そろそろ次のピックアップ行こうかしら~
そこに立っていたのは、金髪の女性だった。
腰の辺りまで伸ばした長い髪と、纏っているローブが特徴的だった。そしてもう一つ、普通の人よりも長い耳に目がいってしまう。
長い耳という特徴を持つ種族は複数存在している。それは主に妖精族と呼ばれる人々の持っている特徴だ。
例えばエルフやドワーフなどがその代表的な存在だろう。
そしてこっちは珍しいが魔族の中にも似たような特徴を持っている種族もいる。
まあでも見た感じ魔族って感じはしないし、ドワーフっていう感じでもない。
という事は……
「エルフ……?」
「ん……?」
あたしの発した言葉に反応して、初めてその視線がこっちに向いた。
さっきまではまるであたしに存在に気が付いていない様に、サーラの方に視線が向いていたのだ。
それと同時にあたしの身体を何かが撫でたような感じがした。撫でた、という表現は違うかもしれない。どっちかと言うと自分の中に何かが触れたというか、今まで感じたことのない変な感覚だった。
それにあまり気持ちのいいものじゃない。むしろ虫が這いずった様な気持ちの悪い感覚だった。
恐らく目の前の女性がこれをしたんだと思うけど、一体何だったのか?
「へぇ、私の鑑定でも見る事が出来ないなんて。あんたが何かしているのかしら、サーラ?」
言葉通りあたしへの興味はすぐになくなったようで、すぐに視線がサーラに戻る。
「許可も無い相手に鑑定を使うとは馬鹿なのですか。しかも貴族の子女を相手に。お嬢様に手を出された以上、黙っている事は出来ません。このことは正式に冒険者ギルドを通して抗議させていただきますので」
そう言って立ち上がると、ポカンとしている相手を無視して一礼するとあたしの手を引いてお店を出ていこうとする。
その前に何とか女性が正気に戻る。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!抗議とか止めてよね!これ以上クレーム入れられると暫くはタダ働きになっちゃうんだけど!?私たち友達じゃない!?」
「はて、こんな礼儀知らずに知り合いはいませんが?あ、それ以上近づかないでもらえますか?お嬢様に悪影響ですので」
「他人行儀なのは止めてよー!!」
サーラの塩対応にとうとう半泣きになってしまったエルフの女性。
正直、状況が全く呑み込めてないんだけど。多分知り合いなのは間違いないと思うのよね。ただどうもサーラの方が関わりたくないというか、面倒くさいみたいな空気を出している。
「あ、あのサーラ?あの人知り合いじゃないの?」
「お嬢様、他人の言葉を簡単に信用してはいけません。世の中にはああやって知人を装って近づき、身ぐるみを剥ぐ追剥という人々も存在しているのです。そいういう状況では自分の記憶と感覚を信じることが重要なのです」
そう言って一切立ち止まることも無く、すたすたと歩き始める。
いや、どう見ても知り合いだよね?無視されてもう完全に涙目になってるし、何度もサーラの名前を呼んでるんだけど?
他のお客さんから注目されちゃってるし……あ、今「衛兵を呼んだ方がいいかしら?」って声が聞こえた。
「ちょっ、サーラこれ以上は不味いわよ!?衛兵呼ばれるとか後でお母様に殺されるんだけど!?」
「……はぁ、仕方ありませんね」
そう言って立ち止まると、エルフの女性に向き直る。
やっと自分の方を向いてくれたことに表情がパーッと明るくなる。
初めて見たエルフがこの人なんだけど、イメージが……
「ま、全く悪ふざけも大概にしてよね!そうよね、私の事を忘れる訳ないわよね!」
いや、自信ありげに言ってるけど真っ赤になった目が全てを物語ってるけどね。
しかし、それに対するサーラの対応は冷たかった。
「まずは勝手に鑑定した事を謝罪する方が先でしょう?言いましたよね。礼儀知らずに知り合いはいませんと」
「……いきなり鑑定してすみませんでした」
「心が籠っていませんね。それに謝る相手は私ではないでしょう?」
もう瀕死状態な彼女は改めてあたしの方に向き直ると「ごめんなさい……」と謝罪をする。
何というか、もう見ていられないんだけど。
「しゃ、謝罪を受け入れます」
「お嬢様が寛容で命拾いしましたね。店内の皆様も、ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。この場のお代は全て私が持ちますので、ご容赦ください」
何事かと見ていたお客さんは小さく歓声を上げた。
さっきメニューを見たけど決して安くはない値段だったはずだけど、大丈夫なのかしら?この場の全員分を支払ったらそれなりの額になると思うんだけど。
あたしの心配を気にした様子も無くサーラはお会計を済ませていた。
店員さんはサーラとあのエルフの女性を知っている人のようで、苦笑して仲良くしなさいと言葉を掛けていた。
「さて、ちょっと面倒事もありましたが観光を続けましょうか」
「……サーラ、ちゃんと説明して頂戴。これだけ騒ぎを起こしてさすがに何も聞かない訳にはいかないのだけど」
「……勝手をしてしまい申し訳ありませんでした」
自分でもちょっと強引だったことを理解しているようで素直に謝罪をしてくれた。話の続きをしたい所だけど表でやる訳にもいかないので、お店を変える。移動の間もサーラとエルフの女性……もう不審者でいいかな。不審者との間に会話は無かった。というかサーラが一方的に無視して、不審者の方は話しかけたそうにしていたけど。
「それで、そこの不審者は結局誰なの?」
「ふしっ……不審者じゃないわよ!?私の名前はアリシア。そこのサーラとは競い合うべきライバルなのよ!」
「ライバル……?」
ライバルって、一体何の?
「……私と彼女、アリシアは以前同じ職場で働いていました。そこで色々とありまして、周りからはそのような認識の仕方をされていた事も確かです」
「ふむ。ねえ、アリシアさん。サーラの昔の職業って何なの?」
「あら、知らなかったの?サーラも私も冒険者よ」
冒険者は数あるギルドの中でも『冒険者ギルド』に登録している人々の事を指す言葉だ。ざっくり言うと魔物を倒したり、人々からの依頼で仕事をしているらしい。うちの領内には冒険者ギルドが無かったので会ったことは無かったが――
「サーラって冒険者だったの?」
「……元冒険者です。私はとっくに引退した身ですので、今はカートゥーン家にお仕えする一回のメイドにすぎません」
「何言ってるのよ。冒険者資格の返上やってないって話じゃない。てことはまだ身分的には冒険者でしょう?」
「……」
何でもない様にいうアリシアさんの言葉に、ついに観念したのかサーラは額を抑えて下を向いてしまった。
なんだか今日はサーラの事をよく知れる日だ。
「それで何で他人の振りなんかしたのよ。べ、別に本当に忘れられたかもとか思ってないわよ!?」
「……冒険者時代の事は私にとっては黒歴史なんです。ですからお嬢様には知られたくなかったので。それと久しぶりに見たあなたの顔にムカついたので」
「何でよ!?」
「顔を合わせる度に勝負を仕掛けられ、通る道や泊まる宿を変えても偶然と言い張って遭遇する。挙句の果てには自分の知らないうちに部屋に入られていた……これで何も思うなという方が無理だと思いますが?」
ちょっと冷たすぎないかなと思っていたけど、そんな気持ちも何処かに吹っ飛んでしまった。目を逸らして言い訳をしないところを見るに、サーラの言っている事に間違いないようだ。
やってることが完全にストーカーだ。というか変態でしかない。
「とりあえずさっきのやり取りの理由は分かったわ。でも冒険者だった事がどうして黒歴史なのよ。本で読んだけど、冒険者だからって別に何とも思わないわよ?」
「それは分かっています。私の気持ちの問題でして――」
「もしかして『ゲンコツ淑女』って呼ばれてた事まだ気にして――!!?」
サーラから殺気が発せられた。まるでこれ以上いったら捻りつぶすとでも言いたげな視線でアリシアさんを見ている。
どうしよう。『ゲンコツ淑女』って凄く気になるんだけど。聞いていいかな?
でも聞いたら今度はこっちにあの殺気が飛び火するわよね?
「分かったわ。これ以上深堀しないからその気配をしまってちょうだい。これ以上はまたお店に迷惑がかかるわよ」
既に周りに座っていたお客さんが背筋を伸ばしたり、キョロキョロしている。
さすがにまた追い出されるのは不味いと判断したのかサーラもその圧力を収めてくれた。
「それでアリシアさんはサーラに何か用があったのですか?」
「え、いえ、店の外から見知った顔が見えたから声を掛けただけよ。特に用事があった訳じゃないけど」
「それならそろそろ失礼しますね。あたし達は今日は観光をしようと思って来ているので。これから魔石が売っているお店に行くところなんです」
これ以上この二人を一緒にすると、今度こそ周りに迷惑が掛かりかねない。もしそれで衛兵でも呼ばれる事態になったら目も当てられないのだ。
ここはお互いの為にさっさと分かれてしまうに限る。
「あ、待って!私の買い物の途中だったの。だから一緒に行くわ!」
「……どうしてそうなる」
「というかこっちも探しているものがあるのよ。あちこちの店を見て回ってるんだけど中々見つからなくてこの通りに来たの。それに私なら魔石を売ってるいいお店を知ってるから案内してあげられるわよ!」
あたしは王都に来たの自体初めてだし、サーラも長く来ていなかったはずだから今の品ぞろえには疎いはず。となれば王都で活動しているアリシアさんに案内を頼むのは良い話なんだけど、問題はサーラよね。
そう思ってサーラを見ると、案の定を言うか悩んでいた。眉間に皺を寄せて上下に左右に首を振っている。そうして考える事少し。
「……お嬢様、お願いしましょう」
「いいの?」
「彼女は冒険者の中でもベテランに含まれる人です。それに活動拠点も王都ですので、色々な商店に伝手があります。ですので案内としてはこれ以上ない人材です。彼女は基本的に優秀ですのでここは話をのみましょう」
「いや、全然のみこめてない顔してるんだけど?……まあサーラがいいならいいんだけど。それじゃあアリシアさん、お願いしてもいいかしら?」
「任せなさい!私の行きつけのお店に行くから期待してていいわよ!」
そうしてやる気満々な様子で案内されたのは、三階建ての大きなお店だ。縦にも大きいが、横にもかなり広く普通のお店の3つ分ぐらいはあるんじゃないだろうか?
お店の前には門番のように屈強な男が二人立っていて、入る者をチェックしている。
そんな強面の男達を気にした様子も無く入ろうとするアリシアさん。止められるんじゃと思ったけど、予想に反して男達は深々と礼をする。
「「いらっしゃいませ、アリシア様」」
「はいどうも。こっちの二人は私の連れだからよろしくね」
「「いらっしゃいませ」」
まさか顔を見ただけで通ることが出来るとは思わなかった。あたし達にもきちんとした礼をしてくれたので、顔に反して良い人たちなのかもしれない。
というか門番がいるようなお店なんて初めて見た。
「アリシア、かなり高級感のある店に見えますが今日はそこまで持ち合わせがありませんよ?」
「大丈夫よ!足りなければ割り引いて貰えばいいもの!」
当たり前のように言ってるけど、こういう高級な感じのお店で割引って出来るものなのかしら?
「……普通は出来ませんよ。この手の店は商品にプライドを持って販売しています。こちらから割引と言うのは場合によっては喧嘩を売る事になりかねないので」
「やっぱりそうよね」
「どうかしたの?2階に行くわよ」
「2階?」
「そう。この店は1階と2階が店舗になってるの。2階は客の中でも一部の人しか行けない代わりにいいものが揃ってるのよ」
そう言うのでアリシアさんについて2階に上がっていく。
1階に比べると少し狭くなった空間で、通路が広くなった代わりに商品が少なくなっている。しかしどれもが陳列というよりも展示されていて、より高級感を高めている。
「そういえばアリシアさんは何を探しに来たんですか?」
「私?私はちょっと薬草をね。次の依頼で必要になる薬があるんだけど、その材料が足りていないのよ。だからこうして探しているんだけど……ちょっと来てくれる!」
そう言うとアリシアさんは待機していた店員さんを呼ぶと、知らない名前の薬草の有無を尋ねる。
店員さんは少し考えると一礼してどこかに行ってしまった。
「在庫を確認してくるって。その間に魔石を見ちゃいましょう。こっちよ」
案内されたのは大きなガラスのケースが並んでいるスペースだった。
ケースの中には様々なサイズの魔石が並んでいて、色にも違いがあるのが分かる。
「魔石は見たことあるかしら?それともっと普通に話してもいいわよ。敬語とかむしろつかれるから。呼び方もさんとか付けないでアリシアでいいから」
「それじゃあ遠慮なくそうするわ、アリシア。魔石は見たことあるわよ。少し前にお姉様たちが討伐した魔物の魔石を持ってきてくれたの。確か……このぐらいのサイズだったわよね?」
「そうですね。属性は異なりますが、サイズとしてはこれぐらいだったかと」
「へぇ――って、はぁ!?これAランクの魔物の魔石よ!?」
アリシアの言う通りあたしの見ていた魔石の横には『Aランク魔物:シーサーペントの魔石』と書かれている。その下には値段が書かれていて、一、十、百、千、万、十万、百万……途中で数えるのを止めた。
これ以上は精神衛生上よくない。
「当然でしょう。お嬢様はカートゥーン家ですから、姉は当然ジュリア様とフローラ様です。何も不思議な事は無いでしょう」
「カートゥーンって……あのカートゥーン家のお嬢様なの!?」
「先程カートゥーン家にお仕えしていると言ったはずですが?」
「そういえばそうだったかも……でもそれなら納得ね。と言うかあの家にあの二人以外に娘がいたなんて初耳なんだけど」
「まあ、お嬢様はその、あまり外には出ないタイプなので。発表自体はしましたが、領の外だとお二人が目立ってしまうので自然と埋もれてしまったと言いますか」
二人そろって何かわいそうな者でも見る目で見てるのよ!?
別に気にしてないわよ!?お姉様たちが凄いのは本当のことだし、あたしが目立たないのも本当のことだもの。と言うかお姉様たちぐらい目立つのは本当に勘弁してほしいので、むしろ今ぐらいがちょうどいい。
「でもそれならお姉さんたちに頼めばいいじゃない。魔石なんていくらでも狩ってきてくれるでしょう?」
「そこまで頼りきりになるのはねえ。これぐらい自分でどうにかしようと思ったんだけど、まさか魔石がこんなに高いなんて思っても見なかったわ」
Aランクではないにしても、それより小さい魔石でもそれなりの値段がする。
ガチャガチャスキルの検証はしたいけど、ここまでお金を使うのはさすがに怒られそうな気がする。というか間違いなく怒られるだろう。
「それなら私が買ってあげてもいいけど「お嬢様をあまり甘やかさないでください」――という事だからごめんなさいね」
「別に気にしなくていいわよ。また別の方法を考えてみるから。そっちの用事も結果が分かりそうね」
向うから速足で近づいてくるさっきの店員さんが見えた。
アリシアと二言、三言話してから申し訳なさそうに何度も頭を下げていた。どやらダメだったみたいだ。
「ここにも無かったわ。不足しているって言うのは本当みたいね……どうしようかしら?」
「さっき聞こえてきた薬草の名前に聞き覚えが無いんだけど、結局何に必要なの?場合によっては力になれるかもしれないわ」
「……実は次に依頼がどうしても水中に潜らなくちゃいけないのよ。それも長時間ね。だから水中で呼吸が出来る薬が欲しかったんだけど、どうしても必要な薬草が足りないの。まあ期待はしてないけど、どう?」
「水中で呼吸、ね……」
なんか引っかかるものがある気がするんだけど、何だろう?
持っているアイテムの中にその系統の効果を持っているものは無かったはずだ。でも何かのきっかけでそんな事を考えたような記憶があるのだ。
アレは確か――
「……うん、いけるわ」
「やっぱり無理……今なんて?」
「要は水中で呼吸が出来ればいいのよね。それなら当てがあるの。この後時間あるかしら?ちょっと家まで来てくれないかしら」
以前確認したアイテムの中に面白い効果を持つものがあったのだ。
それを上手く使えばどうにかなるはず。
そうと決まれば早く帰って検証しなくちゃ!
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