ティアラの秘密
王都についたカートゥーン家はそれぞれに行動をしていた。
そのうち長女と次女であるジュリアとフローラは王都への帰還報告をするために自身の仕事場へ顔を出しに行っていった。まだ休暇中ではあるのだが、いざという時の為に自分の居場所を知らせておくのも彼女たちの義務なのだ。
王都にあるカートゥーン家の屋敷から少し歩いた場所にある、この王都で最も目立つ建造物。二人はその真下にやってきていた。もちろん道を間違えたわけではない。ここが彼女たちの職場に当たる。
少し近づけば門を守っている兵士が彼女たちの存在に気付く。
遠目では近づいてくる者たちを怪しんでいた彼らも、その顔が見えたぐらいで警戒心は緊張感に変わった。
「王都騎士団第三師団副団長のジュリア・カートゥーンだ」
「宮廷魔法師団三席のフローラ・カートゥーンよ~」
「み、身分証を拝見いたしますっ!」
緊張のあまり裏返りそうになる声をどうにかこらえながら、渡された身分証の確認を行う。この小さなプレートタイプの身分証は特殊な魔道具を通すことで、真贋を調べる事が出来る便利な道具だ。
確認も終わり、身分証を返却すると門番を務める兵士たちは一斉に敬礼を行う。
「お二方の帰還、心よりお喜び申し上げます!」
「おお、ありがとな!」
「それ、毎回やらなくてもいいのよ~。もっと気楽にね~」
そう言って門を潜り王城に敷地内へと消えていく二人の背中を見ていた兵士たちは、完全にその姿が見えなくなると大きく息を吐き出す。
「はぁ~……全く突然現れるとは心臓に悪い」
「ですね。それよりも早く騎士団と魔法師団に使いを走らせましょう。お二人が帰還したらすぐに報告しろと言われてましたよね」
「そうだったな。お前たち、行ってきてくれるか」
「「了解しました」」
指名された二人の兵士がそれぞれの師団に報告に向かう。
一方で、残った兵士のうちの若い一人が疑問顔で思った事を口にする。
「あの、皆さん異様に緊張していませんでしたか?確かにお二人が凄い肩書なのは分かりますが、王族でもないのですから……」
そんな事を言う兵士に他の全員が「何言ってんだこいつ」みたいな視線を送る。
しかし、若い兵士にとってはその態度の方が疑問であった。さっきも周りのみんなに合わせていたが、どういう事かよく分かっていなかった。
「ふむ……お前は新人だったな。それならあの二人が入団した当初の話は知らないだろう。それならば疑問に思っても仕方無いことか」
「入団した当時の話、ですか?」
確かにその兵士は兵士として働き始めたのは少し前のことで、王城の門番を任されたのも最近の話だ。
「数年前に王都に魔物の大侵攻があったのを知っているな?」
「も、もちろんです!忘れたくても忘れられませんよ、あんな出来事……」
「そうだな。あの時、俺達は前線で戦っていた。ついさっきまで話していたはずの仲間がいつの間にか死んでいるんだ。自分もいつ死ぬか分かったもんじゃない。その上、魔物の数は減る様子を見せない。ありゃあ、絶望以外の何ものでもなかった」
その当時の事を思い出しているのか、先輩の兵士たちは懐かしむように目を細める。
「そんな中で特に目立っていたのがあの二人だった。入団したての新人にも関わらず、圧倒的な強さで魔物を屠っていた。それに加えてあの容姿だろう?それぞれの師団はもちろん俺達兵士の間でも人気が高いのさ」
「……つまり、恩人な上に綺麗だからってことですか?」
「そういうこった!お前、さっき見とれてただろう。間違っても手を出そうなんて考えるなよ?そん時はお前をしつけ――ごほん、教育せねばならんからな」
「ひぃ!?し、しませんよ!?あと言い直しても意味合い的にはほとんど一緒です!?」
そんな様子を見て先輩の兵士たちは「冗談だよ!」なんて分かっていたが、さっきの目は間違いなく本気だった。
若い兵士は脳内の関わっちゃいけないリストにあの二人の名前を絶対に消えない様に強く刻んだのだった。
一方で、そんなことが起きているとは知る由もない二人は王城の中を歩いていた。
「そういえば、ティアラの件は報告するんだよな?」
「そうね~、見つけちゃったんだから報告しないといけないわよね~……帰ってそうそう面倒な事になりそうだけど」
「まあいいじゃねえか!無理やり休暇とったから怒られると思ってたけど、いい手土産が出来たんだ!むしろ私達が休暇をとったから見つかった様なもんだろ?」
「それはそうなんだけどね~。後々の事を考えればどっちの方が楽だったのやらって感じなのよ~」
ジュリアは楽観的に、フローラはテンションを下げながらそれぞれの詰め所に向かっていた。そして突き当りの十字路に差し掛かる。
「それじゃあここまでだな。私はこっちだから」
「私はこっちだから~。それじゃあまた後でね~」
それぞれ左右別々に道を指さしながら、別れようとする。
しかし、少し進んだ所で自分たちを呼ぶ声がするのに気が付いた。戻ってみると、十字路の正面の道を向こうからこっちに駆けてくる人影があった。
「ジュリア様~!フローラ様~!」
息を切らせて走ってきたのは門にいたのとは別の女性の兵士だった。
どうしたのだろうと、近づいてくる女性兵士を待つ。少ししてこっちに到着し、少しの間息を整えてから話し始めた。
「お二人に魔法師団団長と騎士団総長から伝言があります。『話があるからこの伝言を聞いたらすぐに統合作戦室に来い』とのことです。お二人とも既に作戦室にてお待ちになっています!」
「了解だ。行こうぜ、フローラ!」
「二人そろってお説教ってことかしら~」
とにかく上司からの命令なのですぐに向かうことにする。
とは言っても走っていくわけではなく、のんびり歩いていくのだが。その様子をじれったくついて行く先程伝達に来た女性兵士。
「あの、その、急がなくてよろしいんですか?」
「大丈夫、大丈夫!それより魔法師団と騎士団の長が揃って何の話をしてるんだ?」
「私達の為ってことじゃなくて~最初から何かの相談をしていたんでしょ~?」
「は、はい。恐らくは先日の国宝が盗まれた件についての話かと思われます。それぞれ部隊に加えて一般の兵士たちも捜索に駆り出されている現状ですので」
「やっぱりね~」
それを聞いて笑みを深めるフローラと突然笑い始めるジュリアを見て、困惑する女性兵士だったがすぐにその様子を察したフローラがフォローする。
「ごめんなさい~。実はその問題、既に解決しているの~」
「解決、ですか?いったいどういう――ま、まさかっ!」
「おう!帰りに見つけたぜ!盗まれたティアラ!」
まさかと思っていた事が真実であったことに女性兵士は衝撃のあまり、口を開いたまま呆然としてしまった。
しかしそれも少しの時間のことで、すぐに再起動を果たすとその両目に星のような輝きを宿らせる。
「さ、さすがはジュリア様とフローラ様です!やはり休暇とはあくまで名目で、極秘裏に捜索を続けていたのですね!」
「いや、本当に休暇で領地に帰っただけだぞ?ティアラは王都に戻ってくる道中で偶然見つけたものだしな」
「それに見つけたのは私達だけど、主に頑張ってくれたのは妹なのよ~」
次々と出てくる情報に女性兵士はどんどん困惑していくが、とりあえずそれを棚上げしておく。今は二人を作戦室にお連れすることが先決だと判断し、妹の話で盛り上がり始めてしまった二人を先へ促した。
統合作戦室の前に到着すると、まずは女性兵士が扉をノックする。
「ジュリア・カートゥーン様とフローラ・カートゥーン様をお連れしました」
「入ってくれ」
中から聞えてきたのは、男の声だった。不機嫌じゃないかとすら思わせるほど感情の無い声音に女性兵士は思わず身を竦ませるが、邪魔になってはいけないと扉を開ける。
「ご苦労だった。君は自分の職務に戻ってくれ。使いをしてもらってありがとう」
「い、いえ!では失礼します!」
女性兵士が部屋を出ていくと、残ったのは4人だ。2人はもちろんジュリアとフローラである。
残りの2人はこの部屋に最初から部屋にいた人物で、1人はガタイの大きな男性、もう一人は小柄な女性だ。
男の方は鎧をがっちりと鎧を着こんでおり、まるで壁のような印象を抱かせる。オールバックでまとめた髪は白髪だが、その迫力のせいか若い印象を受ける。
一方で女の方はここにいる人の中で一番背が低い。比較するなら横に立つ男の半分より少し大きいぐらいだろうか。自分の背丈よりも長い黒いローブを着こんでおり、その裾を引き摺っている様子からは幼い子どもにしか見えない。
「まずは帰還の報告ご苦労だ。少し前に王都に入った事は砦からの報告で聞いている。帰ってきたばかりなのに来てくれてすまないな」
「いえ、問題ありません!仕事ですので!」
「仕事か……ならば休暇に入る前に少しぐらいはコッチの仕事の手伝いもしてくれてもよかったと思うのだが?」
「自分の休暇申請はそれより以前に行っており、既に決定事項でした!休みを取ることも仕事のうちだと教わりましたので!」
「そんな事一体誰から教わったというのだ……?」
「それはもちろん、騎士団総長アレス様であります!」
言葉の鋭さが実態を持ったならば、既に何度も切り裂かれていそうな視線を浴びながらもジュリアはそれに平然と返答する。
少しの沈黙の後、男は額に手を当てて深く息を吐いた。
「確かにそう教えたのは私だが……まったく、こっちはかなり忙しかったのだぞ?」
「こっちだって妹の5歳の誕生日だったんですよ!それぐらい多めに見て下さい、アレス様!」
騎士団総長アレスはジュリアの返答に苦笑を漏らした。それと同時にその場を張り詰めていた威圧感がフッと軽くなる。
その様子を見届けた小柄な女はフローラに向き直った。
「フローラもよく帰って来たのじゃ。しっかり祝ってやることは出来たか?」
「もちろんですレイラ様~。暫く見ない間にすっかり大きくなっちゃって、ますます可愛くなってるんです~」
「ほほぅ、フローラがそこまでいうのならわしも是非ともあってみたいのう。次の誕生日会には是非ともわしも呼んでくれ」
「分かりました~。大歓迎です~!」
挨拶を済ませると、二人の帰還の報告をそれぞれの上司に話す。
もちろんそこには道中で発見したティアラに関する報告も含まれていた。
妹の誕生日会の話や休暇中の話を聞いているうちは穏やかだったアレスとレイラの表情も、黒い池を発見した辺りから眉間に皺が寄り始める。そしてティアラを発見したところで、驚愕に目を見開き話が終わる頃には頭痛を堪えるような態勢になっていた。
「――こんな所ですかね。という訳で楽しい休暇でしたよ!」
「お陰様でゆっくりさせていただきました~。後ついでにティアラも発見してきました~」
「国宝の発見をついでみたいに言うでない!いや、事実ついでと言うか偶然なのじゃが……!」
「それで今ティアラは何処にあるのだ?出さない所を見るに持ってきてはいないようだが」
「それなら妹の鞄に入ってますよ。途中で持ってくるのを忘れた事に気が付いたんですけど、もう王城まで半分以上来てたし明日でもいいかなって」
「いいわけあるか……!なんだってお前ら姉妹はいつもそんな感じなんだ。しかしそれが事実であれば、すぐに確かめねばならんな」
そう言うと立ち上がったアレスは机の出していた書類を掻き分け一枚の紙を探し出す。随分と古びているものであり、一面には大きく何かの図形が書かれている。
「<真贋判定>のスクロールだ。これとレイラ殿の鑑定で二重に確認すれば間違いないだろう。これから行こうと思うのだが、レイラ殿も構わないな?」
「問題ない。折角じゃから2人の妹も見てみたいしな。善は急げじゃな!」
「コレから来るのは構いませんけど~お父様たちは挨拶周りに行ってしまっているのでいませんよ~?」
「むぅ、そうなのか。すぐにでも確認したいのだがご当主がいないところにお邪魔するというのもいかんな。だが一刻も早く確認しなければならないのだが……」
「別に明日でもいいじゃないですか?どうしてそんなに急ぐ必要があるんですか?」
ジュリアのした質問にアレスは口ごもる。その様子を訝し気に見つめるジュリアだが、やはりアレスは何も答えない。
フローラもレイラに視線を向けるが、レイラも同様に何も話さない。
「あのティアラは単純に保管されていた国宝という訳ではないのですね~。でも~、見つけてきたのは私達なのですから、それぐらい聞く権利はあるんじゃないですか~?」
笑顔でそう言い張るフローラと、何があるんだろうとワクワクしているジュリアに顔を見合わせる上司2人。少ししてから、お互いに頷くとジュリアとフローラに向き直る。
「これはこの国でも一握りしか知らぬ極秘の話だ。絶対に口外は許さん。いいな?」
アレスの念押しの言葉に2人もこくりと頷く。
「まず、あのティアラはただの装飾品ではない。魔道具、それも建国王が生きた時代よりもさらに昔の古き魔道具なのだ。アーティファクトとも呼ばれる代物だな」
「「……!?」」
「それと同時にあのティアラはある契約の証でもあるのだ」
「契約、ですか……?」
「そうだ。かつて水の精霊との契約の証として用いられ、今も尚その契約は続いている。この国で大規模な飢饉など大きな災害な無かったのは精霊の守護があったからなのだ。そしてアーティファクトとしての力は大規模な結界を張ることであり、有事の際には国を守る役割も持っている」
「それが失われたとあればいざという時に国を守る結界が無くなり、その上契約の証を紛失した事で契約が無効になる可能性もある。つまりあのティアラを紛失するという事は国の一大事であり……下手をしたら国が亡ぶ可能性もあるということじゃ」
話の内容のあまりの大きさにジュリアとフローラは言葉を発する事が出来ないほどに驚愕する。さすがに国が亡びるなど、そこまで深刻な話とは想像もしていなかったのだ。しかし言われてみれば、他国で飢饉や強力な魔物の発生などが起こった時も自分達の国は安定していたと学園時代に習った覚えがあるようなないような。
もし今の話が事実だとすれば、確かに緊急事態なのは間違いない。
「確かにそれは不味いですね。だったらすぐに本物かどうか確認に行きましょう!お父様とお母様には帰って来てから説明すればいいですから!」
「そうですね~。国の一大事とあっては仕方無いでしょう~。多少無作法ではありますが~、行って調べてしまいましょう~」
「そう言ってくれるとありがたい。では早くいくとしよう」
そしてティアラが本物かどうかを確認するために屋敷にやって来た面々が見たものは――
「これ凄いわ!さすがのサーラの主人ね!」
「お嬢様、泳ぐ時は腕ではなく脚をしっかりと使ってください」
「さ、サーラ!手を離さないでよ!?離しちゃダメなのよ!?」
庭に浮かぶ大きな水の球体の中で泳ぎの練習をしている妹とメイド、そして水の中を泳ぎ回っている見知らぬ女性だった。
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