第54話 影武者

一人、立ち尽くす男がいた。

彼の名は、武田小三郎、安芸武田氏の先代当主、武田光和の三男である。

武田光和の息子二人は夭折していたため、存命する唯一の実子だったが、庶子であったため家督を継ぐ事ができなかった。

従兄弟の武田信重と、若狭武田氏出身の武田信実は光和死後の家督を巡って争ったため、その難を逃れるべく隠棲生活を送っていたのである。


そして、本来であれば佐東銀山城を治める城主になるはずだった男である。

というのも、武田光和恩顧の家臣で八木城主の香川光景は小三郎の生存を聞き覚え、国内を探し回りこれを見つけ、元就を頼った。

元就はこの戦いの前年に彼及び彼の義母である吉川興経の妹の身柄を周防国玖珂にある欽明路峠に匿い、城主に対して確約する約束だったのだ。


「なぜ……城は……?」

「……すまぬ。今は、我らも大内義隆殿に従軍する身であり、決定権はないのだ」

「元就殿……」


元就はじっと彼を見た。

「お主、行くところはあるか?」

「いえ……、あるとすれば、義母と共に匿っていただいたあの場所かと」

「……、ならば、我らと来ぬか?」

「元就殿、それはどういった意味で……?」


容姿端正な顔つきとなり、父と同じ刑部少輔を名乗り、甲斐武田氏のお家芸という柔術を会得して武において優れていた小三郎である。


「ワシの影武者、勤めてみぬか?」

「それは……、本当によろしいのでしょうか?」

「もちろんじゃ」

小三郎はしばらく考えたのち、頷いた。

かくして、彼は元就の影武者を担うこととなった。


元就たちは、吉田郡山城へと帰城することにした。

「父上!」

走って出迎えようとする徳寿丸と少輔次郎を隆元が抑えつつ出迎える。

「父上、その者は……」

「ワシの影武者じゃ」

「なんと……!」

隆元は驚いて、走って飛び掛からん勢いの弟二人を離した。


「父上―!」

徳寿丸が元就に元気よく抱き着く。

少輔次郎もそれに重なるように抱き着く。

「お帰りなさーい、父上!」

「ただいま」

元就は二人の頭を撫でた。

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