第9話 オーガ山賊団
「し、支部長!」
「これはいったい、なんの騒ぎなんだ!?」
支部長と呼ばれた髭のおじさんが、カウンターから声をかけた受付嬢に尋ねる。
「わ、私達にも事情はよく分からないのですが、あちらのダークエルフの女性を見た途端に、Aクラスチームの方々が……」
「なん……だと?」
信じられないといった顔つきで、ひどい有り様のAクラスチームの連中を見回した支部長は、私達へと目を向けた。
「と、とにかく事態の収拾を!Aクラスチームの連中を、医務室に運べ!」
指示を受けたギルドの職員達が、即座に動き出す。
うん、なかなかの統率力だ。
「……君達には少し事情を聞きたい。別室へ来てもらえるかな?」
「いいでしょう。私としても、話がありますから」
こうして、私達と事の成り行きを目撃していた受付嬢が、支部長の事務室へと案内された。
◆
「……………なるほどな、話はわかった」
私の話と、目撃者の受付嬢からの話を聞き終えた支部長は、長い沈黙の後にようやく声を絞り出す。
「黒狼を倒し、新たな森の主になったエリクシア殿。そして、その弟子であるミルズィー国認定の勇者ルアンタ殿か……」
支部長の顔には、苦渋の色が滲む。
まぁ、先に黒狼を倒したと喧伝していた他の勇者が、嘘を言っていたという事になるから無理もない。
一地方ギルドの支部長くらいの立場では、大っぴらに文句もつけられないだろうしね。
「あの……二人には申し訳ないのだが、このまま勇者達が『黒狼』を倒したという事にしてもらえないだろうか……」
んん?どういう事?
「じ、実を言えば、勇者が黒狼を倒したと喧伝したのは、我々なのだ……」
「!?」
「ギルドが組織的に噂を流したって事ですか!?」
苦渋の表情でギルド支部長は汗を拭う。
なにやら訳がありそうだが、どういう事だろうか?
「いったい、どういう事なんです?」
「それは……」
そう、支部長が何か言葉を紡ごうとした時、激しく事務室の扉をノックする音が響いた!
「……どうした?」
「す、すいません!先程、医務室に運んだAクラスの方々からの伝言が……」
慌てた様子で室内に入ってきた職員に、支部長は伝言の内容を問う。
「は、はい……それが、そちらの『ダークエルフの女性に逆らったら、らめぇ……』と」
「『ダークエルフの女性に逆らったら、らめぇ……』だと!?」
「は、はい。しかも、『万が一、あのダークエルフが暴れたら、この町は滅びる』とも……」
……いや、あの冒険者達ってば、私をなんだと思ってるんだろう?
驚愕の形相で私達を見る、支部長達の視線が痛い。
こんな見目麗しいダークエルフと美少年の勇者を、そこまで化け物を見るような目で見なくてもいいんじゃないかな……。
でも、これだけ私にビビっているなら、少しだけ心配してた「私=黒狼」という真実をAクラス冒険者達が暴露して、まとまって襲ってくるなんて事はなさそうだ。
「エリクシア殿……貴女の実力という点では、先程のAクラスチームの様子を見れば疑う余地はない。そして、そんな貴女が黒狼を倒して森の主になったと言うのも、恐らく本当なのだろう」
私を見て半狂乱になった彼等の姿と今の伝言が、よほど印象に残ったのか、すんなり私の話は信じてもらえた。
しかし、支部長は「だが……」と続ける。
「なればこそ、君の支配する森を開拓し、道を通させてもらえないだろうか!」
そう言って、支部長は深々と頭を下げた。
はて……今まで森の開拓を行わなくても良かっただろうに、なぜこんなにも焦っているのか?
確かに、今の活気づいている町に落胆をもたらすかもしれないけれど、ヤバい黒狼以上の主がいるとわかったなら、そこまで反感は持たれないはずだ。
まぁ、私は別に矢面に立つつもりはないけど。
「何か……森に道を通さないといけない理由が、あるんですか?」
ルアンタも、支部長達の必死の態度が気になったようで、そんな彼等に問いかける。
「……まず、見てほしい物がある」
そう言って支部長が合図をすると、受付嬢と職員が一枚の地図を持ってきた。
そうして、私達の前でそれを広げると、支部長は現在の勢力図だと言って説明を始めた。
「数年前の魔族の侵攻により、この黒く塗られた場所にあった小国や町、村々はやつらに滅ぼされて占拠されてしまっている」
見れば、このガクレンの町かさらに北の方はすっかり黒一色だ。
「ガクレンと東西にある二つの町を有する、中規模国家のカルザスが、事実上の人間界の最前線だ。それ故に、各町村との連携や物資の供給路が文字通りの生命線となる」
なるほど、確かにそんな感じだ。
地図上で横並びになっている三つの町は、どこか一つが攻められれば、即座に救援を出せる体勢で魔族の進行に備えているのだろう。
「だがここ最近、ガクレンから東にあるムーイスの町へ続く街道の近くに、ある山賊団が姿を現し始めた」
支部長が指差しているのは、ここから東へ伸びる山岳地帯を通る街道の一部。
そこが、山賊団が出没する場所か。
「そのため、この街道を迂回して供給の道を確保することが、早急に求められているのだ」
この町から南にある私の森を通れれば、確かに山賊の出るポイントは迂回できる。
しかし、分からないな……。
「たかが山賊ごとき、冒険者や町の兵力を持ってすれば、簡単に壊滅できるのでは?」
当然ともいえる私からの指摘に、支部長は苦々しい顔で首を横に振った。
「残念ながら、並の兵力では対抗しかねる……なぜなら、その山賊団は全員がオーガによって構成されているのだよ」
「なっ!?」
「そ、そんな事が!?」
さすがに私達も、驚きで言葉に詰まる。
「山賊が、用心棒代わりにオーガを連れているという訳ではないのですか?」
「いいや、完全にオーガのみによる、略奪集団だ。しかも、そのほとんどがハイ・オーガだという報告もある」
「そんな馬鹿な……」
信じがたいその話に、変な笑いがでそうだ。
「ハイ・オーガ……それって、どういうものなんですか?」
聞きなれない種族名と、それがなんなのか知ってそうな私に、ルアンタが尋ねてきた。
「文字通り、オーガの上位種ですよ。通常種より頭が良く、魔法を使う事も多いですね」
「オーガが、魔法を……」
ルアンタが驚くのも無理はない。
通常、オーガといえば力は凄まじく強いが頭は悪く、しょうもない罠にかかって退治されるなんて事もしばしばなモンスターだ。
しかし、それがハイ・オーガとなれば、持ち前の怪力と頑強さに魔法を扱う知能も加わった、恐るべきモンスターとなる。
そんな奴等が群れを為しているとしたら、下手に戦力を投入するよりも、迂回路を作ろうとギルドの連中が考えるのも当然だろう。
「しかし……その集団は、魔族側から派遣されて来たという可能性は?」
いくらなんでも、ハイ・オーガが勝手に群れて、山賊行為を行っているとは思えない。
だとしたら、その背後には何か組織的な物があるのではないかと、そう考えるのが普通だ。
しかし、支部長から返ってきた返事は、その可能性を否定していた。
「奴等は、魔族とも小競り合いをしている節がある。実際に、魔族の小部隊を壊滅させていた事があるしな」
なんと……人間と魔族の両方に喧嘩を売るとは、なんとも豪気な連中だなぁ。
「ハイ・オーガ達を率いているのは、『
オーガ女王……そんな個体を聞くのは、前世も含めて初めてである。おそらく、突然変異か何かなんだろうか。
「そんな女王だが、最近、この周辺の町村に、ある要求を出してきた」
「オーガが要求を!?」
「ああ……まだ、ギルドや町の上層部で話しは止められているがね。そして、その要求というのが『六歳から十二歳になる男児を女王に捧げよ』というものだ」
子供を女王に捧げよだって……?
いったい、どういう事かと思ったが、もしかしたら、その女王は子供を亡くしたオーガなのかもしれない。
オーガという種族は、男が時々我が子を食らうほど狂暴なのだが、女は逆に母性が強く、自分の子供を失った母オーガが、別の種族の子供を育てたなんて話があるくらいだ。
「その女王、自分の子供の代わりを求めているんでしょうか……」
「どうなんだろうな……ただ、女王による『ショタっ子
「なんですか、それはっ!」
思わず、声が出た!
ただの変態オーガじゃねーかっ!
しんみりして、損したわ!
「確かに、特殊な性癖を持つ女王かもしれない。しかし、率いる一団が脅威なのも事実だ!だから、改めて頼む!森を開放してくれまいか!」
話は最初に戻り、再び森の開拓の許可を支部長は求めてきた。
「……それはやはり出来ませんね。ダークの私とはいえ、エルフにとって帰るべき森は重要ですから」
「そ、そんな……」
「ただし!森を開拓せずに済む方法はあります」
「な、なんだって!?それはいったい……」
「そのオーガ山賊団を、蹴散らせば良いのでしょう?」
「え……?」
「確かに、ただの冒険者達や兵士には難しいでしょうね。でも、
はっきりと言い切った私に、支部長達が目を見開いた!
その目には、「Aクラス冒険者もビビるこいつらなら、なんとかできるかも……」といった、期待のような物がチラリと見てる。
まぁ、すぐに冷静になったのか、やっぱムリだよなぁという顔へと戻っていたけど。
そんな彼等から、私は視線を移して愛弟子を見据える。
「ルアンタ、貴方が勇者として最初に挑む試練……オーガ山賊団の討伐といきましょう!」
「……わかりました、先生!きっと、期待に答えます!」
覚悟の決まった、弟子からの良い返事に、私は満足気に頷いた。
少年ながらも、勇者に相応しい堂々たる態度……私も師として鼻が高いよ。
ガチでオーガの山賊団と事を構えようとする私達を、支部長達は頼もしい……というよりは、イカれてる……といった表情で眺めていた。
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