第216話 弟

悠月と松井は、旅の荷物を持って村の船着き場へとやってきていた。

「はあ……、やっぱり船か……」

「嫌なら吉田郡山城で待ってろ、って言ったのに」

悠月は呆れたように言った。

「い、いや、付いていくって言ったのは僕なんだけどね」

松井は苦笑いしながら言う。

「なら、もう文句言うのはやめてくれ……」

悠月はそう言って、船頭を探しに行く。

「あ、待って!」

松井も慌てて悠月の後を追う。


「お兄さん、船頭を探してるのかい?」

まだ比較的若いであろう男が話しかけてくる。

「ああ。九州まで連れてってくれないかな?」

男はニカッと笑う。

「良いぜ、乗りな」

「ありがとうございます」

悠月と松井も船に乗り込む。

男は陸から櫂を取って、船を漕ぎ始める。


「聞いたよ、兄さん」

「ん? 何をですかね?」

「誠吉兄さんの下手人を指揮していた男をひっ捕まえたってな!」

「兄さん?」

「俺は誠吉の弟なんだ」

「まさか兄弟で船を漕いでくれるなんてな!」

悠月は驚いて言う。


松井は、やはり青白い顔をしている。

「少し、外の風に当たっておけば、少しはましになるだろう」

誠吉の弟がそう言って笑った。

「面倒をかけて申し訳ない……」

松井は青白い顔をしながら苦笑いして言った。

「良いってことよ、そういう客にも慣れてるし」

「結構船酔いするお客もいるんだな……」

「ああ、しょっちゅうだよ」

そう言って、誠吉の弟は無邪気に笑う。

成人しているはずなのに、少年のように笑うのだ。


「まさか、俺も恩人を船に乗せることになるなんて、本当想像つかなかったよ……」

「恩人って……、いやいや、俺たちの方が恩人の弟さんにもお世話になるとは思わなかったよ」

悠月と誠吉の弟はすっかり意気投合していた。

松井はそんな二人を、少しうらやましそうに見ていた。

「ま、明日には着くだろう。ゆっくり寛いでおくれよ」

「ありがとな!」

明日までかかるのか……。

松井は際限なく広がる海を見つめながら、遠い目をした。

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