この中に料理出来るやついる!?
「私達が領地に戻る前の出来事なのですが~――」
ちょうどお姉様たちがこっちに戻る準備をしている頃に王城に賊が侵入したらしい。
判明したのは侵入された翌日、宝物庫の倉庫番が昏倒させられているのが発見された時のこと。幸いな事にその倉庫番は気絶させられていただけで命に別状はなく、他に被害を受けた人もいなかった。そして宝物庫の中身が調べられ、そこでとあるものが盗まれているのが分かった。
盗まれたのは国宝であるティアラだった。数百年前に建国王の妃が付けていたとされているそのティアラは、その後誰も身に着ける事が出来ずに宝物庫に保管されていたらしい。国宝としては最上位に位置する貴重なものだった事もあり、王城中が大騒ぎとなった。その時にお姉様たちもティアラの絵を見せられて、形状を知っていたらしい。
「あれ、それじゃあお姉様たちはティアラの捜索をしないと不味いんじゃ?」
「そんな事よりも妹のお祝いの方が大事よ~」
「そうだぞ。どうせあっちにはいくらでも人がいるし、元々休暇の予定も取っていたんだからな!まあこうして見つかったことだし、こっちに来て正解だったってことだ!」
お姉様たちの物言いにバルドお父様とセレナお母様が揃って溜息をつく。
いや、国宝が盗まれるなんて大事件をほっぽり出してこっちに来たら不味いと思うのはあたしだけじゃないはずだ。
果たして王都に戻った時に、この二人は大丈夫なのだろか?
「まあとにかくティアラも発見できたし、池の浄化も出来たし。さっさと王都に行こうぜ!」
「……まあ、それもそうね。休憩して余計に疲れるなんて思わなかった」
「これって暫く王都に滞在しなくちゃいけなくなるよね。事情聴取とか色々話を聞かれるんだろうか……」
とりあえずティアラはポシェットに仕舞っておくことにした。入れる時に少しだけティアラが中に入る事を抵抗したような気がしたのは、多分気のせいだったと思う。だってひとりでに動く訳ないから。
それから数日後、あたし達は無事に王都に着くことが出来た。
池での事件以降、特に変わったことは無く順調に進んできた感じだ。
しかしむしろあたし達にとってはここからが本番なのだけど。
王都に入る門は東西南北に4カ所あり、それぞれに平民・商人用と貴族用の扉の二つが設置されている。これは平民と貴族の間に余計ないざこざが起こらないようにする為なのだとはバルドお父様の話だ。
貴族用の門を通り、王都の中に入る。門番さんも当然貴族の対応には慣れているので、貴族証を見せればスムーズに入る事が出来た。
「王都の屋敷って言ったことが無いけど、どんな家なの?」
「そうねえ、正直な所……領地にある家よりも豪華よ」
「えっ!?」
「王都には他にも沢山の貴族、そして王族も住んでいるの。だから貴族である以上、それに見合った家を持たなくちゃいけないのよ。一番爵位の低い男爵家であるうちでも、向こうの家よりも豪華な家が求められちゃうのよねえ。それに色々と事情があって、屋敷で言うと伯爵家クラスの規模になってるし」
伯爵と言えば、上から数えたほうが早い爵位だ。それと同じ規模の家を男爵家であるうちが持っているなんて本当にどういう事なのだろうか。
気になって聞いてみたのだけど、二人とも目を逸らして答えてくれなかった。お姉様たちは理由を知っているようで「そのうち分かる」と笑っていた。
でもやっぱり気になるので、隙があれば聞いてみよう。バルドお父様なら案外ぽろっと話してくれるかもしれないし。
そうして王都の中を進んでいき到着したのは、本当に大きく豪華な屋敷だった。
建物自体が大きいのも勿論だけど、それに加えて敷地が広い。庭で舞踏会でも出来そうなほどで、噴水や手入れの行き届いた庭木、そして玄関まで伸びる石畳がそれを際立たせている。
「こっちではダグラスとサーラの他に臨時で使用人を雇う事になるから知らない人が増えるからね。と言っても王都に来るときに何時も頼んでいる人達だから、クレハ以外は面識があるけど。後でクレハにも紹介するから、その時はよろしくね」
「分かったわ。でもあたしの傍付きはサーラにしてよ。こっちでもアイテムの研究を進めるつもりだから、勝手の分かるサーラの方がいいの」
「分かっているよ。そう言う事だからサーラもよろしくね」
「畏まりました。お嬢様の事はお任せください」
お披露目パーティーは明後日なので、明日は1日時間が空いている。今日のところは荷解きをしてしまおうと思う。なんやかんやで王都の滞在も長引きそうなので、今のうちの自分の部屋の環境を作っておくのだ。
「いや、ポシェットに入れっぱなしの方が取り出すときに楽か?」
「いえ、せめてパーティー用のドレスぐらいは出しておいてください。畳んで入れているので少し手入れをしないといけませんから」
「大丈夫よ。どうせ明後日のパーティーで着るだけなんだから、少しぐらい皺が残ってた所で誰も気にしないわよ」
「王家主催のパーティーでそんな事させる訳ないでしょう。カートゥーン家の品格を疑われてしまいます。それに勘違いをされているようですが、場合によってはパーティーは一度だけでは終わりませんよ」
「……何それ初耳なんだけど?」
パーティーは5歳のお披露目パーティーだけだったはずだ。その一回だけだと言うから頑張って王都まで出てきたというのにそれが一回じゃない、だと?
「お披露目パーティーはあくまでお披露目、知り合う為の場です。そこで知り合った同年代の貴族の子どもをお互いにパーティーに誘ったりするのが恒例となっています。ですのでクレハお嬢様も十分その可能性があるということです」
「……だ、大丈夫よ。話しかけられた時以外は喋らず壁の花をしていればいいんだもの。ほら、そうすれば誰にも興味を持たれないしパーティーにも誘われない!」
「……まあ希望を持つことは言いことだと思いますよ。それから明日はマナーの最終確認と衣装その他の調整を行うので忙しくなりますからね」
「それも聞いてない!?」
王都であたしに休む時間など与えられていないらしい。
バルドお父様とセレナお母様は挨拶周りがあるとかで外に出ており、ジュリアお姉様とフローラお姉様はティアラの件の報告と帰還の報告に行った。だから今この家にいるのはあたしと使用人だけという事になる。
「サーラ、明日はって事は今日この後は時間があるのよね?」
「えっ?ええ、まあそうですね。荷解きもありますし、旅疲れもあると思うので予定は入っていませんが……まさか――」
「あたし達も外に行くわよ!どうせお昼ご飯もまだなんだし、外に食べに行きましょう!」
「ちょっ、荷解きはどうするんですか!?それにあたしも屋敷の点検とか仕事があるのですが!?」
「ドレスは出しておくわ!その他はポシェットに入れっぱなしでいい!仕事ならあたしに命令されたって言って別の人に代わってもらいなさい!こっちの方が重要よ!」
「……畏まりました。それでは話してくるので着替えて待っていてください」
「着替え?」
「平民っぽい服を着ないと街で変に目立ってしまうでしょう?」
少し我儘が過ぎたかなと思ってサーラの顔を見れば、困った顔をしつつも口元には笑みが浮かんでいた。
「分かったわ!それじゃあ早くしなさいよ!」
「分かっていますよ。では失礼します」
平民用の服って……ああ、領地の友達がしているような服装でいいのよね。
すぐさまその衣装を取り出し着替えを済ませようとすると、ごとっと何かが落ちたような音がした。服にくっついて何か出てきたのかと思って見れば、国宝のティアラが床に転がっているじゃないか。
「お姉様たちに渡し忘れた……って、大変!国宝を落としてしまったわ!?」
すぐに拾いあげて傷がついていない事を確認する。
さすが国宝だけあって丈夫だったのか、傷は無かった。かなり昔のものだと聞いているけれど、作られたばかりだと言われても信じてしまうぐらいに綺麗だ。
「ふぅ~……それにしても綺麗なティアラね。装飾は細かいし、何より中央にはめ込まれている宝石が凄い。図鑑でもこんな宝石見たことが無いのだけど、何なのかしら?」
中が常に流動しているように動いて見えるのだ。普通の宝石ではこんなのあり得ない。何らかの魔法か、それとも特殊な製法で作られているのかもしれない。
だとすればどういう仕組みなのか気になってしまう。
「でも国宝だし……いやでもちょっとだけなら……やっぱりダメよ!」
調べてみたいという欲求を抑え込んで、ポシェットの中に仕舞う。
それと同時に戻ってきたサーラが扉を開けた。着替えが済んでいない事を指摘されて、慌てて着替えをする。ティアラを落としたことはバレていないようで良かった。
「さあ、早く街に行きましょう!」
「分かりましたから、一人で先に行こうとしないでください。いいですか?絶対に私の傍を離れないでくださいね。王都は広いですから土地勘の無い人間が迷子になるなんてことは日常茶飯事です。それに人々が善人ばかりとは限りません。貴族の子どもと聞けば誘拐して身代金を要求しようとするような輩もいるのです」
「分かってるわ。ちゃんとサーラから離れないで歩くから!」
ここ王都はあたしにとって初めて体験する都会なのである。ここにくるまでもそれなりの都市はあったのだけど、遠回りになってしまうので立ち寄っていないのだ。
屋敷の外に出て耳を澄ませば、あちこちから声が聞こえてくる。
領地の家で聞こえてくるのは木々の騒めきや虫や獣の声がほとんどだけど、ここでは人々の声が沢山聞こえてくる。これも初めての体験だ。
「お祭りでもないのにこんなに賑やかなのね」
「そうですね。仕入れのある朝方や、仕事終わりの人々が集まる夜はもっと賑やかになりますよ」
広い庭を通って敷地の外に出た。珍しい二階建て以上の建物が当然の様に立ち並び、馬車や人が行き交っている。軒先で商売をしている人、それを買いに来た人、楽しそうに歩く人、様々な人がいる。
「思っていた以上に人が多いわね。人混みで酔わないか心配になって来たわ」
「お昼時ですから外出している人が多いのでしょう。こちらに私がよく行くお店がありますので、まずはそこで食事をとりましょう」
「そうなの。分かったわ、まずはそこに行きましょう」
サーラは元々王都出身らしいので、ここの地理には詳しいらしい。
比較的人が少ない道を進んでいき、あっという間に目的地のお店に到着した。
辿り着いたのは、オープンテラスのある喫茶店のようなお店で既に数人のお客さんが食事をしている。見たところ女性のお客が多いので、甘味系が食べられるお店なのかもしれない。
「あっ……お小遣い持ってくるの忘れた」
「元々私が出すつもりでしたので大丈夫ですよ」
「でも、それはサーラのお金でしょう?あたしが言い出したんだから、お金もあたしが出すべきなのに」
「ふむ……では別の機会の時にそうしてください。今日の所は私がお出ししますので」
「……そうね。じゃあ今日はサーラに奢ってもらう事にするわ。次の時はあたしが奢ってあげるから期待しておいて!」
「そうさせていただきます。それではお店の方に行きましょうか」
サーラに促されて入った店内は落ち着いた雰囲気を持った内装で、けれど明るい色合いの空間になっていた。適当な席に腰を下ろすと、店員さんがこちらに注文を聞きに来る。渡されたメニューは、正直何が書いてあるのか分からなかった。
だってお菓子に詳しい訳じゃないし、紅茶だって2つ3つぐらいしか知らない。かろうじて軽食の方が分かる程度だ。
「クレハ様、気になるものはありましたか?」
「んん~……あまりボリュームはいらないんだけど、折角だから家だとあまり食べられないものがいいわ。注文はサーラに任せる」
「それでは、パンケーキセットを2つお願いします。紅茶はおススメのものを」
「畏まりました。少々お待ちください」
注文を伝えるとメニューを回収してから厨房の方に戻って行く。
「ふぅ、何か一息ついた感じね。こういうお店は初めてだけど悪くないわ」
「それならお連れしてよかったです。料理の方も期待しておいてくださいね」
「ふふ……これがオシャレなカフェでティータイムってやつなのね!領地に戻ったらみんなに自慢しないと!」
領地にも料理やあるけど、アレは村の食堂って感じの雰囲気なのでこことはまた違うのだ。行商で来た商人の話で聞いた事はあったけど、やはり実際に来てみるとまた違う感じ方が異なるものだ。
「これだけでも王都に来たかいがあったというものね。そういえばサーラはどうして王都じゃなくてうちの領地なんかに使用人をしに来たの?自慢じゃないけど、うちってど田舎でなんにもないわよ?」
「本当に自慢ではありませんね。理由ですか、そうですねぇ……前の仕事がどうにも合わなくて。カートゥーン領に行くことになったのは本当に偶然ですね。とりあえず人が少なそうな所ならどこでもよかったのです。まあその後色々とあって使用人としてお仕えすることになりましたが。それに住んでいる内に向うの空気が好きになってしまったので」
「ふ~ん、まああたしも人が多いのは好まないけどね。領地も嫌いじゃないし。でも偶に退屈になるのも本当なのよね。最近は自分のスキルのお陰でしなくてすんでるけど」
「クレハ様のスキルですか。確かに不思議なスキルですよね<ガチャガチャ>は。王都でもそれなりに長い間暮らしていましたが、同系統のスキルすら聞いた事がありません」
便利に使っているし力の内容も分かっているのでそこに関しては心配していない。
ただ出てくるアイテムが便利過ぎるというか、こちらの常識を逸脱しているというか。そもそもあのアイテムは何処からやってくるのかも不思議だ。一体だれが作っているのやら。
「あ、そういえば王都って魔石が売っている所はあるの?ガチャガチャで使えるから買えるのなら買っておきたいんだけど」
「魔石は魔道具の燃料にもなりますので基本どこでも売っていると思いますよ。個人商店だと店によって品質にばらつきがありますが冒険者ギルドよりは安く手に入ります。逆に冒険者ギルドであれば少し高くなりますが、品質は保証されていますね。付き合いがあるなら値段に融通が利くので個人商店の方がいいのですが、生憎とそっちに伝手はありませんので冒険者ギルドの方が無難かと」
「なるほどね……お店から出るまでには決める事にするわ」
その後もてきとうに話をしていると、注文した品が運ばれてきた。
「お待たせいたしました。こちらがパンケーキセットになります。紅茶は今年育ちの良かったアーサム地方の茶葉を使っております。パンケーキにはこちらのハチミツを掛けてお召し上がりください。それでは失礼します」
運ばれてきたのは、丸くて薄いパンのようなものが複数枚重なったものだった。上にバターが乗っており、パンケーキの熱で溶けかけになっている。既にいい匂いがしているのにそこにハチミツを垂らすと、優しい甘い匂いが漂ってくる。
フォークで触れてみると、かなりふっくらとしているのが分かった。それに柔らかいのでナイフの刃がよく通る。
さすがに上から下まで全部は口に入らないので、数段重ねて食べてみる。
「っ……んん~!?」
ハチミツの甘さだけじゃなくて、生地そのものにも甘みがある。こっちは砂糖が使われているのだろう。
「美味しい、美味しいわ!サーラ!」
「お口に合ったようで良かったです。それでは私も……――うん、久しぶりに食べましたがやはり美味しいですね」
紅茶も飲んでみるとこちらも美味しい。何が違うのかと聞かれると困ってしまうが、違うのは分かる。紅茶に苦みで甘さが流され、またパンケーキを美味しく食べる事が出来るのだこれは止まらなくなってしまう。
会話もそこそこに食べ進めていると、いつの間にかお皿が空になっていた。
ボリューム的にもあたしにはちょうどいい量だったみたいだ。向かいの席を見ればサーラも既に食べ終わっている。
「このパンケーキって家でも作れないのかしら?見た目はシンプルだから簡単そうに見えるけど」
「見た目だけ似せることは難しくないでしょうけど、味までとなると難しいでしょうね。この一皿にはこのお店の研究と努力が詰まっているのでしょうから。ですが確かに領でも食べる事が出来たら嬉しいですね」
「これなら料理人も連れてくるべきだったかしら。どうせならガチャガチャでレシピ本でも出てくればいいのに」
食休みに紅茶を飲みながらのんびりと過ごし、その後は魔石が売っているお店でも見ていこうと予定を立てる。
すると背後から誰かが近づいてくるのが分かったので振り向くと、見覚えのない女性が立っていた。
だからサーラがその女性の出現に目を細めたことに気が付かなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます