに口角を上げるとみんなの所に歩き出した。


 ふぅ、なんとか問題を起こさずにお話を終える事が出来たわね。ミラはちょっと思い込み激しいところがあるけど、悪い子では無さそうだし。ここは王族と繋がりが出来た事に喜んでおきましょうか。


 この調子で特に何も起こらずにパーティーが終わると良いのだけれど。まあさすがにこれ以上面倒な事は無いわよね?


 と、そんなことを考えているとあたし達の前に一人の男の子がずんずんと進み出てきた。

 何やら怒っているような表情で、その視線があたしに固定されているのはどうしてだろう?


そして道を塞ぐように立ち塞がり、あたしの事を指差して口を開いた。


「おい、お前!下位貴族のくせにいつまでミラクリア様と話しているんだ!とっととそこをどけ!」


 ああ、厄介ごとが向こうからやってきてしまった……


 でも大丈夫。相手の要求はあたしがミラとの会話を切り上げて、そして自分に会話の権利を譲ること。だとすれば、会話もひと段落したところでちょうどいい。

ここは素直に譲ったほうが良いわね。


しかし、あたしが口を開くよりも先に声をだした人がいた。それはあたしの一歩前を歩いていたミラだった。


「ねぇ、私さっき言ったわよね?自分が話す相手は自分で決めるって。何であなたに指図さないといけないのかしら?」

 

 ミラが鋭い視線を絡んできた男の子に向ける。王族の視線を浴びて一瞬体をビクリとさせる。しかし少し声が震えながらもすぐに言葉を返してきた。

 お陰であたしが口を挟む暇がない。


「も、もちろんミラクリア様の行動に指図する気はありません。ですが、こんな田舎貴族の娘と話していては王族の品位に傷がつきます!」


「あなた……自分が何を言っているか分かってるの?貴族の地位を与えているのは王族よ。それはその家が貴族として、国を守護するのにふさわしいと判断したから。それを面と向かって品位が落ちるですって?それは王族の見る目が無いと言っているのかしら?」


「け、決してそのような事は!――」


 あれこれ言葉を重ねているけど、話すほどにミラの機嫌が悪くなっている事に気が付いてないのかしら?

 とうか何でミラが対応しちゃうのよ。これじゃあ王族の威を借る令嬢とか言われても仕方ないんだけど?

 

「――ですからあなたは私達のような上位貴族と話すべきなのです!さあ向こうで「はぁ……」え、えっとミラクリア様?どうなされたのですか?」


「もういいわ」


「そ、それはどういう……?」


「あなたの言葉は聞くに堪えないって言ってるのよ。私個人の意見として、一つ忠告しておくわ。身の程を弁えた言動をしなさい」


「ミ、ミラクリア様!?」


 ミラは後ろから聞えてくる男の子の言葉を無視してあたしに向き直る。


「さっ、それじゃあ行きましょう」


「いいの?あれ、結構いい所の長男なんでしょう?」


「よく分かったわね。侯爵家の長男なんだけど、どうやら甘やかされて育ったみたいね。会うのは今日が初めてだけど噂には聞いていたのよ。まさかあれほどとは思ってはいなかったけど」


 男子の生まれにくいこの国で侯爵家の、それも長男に生まれたという事は大歓迎された筈だ。両親の事は知らないけど、ミラの言う通り甘やかされたしまったんだと思う。

 それにしてもミラの背後から恨みがましい目で見てくるのは止めて欲しい。家は地方の男爵家なんだから、侯爵家なんかに目を付けられたらどんな事をされるか。何にしてもたまったものじゃない。


 ……少しフォローしておいた方がいいかしら?


「ミラ、あの子も誘ってあげたら?」


 あたしの言葉に露骨に眉をしかめる。


「あんなのが近くにいたら面倒なんだけど」


「あたしとしては侯爵家に目を付けられる方が面倒なのよ。あたしを助けると思って我慢してくれないかしら?」


「……1つ借りにしておくわね」


 王族に借りを作ることになるなんて……

 当初想定していた何事も起こらない安心安全のパーティーは何処に行ってしまったのやら……


 ミラが一声かけると、男の子は嬉しそうについてきた。ついでにあたしの方にざまぁみろみたいな視線を投げてきた。

 あんたの事を誘うように提案したのあたしなんだけれど……?


 名前も知らない男の子だけど、今後知る機会も無いだろうから聞かないでおこう。とうか今日限りでもう関わりたくない。これ以上の面倒はごめんなのだ。 

 どうぞ上位貴族の子ども達と仲良くお喋りしていてください。そしてもうあたしに関わらないでください。


「どうされたんですか、クレハちゃん?」


「別にどうもしないわよ。それよりもソフィアの話を聞かせてくれない?他の貴族の領地には行ったことが無いから興味があるの」


「もちろん喜んでお話しますわ!家の領地には鉱山があるのはお話しましたよね?普通は鉱山と聞くと鉄や銅などの金属を想像されるかもしれませんが、ワイスガイアの鉱山から産出されるのは宝石なんですの!」


 ワイスガイアの鉱山、宝石……思い出した!

 前に読んだ本に書いてあった。ワイスガイア領はハルモニア王国を代表する宝石の原産地で、純度が高く国外でも高く評価されていたはずだ。

 そして中でも最も有名なのが――


「天然の魔石が産出される事で有名だったわよね」


「あら、ご存知だったんですね。さすがクレハちゃんです!仰る通りワイスガイア領の鉱山からは宝石の他に天然の魔石、純魔石が採掘できます。その影響なのか採掘出来る宝石類にも微量の魔力が含まれていて、採掘する前はお日様の下に置いたみたいにキラキラ光っているんです!」


「確かそれで観光地としても人気を集めているのよね。もし機会があれば是非行ってみたいわ」

 

 採掘前の宝石が輝く理由は、周辺の純魔石が宝石内の魔力を活性化させているという説が濃厚だ。だけど、それを鉱山以外で検証しようとしたがまだ成功していないらしい。


 ふふ、とっても調べがいがありそうなのよね……


 それにしてもソフィアは自分の領地の事をよく理解している。言葉の端々から自分の領地が好きだという思いが伝わってきて、聞いているこっちも楽しくなってくるわ。


「何の話をしているかと思ったら、たかが山ごときの話で楽しそうにしているとは。ふんっ、程度が知れるな!」


 そんな事を言いながら話に割り込んできたのは、さっきの男の子だった。

 かなり整った顔と綺麗な金髪をしたさぞかし女の子に人気のありそうな男の子だけど、その顔はこちらを見下してやろうと薄ら笑っている。


 わざわざ距離を取って話していたというのに、どうして絡んでくるんだろうか……?


 嫌々ながらも相手をしていたミラの方を見れば、後は頑張ってとばかりにウィンクを飛ばしてきた。


 貸し借りの件はこれで無しにして貰わないと割に合わないのだけれど!


「何か御用ですか?」


「用?……ああ、あるさ!お前にな!クレハ・カートゥーン!」


 表情を怒りへと一変させてあたしに詰め寄ってきた。


「さっきはお前のせいでミラクリア様の前で恥をかいたんだぞ!たかが男爵家の分際で王族に近づこうなどと身の程というものを知らないのか!」


 ……何でこんな馬鹿相手にここまで言われなくちゃいけないんだろうか?

 

 さっきだって話しかけてきたのはミラの方からだったし、恥をかいたのだって自業自得だろうに。どうしてそこまで自分は悪くないって開き直る事が出来るんだろうか不思議でしかない。


 これの相手をしていると、無性にイライラしてくる。もしかしてそんな力のスキルでも持っているのかしら……


 でも、ダメよ。ここで言い返しでもしたら確実に目を付けれる事になる。こんな馬鹿に何が出来るかはたかが知れてるけど、問題は後ろには侯爵家がある事だ。

 貴族関連は興味が無かったから勉強しなかったのが仇になった。もし少しでもコイツの親の情報があれば手の出しようがあったんだけど。


 とにかく今は耐える事が一番上手い手のはずだ――

 

「それに聞いたところによると、武にも魔法にも適正が無いカートゥーン家の搾りカスらしいじゃないか!ははっ、よくこのパーティーに恥ずかしげも無く顔を出せたものだな!」


 絞りカス、ね。確かにあたしはジュリアお姉様みたいに武術が得意なわけでも、フローラお姉様みたいに魔法が得意なわけじゃない。人よりも多少頭が良いだけで、これといった才能には恵まれなかった。


 でも、普通それを面と向かって言うだろうか……?

 それにわざわざ周りに聞こえるように大きな声で喋っているところが、またいい性格をしているとおっもう。

 

 普通にムカつくし、普通に話を切り上げてさっさと何処かに行って欲しい。

でも、まだ我慢できる。自分の事を言われるだけなら、適当に聞き流しておけばいい。どうせ言いたいことを言ったら去って行く。それまでもう少し我慢すればいい。


 馬鹿の言葉を聞き流すのに手一杯で、横にいる女の子の様子が徐々に変化しているのに気が付かなかった。


「……取り消してください」


「ん?何か言ったか?」


「そ、ソフィア……?」


 ソフィアから聞いた事が無い暗い声が響いてきた。

 出会った時からソフィアは令嬢らしい令嬢だった。常に笑みを浮かべ、礼儀作法も崩さず、下手したら王女であるミラ以上だったかもしれない。

 だけど今は瞳に確かな怒りを浮かべて肩を震わせながら、目の前の馬鹿を睨みつけていた。


「ワイスガイア領を馬鹿にした事も、クレハちゃんも馬鹿にした事も……取り消してください!!」


「っ……と、取り消すだと?本当の事を言って何が悪いのだ!ワイスガイア領は山ばかりの田舎領地で、コイツが落ちこぼれである事も事実だろう!」


「それは貴方が表面上でしか物事を見ていないからでしょう!家の領の鉱山で何が採掘できて何に利用され、どのように人々の役に立っているのか!クレハちゃんがどれだけ可愛いのか!知っているんですか!」


「そ、そんなもの興味はない!」


「だったら!知らないのならてきとうな事を言わないでください!さっきから聞いていれば他人を貶めるような事ばかり口にして、恥ずかしくないんですか?それとも自分に誇るべきところが無いから他人を馬鹿にしているんですか?ハルモニア王国の貴族の一員としての自覚を持った方がよろしいかと!」


「き、きさまぁ~~……!!?」


 ソフィアの言葉に顔を真っ赤にして怒りを露わにする。


「こ、この俺を……フルハルト侯爵家の長男であるこのランデスを馬鹿にしたなぁ!!?許さぬぞおおぉぉ!!」


 馬鹿ことランデスは怒りのままに両手を重ねてソフィアの方に向ける。


 まさかっ――


 ランデスはぶつぶつと何かを呟いている。

 周りで見ている奴らはランデスが何をしようとしているのか分かっていない。お姉様達は離れて護衛しているから間に合わないかもしれない。

 

 間に合うかっ――


 急いで隠し持っていたポシェットの中に手を突っ込む。

 

 それに遅れること一瞬、ランデスが動く。


「燃えてしまえっ!!ファイヤーボール!!」


 ランデスの手から放たれたのは顔ぐらいのサイズがある火の玉だった。

 それはソフィアに向かって真っすぐに飛んでいき、その身を燃やし尽くさんと迫る。


 あたしはソフィアよりも一歩前に出た。背後に庇いようにして火の玉との間に入る。


「クレハちゃんッ!!?」


 ソフィアの悲鳴が混じった声が聞こえる。


「大丈夫よ。でも熱いと思うからあんまり近付かないで」


 そしてあたしと火の玉がぶつかった――

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