第235話 運命

幸鶴丸は、隆景に字を教わる約束を取り付けた。

「お手紙なども、書けるようになりますか?」

「もちろんです。練習で兄上に……、幸鶴丸の父上に手紙を書いてみたらどうじゃ?」

「でも、手紙などどう書けばよいか……」

「思ったことを綴ればよろしい」

隆景はそう言って優しい笑みを浮かべた。


「隆景、しばらくはワシが見ておこう」

「ありがとうございます、父上。では、私は義姉上に手紙を認めてまいります」

「叔父上様、字を教えるという約束は……」

「隆景が席を外しておる間は、ワシが教えよう」

「じじ上様、お願いします」

「うむ、良き心がけじゃ」

元就は幸鶴丸の頭を撫でた。


「嫌な予感がする、って言ってたけど……?」

「吉田郡山城に戻ってからだろうけどな」

悠月は苦い顔で言う。

「じゃあ、僕は何もできないと思う」

松井はこのまま、隆景の補佐に戻ろうと考えていたのである。

「だろうな……。だが、それも仕方ない」

悠月の表情はどことなく暗い。

「教えてよ!」

松井は強く悠月にせがんだ。


「……誰もいないよな?」

「うん……」

「隆元様の身が危ない、けどこれが史実だ」

「えっ……!」

悠月は寂しげな顔をする。

「史実だから、曲げることは許されない」

「そう……だったんだ……」

松井はどう声をかけるべきか分からない。


「で、でもさ……、危ないだけなら何とでも……!」

「できないんだ!」

悠月は声を抑えつつもはっきりと断言した。


「それって……」

「隆元様は幸鶴丸の元服前に死ぬ、そういう運命だ」

「そんな……、そんなことって……!」

「悪い……。これが史実だ。変えることも許されないし、捻じ曲げたとしたら、俺たちもどうなるのか……、責任も保証もできない」

「……そう、なのか」

松井は何も言えなくなってきた。

「俺だって、あの人には……世話になってる。助けたいって思う」

悠月は強く握りこぶしを作った。

そして、松井は悠月の手を見て気付く。

……やり場のない悲しみと、何ともできない悔しい気持ちで震えていることに。

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