あの子の羽って便利よね~

 ドレスはアレッタさんのお店で最後の調整をしてもらってから受け取ってきた。その後のマナーとかダンスのレッスンは本番に近い状況で行うために、実際に着るドレスに近い型のものを使って行った。


 あたし達がアレッタさんのお店にいる間に他のお客さんは一人もこなかった。ちょっと長いしてしまったと思ったんだけど、それでもだ。

 あれで利益がちゃんと出ているのか心配になってしまう。でもドレスは出来は凄く良いので、もし今度作る機会があればまたアレッタさんの店に頼みたいと思った。

 

 その後の事はもはや薄っすらとしか覚えていない。マナーのレッスンはとにかく所作を頭の中に叩きこんでそれを実践する。頭に入れる作業はすぐに出来たのだけど、それを自分の身体で再現するだけのセンスがあたしには無かった。

 結局ダンスもそうだったけど、体に叩き込まれる事になってしまった。


 ぼーっとすると今でも身体が揺れ始め、気が付くとダンスを踊っていた。

 こんなに頭の中を空っぽにしたのは生まれて初めての事かもしれない。


 いや、まだ5歳なんだけど……


「本番でもないのになんでこんなに疲れる事に……」


「それはもちろん本番で失敗しない様にですね。練習での苦労が本番で生きるという事です。明日になれば今日の苦労にきっと感謝しますよ、お嬢様」


「もう……もう絶対に社交界なんかに出ない……」


「もうすぐお夕飯なのですから、そのまま寝てしまわないで下さいね」


「は~い……」


「それでは私はそっちの準備に行きますので、お時間になりましたらお呼びします」


 そう言うとサーラは部屋から出て行ってしまった。

 しばらくぼーっと扉の方を眺めていると、危うく眠ってしまいそうになったので、仕方なく体を起こす。

 たぶん今寝ると起きられないと思うので、何かして眠気を紛らわそうとする。


「そういえば今日の分のガチャガチャを引いてなかったわね」


 毎日一回無料ガチャガチャをまだ引いていなかった事を思い出した。

 夕食までの暇つぶしにはちょうどいいと思いスキルを発動させて、ガチャガチャを出現させる。


 昨日の今日なのでそこまでレア度の高いアイテムは出ないと思うけど、この瞬間はワクワクするので楽しみだ。


 ガラコンッ


 カプセルの落ちた音を確認して本体から取り出す。

 この一連の動作にも慣れてしまったものだ。


 取り出したカプセルの色は……銀色だった。

 

「へぇ、てっきり銀色以上は出ないと思ったんだけど、調子が良いのかしら?」


 でもやっぱりレア度の高いアイテムが出てくるのは嬉しい。銀色はわりとよく出てくる方だけど、効果を見れば十分に強力なものが多い。

 というかガチャガチャで出てくるアイテム全般が、使い道はともかくとして驚くような効果を持ったアイテムばかりなのだけど。


「中身は……これは、筆かしら?」


 カプセルの中から出てきたのは筆だった。絵を描く時に使うであろうあの筆だ。持ち手部分の先端には小さな羽が付いている。一見真っ白に見えるそれだけど、よく見ると薄っすらとだけど虹色がかっている。

 効果を確認するために説明書を読むとその効果が分かった。

―――――――――――――――――――――――――

アイテム名:自在筆 レア度:☆☆☆☆☆

何度も何度も色を変えるために筆を持ち替えるのも、インクを取り換えるのも面倒くさい!とお思いのそこのあなた!この筆ならご自身のイメージしたどんな色でもこれ一本で描く事が可能なのです!魔力を補充することで、インクを必要とせず書くことが出来ます。しかし、このペ筆の凄い所はそれだけではありません。な、なんと、この筆を持って書きたいものをイメージするとそれに反応して筆が自動的に絵を描いてくれるのです!イメージしたものを忠実に描くため、その再現度はまさに頭の中をそのまま紙に写したかのよう!この機能は合言葉を言わないと発動しない為、自分で書きたいという方は使用しなくても構いません!

一度使うと手放せなくなるこの筆、使ってみませんか?

―――――――――――――――――――――――――


「……なるほど、絵描きは欲しがるだろうけど、あたしには無用の長物かしらね」


 絵を趣味にしている訳ではないので、使う機会もほとんどないと思う。自動でイメージを紙におこしてくれる機能は便利そうだけど、結局絵を描かないと使わない機能である。

 貰ってくれる相手がいれば渡すのだけど、残念ながら身内にも知り合いにも絵を描くことを趣味にしている人はいない。


 まあ一度も使わないのはもったいないので、使ってみる事にした。


 机に向かって引き出しから紙を取り出して広げる。


「とは言ったものの、何を描こうかしら?」


 ふと、窓の外の巨木が目に入った。


「ちょうどいいし、あれでいいわね。まずは正確にあの木をイメージして――」


 記憶の中にあるクヌギの木を脳裏にイメージで描いていく。記憶力は自分でもかなり良い方だと思っているので、すぐに出来上がる。さすがに葉っぱの一枚一枚を覚えている訳ではないけれど、全体を一つのイメージとして覚えているのでそれを引っ張りだしてくるだけの作業だ。


「準備出来たわね。それで合言葉は……本当にこんなふざけた文句を言わなくちゃいけないの?」


 説明書に書かれていた合言葉が、口に出したら阿呆に思われるような文句だったので躊躇する。しかし、機能を確かめるにはこれを言わなくてはいけない。

 少しの葛藤の末、誰もいないのだからと言うことにした。


「……『これ描けペンペン』」


 どうして筆なのにペンなのか……


 バカみたいな合言葉だったが、機能はしっかりと発動したようだ。

 自分では動かしていないはずなのに、手が勝手に動きだして絵を描いていく。それも凄いスピードで、まるで何本もの腕で書いているかのようだ。そうして出来上がっていく絵を見ながら身体から力が抜けていく感覚があった。


 ――そうか。確かインクが必要ない代わりに魔力を消費すると書いてあったはずだ。


なるほど、消費する量は微々たるものなのでそこまで心配する必要はなさそうだ。あたしから見てもそれぐらいという事は、魔力の少ない平民でも使う事が出来るはずだ。

どうやってこれほど少ない魔力をインクに変換しているのか、その機構はとても気になる。これが終わったらちょっと調べてみることにしよう。


そんな事を考えている間に、絵が出来上がったのか腕の動きが止まる。


出来上がった絵をみると、まさに自分がイメージした通りの木が描きあがっていた。細部を見ても確かにちゃんと再現されている。説明書に書かれていた効果はきちんと発揮するようだ。それにこれだけ複雑な絵を僅か数分で描くことが出来るのは通常では考えられない速さだ。


魔力の消費もおおよそ三分の一ぐらいが無くなっている。これだけの絵を描くのにその程度の消費と考えれば、やはりかなり有用な仕組みだ。これはきちんと調べておきたい。


「どうせなら筆はなくて、ペンとかに出来ればもっと使い道が増えると思うんだけど。それも仕組みが分かれば、分かる事よね」


 それにしても、絵が決して得意ではないあたしがこれだけの絵を描くことが出来ると言うのは思った以上の成果だ。その人のイメージに依存するけれど、あたしであればそれも問題ない。むしろ相性が良いぐらいだ。


「この筆とあのアイテムを組み合わせると凶悪な効果を発揮しそうね。でもあのアイテムは機能の把握のとっかかりと掴めないのよね。さすがに神が作っているアイテムってところかしらね」


 それはともかくとして、明日以降はしばらく時間が取れそうにない。つまり今夜を逃すと実験や解析がしばらく出来なくなるという事だ。であれば、中途半端なところで終わらない様に急いで解析を行わないと。


 試しに術式を確認してみる。

 

 とりあえず、すぐにでも調べたい機能は『魔力をインクに変換する機能』と『インクの色を自在に変える機能』の二つだ。これらが解明されてしまえば、自分で類似するアイテムを作る事も不可能ではない。

 

 時間短縮のために万能工具グローブを使って術式全体から必要なところを抽出する。


「ここと……それからこっちね。あとは制御するための術式があちこちに散らばっているけど、機能の核となっているのはここら辺かしら」


 術式を読むのはここでも出来るけど、組み換えとかの作業は作業台が無いと出来ない。だから今回するのは術式の持つ意味を調べる事と、その術式を使った魔道具の設計図・理論を組み上げる事だ。

 実際に作ってみるのは領地の屋敷に帰ってからやることにする。


 そうして暫く作業を続けていると、サーラが夕ご飯の準備が出来たので呼びに来た。 

 もう少し作業を続けたかったところだけど、すぐに終わりそうもなかったのでキリの良いところで中断した。


 すぐに食堂に移動して、みんなで揃ってから食事を始める。

 今日の夕食のメインは鳥系の魔物である火吹き鳥のお肉を使ったシチューだった。火吹き鳥はその名の通り口から火を吹く変わった鳥で、何故か肉自体にピリ辛の味が付いている。うちの領地でもよく食べられているメジャーな鳥魔物だ。


「クレハ、明日のお披露目パーティーなんだけどさ」


「何かしら?」


「第三王女も参加する事は知ってるよな。それで王家主催のパーティーだから当然他の王族もくるだろう。私とフローラもその護衛でパーティー会場に行くからよろしくな!」


「よろしくね~」


「……そう言う事はもっと早くいって欲しかったのだけど」


 バルドお父様とセレナお母様の方に視線を向けるが、特に驚いたような反応は見せていない。つまり2人は知っていたということだ。

 まあ、別にお姉様たちが来るからってどうこうするわけじゃないんだけれど。王族の護衛って事は話す暇とかも無いだろうし。


「それにしても王族の護衛を任されるって、かなり信頼されているのね。お姉様たち」


「実力的には上から数えた方早いし、何より見た目がいいからな!」


「容姿端麗で護衛としての実力もある~、それに評判も悪くないとくれば納得よね~」


「自分で言うのね……まあ別にいいけど。それで第三王女の他に王族のどの方が来るの?」


 パーティーでは参加している人に挨拶をしなくてはいけない。 

 まず絶対に挨拶をしなくてはいけないのが、主催者である王族の一人、第三王女様である。それさえ終わってしまえば後は自由だ。王女への挨拶も主催者に向けてという意味で、基本は身分を気にすることなくお喋りを楽しもうみたいな集まりなのである。

 次世代を担っていく子ども達が沢山の人と繋がりを持てるようにと開催されたのがこのパーティーの始まりだとか、そうじゃないとか。


「そうだなあ。まず陛下が参加するのは通例だな。それから王太子である第一王子も挨拶には来るだろうな。後は……1人、2人来るかもしれないってところだな。まあ来ないかもしれないけど」


「陛下と第一王子ね。たかが5歳の子どもが集まるパーティーに随分と集まるのね」


「それは~、将来の側近だったり、自分の直属の家臣を見繕う場でもありますからね~。まあよほど気に入ればそうなる可能性があるというだけですけどね~」


「それでも将来有望な人材に目星をつけておくという意味合いもあるからな。私たち貴族にとってもだが、王族に取っても重要な場でもあるんだよ」


 なるほど、そういう意味もあるのね。


「まあ、他にも婚約者を見つける場でもあるんだけどねぇ」


 セレナお母様がそう言ってジュリアお姉様とフローラお姉様に意味ありげな視線を送る。

 するとお姉様たちは揃ってその視線から逃れるようにそっぽを向いた。


 これまでお姉様たちに婚約者がいるなんて話は聞いた事が無いことから察するに、そっちの目的な達成できなかったのだろう。

 そんな事を考えていると、二人の様子を見て溜息をついたお母様の視線がこっちを向く。


「クレハも気になる人がいれば積極的に声を掛けなさい。間違っても強そうだからって勝負を挑んだり、いじりがいのありそうな子を見つけるなんてそんな事はしないようにね」


「さすがにそんな事はしないわよ」


 まあ、そっぽを向きすぎて一瞬正面に戻ってきてしまった姉二人はセレナお母様が言ったような事をしたんだろうけど。


「く、クレハにそう言うのはまだ早いと思うんだけど!?」


「いいえ、早くありません。貴族の娘であれば5歳で婚約者がいるのがむしろ普通なぐらよ。それに、このままだと一生孫の顔を見られないわよ?それでもいいの?」


「……」


「まあ別に今回のパーティーで婚約者を作ってこいってわけじゃないのよ。でも気の合う友達ぐらいは作っておいてもいいと思うの。来年には王都の学園に通う事にもなるんから、その方が学園生活も楽しいと思うわよ?」


「……興味を引く人がいれば声を掛けてみるわ」


 領地には友達はそれなりにいる。みんな平民だけど、領内のほとんどの人が屋敷周辺の村に集まっているので自然と遊ぶようになるのだ。子どものうちは領主の子どもとかも気にせず遊んでくれるので、あたしとしても凄く楽しい。

 でも他の貴族の子どもには会ったことが無いから、そこに関してはちょっと不安だ。


 夕食を済ませて部屋に戻る。

 さっそく机の上に広げっぱなしになっているアイテムの解析作業を再開する。この調子で解析を進めて行けば、日付が変わる前には必要な部分の解析する事が出来るはずだ。


 しばらく進めていき、どうにか魔力をインクに帰る術式の解析を終える事が出来た。


「なるほど、水と土の属性を使ってるのね。異なる属性を一つの術式に落とし込む時はこうすればいいのね」


 調べた結果、水の属性をベースにして土の属性を使う事でただの水ではなくインクにしている事が分かった。

 それに違う属性を扱う時の組み方も大いに勉強になった。これまでは一つの属性しか使えなかったけど、これを応用すれば2属性以上も可能になるはずだ。


「もし3属性なら、ここから新しく魔力を伸ばしてくっつけるのは……この部分かしらね。でもこの方法だと2属性で扱うのが一番効率がいいのよね。やっぱり3属性以上は別の組み方があるのかしら?」

 

 もし他のアイテムを確認してみて3属性以上が組み込まれたアイテムがあれば、そっちの術式も確認してみる事にしよう。

 それよりも今はもう一つの結果の方だ。


 一つため息をついてから筆を手に取り、羽の部分に視線を向ける。


「この羽が曲者なののよね~……」


 もう一つ調べていた『インクの色を自在に変える機能』なんだけど、これの再現は現状では不可能という事が分かった。

 どうやら色に関する機能の核は術式ではなく、飾りだと思っていた羽の特性である事が分かったのだ。


「七色に変化する羽なんて、絵本に出てきた1級天使『アルコシエル』の羽みたいね。まあさすがに無いと思うけど、こんな素材に心当たりは無いし。でも単色なら出来そうだから、そっちで理論を書くことにしましょう」

 

 どうせペンとして使うのなら黒一色があれば十分だろう。

 でも、いつかいい感じの素材が見つかるかもしれないし複数色ペンの理論だけは考えておこう。


 色を変化させる機能の解析の大部分が素材に依存していたので、想定以上に時間が余っていた。

 そのお陰で何とか予定の時間までには理論まで立てる事が出来た。後は実際に術式として形にしてみるだけだけど、それはまた今度にしよう。

 

 とりあえず、今は眠い……おやすみなさい。

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