ドレス……ガチャガチャにも入れておいたのですが
王城の中でも許された者のみしか入る事が出来ない場所がある。
ここ、王族の暮らすエリアもそういった場所の一つだ。
そんな場所にある執務室の一つに3人の人物が集まっていた。
1人はこの国の騎士全てのトップにして騎士団を総括する立場にあるアレス・グランド騎士団総長、そして魔法使いの中でもその頂点に近い一握りの者しか所属を許されない宮廷魔法師団の団長にしてこの国最強の魔法師レイア・グリモア宮廷魔法師団長。
この二人を前にして動じることなく、静かに座っている男性が一人。
二人からの報告を受けたその男はゆっくりと口を開いた。
「つまり、この国は水の精霊様の怒りを買わずに済むという事なのか?」
「その通りです。この度の事件の詳細の解明が条件となりますが、陛下が心配されていたような災いはこの国に降りかかる事は無いでしょう」
「そうか……」
改めてアレスの言葉を聞き、一つため息を吐いたこの男。陛下の呼ばれたこの人物こそ、このハルモニア王国の現国王にして歴代の中でも1、2を争う賢王と名高いアーレンハルト・ジルド・ハルモニアその人であった。
アーレンハルトの発する威圧感にも似た覇気が部屋を支配する。
まさに王という存在をその身で体現したかのような姿に、アレスもレイアも国王が次の言葉を発するまで何も言わない。
ただ、王からの言葉を黙して待っているかのようだ。
そして、アーレンハルトがついにとの口を開いた。
「え、本当に?俺、結構真面目に土下座の練習とかしたんだけど?ついにこの間スキルに土下座が追加されてたん俺の気持ちはどうなるの?」
「いざという時の為にもっと修練を積んでおいてください。国王たるもの、いざという時に国で一番の土下座を見せる事が出来なければなりません」
「それって国王じゃなくね?王様って絶対に土下座とかしないと思うんだが」
「先王様は生涯で一度しか披露した事はありませんでしたが、あの時の土下座は今でも鮮明に覚えております。それは美しい、絵画として残しておきたいほどのものでございました」
「……それって母上に夜遊びがばれて殺されそうになった時のだろう?俺は夜遊びとかしないし父上を反面教師にしてるから妻に刺されることは無いと思うんだが」
「いえいえ、最近姫様が『お父様しつこい、うざい。べたべたしないで』と申しておりましたしあんまりしつこくすると土下座が必要になるのも時間の問題「もうよい!!2人していつまで土下座の話で盛り上がっておるんじゃ!!馬鹿なのか!?」――それもそうか」
国のトップと騎士のトップが土下座について語り合うという謎の空間にツッコミを入れたのはレイアだった。
「陛下が姫様に嫌われようが刺されようが今はそんな事どうでもいいじゃろう。それよりも今は国家の危機についての話をするべきであろう!」
「まったくもって良くないんだが!?こっちは国家どころか家庭の危機なんだが!?」
「それについては後でアレス殿といくらでも話すとよかろう。とにかく話を戻すぞ?」
そう言うとレイアはローブの内ポケットから一本の瓶を取り出す。手のひらほどの大きさのそれには無色透明の液体が入っていた。
「これが水の精霊様に献上する神水という特殊な水じゃ」
それを受け取ったアーレンハルトは様々な角度から瓶を眺める。
振って見たり光に透かしてみたり。
「ふむ。一見するとただの水にしか見えないな。これが本当に神々の水、神水なのか?普通の水との違いが全く分からないのだが」
「私達も最初に見た時は特別な力を持っているようには見えませんでした。そこで試しに使ってみたのですが……庭に生えていた苗木が一瞬で大木に成長しました」
「単に植物を成長させるだけというならば不可能ではない。こうして話すという事は、それらとは異なるという事なんだな?」
この世界には確かに植物を成長させる手段はいくつか存在している。例えば成長を促す薬品や魔法を使ったりすればそれも可能である。しかしそれらもおいそれと出来るものではない。きちんとした魔法の技術、薬を作る材料が必要になる。
「もちろんです。まず従来の技法ではあそこまでの急激な成長は不可能である事です。土地にかかる負担、そして技術の限界によって育つにしても短くて1週間は必要になります」
「それが一晩どころか一瞬で、という事か。土地への影響はどうなのだ?大木に成長したのであればそれだけ栄養が必要という事だろう。周辺の植物に影響が出てもおかしくはない」
「それはわしが調べた。しかし土地、周辺の植物の影響ともに確認出来なかったぞ。むしろ周辺の大地が活性化していたぐらいじゃった。神水が成長に必要な栄養を補ってなお余りあったのじゃろうな」
「それほどか……」
「そしてまだあります。今回実験に使用した植物はクヌギの木の苗木でした」
「クヌギと言うと、王都の外の森にも普通に生えている一般的な樹木だな」
王都の外、その東側には森が広がっている。
危険な魔物も少なく、動物が多く住んでいる比較的安全な森だ。その為王都の人々にとっては身近に自然を感じられる馴染みの森となっている。
「そのクヌギの木です。東の森にある長老樹の事は知っていますよね?」
「もちろんだ。私も子どもの頃はよくあそこまで遊びに行ったからな。森の守り神のような存在でもある。王都に知らん者はおらんだろうよ」
「……今回カートゥーン家の屋敷に生えたクヌギは長老樹に匹敵する大きさなにまで成長しました」
「あの木は王都が出来た頃からずっとあの森に生えているのだぞ!?どれほどの樹齢を誇っていると思っているのだ!?」
「私達も目を疑いましたが、事実です」
「……その水が本当に特別な水だという事は認めるしかないな」
神水の植物を成長させる速度は尋常ではない。それに加えて土地への影響も悪いどころか、よくする効果まで備わっている。
「そしてそれが盃から無限に湧いてくるとは……カートゥーン家の三女、クレハと言ったな。ほとんど話は聞かないが、お前達から見てどういう人物に見えた?」
「5歳とは考えられないぐらいの雰囲気があったな。まるで大人と会話をしているかのようだった。ただ、魔力に関してはかなり少ないように感じた。あれでは初級魔法を使うのにも苦労するじゃろうな」
「私もかなり聡明だという印象を持ちました。特殊なスキルの使い方しかり、神水のようなアイテムを見ても冷静に考える事が出来る。まあ少し興味に忠実なところはあるようですが、それも子どもであれば当然でしょう。しかし、身のこなしは素人のそれに見えましたな。もし隠しているのであれば、それこそ達人のような腕を持っているのでしょうが、さすがにそれは無いかと」
「ふむ……クレハ・カートゥーンの持つスキルは確実に国家にとって利益をもたらす。それは今回の件ではっきりと分かった」
アーレンハルトはどうすればクレハをこの国に取り込む事が出来るかということを考えていた。クレハの持つスキルは前例のないスキルではあるが、神水のようなアイテムが容易に得れるとなれば有用な事は間違いない。
そんな彼女が国外へと流出してしまえば、その損害は計り知れないものになるのも想像に難くない。
「陛下、お考えの事は理解しますが、それは止めておいた方がよろしいかと思われます」
「どうしてだ?」
「クレハ殿は妙に神々に気に入られている節があります。今回すんなりと対話に応じてくれた事といい、わざわざ精霊様に話を通してくれた事といい。下手に手を出すと怒りに触れる可能性も排除できません」
「しかしな……早いうちに声を掛けておかんと、他の連中に取り込まれる可能性もあるんだぞ?もしそれが危険な連中であれば、それこそ国家の危機だろう。であれば、我らで確保しておく方が良いのではないか?」
「ああ、それとクレハの近くにはアリシア様がおったな。かなり親密そうな雰囲気で、友人の様に接しておったな」
「よし!クレハ・カートゥーンに関しては要観察と言う事で!絶対に手を出してはならんぞ!それと万が一危険が及ぶ場合にはその原因を全力で排除するように!」
「「それがいいかと(じゃろう)」」
こうして国の上層部のクレハに対する対応は決まった。
王都生活二日目。
初日から色々な事があったせいで既に数日経過しているかのような感覚に陥っている。部屋の窓から外を見れば大きなクヌギの木が一本生えている。二階にあるこの部屋からでも見上げる必要があるほど大きく育った。
「あれで家を建てたら何棟建つのかしら?」
「朝から何をおっしゃっているんですか?早く着替えて食堂に来てください。既に朝食の準備は出来てバルド様もセレナ様もお待ちです」
「分かってるわ。お姉様たちはもう出かけたの?」
「はい。今日から仕事復帰ですので既にお出かけになられました。クレハ様たちが王都にいる間はこの屋敷から通うとの事です」
「そう。サーラ、明日は早めに起こしてちょうだい」
「畏まりました。ジュリア様とフローラ様がお出かけになる前に起こすようにいたします」
「……よろしくね」
何だか優しい視線を向けてくるのは無視しておく。
着替えを済ませて食堂に行くと、バルドお父様とセレナお母様が席に座っていた。あたしも小走りで自分の席に座る。
バルドお父様が上座に座り、あたしとセレナお母様がその両隣に座っている。
今日の朝食はパンとスープ、それからスクランブルエッグとサラダだった。
バルドお父様が食事前の挨拶をしてからみんなで食べ始める。さすがに王都の料理人だけあって食事の味は悪くない。むしろかなり良い方だと思う。
「今日は忙しいから朝食はしっかり食べておきなさい」
「どうして?」
「明日の準備が色々あるから昼食を食べている時間が無いかもしれないの。それに終わる時間も遅いから、まともに食事が出来るのはこれを逃すと夕食まで無いかもしれないわ。だから食べられるうちに食べておきなさいって事よ」
「うへぇ……」
食事を摂る時間も無いとかそれだけ忙しいのだろうか。考えただけで眩暈がしてくる。思わず変な声が出てしまった。
「この後の予定は分かってるわよね?」
「分かってるわよ。まずは衣装合わせをして、そのままダンスとマナーの講習でしょう?その後は明日パーティーに来る家の復習と確認だったわよね」
「そうよ。あなたは頭だけは良いから座学に関しては心配していないんだけど、ダンスとマナー講習がちょっと不安要素ね。特にダンスね、ただでさえ運動が苦手なのに練習をサボるんだもの」
「大丈夫よ。踊れないなら踊れなりなりのパーティーでの振舞い方があるのよ。以前読んだ本に書いてあったわ。ダンスに誘われない立ち居振る舞い、会場での位置取り、万が一誘われた時の当たり障りのない断り方もしっかり頭に入っているわ!」
あたしの言葉にセレナお母様が頭を抑える。
そのままあたしにダンスをさせようとするのを諦めてくれればもっといい。正直あんなことの時間を使うぐらいなら、一秒でも多く実験や研究に使いたい。
バルドお父様は今日は昨日挨拶しきれなかった家に挨拶周りに行ってくるそうだ。一方でセレナお母様はあたしと一緒に行動する。
さすがにドレスのチェックはあたしじゃ分からないし、ダンスはマナーに関してもセレナお母様からの厳しいチェックが入る。
まずドレスは注文してあるお店に取りにいってそのまま細かい調整をしなくてはいけない。移動は馬車で行うので外に出ると、嫌でも視界に入ってくるのが昨日の実験の結果だ。
「それにしても本当に大きな木ね。東の森の長老樹ぐらいの大きさがあるんじゃないの?」
「長老樹っていうのを見たことが無いから何とも言えないけど、やっぱり大きいわよね。自分でもまさかと思ったけど、小さな苗木がここまで成長するなんて誰も想像できないでしょう?」
「そうね。でも何かする前にきちんと相談はして欲しかったわね」
「次からはそうするわよ……あら?」
「どうしました、お嬢様?」
木を見上げて気が付いたのだが、葉っぱに紛れて茶色い実のようなものが付いているのが見えた。
「ああ、昨日は暗かったので気づきませんでしたが実をつけていたんですね。どんぐりと言った方が分かりやすいでしょうか。クヌギの木になるどんぐりは灰汁が強いのでしっかりと灰汁抜きをすれば食べる事が出来ます。意外と美味しいんですよね。おやつにはちょうどいいです」
「どんぐりって食べられるのね。どんなどうやって食べるの?」
「炒って食べるのが一番簡単ですが、少し手間をかけてクッキーにしたりパンに混ぜたりしてもいいですよ。もっとも素朴な味ですので、お嬢様の口に合うかどうかは微妙な所ですが」
「気になるわね。帰ってきたらいくつか貰って食べてみましょう。普通にいるだけでいいから調理はサーラがお願いね」
帰って来たときの楽しみが出来た所で、屋敷を出発した。
しばらく走らせて到着したのは、思っていたよりもかなり小さなお店だった。平民の一般的な一軒家より一回り小さいぐらいのお店で、外観はかなり年期が入っているように見える。けれど、時が経っているからこその気品を感じるようなお店だ。
「ここなの……?」
「そうよ。ここは私の知り合いがやっているお店で、ジュリアとフローラのドレスもここに注文したのよ。しっかりクレハにあったドレスを作ってくれるから安心しなさい」
「お母様が連れてくる所だから心配はしてないけど、もっと大きなお店だと思ってたからちょっと意外だったわね」
中に入ると出迎えてくれたのは、初老のおばあさんだった。茶髪の髪に少し白髪が混じってきているが、背筋はピンと伸び入ってきたあたし達に綺麗な礼を披露してくれた。
「いらっしゃいませ」
「ご無沙汰しています、アレッタさん。今日は注文していたこの子のドレスを受け取りに来ました。ほらクレハもご挨拶して。この人がこのお店の店主で家がいつもお世話になっているアレッタさんよ」
「初めましてカートゥーン家の三女、クレハ・カートゥーンと申します。この度はあたしのパーティー用のドレスを作製していただいてありがとうございました」
「あら、随分としっかりした子なのね。ご紹介にあずかったアレッタよ。こちらこそこんなに可愛い子にドレスを作らせてもらえるなんて私も嬉しいわ。持ってくるからちょっと待っててね」
一旦カウンターの後ろの下がったアレッタさんが持ってきたのは青色を基調としたドレスだった。この国では水の精霊様から加護を受けてる影響なのか、青い色が縁起の良い色とされている。
かといって他の色がダメだとか、この色は縁起が悪いとかがある訳ではないのだけど。単純に国家規模で青い色が好きというだけだ。
カウンターに広げるとドレス全体を見る事が出来た。
デザインは過度にフリルは入れずに要所要所でポイントとして使っている感じだ。そして肩より上、胸の上から首元にかけてはレースになっている。
「今年の流行の色は若い緑色なんだけど、お披露目パーティーに参加するためにドレスだから青の方がいいと思ってこっちにしたわ。デザインに関してはクレハちゃんに会った事が無かったからセレナさんの話を聞いてのイメージになったからちょっと不安なんだけど、どうかしら?」
「……すごく、綺麗です」
想像していたドレスの10倍は綺麗だった。正直ドレスなんて着られればなんでもいいと思っていたけど、今はこのドレスを着てみたいと心底思っている。お店には他にも服が陳列されいているけど、どうしてかこのドレスから視線が離せないのだ。
「ふふっ、気に入ってくれたようで良かったわ。それじゃあ早速着てもらおうかしら。細かい所を手直ししなくちゃいけないから。場所はカウンターの裏に着替えのスペースがあるからそこを使ってちょうだい」
着替えを補助するためにサーラにも付いて来てもらった。
「お綺麗ですよ、お嬢様」
着替えを済ませてセレナお母様とアレッタさんの前に出る。
アレッタさんは少しの間、あたしのドレス姿に真剣な眼差しを向けていたけど全身を見終わるとまたさっきまでと同じ優しい笑顔を見せてくれた。
「うん、似合っているわね。よかったわ」
「本当ですね。ジュリアの時もフローラの時もそうでしたけど、アレッタさんの作ったドレスを着るとちゃんとした貴族令嬢に見えます」
「お母様、それ普通に失礼なんですけど?」
「ふふ、セレナさんもクレハちゃんのドレス姿を可愛いと思ってるわよ。ただちょっと素直になれないだけよ」
「……」
「それじゃあちょっとだけ直すから、こっちに来てちょうだい。あと自分で苦しいとか着ずらいとかがあったら言ってちょうだいね」
「えっと、コルセットが苦しいで「それは我慢してね」――はい……」
ドレスは綺麗だったし、着てみたいと思った事も認める。
でもコルセットだけは受け入れがたかった。
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