第240話 饗応へ
「近日、和智殿から饗応の誘いの手紙があってな」
「饗応の誘い、でございますか……」
悠月はもちろん、理由は知っている。
隆元は、悠月の眉間にしわが寄っていることから、ちゃんと悩んでいることを悟った。
「毛利家の当主として、誘いを受けることが最善なのは隆元様もお分かりでございましょう?」
「それは、そうなんじゃが……」
隆元は、どうしても乗り気ではないようだ。
「俺が隆元様の立場であれば、やはり元就様の顔を立てる意味もあるし、毛利家の当主として同盟相手の調和なども考え、お誘いを受けますよ」
「そ、そうじゃな……、確かに、父上のお顔を……。ふむ、それなら」
隆元は、その言葉にようやく決意が固まった……。
隆元は熟考の末で返答の遅延を詫びる言葉を添えつつ、誘いを受けると返事の手紙を送った。
悠月はその様子を見守った。
だが、悠月は背中がゾクっとした。
悪寒のような、怖い物でも見たかのような気味の悪いゾッとした感触である。
「父上―」
「お、幸鶴丸。どうした?」
「母上が、父上をお呼びしてきて、と言っていたから」
「そうか。では、母上のところへ参ろうな」
隆元は幸鶴丸の手をしっかりと握った。
その様子を見た悠月は、胸を締め付けられる思いでいた。
饗応の翌朝、隆元はいきなり世を去る。
隆元はもちろん、幸鶴丸だって、尾崎局さえ知らないはずの事である。
悠月たちは未来から着ているし、悠月は歴史が大好きだからこそ知っているのだが。
だからといって、悟られるような動きはしてはいけない。
悠月は、なるべく普段通りに振る舞おう、そう決めていた。
そして、いよいよ迎えた饗応の前日。
隆元は、近侍の赤川と数人の兵、悠月を連れて吉田郡山城を後にしようとしていた。
「父上、行ってしまうのですか……?」
「ああ、大丈夫じゃ。明後日には帰って参るぞ」
「では、幸鶴丸がその間、母も妹もお守りいたしまする!」
「頼むぞ」
隆元は笑って、幸鶴丸の頭を撫でる。
悠月は、くるみと会っていた。
「隆元様、なんだか様子が変な気もするんだ……」
「どう変なの?」
「なんていうか、その……、自分の未来を知っているかのような……」
「そんなこと、ありえるのかしら……? とにかく、ここも歴史通りになるように悠月も気を付けてね」
「ああ、ありがとう。行ってくる」
「ええ、行ってらっしゃい」
「そろそろ出発するぞ」
「今行きます!」
悠月はくるみに手を振り、隆元たちと共に饗応の場へと向かった。
隆元は暗く笑みを浮かべていたことに、悠月は気付いたが、周りにいる人物に波風を立てないようにしなければ、と考えて何ともしようがなかった……。
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