ラジオドラマ用に書いたお話

IVRL

第1話

 桜の花は既に散り、蝶が舞い始める5月の終わりに。


F「ねえ、いい加減学校来なよー、そろそろ一か月過ぎちゃうよ?生徒指導来ちゃうよ?」


M「いや、わかってはいるんだけどな……。なんかこうやる気が出なくてな……」


F「それ、ただの5月病じゃないの?


M「おっ?わかってくれるなら話は早い。」


F「あー、そうなのね、それなら仕方ない……ってそんな訳あるか!昨日、Mのお母さんから、『学校にも行かずに遊んでばっかりなの……なんとか言ってあげてね……』って話聞いてるんですけど?」


M「チッ、余計なこと吹き込みやがって……」


こんな話を2人はここ一週間くらい続けたりしている。いつもはMが上手く言いくるめていた訳だが、今日はできなかったようだ。むしろピンチ?


S「はぁ……もういいでしょー。こんなやつほっときなよ。留年して退学になって、中卒のままえちらおっちら働けばいいのよ。


F「そんな訳には行かないよ〜。友達なんだもん。」


S「こいつ自身が来る気ないなら、幾ら言っても無意味よ。それにもう私たちも帰らないと、課題が間に合わなくなるし」


F「うーん……まあ……しょうがないか……」


こうして2人は自分の家へ帰っていった。


Mも自身の部屋へ戻ると、ベッドに座る


M「あいつはいいよな……生きることが楽しいって感じだよ。きっと自分がクラスでどう言われてるかも知らないんだろうなぁ……。いや、その方がいいのかもな」


 Fは神社の娘である。ならばほぼ必然的に、巫女としての役割を担うことになる。彼女の家は桜の大樹を御神木として祀る流派であり、毎年この時期になるとお祭りを行うのである。これがなかなかに有名なため、Fの評判などもかなり知れ渡っている。そんな彼女だが、髪をかなり長く伸ばし、枝垂れ桜の簪で髪を結っている。しかもとても美人なのだ。これがクラスの中では気に入られていないらしい。中学の時点でかなり言われていたが、高校に来てからはさらにひどくなってきた感じだ。


 加えて言えばFとMは幼馴染である。なので余計に囃し立てられる。


 Mが学校に行きたくない理由も、自分に向けられる陰口に嫌気がさしてというのが大半を占める。もう半分の理由もMにとってはかなりイラつくことだったりする。


 ちなみにF、S、Mの三人は小学校からの知り合いである。


そんな事を考えていると、スマホが震える。どうやらFからの電話のようだ。


M「なんだ。」


F「あー、いやー、言い忘れたことがあってさ。その……今度さ、一緒にお祭り行かない?うちの神社のやつ。舞の奉納の時以外なら一緒に遊べると思うし……どうかな?」


Mは即座に答えることが出来なかった。それはかつて一度同じ様に誘われた時のことである。中学生の時、桜のおばけなどと言われていたFと一緒に行く事になったのだが、それが噂された結果当日に約束を破ってしまったのだった。デートだのおばけと付き合ってるだの、なにせMからすれば自分の心を見透かされている様に感じたのだった。


M「お前は、それで良いのか?他の友達に2人で行くって言ったら友人関係が


F「そんなことで壊れるわけないじゃん(笑)。別にさ、『お家の事情でみんなとはいけません。』って言えば良いだけだし。」


M「まあ……それでごまかせるなら行ってもいいが……」


F「本当!?じゃ決定ね!当日はちゃんと神社まで来てね。私が迎えに行くなんてできないから。」


M「おう」


 Mはこの時ふと考えていた事を忘れてしまったのだった。昔一緒に行くと行った時は、なぜみんなに伝わったのだろう。あの時も同じように、2人きりで話していたはずなのに。Fが自分からみんなに語ったのだろうか?そんなことは考えにくいだろう。F自身も2人きりで行くことを知られたくないはずなのだから。




S「オッケー、オッケー。聞こえた。あいつら一緒にお祭り行くみたいだね。なら、プランBで行こう。お前はあっちのグループに伝えて。私はこっちで準備する。天は二物を与えずって言うけど、それならなんでFとMはあんなに恵まれてるんでしょうね。許せない。きっと私たちが、あいつらから一つ奪ってやるのが、物の道理なのよね。」


スピーカーから誰かの声が聞こえる。


そんなの部屋の中で、どす黒い感情が渦巻く。悪しき心を剥き出しにした何かが、そこには居た。




時間は早く、特に家でだらついていると一週間というのは、暑い日のアイスのように消えてしまう。すでにお祭りの日である。Mはこの日、およそひと月ぶりに家の外に出たのだった。


M「さて……行くか。おっと、」


突然目の前を黒い蝶が飛んで行った。


M「……黒い蝶か。最近よく夢で見ると思ったが、まさか現実でも見るとはな」


ここ最近、Mは蝶の夢を見るようになった。トンネルの中を蝶に導かれる夢である。しかしながら、トンネルから出る前に、いつも目覚めてしまうのであった。




F「あ、来た。」


M「おう、ちゃんと来たぞ」


F「良かった〜。来なかったらどうしようかと思って。とりあえずはお店でも見よ。ただ、すぐに舞が始まるから、この近くのやつしか行けないけどね。」


M「うん、それでもいいぞ。舞は大事だからな。」


F「わかるけどさ。あれって大変なんだよね、動きがゆっくりしてるから余分な力を使うの。姿勢を保つってめんどくさいんだよ?」


そんな話をしながら、2人はお祭りを楽しんでいたのだった。




 その後舞が始まった。もちろん踊っているのはFである。


 古文書によれば、かつてこの地には瘴気が満ちていたとか。作物は育たず、持ち込んだ水も腐るほどに。その後、神が一本の巨大な桜の樹を植え、その地を祝福した事で瘴気は消え、普通の土地になったという。まあ科学的な見方をすれば、単に土地が痩せていただけで、そこに様々な植物の枯れ草を撒いて燃やして、土地を肥やして……とご先祖様が努力したのではないかと考えられている。祀られている桜は、おそらく、偶然燃えなかった種が成長した物であるだろうと。だがだからと言って、言い伝えが真っ赤な嘘だとは決めつけられないのも事実。このあたり一帯の神社には同じように、神の祝福について書かれているのだから、もしかしたら本当なのかもしれない。


 この舞は、土地を豊かにしてくれた神に対する感謝を込めた舞である。桜の周りを飛び回っていた蝶をモデルとしたらしい。そこはウグイスじゃないのかとも思うが、蝶が舞っていたのだからそうなったのだろう。薄い絹の布を両手に結び、それを風になびかせながら、ゆっくりと舞台を動く姿は確かに蝶に見えたりもする。




F「あー、疲れた」


M「ん、おつかれ。なかなかきれいだったぞ。」


F「ほんと!?なら頑張って練習した甲斐があったね。」


舞が終わりふたたびMのもとへ戻ってきたF。


すると、Fの携帯が鳴りだす。


F「ん?電話かな?……Sからだ、うーんちょっと出てくるね」


M「おう、じゃおれは……ここで待ってるわ」


F「はいはーい」


こうしてFはその場を離れ、神社の舞台の裏へ回った。




しかしそこから15分が過ぎても、いまだ帰ってこないのである。女子の電話は長いというが、さすがに長すぎる。


M「……遅いな。なんかあったのか?」




さらに15分。しかし戻ってくる気配はない。


M「おかしいだろこれ、見に行くか。」


Mが舞台の裏へ回る。しかしそこにFの姿はなく、あるのはFのつけていた桜の簪だけだった。


M「は?」




突然の出来事に頭が真っ白になるM


あたりを見渡すもFの姿は見えない。Fがこのようないたずらを思いつくとも思えない。


M「F~!どこ行ったんだ~!聞こえるなら返事してくれ!」


あたりから帰ってくる声はなく。ただMの声がこだまし、消えていく。


途方に暮れ、簪を拾い、ただ眺める。


M「どうするか?とりあえずFの親に話しをしに行くか?」


そうして覚悟を決めた時。目の前を黒い影が通る


M「黒い蝶……っ」


それは夢で見続けた黒い蝶で。


何かを確信したかのようにMは蝶を追う。


蝶はMにおびえて逃げることもなく、ただまっすぐに飛び続ける。


祭りの歓声は次第に遠ざかり、神社の奥へと向かう。


M「なんだ……ここ」


神社の裏には岩山があるが、そこにトンネルが掘られていたとは知らなかった。トンネルというよりは洞窟が近いかもしれないが。


蝶は迷わず中へと飛び込んでいく。それを追いかけるM。


それはまさに夢の再現であった。


走りながらMは思う。


M「この先に……何かあるのか?」


ふいに、洞窟の先に明かりが見える。おそらく出口だろう。


M「あそこか……!」


走るペースを上げる。


全速力で洞窟を駆け抜け、光のもとへ向かう。その先には……




M「F!」


F「M


S「アッハッハッハ!」


鼻を衝くのは、錆びたようなにおい。


目に映るのは巨大な大木。そしてその根元が赤く染まっている。


Fの首がまさにその瞬間に飛び。血が噴き出す。血しぶきは遠く離れたMにまで届き、頭からかぶる。


M「S!?おまえ、なんてことを!」


みればSの体は血まみれであり、全身から滴っていた。


S「あら?ざ~んねん。もうちょっと来るのが早ければ……泣き叫ぶ姿とかも見せてあげられたんだけどねぇ?」


M「なんで


S「別に教えてあげるわよ?聞かなくてもね。簡単な話でね?天は二物を与えずっていうじゃない?でもあなたたちはどうかしら?別に頭が悪いわけではなく、むしろお前に至っては引きこもってたって成績はトップをとれるくらいに頭が切れるやつだしぃ?FはFできれいな見た目してるしなぁ?あれをけなすって、どうけなせばいいんだって話だよな?ガリガリって言えるほどじゃないからな?そんでもってお前らは幼稚園からの幼馴染ときた。うちは小3からずっと一緒にお前らを見てきたけどな、な~んだおまえら?小説みたいな恋愛しやがってよ?互いに言い出せずに距離置きながら赤くなって、って……おまえら人生楽しすぎだろ!?謳歌しすぎだろ?ちょっとは苦しいことないのかよ!?こいつは不公平すぎねえか?だからFには死んでもらったんだよ。うちの仲間にも協力してもらってな。縛ってここまで連れてきてから、ちょっとずつナイフで傷を入れていったわけだ。ついでに言わせてもらえば、あいつは肌もきれいだったな。傷一つなくて。きっと大事に育てられたからだろうけどな。まあ総合して言わせてもらえば、天が二物を与えちまったとしたら、それは間違いなんだよ。だか天はそれを見逃してる。気づきやしない。それならうちらが奪わなきゃならない。それは世の道理に反してるってわけさ。わかったかい?M ここはFの家が祭っている桜の木だ。つまり神様の目の前ってわけだね。間違いを教えてあげたってことさ。」




MはただSの話を聞いていた。途中からは聞けていなかったかもしれない。ただ一つ思うこと。




M「死ね」


簪を力強く握りしめる。そう、手にあるのは簪。先がとがっている。ならば武器としては十分。ただ殺意のままに振り上げ、Sに向かって振り下ろす。


顔に激痛が走る


M「うがっ!?」


それはMがあびたFの血。全身から浴びたSも同じように痛みが走る。


S「ぐあっ!?」


大樹が輝き、突如として桜が咲き乱れる。それは巨大な枝垂れ桜。風が舞い、飛び散った花弁はFの体を覆う。


風に乗り、無数の黒い蝶が飛び回る。MとSを包み、取り囲む。


首だけになったFが浮かび上がり、口を開く。


F「去れ、不届きもの。生きるに能ず。見えぬ苦労も知らずして、人を断ずることなどできぬ。」




蝶と桜が舞い、風が吹き荒れる。目では何も見えず、薄桃と黒のノイズが走るばかり。血はその痛みを強くし、ついにはMの気を失わせる。




Mの手に握られていた簪が抜き取られ、Fが自分の髪を結う。いつの間にか体は戻り、そこに傷はない。




月日は流れ6月の終わり。高校への道の途中。


F「おはよ、M」


M「おはよ。なあ、おまえさ、今年のお祭りって、結局どうなったのか覚えてるか?」


F「ん?普通にあのあとはお店まわって楽しかったじゃん。なんかそれ以外にあるの?」


M「いや、なんかあったような気が……」


F「まーだねぼけてんの?もう6月終りかけてるんだから、シャキッとしなよ。」


ペチッっといい音が鳴る。


M「痛って!?」


F「ほら、早くしないと遅刻するよ。」


Fの笑顔がまぶしい。それを見ていれば、6月のはじめのことなどどうでもよくなってくる。


2人は梅雨明けと共に付き合い始めた。こうなってしまえばクラスでも冷やかす意味がなくなったのか、陰口は聞こえなくなっていた。




枝垂れ桜の花言葉は「優美」


そんな簪をつけたFの姿は、まさに優美そのもの。




だがしかし。


枝垂れ桜にはもう一つの花言葉がある。それは「ごまかし」


そして、黒き蝶は死を運ぶもの。死を伝えるもの。


FとMの教室では、机が一つ余っている。


しかしだれも気に留めない。


きっとごまかされているのだろう。


そんな思いも、初夏の空に消えていった。


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