期待されたら応えちゃうわよ~
あたしにとって今回が馬車を使って初めての遠出である。
そして実際に体験してみて色々と思った事がある。
まずは長時間の馬車移動は単純に身体的に辛いということ。ガタガタしている地面を通る度に馬車が何度も揺れて、身体に響く。特にお尻が酷い。クッションが無かったら次の日は座れないぐらいになっていたところだ。
それから揺れによる酔いもなかなかキツイものがある。普段は領地の中でも距離のある所でしか馬車移動なしないので気づかなかったのだけど、あたしはどうも乗り物に酔いやすいらしい。それも今回初めて知ったことの一つだ。
そしてもう一つ重要なのが、馬車に乗っている時間の潰し方だ。世間話などの会話、本を持ち込んでの読書、簡単な書類仕事であったり、手慰みに何か作業の出来るものであったり。時間の潰し方は色々とあるのだが、それが数日も続けばどうしても飽きが来る。今回あたしが持ってきたのは本だった。バルドお父様の書斎から数冊借りてきたのだが、開始数分で読むことを止めた。理由はもちろん酔ったから。
次にお喋りを楽しむことにした。しかしそんなに話す話題がある訳でもなく、特に喋る事が得意でもなかったのでしりとりに移行しそうになった所で切り上げた。どこかの本で会話の途中でしりとりになりそうになったら限界の証拠だと読んだ事がある。
その他にも色々と試してみたのだけど、どうにも長続きしない。もしかしたらあたしは環境が用意されていないとダメなタイプなのかもしれない?
そんな事もあったが、どうにか王都まで半分の距離まで無事にたどり着く事が出来た。
そろそろ昼食の準備をしようとの事で、お姉様たちは隣の森に食料調達に向かっている。バルドお父様は執事のダグラスと一緒に周辺の見回り。セレナお母様はメイドのサーラと一緒に食事の支度だ。あたしはセレナお母様とサーラを手伝っている。
「今日も簡単にスープとパンでいいわよね。後は昨日取れたホワイトラビットの肉を焼いてみましょうか。クレハのポシェットがあると持ってくる量を気にしなくていいのが素晴らしいわね。傷みやすい野菜とかも持ってこれるし」
「そうですね。道中はどうしても食事が簡素になりがちですが、クレハお嬢様の出してくれた『簡易キッチンセット』のお陰で色々と調理できるようになりましたし」
『簡易キッチンセット』と言うのは、もちろんあたしのスキルから出てきたアイテムだ。
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アイテム名:簡易キッチンセット レア度:☆☆☆
野営など調理場の環境が整っていない場所で活躍するのがこのアイテム!普段は手のひらにすっぽり収まる立方体ですが、一度展開すればあっという間にキッチンに早変わり!コンロ、オーブン、各種調理器具が付いている優れもの!水は出てきませんが、排水については流しても問題ありません!しかもこれらの設備を低ランク魔物の魔石1つで3時間も使い続ける事が出来るというコストパフォーマンス!これを使えばあなたも、野営で一歩抜きんでること間違いなし!
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さほどレア度の高いアイテムではないが、有用であるのは間違いない。前に10連ガチャガチャを引いた時に開けていなかったカプセルから出てきたものだ。暇つぶしに中身の確認をしていたらちょうどよくこのアイテムが出てきたのだ。お陰で食事のレベルも上がってあたし的には万々歳だ。
使い方はスイッチを押して地面に放り投げるだけ。すると自動でキッチンが展開していく。
「それじゃあ、私とサーラは野菜を切っていきましょうか。クレハはホワイトラビットの調理をお願いね。塩を振って焼くだけでいいから」
「あたしも野菜ぐらい切れるわよ?量もあるんだし、そっちを一緒にやった方が早くないかしら?」
「慣れている人の方が早く済むし、お肉の方もやっておかないと遅くなっちゃうでしょ?ね、ねえ、サーラ!」
「そうですお嬢様!ここは分担作業と行きましょう!」
「そ、そう?」
何故か分からないが、初日に野菜を切るのを手伝って以来二人ともあたしにそっちの作業を手伝わせてくれないのだ。どうしてかはさっぱり分からない。ジュリアお姉様がやっているみたいに剣を使って切ろうとしたのがいけなかったのかしら?それともフローラお姉様みたいに魔法で切ろうとしたこと?まあ確かにちょっと変だとは思ったのだ。次からは普通に包丁を使うとしよう。
「お嬢様に刃物なんて怖くて渡せませんよ。絶対指切りますよ?真っ赤に染まる食材が目に浮かぶようです」
「術式の解析とかは普通に出来るのに料理となると途端に不器用になるのよね、あの子。もはやそういう呪いに掛かってるとしか思えないぐらいに危なっかしいんだもの。切るっていう動作全般がダメなのかもしれないわ」
さて、向こうも始めたみたいだしあたしも自分の分担をやらなくちゃ。
まずはポシェットからホワイトラビットの肉を取り出す。ホワイトラビットは兎型の魔物であり、ランクはEランク、つまり最低ランクの魔物だ。狩りやすいわりにお肉が美味しいので人気のある魔物でもある。数が多く繁殖力も高いのでそうそう減る心配もないところもポイントが高い。
既に解体されて、切り分けもされているそれを下の引き出しにしまってあるフライパンを取り出して焼いていく。このアイテムの凄い所は、キッチンと言うだけあって調理器具が収納されている所だと思う。地味に便利だ。
「ふむ……普通に焼いてもつまらないわね。ああ、そういえばさっき開封したアイテムの中によさそうなのが――」
ポシェットの中に手を突っ込んで、欲しいものを念じる。すると次の瞬間には手のひらにそのアイテムが収まっていた。
「料理に使えるはずだと思ったんだけど、どうかしら?」
もう一度アイテムの詳細を確認する。
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アイテム名:新鮮度復活薬 レア度:☆
ちょっとしなびてきてしまった野菜、変色が始まってしまったお肉!味は落ちているけれど食べる事は出来る、捨てるにはもったいない食材をお持ちならこれをお使いください!これを振りかけることでその食材が最も新鮮であった頃に状態を戻す事が出来るのです!食べても体に害のない成分で作られていますので、健康への心配もありません!ぜひ一度お試しください!
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「昨日解体してからポシェットの中で時間が止まるまでそれなりに時間があったはずよね。どうせ使う機会もなさそうだから使ってみましょう!」
という訳で、復活薬をお肉に振りかけていく。粉状の薬を瓶一本分全部振りかける。どれぐらいで効果があるか分からないので、とりあえず全部使ってみた。どうせ体に害も無いのだし大丈夫でしょう。
粉を掛けて少し、お肉が薄っすらと輝き始める。それに伴い少ししなびてきた感のあったお肉に張りが戻っている様な気がした。
そして――
ピチピチ……ピチピチ……
「……これは無い」
フライパンの上でお肉が魚の様に跳ねている光景を見てそう呟いた。
既に輝きは収まり、沢山かけた粉は何処にいったのかいつの間にか無くなってしまっている。そして世にも珍しい跳ねるお肉が誕生したのであった。
「クレハそっちの様子は――あ、あなた何やってるの!?」
「お、お母様、違うの!?これはちょっと新鮮になっただけで――」
「新鮮というか跳ねてるじゃないの!いったい何をしたらこうなったのよ!!」
その後余計な手を加えようとするなと怒られ、跳ねるお肉を抑えつけながら普通に焼いた。帰ってきたお姉様とお父様たちが持ってきた木の実などの食材を加えての昼食になった。お肉については事情を知らない人たちに食べさせて様子を見たが、特に変わった様子もない。むしろ昨日のより美味しいと言われたぐらいだった。
見た目的な問題で微妙に納得しがたかったけど、確かに美味しかった。
「この後なんだけど、実は今日止まる予定の村まではもうかなり近い所に来ているんだ。だからかなりのんびり移動できるんだけど、ここら辺で少し休憩していかないかい?周辺にも危険な魔物も動物もいなかったし、どうだろう?」
「良いんじゃないの。休憩も最低限しか取って無かったし、ちょうど休みたかったもの。少しゆっくりしていきましょうか」
「「「さんせーい!」」」
そんな訳でここらで時間を潰していくことになった。
「そういえば少し行ったところに池があったんだけど、そこが凄かったんだよ!なあフローラ!」
「そうね~、アレは凄かったわね~」
「何がそんなに凄かったの?」
ジュリアお姉様が興奮した様子で話しだし、フローラお姉様もそれに同意する。
「実はさ、池の水が真っ黒だったんだよ!」
「……それって汚れてたって事?もう、期待させないでよ。そんなの特に珍しくもないじゃない」
「いやいや、違うんだって!?本当に、文字通りの意味で池の水が真っ黒いんだよ!」
話しによると、狩りの途中で異常に真っ黒い場所を見つけて近づいていったらしい。すると、そこには全体が黒く染まった池があったのだとか。
「しかも動物も魔物もそこら辺に近寄らないし、その周りの植物もなんか元気が無かったんだよなあ。葉っぱは下を向いてるし、花も萎れてるし」
「確かにアレは~普通じゃなかったですね~。具体的なところは私の探知でも分かりませんでしたけど~水質が汚染されている事は間違いありません~」
「……確かにそれはちょっと気になるね。場合によってはここら辺を納めている領主にも話しておかないといけないかもしれない。ちょっと様子を見たいから案内してくれるかい?ああそれから、周辺に毒とかの心配は?」
「毒については私の魔法と~ジュリアの鼻で確認したので問題ありませんよ~。それじゃあ行ってみましょうか~」
いま毒の確認でジュリアお姉様の鼻って話が出てきた気がしたのは、気のせいだったのだろうか?
折角なのでその池までみんなで行ってみることになった。バルドお父様は渋っていたけど、守ってくださいと上目遣いでお願いしたら一発だった。
わが父ながらチョロい。
目的場所は昼食をとった場所からさほど離れていなかった。少し歩くと前方に明らかに黒い空間があるのが見える。なるほど、あれは確かに異常だと思う。
そうして到着すると、お姉様たちの言っていた通り黒く染まった池が眼前に広がっていた。言っていた通り、周辺には生き物はおらず生えている植物も元気がないように見える。
「これはっ……凄い光景だね」
「フローラの魔法でも何も分からなかったの?」
「そうです~。水の中に妙なものが混ざってこんなことになっているのは分かったんですが~その正体までは分かりませんでした~」
隣で交わされている会話をよそに、木の棒を拾ってきて池の中に入れてみる。
感触は水よりも粘度が高くなっているようで、手応えが重い。さらに棒を抜こうとすると池に入れていた部分が黒く変色していた。それが上まで昇ってこようとしていたので、慌てて捨てる。
それに気づいたバルドお父様たちがすぐに駆け寄ってくる。
「クレハ!下手に手を出したらダメじゃないか!直接触らなくても危険だってこともあるんだよ?」
「ごめんなさい……」
「まあ興味が湧いたんだろうけど、きちんと警戒しないとダメだよ。それにしても、みんな今のは見たかい……?」
バルドお父様の言葉にあたし以外の全員が頷く。
「これは間違いなく報告案件だよ。正体は分からないけど、どうにも不味い感じがする」
「同感だな。私の勘もこれはヤバいって言ってるぞ。クレハはもうちょい危機感を身につけないとな!」
「分かってるわよ。さすがにさっきのは迂闊過ぎたわ。それでお父様、ちょっと試したいことがあるのだけどいいかしら?」
「さっきの今でそれを言うのかい……まあ、とりあえず話してごらん。許可を出すかどうかはそれからだよ」
「じゃあまずはこれを見て欲しいの」
そう言ってポシェットの中から一枚の紙を取り出す。それはあたしの持つとあるアイテムの説明が書かれている紙だ。
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アイテム名:水質汚染浄化薬 レア度:☆☆☆
綺麗な水は生活の基盤!水はあらゆる所で使われる生命にとって大切なもの!どんな水であろうと瞬く間に生活で使えるレベルまで浄化してくれるのがこのアイテム!池程度の規模であればこれ一本で浄化可能!汚染されきった都会のドブ水だって、これを使えば木漏れ日の差し込む森の泉に大変身!これを使って綺麗な水のある豊かな生活を手に入れましょう!
――――――――――――――――――――
「これがそのアイテムね」
読み終わった頃合いを見て、ポシェットから一本の瓶を取り出す。さっきお肉に使ったのは粉だったけど、こっちは液体タイプの薬だ。ただ色が紫色なので、むしろ汚染しそうな雰囲気があるのが玉に瑕だと思うけど。
「つまり、このアイテムを使ってみたいということなのね?」
「そうよ。フローラお姉様のいう事が確かなら、この池が汚染されていることは間違いないんでしょう?だったらこのアイテムが役に立つの思うの!」
池の話を聞いたときからこのアイテムについては考えていたのだ。ただもしかしたらうちの領内で使う機会があるかもしれないから取っておきたかったのだけど、さっきのを見たらそうもいっていられなさそうな状態なのは分かった。
「そうね……まあいいんじゃないかしら。折角だからぱーっと使っちゃいましょう!」
「ちょ、ちょっとセレナ!このアイテムはかなり有用だよ!?もったいないじゃないか!?」
「逆に取っておいても使わないかもしれないでしょう。使える場所があるんだったらそこに使ったほうがいいじゃない。それに使いたくなったら、またクレハにガチャガチャを回して貰えばいいわ。ね、クレハ?」
ガチャガチャで出てくるアイテムは完全に運次第なのだ。それに加えてこれまで同じアイテムが出た試しがない。そんなに数あるアイテムの中で一つを引き当てるなんてどんな確率だと思っているのか?
まあでもここは頷いておこう。もしもの時がきたたら神様に祈ってどうにかしてもらうことにしよう。
というかあたしもこのアイテムの効果を早く見てみたいし。
「頑張ってみるわ」
「……分かったよ。使ってみようか」
「じゃあ入れるわね!」
「躊躇が無さすぎじゃないかな!?」
バルドお父様の許可も出たので中身を池に注いでいく。
池に端っこに注いでしまったけど、これで全体に効果があるのだろうか?もしかして全体に満遍なくまかなくちゃいけなかった?
そんな心配もよそに池に変化が現れ始める。
浄化薬を注いだ部分から黒い部分が無くなり始めたのだ。最初はゆっくりと、しかし徐々に早くなり半分を超えたあたりからはあっという間に向う岸まで到達した。
変化が終わった後に残ったのは、透明な底のほうまで見通すことが出来る綺麗な池だった。
「すごいな!本当に綺麗になったぞ!」
「さすがにびっくりしました~。まさかあの黒いのがあっという間に消えてしまうなんて~」
「ああ、やっぱりもったいなかったかなぁ……」
「今更何を言っているの。それにしても本当にすごいわねえ」
ハッと思い出し、さっき池に突っ込んでから投げ捨てた木の棒を見る。アレも黒く染まっていたから浄化しないと不味いんじゃないかと思ったのだ。
しかし池の傍にあったのが幸いしたのか、棒も綺麗に浄化されて普通の木の枝にもどっていた。
それを見て胸をなでおろす。
「ん~?なあ、池の真ん中の方に何か沈んでないか?」
「……確かに何かありますね~。ちょっと引き上げてみましょうか~」
フローラお姉様が魔法を使って水の底から、何かを引き上げる。
そしてフローラお姉様に手に収まったそれはティアラだった。かなり豪華な装飾で、親指ほどもある青い宝石が埋め込まれている。その宝石はまるで中で流れる水が動いているかの様に輝きが変化している不思議な宝石だった。
「……なあフローラ、これってもしかして?」
「多分、というか間違いなくそうね~」
「このティアラが何か知っているのかい?」
何か知っている様子のお姉様たちにバルドお父様が尋ねる。
すると少し躊躇いながらフローラお姉様が口を開いた。
「これは~王宮の宝物庫から盗まれた筈のティアラです~」
「「「……!?」」」
凄そうなものだと思ったら、本当に凄いものだったらしい。
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