第236話 生まれたてのミミズ

いつの間にか、外は薄紫の空になっていた。

「もう夕方なのか……」

「ああ、そうみたいだな」

「これは海に寄り道なんてのは……」

「無理だな。幸鶴丸は海に行くと言い出しそうだけど」

悠月はそう言って苦笑いする。


「さっきの話は、誰にも言うんじゃないぞ」

悠月は念を押すように言った。

「……分かってるよ」

松井は悠月を気遣うように言った。


「叔父上様、今日は一杯教えてくださって、ありがとうございました」

「うむ。これからもしっかりと学ぶように」

「はい!」

幸鶴丸は隆景に褒められ、上機嫌だった。

「しかしな……」

元就は笑いを抑えられずにぷるぷるとしている。


「生まれたばかりのミミズじゃな」

隆景は幸鶴丸が初めて書いた字を見てバッサリという。

元就はその一言に笑いがこらえ切れていない。

「叔父上様……、ひどい……」

「初めて書いたから、これは当たり前じゃ。次は読める字を書く事を目標としなさい」

「はい……」


「え? 幸鶴丸手紙書いたの?」

「お、見せて」

二人は幸鶴丸から紙を見せてもらう。


「ハハハ、これなんて読むんだろう?」

松井は明るく言うが、ぷるぷるとしている。

やはり、元就同様笑いそうになってしまうらしい。

「本当に、生まれたばかりのミミズだな……」

悠月はそう言って笑いをこらえるのがやっとである。

だが、幸鶴丸のおかげで少し悠月の気持ちは落ち着いた。


「じじ上様……」

「ああ、そうじゃな。ワシらもそろそろ帰るかの」

「泊まって行かれないのですか?」

隆景は少し残念そうに言う。

「すまんな。今日は隆元に泊まりの許可はもらっておらんのじゃ」

「そうでしたか。では、父上、ゆづ兄様、幸鶴丸、お気をつけて」

「悠月、また手紙を送るよ」

「ああ、わかった」

馬に跨り、三人は吉田郡山城へと向かう。

途中で、遠目に海が見えた。

だが、幸鶴丸は祖父と会話するのに必死で気付くことはなかった……。

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