第180話 親の心

隆元は、それとなく筑前の町の様子を見ていた。

明るく話す町人たちを見ていると、何となくホッとしたような気がする。


「おんや? あれは誰じゃ?」

「立派な身なりじゃ……」

「どこぞの殿様じゃろうかのう?」

隆元を見て、町人たちはひそひそと話している。


「殿……」

兵たちは隆元が何も言わず、にこやかにいることに少し嬉しくなる。

「このような穏やかな空気、私たちは守っていかねばいけぬな」

「はい!」

側近の赤川元保は隆元の言葉に強く同意する。


隆元たち一行は、あえて武装をしない。

そもそも、隆元の今回の目的の一つは戦闘ではない。

調略、である。


隆元は父、元就に出陣前に言われたことがあった。

「お主は策など隆景には確かに劣る。じゃが、調略、政策はお主の手腕が優れておる。じゃからこそ、隆景の率いた水軍が奇襲をかけ、混乱しているさなかに九州に渡り、筑前及び豊前の将兵らを調略し、味方につけておくことを命ずる」

「私などでできますでしょうか……」

やはり、隆元は不安そうに言う。

「お主なら問題ない、とワシは踏んで居る」

元就はゆるぎない瞳でそう言った。


そうして、隆元は送り出されたのである。

「しかし、元就様もよく殿を見ていらっしゃいますな」

赤川元保はしみじみと言う。

「父上はしかと家臣も我ら子どもも、見ておられる」

隆元はそう穏やかに言った。


「それに、親というのはやはり子のことをよく見ておるもんじゃ……」

吉田郡山城で待っている幸鶴丸のことを思い出す。

今日はどんなことをしているのか、とつい考えてしまう。


「殿もやはり、父上でございますな」

からかうように言われ、隆元は照れ笑いした。


「さあ、早く役目を終えるとしよう」

隆元たち一行は、町を抜けて森へと差し掛かった。

そして、夜営の支度を始める。

兵たちにその場を任せ、隆元は調略するための策を練ることに集中した。

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