第222話 帰郷の船
船に乗り込み、ゆったりを船が進み始める。
やはり顔色が、どんどんと目に見えて悪くなっていく松井である。
「うう……、気持ち悪い……」
「大丈夫か、松井」
「外見てるよ……」
「そうしとけ」
松井は、ようやく自分の船酔い時の対応方法を心得たようだ。
まだ夕日の空を、悠月はのんびりと眺めていた。
「んー、なんていうか、優雅な気分になるな」
隆元は横で、指を動かしている。
「何をされているんですか?」
「いや、墨絵を描くならこうすべきか、と思うてな」
「墨絵を……、なるほど」
悠月の脳裏で、【地獄変】という小説の絵仏師の姿が重なる。
悠月は本を読むことも大好きで、この【地獄変】は芥川龍之介の作品で一番のお気に入りでもあった。
もっとも、芥川龍之介はこの時代よりはるか後の人物なので声には出さなかった。
改めて解説するが、ここは戦国時代なのである。
「こう、船の上から夕陽を見る、なんでこんなに贅沢な気分になるのでしょうね」
「船頭からしたら普通の日常じゃろう」
「そうですぜ」
船頭は笑って答えた。
「じゃが、普段から見られぬからこそ、ワシらにとっては優雅でぜいたくな気分になるんじゃろう……、船酔いしておらぬものに限る、という但し書きは必要そうじゃがな」
隆元と悠月はそう言って笑った。
確かに、船酔いしているさなかの兵たちはそれどころではない。
我先にと、外を眺めているが、顔色が悪いのである。
中には、具合が悪すぎて嘔吐するものすらいる。
「普段から船に慣れていない者にとっては、なかなか酷でございます……」
比較的軽度の船酔いをした兵から、そう言われて隆元と悠月は顔を見合わせる。
「ふむ……」
「今後、九州に攻め入ったり、同盟相手に会いに行く必要があるのなら、選抜とかも必要そうですね……」
「それこそ、小早川水軍に任せれば恐らくは確実とワシは思うがな……」
「ごもっともです……」
そう言って、二人は苦笑いした。
吉田郡山城に戻るまで、あと何日かかるんだろう……。
松井は脳裏でそう思いながら。船の外を見ていた。
ヘリに頭を預け、空を仰ぐ。
夕焼けの光で、水面はキラキラと輝いているのを楽しんでいる悠月とは対照的に、橙色に染まる空の美しさに、松井は目を奪われていた。
【告知】
10/1は、作者取材の為休載させていただきます。
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