祈りを感じたわ!

 急遽予定を変更して家に帰って来た。もちろんアリシアも連れてきている。

 と言うか実験の方が遥かに大事なので、買い物とかやっている場合じゃないのだ。


「それでそろそろどういう事なのか教えてくれない?」


「何を……?」


「何をって、これから始めることよ!?何か案があるようだったから付いてきたけど全然教えてくれないし!サーラが何も言わないから聞くに聞けないし!」


 そういえば思いついてすぐに家に帰ってきたので、説明していなかった気がする。

 

「じゃあ説明するわ。まず今回の目標は水中で呼吸の出来る薬、もしくはアイテムを手に入れること。ここまでは良いわよね?」


「そりゃあね。元々そのつもりで街をぶらついていたわけだし」


「でも薬を作る為の薬草が不足していて発見できない。だったら別の手段をとるしかないでしょ。そこでこれを使う訳よ」


 ここは屋敷の庭なのでポシェットも普通に使って大丈夫だ。

 中から取り出したのは一枚の真っ白な布だ。


「この布を使って服を作るのよ!」


「……サーラ。あんたのご主人様何言ってるの?」


「……恐らく理由があっての事なのでしょうが」


「?……ああ、この布の効果を知らないんじゃ仕方無いわね。ちょっと待って――」


 ポシェットの中に手をつっこんで取り出すのは、この布と一緒にカプセルに入っていた説明書だ。

 この布はもちろんガチャガチャを回した時に出てきたアイテムの一つだ。


 説明書をアリシアに渡して読んでもらう。サーラもそれを横から覗きこむようにして読み始める。

 書いてあることはこんな感じだった。

――――――――――――――――――――

アイテム名:適応する布(訳アリ品) レア度:☆☆☆

世界には様々な場所が存在します。熱い地域、寒い地域、空気の薄い地域、重力の大きい地域などなどとても過酷な環境がありますよね。しかし、そういう場所にこそロマンを求める人々がいる!そこで活躍するのがこのアイテムなのです!

何とこのアイテムはその環境に適応して様々な効果を得る事が出来るのです!

しかし本来であればその環境に応じて何度も効果を変えることの出来るこの布でしたが、製作過程で不備が生じたため一度しか変化させることが出来ません!その為レア度を大きく変更しての出品となりました!しかし一度しか変化しないとは言え、その効果に衰えはありません!これを使ってあなたもロマンへの一歩を踏み出しましょう!

――――――――――――――――――――


「「……」」


「まあそんな感じのアイテムだから今回の事に使えると思ったのよ。それを上手く水中に特化させればピッタリなんじゃないかって」


「お、お嬢様。この布を本当に使ってもよろしいのですか?」


「だってそんな辺境とか秘境に行く予定は無いもの。だったら使っちゃってもいいでしょ?それに使い道がないと弄るのもさすがに躊躇するからちょうど良かったのもあるし」


「と、と言うか何なのよこの布!?こんな王都でも見たことないわよ!?ここに書いてあることが本当だったら、アーティファクトにもなるようなアイテムよ!?」


 アリシアが顔を青くしながら大げさな事を言い始める。

 でもこれって訳アリ品だし失敗作なのよ?確かに環境に応じて何度も変化するなら凄いと思うけど、一回しか変化出来ないんじゃそうでもないと思うのだけど。


「いやいや、そんな事ないから!サーラ、カートゥーン家はどういう教育してんのよ!?」


「これに関してはお嬢様がアレなだけなのでカートゥーン家のせいにしないでください」


 なんか失礼な事を言われている気がするけど今はそんな事よりも目の前のアイテムだ。

 この布は一度しか変化させる事が出来ない為失敗はしたくない。なったらなったでアリシアには諦めてもらえばいいだけだし。でもやるからには成功したい。


 使い方は適応させたい環境に放置するだけ。だから今回は水の中に入れておけば後は勝手に変化していくのだ。早速使用人に頼んで持ってきてもらったバケツに水を入れていく。


「そうだアリシア。その依頼で入る水って海水?それとも淡水?」


「え、えっと湖だから淡水よ」


「じゃあ普通の水でいいわね」


 もし海水なのであればそっちにしようかとも思ったけど、普通の水で問題ないようだ。何処でも蛇口があるので海水は簡単に用意できるので、出来れば両方試してみたかったんだけど……1枚しかないから仕方がない。

 次のガチャガチャで訳アリじゃない方が出てくることを祈っておくとしよう。


 バケツに水を張って、その中に布を入れる。念の為水から顔を出してしまわない様に上から大きな石を乗せておく。これで布全体が水中に入ったことになる。


「後はこれで3分待てば出来上がりよ」


「……サーラあの水が出てきた道具って「何も言わないでください」――ま、まあいいわ。これで待っていればいいわけね。それにしてもこんなアイテムどこから調達してくるのよ。これでもエルフだから長生きなんだけど見たことも無いわよ?」


「あたしのスキルが色々と便利なのよ。それのお陰ね。あまり詳しい事は言えないのは許してちょうだい」


「別に構わないわ。スキルだったら詮索されたくないのも当然だし、それを無理に聞こうとするのもマナー違反だものね」


 ここまで喋った感じでアリシアの印象がかなり変化した。

 カフェで会った時は危ない人って感じだったけど、話した感じは普通にいい人だと思う。でも時折サーラを見る目からヤバい気配を感じるので、それだけは撤回しないけど。

 まあでも基本は話しが通じる人だと思うのでスキルの事を話してもいいのだが、家族にも無暗に話すなと言われたので止めておいた。


 そして適当にお喋りしながら待つ事3分。そろそろ完成しているはずなので、布を取り出してみる。すると、先程までは真っ白だった布の色が深めの青に染まっていた。どうやら成功しているようだ。


「アリシア、あなた鑑定が使えるのよね。この布の効果を確認してみてくれる?」


「分かったわ。どれどれ――」


 見た目からは分からないけど、しっかりと情報は見る事が出来たみたいだ。

 一度大きく目を見開いた後、何度か深呼吸をしてから持っていた紙に鑑定の結果を書き始める。そうして書き終わると、少し疲れた顔でそれをあたしに渡してきた。


「結果は大成功よ。これ結果ね」


――――――――――――――――――――

名称:適応した布

効果:水中呼吸・水中行動・視界良好・物理耐性・圧力耐性

――――――――――――――――――――


 アイテム名が少し変化しているが、効果自体はばっちりとついているみたいだ。

 物理耐性とか圧力耐性は石を乗っけておいたのが良かったのだろうか。だとしたら同時に複数の環境が存在する場所に置いておけば、一度しか変化しなくても効果を得る事が出来るのかもしれない。

 やっぱりもう何枚か欲しかったなあ。


「よし、これで完成ね!後はこれを服に加工すればアイテムゲットって所かしら」


「お嬢様。言いにくいのですが、この布で服を作ることは難しいかと思います」


「えっ、どうして?」


「この量だと服を作るには全然足りていません。これだと作っている途中で無くなってしまうか、もしくは凄く面積の少ない服になってしまいます」


「……どうせ水の中に入るんだからいいんじゃない?下着ぐらいの面積があれば十分よ」


「不十分よ!!あんた自分が着ないからって適当言ってるんじゃないわよ!!」


 鑑定を使ってからぼーっとしてたから流されてくれるかと思ったけど、さすがに無理だったか。どうせ着るのはアリシアなんだからと思った事は否定しない。


「でもどこかの本で、下着みたいな恰好で水遊びをする街があるって読んだ覚えがあるのだけど?それと同じじゃないの?」


「下着みたいな……それって水着の事かしら?それ、そんなに普及している文化じゃないから。海の近い街でも泳ぐ事の出来る安全な一部の場所でしか広まってないわよ。そこら辺の湖とかであの恰好をしたら変態扱いされるわ!」


「アリシアは元々変態じゃない。ねえサーラ」


「そうですね。アリシアは最初から変態でした」


「~~……!!?」


 アリシアって反応が面白いからいちいち遊び――じゃなくてからかいたくなるのよね。


「冗談よ。この布ならある程度小さくても効果があるはずだから大丈夫よ。一応最低でもハンカチぐらいのサイズは確保したいんだけど、何かいい感じのアイディアあるかしら?」


「そうですねえ……リボン、スカーフ、髪留め辺りがいいでしょうか。水中での戦闘になるなら髪が広がってしまわない様に髪留めにした方がいいかもしれませんね。アリシアもそれでいいですか?」


「水着じゃなければなんでもいいわよ!」


「ではお嬢様、この布を三等分にしてください」


 お願いされたので、万能グローブをハサミの形に変形させて布を切っていく。真っすぐ切れるか心配だったけど、グローブの効果なのか上手く切る事が出来た。

 3等分したそれの1つを持ってアリシアの背後に回り、するするとあっという間に髪をまとめてしまった。


「後はこれで効果を確かめるだけですね。屋敷のお風呂で試してみましょうか」


「そうね、それじゃあ――いや、待って。お風呂だと潜るほどの深さは無いでしょ?ちょうどいいのがあるの!」


 再びポシェットの中を探って取り出すのは、今度は大きな布だ。

 この布はガチャガチャから出てき布じゃなくて、領地の屋敷にあった普通のものだ。それを地面に広げていくと、それなりの大きさになる。

 表面にはとある術式が描かれている。


「これは反重力の術式を刻んだ布よ!これを発動して中に水を灌ぐと――」


 術式を起動して布の上にコップ一杯程の水をこぼす。すると水は地面に落ちることなく空中に留まったまま漂っていた。


「この術式が発動している空間なら水をその場にとどめておく事が出来る。空間は布の上で球状に展開されているわ。今水を溜めるからちょっと待ってて!」


「あの、お嬢様。それはお屋敷で作っていたあの術式を刻んだ魔道具ですよね」


「そうよ?」


「以前に見た時は机に乗るぐらいのサイズだったはずなのですが、どうしてそれがこんなに巨大になっているのでしょう……?」


「ああ、それね。アイテムの中に使い捨ての物質巨大化アイテムがあったのよ。試しにこれに使ってみたんだけど、これはその結果ね」


「何時の間にそんなことを……」


 膝から崩れ落ちるサーラだが、どうしたのだろうか?

 まあ使い捨てだからもったいないと思うのも分からなくもない。あたしも他に動物とか植物とか別のアイテムとかに使ってみたかったもの。

 まあでもこうして役に立ってるんだからいいわよね!


「あんたのご主人様とんでもないわね………」


「……ちなみに新しい職に就く気はありませんか?私の同僚として働きません?」


「み、魅力的だけど遠慮しておくわ。なんか色々巻き込まれそうだし……」


 どこでも蛇口は水の排出口の大きさもある程度変化させることが出来る。

 今回は最大まで大きくして出しまくったので、あっという間に水が溜まり切った。


 目の前には宙に浮かぶ大きな水球が存在している。


「さあアリシア、準備出来たわよ!早く入って!」


「そんなに急かさないでよ!ちゃんと入るから。装備を外すからちょっと待ってちょうだい」


 そう言うと、体の要所を守るようにして付けていた装備を外していく。

 いかにも冒険者みたいな恰好だったけど、外してみると普通に街を歩いていても違和感ない服装になっている。

 そして最初は恐る恐るといった感じで水球に手を入れたりしていたが、意を決して飛び込む。するとその身体は落ちてくることなく、水中を漂い始めた。


「装備の効果はどうかしら~!」


「大丈夫よー!ちゃんと呼吸も出来てるしほとんど地上と変わらない感じで動く事も出来てるわー!」


 やった、ちゃんと成功したわ!


 アリシアはそのまま水球の中を縦横無尽に泳ぎ始めた。本人の容姿がかなり良く、それに加えて優雅に泳ぐその姿を見ていると絵本で読んだ人魚という種族が頭に浮かんできた。 

降り注ぐ陽光も相まって凄く綺麗だと心の底から思った。


「お嬢様も泳いでみますか?領地では水遊びをしたことはあっても、泳ぎの練習をしたことはありませんでしたよね」


「……やりたい!」


「ちょうど濡れてもいい服を着ているのでこのまま入ってしまいましょう。いざという時は衣服を着たまま泳ぐ事もあるかもしれませんからね。いい練習になります」


 そう言うとアリシアのした時と同じようにあたしの髪も布を使ってまとめてくれる。

 それから自分の髪も同じようにまとめてから、水球の前に向かう。


「アリシア!これからお嬢様の泳ぎの練習をしますので、武器などを使う場合は離れて行ってください!」


「分かったわー!」


 本当に分かったのか不安になるような返事をすると、あたしたちのいる位置とはちょうど反対側に泳いで行ってしまった。

 興奮しているようだけど、ちゃんと話は聞いているみたいだ。


「ではお嬢様、行きましょうか」


 サーラが先に水の中に入って行ってしまった。自分も入ろうとするが、いざ自分が入るとなると少し躊躇してしまう。他のみんなが大丈夫なのだから問題ないはずだが、やっぱり水中で呼吸するというところに不安を感じてしまう。


 いや、しっかり自分で体験しないと。

 

 とりあえず顔だけ入れてみる。最初は反射的に呼吸を止めてしまったが、女は度胸!と思い切って息を吐き出し吸ってみた。

 すると本当に不思議な事だけど、息を吸い込む事ができたのだ。

 普通ではありえない現象に少し頭が混乱している。


「大丈夫ですか?」


「大丈夫、すぐ行くわ」


 呼吸が出来ると分かったのだ。後はもう怖いことは無い。

 そのまま全身を水中にさらす。少し冷たく設定したので、熱くなった身体には心地いい。

 そのまま上を向けば日差しが差し込み、揺れる水面が次々と形を変えていた。


「こうして潜ったのは初めてだけど、凄いわね……」


「実際に海や湖などでは、海藻や魚がいてもっと賑やかですよ」


「そう。機会があれば是非行ってみたいわね」


「お、お嬢様がお外に興味を持ってくださった。このサーラ、感涙を禁じえません」


 折角の気分に浸っていると、横で「よよよ……」と誰が見ても丸わかりのウソ泣きを始めるのが一人。


「それどういう意味かしら?」


「そのままの意味ですが?」


「……泳ぎの練習をするわよ!手を貸しなさい!」


「ではまずバタ足から始めましょうか。足を交互に動かして――」


 アリシアがついに剣を取り出して振り回し始めた横で、サーラの水泳教室が開かれた。

 教え方が上手いのか、呼吸ができるという安心感のせいか。もしくはその両方なのか、それなりに泳ぐ事が出来るようになっていた。


 その後、お姉様たちが知らない人たちを連れて帰って来たので中断したが。それでもかなり楽しい時間だった。明日以降の予定を考えると次いつできるか分からないけど、今度時間があればまたやってみたいと思った。

 

 ところでお姉様。連れて帰って来たおじさんと小さい子ども?は誰なのかしら?

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