期間限定なら、これぐらいしなくては

 盃を持って海の神様に向かって祈りをささげる。


 ……祈るって何をすればいいのかしら?


 神様に祈ったことなんて……最近は結構あるかもしれない。とりあえずいつもしているような呼びかける感じでやってみる。

 

 ――海の神様、お話したい事がございます。どうか答えてください


『呼びましたか?』


 返事が帰って来た。驚くぐらい早く帰って来た。

 あまりの事に反応が遅れていると、再度海の神様から声が聞こえてくる。


『どうかしましたか?黙りこくってしまったようですが』


「(し、失礼しました。ええと、海の神様で間違いないでしょうか)」


『ええ、いかにも私が海の神です。ふふ、その盃を引き当てたのですね。まさか初日からとは思っていませんでしたが、私としては嬉しい限りです』


 盃を使って交信をしている事は既に知っているようだ。いや、人間から神に語りかける手段なんて限られているだろうからすぐに分かったのかもしれない。

 それはともかくとして、海の神様はその言葉通りどこか嬉しそうな声音をしている。


「(あたしもこうして海の神様とお話が出来る事を光栄に思っております)」


『ふむ……少し硬いですね。もっとくだけた話し方をしてもいいのですよ?』


「(そ、そう申されましても。神を相手にそのような事は不敬ですので――)」


『私が許可しているのに他の誰が文句を言えると言うのですか?それにこの会話は他の人間に聞かれることはありません。私と貴女だけの個人的な会話です。折角なのですからもっと砕けた話し方をしてみてください』


 確かに海の神様の言う通り周りにいるみんなにはあたし達の会話は聞かれていない。みんなあたしの様子を固唾を呑んで見守っている。

 だからと言って神を相手に砕けた態度を取るなんて……でも本人、本神からのご要望だし。ここは受け入れておくべきかもしれない。


「(これでいいですか?)」


『もう一声!』


「(……これでいいかしら?)」


『ええ、それですよそれ!そんな感じで話を続けましょう!ああ、それから今後こうして話をする時もそういう感じで話してください』


「(わ、分かりまし――いえ、分かったわ。じゃあ早速だけど話したい事があるんだけど、いいかしら?)」


 こうして海の神様に連絡を取ったのはもっと重要なことについて聞く為だ。

 まずはそれについての話をしないと。


『分かっていますよ。その盃についての話ですね』


「(知っていたのね、さすがだわ。それじゃあ率直に聞いてしまうんだけど、この盃をとある存在に譲りたいと考えているの。それについての是非を聞きたいわ)」

 

 そもそもこんな質問をすること自体が海の神様に対する不敬でしかない。レア度から考えてもこのアイテムは海の神様の力が込められているのではないかと推測している。それを簡単に譲るなんて言ってしまうのは怒りをかってしまってもおかしくはない。

 出来ればこの話も穏便に済むといいんだけど。


 しかし、あたしの予想に反しては海の神様の声はあっさりとしたものだった。


『可能か否かで言えば、構いません。まあ私としてはあなたに使って欲しいと思っているので譲られるのは少し寂しいのですが。あなたが選んだ人物であれば問題ないでしょう』


 なるほど。渡す相手はあたしが選んだ人物なら構わないけど、個人的意見としてはあたしに使って欲しい。そんな感じの考えなのね。

 どうしてか分からないけど折角海の神様があたしの事を信用してくれているようなのだ。しっかりと自分で使いたいところだけど、今回に限っては仕方ない。

 心苦しいけどきちんと理由を説明しよう。


『でも、今回の件ではその必要はないでしょう』


「(それは、どういう事……?)」


『今回の一番の問題はその国が水の精霊との大切な契約の証であるティアラを盗まれてしまったこと。それによって水の精霊が怒っている事でしょう。だからこっちでちょっとだけその国と契約している精霊とお話をしたの。だからその盃を贈る必要は無いわ』


 まさか海の神様がそこまで動いていたなんて思ってもみなかった。


『だけでさすがに何も無しってわけにもいかないから、その盃を使って神水を1樽分だけ精霊に贈りなさい。今回の件はそれで手打ちにするそうだから。ただし、事件の真相はきちんと突き止める事が条件よ。もちろんこれはあなたには関係が無い事だから、その国の大人たちに任せてしまえばいいわ』


「(分かりました。必ず伝えておきます。そこまで手を回してくれて本当にありがとう。感謝しかないわ)」


『いいのよ。私達も十分に楽しませてもらっているからそのお礼とでも受け取ってちょうだい』


 ……ふむ。


「(話は全然変わるんだけど、あたしのガチャガチャから出てくるアイテムって神々が作っているのかしら?)」


『確かにガチャガチャに入っているほとんどのアイテムは私達神が作っているわ。中にはそれ以外の手段で手に入れているものもあるけど、大半はそうよ』


「(もしかしてなんだけど……あたしってそのアイテムの実験台にされてる?)」


『おっと、そろそろ交信の時間切れですね。その盃を使って私と話す事が出来るのには制限時間がありますので今後は気を付けてくださいね。それではまた話せることを楽しみにしていますよ。神は基本寝る必要が無いので、いつでも話しかけてきてくださいね』


 それでは、と言うとそのまま声が聞こえなくなってしまった。

 

「明らかにはぐらかされたわね……」


「お、喋った。話は終わったのか?」


「ええ、取り合えずさっきの話し合いの結果を報告したいから聞いてちょうだい」


 そうして海の神様と話したことをみんなに報告する。

 海の神様が先回りして精霊様と話をつけてくれたこと。盃本体ではなくそこから出てくる神水を献上すればいいということ。そして今回の事件の真相をきちんと究明すること。

 

「まさか本当に神と対話することが叶うとは思わかった。しかもそれを手に持って祈るだけという至極簡単な方法でだ。教会にでも知られたら神器として持っていかれるかもしれんな」


「その時は神がじきじきに天罰を下すじゃろうよ。無理やり持っていこうとするのであればなおさらじゃ。まあ見つからん事が一番であろうが、とばっちりでこっちまで被害を被ってはたまったものではないからのう」


 教会がそんな事をするのだろうか。領地にある教会の神父様はとても優しい人だし、シスターたちもみんないい人だ。そんなことになるとは思えないけど。

 それよりも奪われたら神から天罰が下るアイテムとか持っているだけで不安でしかないんだけど。


 それにしても実体化した盃の中には既に水が溜まっている。

 これが神水という事なんだろうが、どこからどう見ても普通の水にしか見えない。器が金色だから少し特別感はあるけど、やはり見た目はいたって普通の水だ。


「これって本当にそんな特別な力があるのかしら?」


「そりゃあ神様が言うんだから間違いないんじゃないのか。それのそのスキルで出てきたアイテムに嘘が書いてあったものなんて無いだろう?」


「それはそうなんだけど、何というか逆に効果が凄すぎていまいちイメージが付かないと言うか」


「言わんとしている事は分かるが、だったらどうするんだ?」


「それはもちろん……実験よ!」

  

 例え神が直々に宣伝してくるようなアイテムだろうと、国宝以上の価値を持っていそうなアイテムだろうと自分の目で確かめない限りその力を見極める事は出来ない。

 そのためには実際に使ってみることが一番である。


「アレス様もレイア様もどの程度の力があるのか気になりますよね?だって水の精霊様に贈る大切な水なんだから、きちんと実体を知っておく必要がありますよね!」


「ん、いや、まあそうかもしれんが……」


「確かに気になるのう!神の言葉だけでも十分じゃが、自らの目で確かめる事は何事においても重要じゃ!」


 さて使ってみるとして、どう使ってみるのがいいか。

 飲むのは、いきなり自分の身体で確かめるのは怖い。説明書にも飲みすぎると進化するとかいう物騒な一文が書かれていた。人体への服用はきちんと効果を把握してからの方がいい。

 他には薬に混ぜるという記述もあった。しかしこれもさっきと同じだ。薬の効果を確かめるには飲んでみるのが一番だ。もちろん人体には使わない薬もあるが、それはそれで効果を確かめるのが面倒だ。


 以上のことから試すのにもってこいなのが植物の成長を促す効果だ。

 はっきりと成長促進と書いてある訳ではなかったが、文脈からして何かしら特別な効果があるのは間違いない。

 それに植物の成長ならそんなに危険はないはずだからこれが一番いいだろう。


「という事で、植物を使って実験してみましょう!」


「クレハ、確か庭に植えたばかりの苗木があったはずよ!さっき水遊びしている時に見たわ!」


「それよ!みんな、早く移動しましょう!」


 アリシアの案内で全員で庭に出る。苗木であれば成長を確かめるのにもちょうどいい。

 辿り着いたのは昼間に水球を浮かべていた場所から少し離れた庭の隅だった。アリシアの言っていた通り、土を掘り返した後が新しい。つい最近植えられたばかりなのだろう。


「それにしても結構離れていたのによく気づいたわね。苗木だから小さいのに」


「エルフは目がいいのよ。どんな木までかは分からなかったけど……これはクヌギの苗木ね。雑木の一種で成長が早くてよく木材とかに使われる木なんだけど、庭木にはあまり使わないはずなのよね。なんでこんなのが植わってるのかしら?」


「そんなの後で庭師の人にでも聞いてみればいいでしょう?それよりもこっちよ」


 持ってきた盃の中には既に縁の近くまで神水が溜まっている。

 海の神様と話している間に既に溜まり切っていたので待つ必要もない。見ていなかったので詳しくは分からないけど、溜まる速度についても後で調べたいところだ。


「それじゃあ、とりあえずこの盃一杯分を掛けてみるわよ。念の為みんな下がっていてちょうだい」


 さすがにそこまで成長しないだろうと半分冗談で忠告すると、みんなも笑いながらある程度距離をとってくれた。


「じゃあ行くわね――」


 溜まっている水をゆっくりと苗木の根元にかけていく。

 全部かけ終わるが、さすがにすぐに効果は表れないのか変化は見られない。


 そう思った次の瞬間のことだった。


 苗木が揺れた。


 風も吹いておらず、あたしの息が吹きかかったせいでもない。

 植物が勝手に、自分で揺れたのだ。そして次は枝がわっさわっさと伸びた。その勢いに思わず尻もちをついてしまう。

 そんなあたしの事もお構いなしに今度は幹の部分が長く、太くなっていく。


「お嬢様!急いで退避しますよ!」


「あ、え……!?」


 このままだと木の成長に巻き込まれるかと思ったところで、いつの間にか背後にいたサーラに引っ張られた。そのままみんなが待機していた所まで連れていかれる。

 その間にも木の成長は止まることなく、みるみるうちに大きくなっていきあっという間に屋敷よりも高くなってしまった。


「ま、マズい!?そこら辺で止まって!?本当に不味いから!?これ以上育ったら色々と不味いから!?」


 そんなあたしの願いが届いたのか、それともそこが成長限界だったのか速度が落ちていき背丈は屋敷よりも少し高いぐらいでその代わり葉を沢山つけた状態になって成長は止まった。

 フェイントがあるかもしれないと、不用意に近づかないで少し観察してみるがそれ以上伸びる心配はなさそうだった。


「これまでの人生で色々と見てきたけど、これはとびっきりに凄いわね」


 こんな状況でも平常運転なのはアリシアだけだった。

 あたしも含め他のみんなはあまりの光景に呆然としている。まさかこんな事になるなんて思ってもみなかった。


「これ、どうしよう……」


 薄暗くなってきているとはいえ、これだけの変化がご近所にバレないはずもない。心なしか家の周りが騒がしくなってきている気がする。


「いえ、心なしではなく実際に騒がしくなってきましたよ」


「……どうしよう!?サーラ、お姉様!?」


「ご安心ください。ここには王都でも有名で人気のある人達が揃っています。みなさんに協力してもらいましょう」


 サーラの提案ですぐにご近所と集まってきた人々に説明を行った。

 今回の件は宮廷魔法師団のレイア様とフローラお姉様が新しい魔法の実験を行ったという事にして説明をした。レイア様は宮廷魔法師としてその強さは広く知られているし、フローラお姉様もそれなりに知名度があるらしい。

 それにカートゥーン家の屋敷で起こったことなので、フローラお姉様がいる事で説得力も出る。


 そしてその話をアレス様とジュリアお姉様の存在が補強する感じだ。

 衛兵が数人来てしまったけど、それも2人に話を聞きすぐに戻って行った。


 早期に騒ぎを終息させて、屋敷の中に戻ってきた。


「とりあえず実験は成功ですね。というわけですので、この盃はお二人にお預けします。水の精霊様の件が終わったら返しに来てください。ああ、買い取ってくれても構いませんのでその時は改めて相談してください」


「いや、これを預かるとかそれだけで精神が削られるんじゃが!?買い取りとか値段をつける事すらできんぞ!?」


「く、クレハ殿。申し訳ないが、後日神水を受け取りに来るので保管はそちらでしてもらってもいいだろうか?多少、いやかなり手に余るというか……」


「いやでも明日からお披露目パーティーの準備がありますし、パーティーが終わっても学園への体験入学があるんです。ですからお時間を作るのが難しいので、やはりそちらで預かってもらえないかと」


 というか今そのアイテムを身近に置いておくのは精神衛生上ちょっと不味い。


 今すぐにでも神水を使った実験やら、検証やらをしたくてたまらないのだ。これが傍にある限り思わず手を出してしまうかもしれない。

 ここは距離を取る為にも、何とかして預かっておいてもらわなくては!


「その前に、私達にしっかりと説明してくれるのよね?クレハ?」


「えっ……?」


 背後から聞えてきた声に咄嗟に振り向くと、そこには静かな笑顔を見せているセレナお母様の姿があった。


「お、お母様、どうして……?」


「どうしても何もここはカートゥーン家の屋敷なのよ?私が居てもおかしくはないでしょう?」


「も、もちろんその通りなのだけど。そ、それにしても説明ってなんの事かしら?」


「あら、心当たりが無いの?帰って見れば庭の巨木が生えているし、家に入れば騎士団の魔法師団の総長様と団長様がいらっしゃる。少し出掛けてる間にどうしてこんな事になったのか、キチンと説明してくれるわよね?」


「ち、違うの!?2人を連れてきたのはお姉様たちだし、あの木が成長したのだって事故と言うか偶然というか!?――」


「そういう話は向うできっちり聞きます。こちらの皆さんの対応は、しっかりお願いねあなた」


「わ、分かった。任せておきなさい」


「お、お父様……!?」


 何とかお父様に救助を求める視線を送るが、一瞬で逸らされた。

 まるで目を合わせたら死ぬとでも言いたげに一切こっちを見ようとしない。


 まさか、見捨てるというの!?

 このままだとあたしの身がどうなるか分かったものじゃないのよ!?


「それじゃあクレハ、ちょっと部屋を変えましょう」


「……」


 抵抗を諦めたあたしはセレナお母様に引きずられていった。


 そして今日あった事を全部話した。


 怒られた。滅茶苦茶怒られた。

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