今日……行く……
「――招待状を確認しました。カートゥーン家の方々ですね。どうぞお入り下さい!」
バルドお父様が招待状を門番の人に渡すと、それを石板?いや金属板に翳して何かを確認する。
招待状が本物かどうかを判別しているのだと思うけど、どういう仕組みなのかしら?
恐らく、石板だけじゃなくて招待状の方にも仕掛けがあると思うんだけど。
「こんなことなら、一度じっくりと見ておくんだった……」
どうせお城に入城する時にくらいでしか使わないと言って、バルドお父様に預けたままにしていたのが悔やまれる。
「急に何を言ってるのよ?」
「何でもないわ。ちょっと勿体ない事をしたと思っただけよ……」
「……?」
あたしの突然の言動にセレナお母様が困惑している。
そんな事をよそに馬車は王城の敷地内に入っていく。窓から窓からは、前にも後ろにも馬車がずらっと並んでいるのが見える。
間違いなくあたしと同じでパーティーに参加する子ども達が乗っているのだろう。
「それにしても貴族の子どもってこんなにいたのね。それも今年5歳を迎えた子どもだけっていう制限があるのに」
「この国では女性が貴族の当主になる事は認められていないからね。家を存続させるにはどうしても男子が必要になる」
ああ、つまりは男子が産まれるまで子どもを作り続けた結果ってことね。それなら子沢山になるのも頷けるというものだ。
「でも、家には男子はいないわよね?」
「うう~ん……実は国の方でもこれが問題になっているんだよ」
「問題って……?」
その質問に対しては、バルドお父様はすぐに答えてくれなかった。
言いづらそうに眉尻を下げるとセレナお母様にどうしようか言いたげな視線を送る。
「大丈夫よ。クレハはそこら辺の5歳の子どもよりもずっと賢いし。それに少し考えれば気づくわよ、ね?」
「……」
男子が産まれるまで子どもを作る事に関する問題ね。バルドお父様も気にしているって事は家にも関わることのはず。という事はやっぱり男子がいない家という部分が重要なのかしら?
……いえ、そっちじゃなくて増えすぎた子どもってところが重要なのね?
跡取りに関しては男子が産まれた時点で問題が無くなる。では男子がなかなか生まれてこないとどうなるのか。
「増えすぎた子どもを貴族がどう扱うかが肝なのかしらね?」
「大きくはその通り。この国の貴族は何故か男子の出産率が他の国に比べても明らかに低いんだ」
そんな話初耳だけど、問題になるぐらいだから本当に偏りがあるんだろう。どうしてこの国にそんな偏りがあるのか気になるところだけれど。
「あんまり触れる話題でもないから知らなくてもしょうがないよ。男子が産まれず子どもが増えすぎた貴族が破産寸前まで追い込まれたり、嫁ぎ先の倍率がとんでもない事になったり。まあここら辺はまだましなんだけど、酷い所は子どもを捨てたりするところもあるんだよ」
領地にいると他の貴族に会わないので知らなかったけど、そんな問題があったのか。
「まあ子どもを捨てるなんて事は本当に稀だけどね。クレハも知っての通りこの国では生命の神様を信仰しているから、子どもを捨てる事は大罪に当たる。それでも年々、少しずつだけど増えているんだ」
そう言ったバルドお父様の表情は少し悲し気だった。
幸いな事にうち領地で子どもが捨てられるなんて事は見たことも無いし、聞いた事も無い。小さな領地だから子育てが大変な時もご近所さんが助けてくれる。
領地で一番子どもが多いことで有名なマルタさんのところは、全員で20人もの子どもがいるのだ。それでもみんな元気に育っているし、一番下の子はあたしも会った事があるけど凄く可愛かった。
もしあんな子を捨てるなんて馬鹿な事を言っている貴族が人がいるんなら、小一時間説教したい気分だ。
「根本的な問題として、出生率の原因は分かってないの?」
「長年調べている学者もいるらしいんだけど、さっぱり分からないらしい。まあこの国でも名高い学者さん達が調べても分からないって事は、何か超常の力が関わっているのかもしれないね」
「ふむ……」
超常の存在とは最近殊更に関わる機会が多くなった。それにちょうどよくそんな存在と話す事が出来る道具も手に入ったところだ。機会があれば聞いてみるのもいいかもしれない。
「まあ今の陛下は賢王と名高いお方だから、そこら辺の問題もしっかりと考えてくださっているはずだよ。あと数年もしない内にさっき言ったみたいな対策も実行してくれるよ。――さっ!そろそろ順番が回ってくるから降りる準備をして」
外を見れば2つ先の馬車から人が降りているのが見えた。
国の問題に子どもが口を突っ込めるわけも無いし、今の国王陛下も悪い噂も聞かない、むしろバルドお父様が言ったように評判は歴代の国王の中でもかなり良い。海の神様に聞いてみるにしても、今はとりあえずパーティーに集中しないとね。
馬車が止まると、まずは御者の人が扉を開けてバルドお父様が降りていく。そして降り口の前に立って、セレナお母様とあたしに手を貸してくれた。
「最初は僕達も一緒に会場に行くけど、昨日言った通り陛下の挨拶が終わったら親は全員別室に移動するから。その後は頑張るんだよ?」
「分かってるわ……」
とにかくダンスを踊らず目立たず、普通にしていればいいのだ。それでパーティーは無事に終わる。加えるなら後日の個人パーティーに誘われなかったら猶の事いい。そうしたら解析と研究に集中することが出来るのだ。
入り口から誘導に従って歩くと、会場の入り口が見えてきた。さすが王城のパーティー会場というだけあって、内装は凄く豪華だ。
ここからでも大きなテーブルが複数置かれ、その上に乗った沢山の料理が見える。
既に会場には沢山の参加者が入場して、複数人でグループを作って歓談している人達もいた。
元から交流があったのか、それともここに来て早速話しかけたのか。後者だとしたら、よくもまあすんなりと仲良く出来るものだ。初対面であんなに楽しそうに話すなんて、あたしには真似できそうに無い。
「安心しなさい。ほとんどは親同士が知り合いで子ども達を合わせているだけだから」
「そうなの……?」
「貴族って派閥とか付き合いとか色々あって友人を作るのが大変なの。だからまずは親が紹介した子ども同士で、そういう付き合いに慣れさせる事から始めるの。今話しているグループのほとんどがそれよ」
「クレハにもこの後、僕の知り合いを紹介するね。ちょうどクレハと同じ5歳の子どもがいてこのパーティーにも来ているみたいだから」
そう言うとバルドお父様は辺りをきょろきょろと見回し始める。
きっと知り合いの人を探しているんだろう。
それにしても貴族の子どもね。これまでは領地の村の子ども達と交流した事は何度もあるけど、あたしと同じ貴族の子どもは初めてなのよね。
「不安と興味半々って所かしらね……」
「ああ!いたいた!――何か言ったかい?」
「何でもないわ。それよりも、見つけたんでしょう?早く行きましょう」
「そんなに楽しみなのかい?ははっ、すぐに紹介するからちょっと待ってなさい!」
まあ、興味があるのは間違いじゃないけど。
バルドお父様について会場内に入って行く。それと同時に、あちこちから視線を感じるようになった。まるでこちらを品定めするようなじっとりとした視線が向けられている。
それも子どもの方じゃなくて、大人からの視線が遥かに多い。
親として同世代の子どもを見定めているのかもしれない。
面倒だけど、これも貴族の通過儀礼みたいなものとして甘んじて受けるしかなさそうね。
「そういえば、お父様の知り合いの貴族ってどんな人なの?」
「カートゥーン領と隣接している領地の貴族だよ。古くから付き合いがある家が二つあるんだけど、そこの当主とは古くからの友人なんだ。クレハも小さい頃に会ってるはずだけど覚えてないかな?」
「……なんか知らないおじさん二人が家に来た事があるような、無いような。がっしりした人と、ひょろっとした人だった気がする」
「……さすがに覚えてないかなと思ったんだけど、さすがクレハだね。1歳ぐらいの時だったはずなんだけど」
だったら何故1歳ぐらいの記憶を聞こうと思ったのか。
あたしだって本当に薄っすらとしか覚えていないんだから。思い出せるのも体格ぐらいで、顔なんてこれっぽっちも出てこない。
「ほら、あそこで話している人達がそうだよ!」
指差す先にいるのは、がたいの大きな男の人と、ひょろっとしているというよりも線の細い男の人だった。2人の女性はそれぞれの奥さんだろう、楽しそうにお喋りしている。
そしてその中心には、女の子と男の子が一人いた。
「ロイド、ウィル!久しぶりだね!」
「おお、バルド!遅かったじゃねえか、待ちくたびれたぜ!」
「去年の貴族集会の時以来ですね。お元気そうでなによりです」
バルドお父様が再会を喜んでいる一方で、セレナお母様も夫人たちとの再会を喜んでいた。
バルドお父様だけじゃなくて、セレナお母様も付き合いがあったみたいだ。3人揃って楽しそうにお喋りを始めてしまった。
「クレハ、紹介するよ。こっちの身体が大きい方がロイド・アミーティア伯爵で、こっちの細いのがウィリアム・ワイスガイア子爵だよ。2人とは僕らが参加したお披露目パーティーからの付き合いなんだ」
「俺がロイド・アミーティアだ!よろしく頼むぜ!」
「ウィリアム・ワイスガイアです。暫く会わない内にすっかり大きくなってしまいましたね。目元はセレナ夫人にそっくりですね。これは将来美人になります」
ロイドさんは体格にみあった声の大きさだけど、さっぱりした性格をしているように感じる。ウィリアムさんは、こんな人がモテるんだろうなって感じの優し気な人だ。さり気に女性を褒めるとか、これを自然とやっているのだとしたらとんでも無いタラシだと思う。
いや、失礼なんだけどね。
そんな事を考えていると、ロイドさんがあたしに視線を合わせるようにしてしゃがむ。
あたしの頭に手を置くと、見た目とは裏腹に優しい手つきで撫でてきた。
「それにしても、すっかり大きくなっちまったなあ。俺の事覚えてるか?」
「え、ええ、まあ少しだけ」
「僕もさっき聞いて驚いたんだけどね、薄っすらとだけどちゃんと覚えてたんだよ。本当にクレハは頭がいいんだよね」
「そうかそうか!見た目からしても聡明そうだからな!俺の息子にも少しは見習ってほしいぐらいだ」
「ロイド、そろそろクレハ嬢に子ども達を紹介しないと」
「そうだったな!ファイ、こっち来い!」
「ソフィアも来なさい」
ロイドさんとウィリアムさんが手招きすると後ろにいた子ども達が前に出てくる。
ロイドさんの前に男の子、ウィリアムさんの前に女の子が立つ。
男の子の方は、どこか落ち着き無さげにしている。この場に緊張しているのか、それとも単に落ち着きが無いだけなのか。さっきのロイドさんの言い方からして、特に理由も無い方だろうと思う。
女の子は、あたしの方を見てぼーっとしている。少し顔が赤い気がするけど、もしかして体調が悪いのだろうか。
「コイツが俺の息子のファイだ!」
「ファイ・アミーティアだ!よろしくな!ファイって呼んでくれ!――ところでお前、どこから来たんだ!?名前は何て言うんだ!?」
挨拶を終えると、掴みかからん勢いで質問を重ねてくるファイだったがロイドさんに首根っこを引っ張られて戻って行く。
それでもなお好奇心が抑えられないらしく、きらきらした目を向けてくる。
「それでは今度はコッチですね。この子が私の娘のソフィアと言います。ソフィア、自己紹介を――」
ウィリアムさんに促されたソフィアだったが、ぼーっとしたまま何も喋らない。
「どうかしましましたか、ソフィア?」
「……可愛いですわぁ」
「……ソフィア?」
「――っ!?あ、あら?どうしたんですのお父様?」
「大丈夫ですか?」
「は、はい。大丈夫ですわ……」
「では、彼女にきちんとご挨拶なさい。さっきまでの話は来ていましたね?」
どうやら正気に戻ったみたいだけど、何かあったのだろうか?
すると、さっきまでの態度が嘘みたいに綺麗なカーテシーをする。
「ソフィア・ワイスガイアと申します。よろしくお願いしますわ、クレハさん。私の事はソフィアと呼んでください」
上品なお嬢様と言った感じの子だ。どこかふんわりとした空気を纏っているみたいに雰囲気がふわっとしている。周りには居なかったタイプなのでちょっと新鮮だ。
「では、僕達も――僕はバルド・カートゥーン男爵だよ。君達のお父さんとは昔からの友人なんだ。本当に小さい頃に二人には会いに行った事があるんだよ」
「あたしはクレハ・カートゥーンよ。クレハって呼んでちょうだい。これからも交流があると思うけど、よろしくお願いするわ、ファイ、ソフィア」
「おう!よろしくな、クレハ!俺はファイ・アミーティアって言うんだ――」
「それはさっきも言いましたわ。そんな事よりもクレハちゃん、今度うちの領地に遊びに来ませんか?領内に鉱山があるんですけど、そこに凄く綺麗な場所があるんですの!」
「おお!それなら俺ん所の領地にも遊びに来いよ!うちの領地はダンジョンがあるから、毎日がお祭りみたいで楽しいぜ!」
鉱山にダンジョン、珍しい動植物に鉱物、それに本でしか読んだことが無いダンジョン。
そうだった、ワイスガイアとアミーティアはそれぞれが国内でも有名な領地だった。大陸内でも珍しいミスリルが採れる鉱山と、各地から冒険者が集まる迷宮都市として。
「おお、クレハちゃんは早速大人気だな!何だったらうちの子の婚約者にでも「「はぁ?」」――えっと……」
「ロイド?言っていい冗談とダメな冗談がある事は昔教えなかったっけ?」
「ロイドおじ様、クレハちゃんに婚約者はまだ早いと思うんですの……」
バルトお父様が呪い殺しそうな視線でロイド様を睨みつけている。
そしてバルドお父様ならともかくとして、なんでソフィアまでそんなに怒っているのかしら?怖いから目から光を消さないで欲しいのだけど?
「――そ、そうだよな!クレハちゃんにはまだ婚約者なんて話は早かったよな!いや~、悪い悪い!アハハ……」
「そうだよ。まったくロイドはしっかりしてくれよ?」
「そうですわよロイドおじ様~、しっかりしてくださいまし」
3人とも笑っている。笑っているんだけど、笑えていない。
そしてバルドお父様とソフィアが一瞬視線を交わすと、何故か握手をし始める。
「羽虫が」とか「潰す」とか物騒な言葉は聞こえなかった事にした方がいいのかしらね。
それとファイ、今ロイドさんは精神が弱ってるからそっとしておきなさい。婚約者なんて単語は口にするんじゃないわよ。
そんな事言ったら――ほら、言わんこっちゃない。
そういえばウィリアムさんは……話に混ざっていると言える絶妙な距離で極力気配を消していた。気付いたあたしに手を振っている。
パーティーであそこまで気配が薄くなるなんて、後でコツを教えてもらおう。
このままだとワイスガイア家が揃って使い物にならなくなりそうなので、救出しに行こうとすると会場がざわつく。
周りを見ればその視線は入り口の方に向けられていた。
「どうやら第三王女様がいらっしゃったようですね」
いつの間にか近くに来ていたウィリアムさんの言葉に納得する。
このパーティーのメインとも言える第三王女が来たのであれば、これぐらいの騒ぎも当然だろう。
人垣のせいでちらっとしか見えなかったけど、水色の髪色をしたあたしと同じぐらいの女の子の姿が見えた。あとついでに、ジュリアお姉様とフローラお姉様も。
向うのあたし達に気が付いたのか、手を振っていた。
「さて、クレハさん。そろそろファイ君を救出して貰えませんか?私が行くと二の舞になりかねないので」
「え……?」
そういえばと思って見ると、お話はいまだに続いていた。
そして二人に囲まれて小動物の様に小さくなっているファイの姿があった。
「ちょっと二人とも!いい加減にしなさい!」
とりあえずウィリアムさんはまた距離を取って気配を消し始めたので頼りにならない。
早めに救出しないとトラウマになってしまうかもしれないので、とにかく急がなきゃ!
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