第11話 ハイ・オーガの女王

        ◆◆◆


「くっ!離せっ!」

「痛った、痛いって!こら、おとなしくしてろ小僧!」

 僕を捕まえるハイ・オーガの手からなんとか脱出しようと、全身に魔力を巡らせてジタバタともがく!

 しかし、元々の身体能力が違う事、そして力を出しづらい体勢で担ぎ上げられているという事もあって、なかなか逃げる事はできなかった。


「てめえ、このガキ!いい加減にしねぇと、おかしらに差し出す前にお尻ペンペンするぞ!」

「!?」

 そんなオーガの言葉に、僕はハッとする。

 そうだ……これは逆に、チャンスかもしれない!


 先生ならきっと、あの場にいたオーガ達を蹴散らして、奴等の本拠地に乗り込んでくると思う。

 でも、その前に僕が敵の首魁を倒していたら……すごく誉めてもらえるんじゃないかな?

 うん、きっと誉めてもらえる!

 僕の頭の中に、『見事ハイ・オーガ達のおかしらを倒した僕の成長に感激して、いっぱい抱き締めてくれる先生』の図が浮かぶ。

 いいな、それ……。


「……なんか、いきなりおとなしくなったと思ったら、ニヤニヤし始めやがって」

 怪訝そうに眉をひそめるオーガの姿にも気づく事なく、僕は甘い妄想に浸りながら、そのまま運ばれていった。


         ◆


 ──ハイ・オーガ達が占拠していた山岳の砦は、背後を山肌に接するように作られ、離れた場所からだと、その姿が見えないようになっている。

 しかも、かなり堅牢な城壁に囲まれていて、守るに易く攻めるには難しいといった厄介な造りだった。


「開ーけーてー!」

 子供が遊びに来たみたいに、僕を担いだオーガが声をかける。

 すると、覗き窓から様子を確認したのか、中から「はーあーいー!」と返事が返ってきた。

 すると、ゴンゴンと重い音をたてながら、砦の城門が上がっていった。


「いいか、おとなしくしてろよ!」

 そう僕に声をかけ、オーガは城門をくぐって、砦の中へと入っていく。

 僕は担がれたまま、いざという時のために、砦の内部構造をこっそり観察する事にした。

 そうやって、周囲を見回していると、建物の奥からゾロゾロとハイ・オーガ達が姿を現してくる。


「お?なんだ、そのガキは?」

「俺達をぶっ殺す!って息巻いてきた、人間の勇者だとよ。まぁ、俺にかかればこんな風に、生け捕りにするのも容易たやすかったがな」

「おいおい、こんな子供が勇者ってマジか?」

「可哀想に……人間は何を考えてるんだ」

 うう、なんだか哀れまれてる。

 オーガって乱暴で狂暴なイメージがあったけど、知能が高いハイ・オーガは、意外と穏やかなんだろうか……。

 ……いや、山賊とかやってるんだから、そうでもないか。


「ところで、他の連中はどうしたんだ?」

「まさか、この小僧が一人で挑んで来た訳じゃないんだろう?」

 僕を捕まえて、ひとり戻ってきたオーガに、砦のオーガ達が尋ねる。

 すると、変な汗をかきながら戻ったオーガはプイッと顔を背けた。


「……お前、まさか他の連中を見捨てて……」

「ち、違うっつーの!こいつの先生だとかいう、ダークエルフの姉ちゃんがいたから、そいつを任せて来たんだっつーの!」

「ダークエルフ?」

「ダークエルフって、やべぇ魔法を使うって噂の……」

「え?なんかヤバくね?」

「な、なーに。九人で取り囲んでたんだから、今ごろはエッチな衣装でも着せられて、ごめんなさいしてるに決まってる……」


「先生はそんなに弱くありません!」


 先生を嘲るような物言いに、僕は思わず怒鳴り声をあげてしまった!

 黙っていた捕虜が突然怒鳴ったせいか、周りのオーガ達もシン……となる。


「そ、そうだな、坊主……たぶん、大丈夫だろう」

「お前、こんな子供の前で、言っていい事と悪い事があるだろ!」

「な、なんだよ!俺が悪いのかよ」

 砦のオーガ達に責められて、僕を捕らえてきたオーガはしゅんとしてしまった。

 なんで、変な所で良識的なんだろう、このハイ・オーガ達は。


「と、とにかく!この小僧は、おかしらへの土産だ。ちょっかい出すんじゃねぇぞ」

「あー、おかしらが人間に要求してたアレか」

「うん、よく見りゃ可愛い顔してるし、この小僧ならおかしらも気に入るんじゃねぇかな」

 僕の顔を眺めながら何か納得してるオーガ達の間をすり抜け、僕をここまで運んできたハイ・オーガは「おかしらを呼んでくる」と言って奥へと消えていった。


 たぶん、この後に僕は奴等のおかしらという奴に引き会わされるんだろう。

 けど、上手く話を持っていければ、オーガの首領と一対一の勝負に持ち込めるかもしれない。

 先生に鍛えてもらったおかげで、ハイ・オーガ五体を相手にできたんだ、きっと奴等の首領が相手でも倒せるハズだ!


 よし、とにかくおかしらってオーガが出てくるまで、体力と魔力の消耗を避けるためにも、余計な小競り合いは回避しなくちゃ!

 僕は何かと話しかけてくるハイ・オーガ達を無視して、ひたすら体内で魔力を練っていた。


「よーし、お前ら!おかしらの登場だ!」

 しばらくして、先程のオーガが戻ってくると同時に大声で告げる。

 僕を構おうとしていたオーガ達に緊張感が走り、皆がいっせいに膝をついて、ハイ・オーガの女王を迎えた。


「……ほぅ、上玉の男の子の気配がするねぇ」

 扉を開けるオーガの横をすり抜け、堂々とした雰囲気を纏った一人のオーガが姿を現す。

 ハイ・オーガの女王……彼女を見た時、僕は不覚にも見とれてしまった。


 身長こそ他のオーガ達より頭二つほど低い(それでも190㎝はありそう)ながらも、整った顔立ちには野生の獣を思わせるワイルドな美しさがあった。

 さらに、上半身は大きな胸をさらしで覆う以外は何も身に付けておらず、鍛えぬかれて引き締まった筋肉を誇示している。

 そうして、熊か何かの毛皮で作った腰巻きをスカートのように翻し、彼女は僕の元へとツカツカ歩み寄ってきた。


「フフン、可愛い顔をしてるじゃないか」

 前屈みになり、ゆさゆさと大きな胸を揺らしながら、僕の顔を覗き込むオーガの女王。

 その光景に、僕はなんだか気恥ずかしくなって、彼女から目をそらした。

「照れてるのか、ウブでいいね。気に入ったよ」

 僕の顎に指を当てて、オーガの女王は無理矢理に顔を上げさせた。


「アタシの名はデューナ。坊やの名前は?」

「ル、ルアンタ・トラザルムです……」

「ルアンタ、か。よし!今日からアタシが、ルアンタのご主人様だ!」

 そんな風にデューナは宣言するけど、僕にそんなつもりはない!


「ぼ、僕はあなたに従うつもりはありません!もしも僕を奴隷ににでもしたいというなら、僕に勝ってからにしてください!」

 僕からの突然の挑戦に、周りのオーガ達は「オイオイオイ」「死んだわ、アイツ……」といった表情になるけれど、デューナはニヤリと笑みを浮かべた。

「可愛い顔をして、いい度胸じゃないか。そのくらい鼻っ柱が強い方が、手懐け甲斐があるってものさ!」

 愉快そうに笑いながら、オーガの女王は配下に命令を下す。


「よーし、これからアタシとルアンタの決闘タイマンだ!お前らは、勝負を見届けな!」

 オオッ!と大きな歓声が上がり、オーガ達は僕達を取り囲むように輪を作った。

「さあ、かかってきな、ルアンタ」

 僕が子供だからなのか、デューナは隙だらけで、完全に舐めているのがわかる。

 でも、そこが付け入る隙だ!


 僕は少し後方に跳んで距離を開けると、素早く魔法の詠唱に入る!

 今までの、魔力のコントロールが出来ずに、大魔法を一発だけ放ってヘロヘロになっていたけど、今は違う!

 先生から教わった、魔力を紡ぐ要点だけを押さえた『高速詠唱』と魔力コントロールで、以前には不可能だった高等魔法を発動させる!

 ほんの数秒で詠唱を終えた僕の眼前に、拳大の火球が二十個ほど生まれた。

 驚くオーガ達の声を掻き消すように、僕は魔法を発動させる!


流星火球群メテオラ・フレイム!」


 放たれた火球の群れは、文字通り流星のように、デューナ目掛けて降り注いだ!

 直撃した魔法によって、派手な爆音と土煙が舞い上がる!

 まともに食らえば、ハイ・オーガといえども瀕死は免れない攻撃だけど、それは本命の一撃じゃあない!


「ふうぅ!」

 呼気と共に全身に魔力を巡らせて、一気に身体能力を跳ね上げる!

 先生に習った『エリクシア流魔闘術』での攻撃!これこそが本命だ!

 全力で拳を握り、煙の向こうにまだ立っているオーガ女王の影へと、僕は矢のように突進した!


「せりゃあぁっ!」

 デューナの鳩尾へと、狙い済ました僕の拳が突き刺さる!

 だけど、その瞬間!

 僕の脳裏には、あり得ないイメージが浮かんだ。

 それはまるで、厚手の毛布にくるまれた、巨大な鉄の塊!

 柔らかな体表の奥に、砕きようの無い堅さを感じ、ゾクッとした悪寒に従って僕は慌ててデューナから離れようとした!


「あはっ♥」

 だけど、逃げるよりも一瞬速く、楽しげな笑い声を漏らしたデューナの両腕が僕を捕らえる!

「うあっ!」

 万力のような力で抱き締められて、思わず苦痛の声をあげてしまった僕を、オーガの女王は恍惚とした笑みで眺めていた。

「いい……いい一撃だったよ、ルアンタ♥」

 ギリギリと力を込めながら、デューナはうっとりとした声色で僕に囁きかける。


「アンタは、アタシの理想にぴったりだよ。絶対にアタシの物にしてあげるよ」

「ぼ……僕は……あなたに、屈したり……しません……」

「んふふ、ますますいいねぇ♥」

 デューナは僕に顔を近づけて、ペロリと頬に舌を這わせた。


「これから、丹念に心を折ってあげるよ。死ぬほど鍛えた後は、グズグスに甘やかして、アタシ無しではいられない体にしてやる♥」

 微笑むデューナの瞳が、妖しい光を帯びていく。

 本気だ……本気で僕を壊して・・・・・・・・自分の物にする気・・・・・・・・なんだ・・・

 再びゾクリと悪寒が背中を駆け上がって、肌が粟立つ。

 逃げようともがいてみても、ガッチリと僕を捕まえたデューナの体は、ビクともしなかった。


「好きなだけ暴れな。そうやって、抵抗しても無駄だって事を覚えるといい」

 優しげに言う彼女の言葉には、僕の心を折ろうとする意思が込められている。

 情けないけれど、そんな欲望と狂気に当てられた事、さらには全身に走る痛みで、僕は視界が涙で歪むのを抑えられなかった。


「エリクシア……先生……」

 気弱になった僕の口から、つい、大好きなあの人の名前がこぼれ落ちる。

「先生?」

 僕の漏らした言葉に、デューナが怪訝そうに呟くのと、凄まじい轟音と衝撃が砦全体を揺らしたのは、ほぼ同時だった!


「な、なんだぁ!?」

「ドラゴンかなんかの襲来か!?」

 予想外の衝撃にオーガ達が慌てふためいていると、再び建物を衝撃が襲い、壁をぶち破って何かが室内に飛び込んでくる!

「きゃあっ!」

「何なのよ、もぅ!」

 訳のわからない状況に怯え、女の子みたいな反応をしながら、オーガ達が飛び込んで来たを確かめて、驚愕の声をあげた!


「お、おい!こいつら、街道で張ってた奴等じゃねーか!?」

「ほ、本当だ!だけど、帰って来たにしてはダイナミック過ぎるだろう!?」

「おっ!?こいつら、何か床に書き示してるぞ!」

 誰かが指摘した通り、飛び込んで来たオーガ達は自らの血で、床に文字を書き残していた。

「『眼鏡』、『おっぱい』、『ダークエルフ』……?」

 残された血文字が読み上げられた時、僕の頭には求めていたあの人の姿が浮かび上がった!


「……ここが、ハイ・オーガ達の巣ですか」

 よく通る声が響き、大きく空いた壁の穴から、細いシルエットが室内に入ってくる。

 そうして、グルリと周囲を見回すと、僕を捕まえたオーガの女王を見据えた。


「せんせぇ……」

 か細く漏れた僕の声に、エリクシア先生は少しだけ優しい眼差しを送ってくれる。

 だけど、次の瞬間には周囲を威嚇する鋭い目付きに変わった。


「私の愛弟子を、返してもらいますよ」

 怯むハイ・オーガの群れを前にして、鬼よりも猛々しい闘気が、先生から吹き上がる。

 その頼もしくも美しい姿に、さっきまで僕の心に広がっていた恐怖心は、あっという間に溶けて無くなっていった。

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