第10話 引き裂かれた師弟

 ガクレンの町で、オーガ山賊団の情報を収集した私達は、翌日には奴等が出没するという、ムーイスの町へと向かう街道を進んでいた。

 奴等は、街道の途中にある山岳地帯に設置された、監視用の砦を根城にしているという。


 元はといえば、近隣の小国などを監視するための物だったそうだが、それらが魔族に滅ぼされた後に、オーガの根城にされるとは思ってもみなかったろうな。

 まぁ、普通のオーガは洞窟等を好んで住みかにするものだけど、そういった砦に住み着くあたり、知能の高いハイ・オーガならではと言えるのかもしれない。


 念のため、エルフが生まれながらに得意とする精霊魔法で、呼び出した風の下位精霊を斥候として先へと行かせておく。

 ただのオーガならここまで慎重になる事もないけれど、相手はハイ・オーガの群れだ。

 万が一に備えるのは、当然の心構えと言えよう。


「それにしても、オーガの山賊って何を狙うんでしょうね」

「オーガの価値観からいえば、食料や荷馬車を牽く馬などでしょう。まれに、宝石の類いを収集する個体なんかもいるようですが」

 オーガも知能が高まると、コレクションのような物をし始める者が出てくる。

 今回のオーガ女王がやろうとしている、少年を集めて『ショタっ子天国』を作ろうとするなんていうもの、収集癖の一種なのかもしれない。

 そんな事を説明してあげると、「さすが先生は物知りですね」と、ルアンタから尊敬の眼差しを受ける。

 ふふふ、前世で身に付けた様々な知識を披露して、正当な評価を受けるのは中々いい気分だ。


 そんな感じで、道中はそれなりに和やかな雰囲気だった。

 しかし、例の山岳地帯に入り込んで少し進んだ辺りで、何者かが会話しているような音を、先行させていた風の精霊が捉えた!

 私はルアンタにその場で待機するよう指示すると、街道を外れて急斜面な山肌を駆け上がる。

 そうして見渡しのいい場所に陣取り、道の先へと目を凝らした。


「…………いた」

 私の視線の先、おそらくエルフでなければ捉えられないほど離れた街道の先で、のんびりとたむろする数体のオーガの姿を確認する。

「もう少し……感度を上げてみますか」

 私は、オーガ達の近くに放った風の精霊を、さらに奴等へ近付けた。

 これで、奴等がどんな会話をしているのか、精霊を通して聞くことができるだろう。

 ほぼ透明な精霊にオーガ達は気付く事もなく、そのまま話を続けていた……。


「あー、しかし暇だな……」

「この所、ぜんぜん人間が通らなくなったしな……これじゃあ、略奪もできやしねぇ」

「はぁー、今人間が通るなら、捕りたての鹿肉とかあげてもいいんだけどな」

「略奪の後にプレゼントとか、マジ紳士じゃねーか!」

 そう言うと、オーガ達はゲラゲラ笑う。


「それにしてもよぅ、こうまで人間が来なくなったのは、おかしらがあんな要求を出したせいだよな」

「違いねぇ。なんだよ『ショタっ子天国』って」

「男の子なんか集めてどうすんだつーの」

「ったく、おかしらの奴め……ちょっと顔が良くて、おっぱいがでかいからってよぅ……好き」

「大きいおっぱい、いいよね……」

「いい……」


 ……………なんだ、この不毛な会話は?

 飲み屋の酔っ払いの方が、もうちょっとマシな話をしているかもしれない。

 普通のオーガより知能が高くなった分、本来の狂暴性に残虐性が加わったイメージを持っていたが、暇をもて余すとこうもダメな感じになるものなのか……。

 まぁ、逆に組みしやすいかもしれないけれど。

 ふと、ある考えが浮かんだ私は、再び山肌を駆け降りてルアンタの元に戻った。


「どうでしたか?」

「ええ、この先に数体のハイ・オーガがたむろしてますね」

「では……戦いは避けられませんね!」

「そういう事です」

 グダグダな様子を知らない彼にとって、ハイ・オーガは恐ろしいモンスターという認識のハズなのに、ルアンタの闘志は高い。

 うん、これなら大丈夫そうだ。


「ところで、どんな魔法で先手を取るんですか?」

「いいえ、不意打ちはしません」

「えっ!?」

 私の言葉が意外だったのか、ルアンタは驚きの声をあげる。

 まぁ、確かに耐久性があり、こちらよりも数が多い相手に対しては、不意打ちで少しでも数を減らしたりするのが定石だろう。

 しかし、それではこの子の修行にならない。

 私は、このオーガとの戦いで、ルアンタに実践経験を積ませてやるつもりなのだ。


「ルアンタ、この先にいるハイ・オーガは、貴方が一人で倒しなさい」

「ぼ、僕が一人でですか!?」

「私の見立てが正しければ、十分に戦えるハズです」

 一応、危なくなったら助けに入るつもりでいるけど、最初にそれを言うと甘えになるだろうから伏せておく。

 さて、どう答えるかとルアンタの様子をうかがうと、彼はブルリと体を震わせた。

 しかし、それは恐怖から来るものではなく、闘志に満ちた顔に相応しい武者震いである。


「先生ができると言ってくれるなら……僕はきっとできます!」

 よく言った、我が愛弟子!

 あまりの可愛さに、ルアンタのほっぺにちゅーでもしてやろうかと思ったが、戦いを前に気が抜けるような真似をしてはいけないなと自重した。

「では、行きますよ」

「はい!」

 そうして、私達はオーガの待つ街道の先へと踏み出した。


         ◆


 ──しばらく進むと、道を塞ぐように座り込んでいるハイ・オーガ達の姿を視認する事ができた。

 ……だが、あれ?

 向こうからもすでに見えてるはずなのに、全然こちらに反応しないぞ?

 おかしいなと思い、目を凝らしてみると、奴等はコクリコクリと頭が揺れている。

 寝てんのかい!


「……ど、どうしましょう、先生」

 さすがに、ここまで油断されるのは想定外だったルアンタも、困ったように尋ねてくる。

 うーん、このままじゃ不意打ちになっちゃうからなぁ……。

 仕方ない、こちらから呼び掛けるか。


「頼もう!」


 私が一喝すると、オーガ達は目を覚ましてオタオタと周囲を見回す。

「我々は人間領より選ばれた、勇者ルアンタとその一行です。この街道に巣くう、あなた達オーガ山賊団を倒すために参りました!」

 ギルドの方針があったとはいえ、ガクレンの町で上がってしまった勇者の名声にルアンタの名を加えるべく、私はあえて彼の名を強調する。

 そんな風に、名乗りを挙げた私達に気付いたオーガ達は、目をパチクリさせてこちらを凝視した。


「お、おい……勇者だってよ」

「マジか、初めて見たわ」

「それに、あっちのお姉ちゃんはダークエルフじゃねぇか?」

「おお、すげえ……サイン貰おうかな」

 誰がサインなんてするか!

 なんなんだ……と思いつつ、私はふと山賊らしからぬ緊張感のなさが逆に気になった。

 一応は敵……というか獲物が現れたというのに、この余裕ともいえる態度はなんだろう。

 そんな私の胸の内を読んだように、オーガ達はニヤニヤしながら道幅いっぱいに広がった。


「へへへ……久々の獲物だ、逃がしゃしねぇ」

「それに、よく見りゃ二人ともかなりの上玉じゃねえか」

「女は俺達の遊び相手、小僧はおかしらへのお土産だ!」

 そう言い放つと、唐突に一体のオーガが「オォン!」と奇妙な声を発した!

 すると、どこに隠れていたのか私達の来た道を塞ぐように、新たなハイ・オーガ達が後方から姿を現す!

 なるほど、近くにいた仲間を集める合図だったようだ。


「これでもう、逃げられねぇぜ!」

 ふぅん……こうして街道近くに散らばって、いつでも獲物を挟み撃ちに出来る布陣だけはしてあったから、ああも余裕だった訳か。

 意外にも頭を使っていたオーガ達に感心しつつ、私は新手のオーガ達の方へと向かった。


「ルアンタ、貴方は予定通りにそちらのオーガ達を倒しなさい。こちらの新手は、私が引き受けます」

「はい!」

「『はい!』じゃないがっ!」

 たった二人で挑んでいく私達のやり取りに、さすがに舐められていると感じたのだろう。

 激昂したハイ・オーガの一人が私に向かって駆け出そうとして……そのまま地面に倒れた!

 ピクリとも動かない、仲間の様子を見たオーガ達に戦慄が走る!


「て、てめえ!何をしやがった!」

「殴っただけですよ……ただ、あなた達では見えない速さで、ですが」

 私の『エリクシア流魔闘術』により強化されたスピードは、常人の目にも映らないほどの加速を可能にする。

 いかに耐久性の高いオーガでも、意識の外から一撃を加えられれば、こんな物だ。


「お、おのれぇ……」

「なぁ、もしかして、このダークエルフの姉ちゃん、ヤバくね?」

「俺も、そんな気持ちでいっぱいになってきた……」

「完全に俺達、やられ役の空気だよね……」

 少しばかり青ざめてるオーガ達へ、私は自ら歩を進めた。


         ◆


「──さて、ルアンタの方は?」

 あっという間に新手のオーガ達を全て打ち倒した私は、奮闘する弟子の方へと目を向ける。

 すると、五体ほどのハイ・オーガを相手に、ルアンタはスピードを生かしたヒット&ウェイでやや優勢に戦いを展開していた。

 うーむ、しかしこれは時間がかかるかもしれないなぁ。

 元々がタフな上に、オーガ達には優れた回復能力があるため、ルアンタが手傷を負わせてもジワジワと回復してしまう。

 ルアンタの体力が尽きる前に、オーガ達を倒せるか……それが問題だな。


 私は、近くの岩に腰を下ろして、ちょっとハラハラしながらも弟子の戦いを見守る。

 今の所は、一進一退。

 しかし、ある一体のオーガに深傷を負わせたと同時に、ルアンタはそいつからの反撃を受けてしまった!


「ルアンタ!」

 蹴り飛ばされた小柄な少年の姿に、私が立ち上がりかけたその時!

 突然、気絶していたはずのオーガの一体が起き上がり、吹き飛ばされたルアンタの体をキャッチした!


「なっ!?」

「よっしゃ、ショタっ子ゲット!」

「いいぞ!お前はそのまま、おかしらの所に小僧を連れてけ!」

「こっちのダークエルフの姉ちゃんは、俺達が足止めする!」

 ルアンタの相手をしていたオーガ達はおろか、倒れていたオーガ達も次々と立ち上がって来て、私とルアンタの間に立ち塞がった!

 こいつら、いつの間に回復したんだ!?


「せ、先生ー!」

「ル、ルアンター!」

 私の呼び掛けもむなしく、ルアンタを抱えたオーガは、あっという間に街道を外れて姿を眩ます。

 後に残されて呆然とする私を前に、ハイ・オーガ達は魔法を使用した!


筋力強化マッソゥ!』

防御魔法ディーフェンス!』


 ただでさえ優れた身体能力を魔法で強化し、さらに防御魔法を使って鋼鉄のごとき強度を得る!

 そんなオーガが横並びに立ち塞がれば、まさに堅牢な城壁と言っても過言ではない。


「ククク、まさかこいつらが気絶した振りで、機をうかがっていたとは思わなかったようだな」

「いや、本当に気絶してたんだけど……」

「しっ!黙ってりゃわからんて!」

 そんな目の前で話されたら、バレバレなんだが。

 しかし、奴等の間抜けなやり取りも、今の私にはどうでもよかった。


 ルアンタ……私が油断したばっかりに……。

 迂闊な自分自身への怒りが、胸の内で燃え盛る!

 一刻も早く、あの子を助けなければ!


「あの子を……ルアンタをどこに連れていった……」

 怒りを抑えてオーガに問うと、囃し立てるように奴等は答えた。


「ヒャハハ、あっちの坊やは砦で俺達のおかしらがよろしくやるだろうから、先生は俺達とよろしくやろうぜ!」

「ケケケ、まずはバニーちゃんのコスプレでもしてもらおうかなぁ!」

「ククク、なんでそんな衣装を持ってるんだ、お前は?」

「カカカ、獲物に美女がいた時に、着てもらうために決まってるじゃねぇか!」

「へヘヘ、色々な意味でやべぇ野郎だなぁ!」

「キキキ、用意周到と言ってくれや!」

「何の話をしているんですか、お前らはっ!」

 訳のわからない盛り上がりを見せるオーガ達に、思わずツッコみながら吼える!

 そんな私に一瞬だけ怯んだものの、数に勝る奴等は一気にねじ伏せろとばかりに、私に向かって跳びかかってきた!


         ◆


 ──五分後。

 見る影も無いほどボコボコにされたオーガ達は、私の前に正座していた。

 ふぅ……暴れたおかげで、少し落ち着いた。


「すんませんした……」

「もう、ほんと勘弁してください……」

 シクシクと泣きながら、哀れみを誘う声で詫びを入れるオーガ達。

 さっきまでの、調子に乗った態度はなんだったんだ……。


「謝る必要はありませんよ。ただ黙って、迅速に、私をあなた達の砦に連れて行きなさい!」

「そ、そんな事をしたら、俺達がおかしらにぶっ殺されちゃいますよぉ!」

 私の要求に、怯えを隠そうともしないでオーガ達は拒否してくる。

 奴等のおかしらとやらは、相当な恐怖政治を敷いてるようだな。

 でも、ルアンタが拐われている以上、奴等の言い分を聞いてやる慈悲はない!


「そうですか……では、おかしらに殺されるのと、この場で死ぬのは、どちらがいいですか?」

「砦にご案内致します!」

「どうぞ、こちらへ!」

 ちょっと脅した途端に、すさまじい勢いでオーガ達は手のひらを返す。

 こいつら、本当に自由だな!


「言っておきますが、適当に時間稼ぎとかして、ルアンタが可哀想な目にあったら、あなた達を死ぬより辛い目に会わせますからね」

「も、もちろんですよ!最短距離でご案内いしますって!」

 冷や汗を滝のように流しながら、満面の愛想笑いを張り付けたオーガ達の後に私は続く。

 待っていてね、ルアンタ!

 すぐ助けに行くからっ!

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