第243話 止まった歴史

幸か不幸か、和智のケガは饗応に響くものではなかった。

その為、予定通りに饗応は開催されることとなった。

悠月は複雑な心境のまま、隆元とともに饗応の場に向かった。


「あまり食べ過ぎるでないぞ」

「ハハ、気を付けます」

隆元の一言に、悠月は苦笑いした。


だが、悠月は気付いた。

隆元は一切のものに手を付けようとしなかったことに。

「隆元様、せっかくの宴なんですから何か食べたほうがよろしいのでは?」

「さして腹も減っておらぬ……」

グゥ、と隆元の腹が鳴った。

悠月はそれに大笑いする。

「さして空腹ではない、ですか」

隆元は誤魔化すように水を飲んだ。


「そもそも、どうしてそんな無理に食事を拒まれるのですか?」

「ワシはまだ死ぬわけにはいかんのじゃ!」

その言葉と共に、空気が変わる。

まるで、ストップウォッチのストップボタンを押したかのように、周りは一切動かない。


悠月は嫌な予感がして外へと飛び出す。

先ほどまできれいな夜空だった空が、まるで割れたかのように禍々しい色へと染まっていた。


「い、一体どうなって……!?」

「悠月!」

「ま、松井!? くるみちゃん……!」

そこには、息を切らせて走ってきた松井とくるみがいた。


松井はそもそも、隆景のところにいたはずである。

「くるみちゃんから胸騒ぎがするから、着いてきてほしいって言われて大急ぎでこっちに来たんだ。一体、どうなっているんだ?」

「……俺にもよくわからない」

「……隆元が歴史を知り、変えようとしてしまったから、それに伴って歴史が止まってしまったのよ」

「え?」

「……手間のかかる息子です事」

くるみの言葉に、二人は驚く。


「くるみ殿……?」

「いい加減におし、隆元! アナタのわがままで、歴史を変えようなどとしてはなりません!」

「ちょっと待って、どう言う事……?」

松井は戸惑っていた。


「なるほど、妙玖の生まれ変わりがくるみちゃんってことなのか……」

悠月は何とか理解をした。

「はい。そう言うことになります。私だって、息子たちの成長をしかと見届けて世を去りたかったのですが……、徳寿丸の成長を見届けるまでに、体が病に耐えられず世を去りました。隆元、誰にもそういって逆らえない運命という物があります。息子の成長を見届けたい父としての気持ち、痛いほどわかりますが、あなたは退場せねばならぬのです」


くるみの言葉は隆元にも、悠月にも、松井にも、重くのしかかった。

「母上……」

「さあ、理解できたのなら無理に歴史から外れることはおやめなさい。これ以上、他の者に迷惑をかけるわけにはいかぬでしょう?」


隆元は思わぬ言葉に、涙ながらに頷く。

そして、隆元は歴史通りに事を進めるべく食事を口にし始めた。

その瞬間、禍々しい色の空は紺碧の空へとゆっくり姿を変え、動きが止まっていた人物たちも動き出した。


「良かった、戻りだしたんだ……」

「ああ……」

三人はその様子をほっとしたように見守った。

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