第8話 Aクラス冒険者の脅威
私の森からガクレンの町までは、さほどの距離は離れていない。
なので、一日だけ夜営して翌日の昼には町に到着することができた。
ただ、夜営の際に夜の外気は体温をことさら奪うからと、ルアンタを抱っこしながら寝ようとしたら断られたのがちょっと寂しかった……子供が遠慮しなくてもいいのに。
なんにせよ、町の入り口で検問を受ける列に並び順番を待つことにする。
ただ、人前でダークエルフだとバレては、余計なイザコザがあるかもしれないので、目深かにフードを被って一目ではそうだと分からないようにしておいた。
そうして、検問を通過して町にたどり着いた私達だけど、何やら賑わいを見せる町の様子に少し戸惑っていた。
はて……この人間達の浮かれている雰囲気は、いったい?
「なんでしょうか……僕達が黒狼の討伐依頼を受けた時には、もっと落ち着いた感じだったんですけど……」
お祭りでもあるのかな?と、ルアンタも首を傾げる。
「あー、ちょっと話を聞きたいのですが、よろしいでしょうか?」
道行く町人らしき男性に声をかけ、この賑わいは何事かと尋ねてみた。
「ああ、そりゃあここから南にある森に住んでいた、『黒狼』って化け物が討ち取られたおかげさ!」
なにっ!? なんで、その話が……?
「長らく手が入って無かった、黒狼の森の開拓事業に関わって一儲けしようって連中と、そいつらの護衛やらで稼ぐために冒険者連中も集まって来て、この賑わいってわけだ」
なるほど、そういう事か。
私達は町人に礼を言うと、再び町の様子に目を向けた。
言われてみれば、商人や職人、さらには荒れ事に長けてそうな連中が、そこかしこにうろついている。
「先生が黒狼を倒したって話が、どこからか漏れたんでしょうか?」
「さて、どうでしょう……」
そんな彼とも、ここ二月以上は一緒に過ごしたが、その間に私も含めて他人との接触は無かった。
つまり、黒狼が倒されたという情報が流出するはずがないのだが……。
「とにかく、もう少し詳しく話を知りたいですね」
「そうですね。道すがら町の人に話を聞いて、冒険者ギルドへ行ってみましょう」
◆
「……ここが冒険者ギルドですか」
口の中の肉の塊を咀嚼し終えてから、私は呟いた。
さらに、手にした葡萄酒を一口飲んで、肉の脂を胃に流し込む。
ふう、たまらん。
「……建物の中には、荒っぽい人達もいると思いますから、気を付けて行きましょう」
ルアンタも、様々な具材を乗せて焼いた薄焼きのパンを頬張りながら、注意を促してきた。
……いや、買い食いを楽しんでいた訳ではないよ?
情報収集のためにほ、色々な店を訪ねて物を買ったほうがスムーズに行くからね。
「でも、こんなにごちそうになって良かったんですか?」
今、私達が食べている物の代金は、すべて私が全て出していた。
自分も少しは持ち合わせがあると彼は申し出たんだけど、ここは師として、また大人として子供に払わせるのはどうかと思うのよ。
まぁ、私の持ってる金銭は前に返り討ちにした冒険者達から巻き上げた物だから、それほど気にする事もない。
とにかく、建物の前で購入した飲食物を平らげてから、私達は冒険者ギルドの扉をくぐった。
中に入ると、数人の武装した人間達がこちらにチラリと視線を送ってくる。
女と子供の二人連れということで、大概が見下したような目だ。
んー、なんだか前世で受けた、魔界での扱いを思い出すなぁ。
脳筋の兄弟達からそんな目で見られていたから、一部の配下からも私をそんな風に見下してたっけ。
「……カウンターで話を聞きましょう」
雰囲気の悪さを感じたのか、ルアンタが私の手を取って受付に向かおうとする。
そんな私達の前に、立ちふさがる影があった。
「おおっと、待ちなぁ。ここはガキの遊び場じゃねぇぞぉ?」
「そうだぜぇ。もっとも、お姉ちゃんの方は遊び相手になってやってもいいけどなぁ」
ニヤニヤしながら行く手を塞ぐ、戦士風の男が二人。
わ、わかりやすぅい!なにこの連中?
そういう仕事でもやってるのかってぐらい、露骨に絡んできてる。
「生憎、口の臭い男と鼻毛が出ている男は好みじゃないんですよ」
軽くあしらうつもりで言い返すと、二人はギョッとした顔になった。
「え、うそ……俺って口が臭いの?」
「あ、うん、実は……って言うか、俺は鼻毛が出てたのか?」
「あー、なんかビローンって出てるわ。しかし、なんだよぅ……口臭がキツいなんて、ちゃんと言われなきゃわかんねぇじゃん!」
「デリケートなんだよ、その辺の指摘は!俺の方こそ、鼻毛が出てるなら教えてくれよ!」
「それこそ、言いづらいわ!お前、ただでさえ格好つけたがるのに!」
両方、気づいてなかったのかい!
あと、仲いいな君ら!
「……それで、これ以上私達に何かご用でも?」
「あ、いや……歯を磨いてから出直すわ」
「俺も、鼻毛とか整えてくる……」
豪胆そうな見かけで割りと繊細だったらしい彼らは、すんなりと道を譲ってくれた。
だが、しょんぼりした様子の戦士達が立ち去ろうとすると、別の方向からヤジが飛んでくる!
「おいおい、お前ら。そんなんで、うまい仕事にありつけると思ってんのか!」
「そうだぜ、今のギルドは冒険者の飽和状態なんだからよぉ!」
「新人やら後から来た奴に、譲ってやる席なんざありゃしねえんだぞ!」
下卑た笑い声と共に、周囲か囃し立てるように次々と声があがる。
しかし……。
「冒険者が……飽和状態?」
気になった言葉につい問い返すと、「その通り!」とまた別の方向から声をかけてくる者があった!
「うおっ!あ、あいつは!」
「間違いねぇ!Aクラスチーム『
丁寧に、その辺のモブ冒険者が解説してくれる。
ほう、彼が例のAクラス冒険者とやらか……。
なるほど、他の有象無象と違って、装備も整っているし、立ち振舞いも自信に溢れている。
しかし、目の前の彼と同等らしき奴等が、他にもいるようだけど……。
私が、頭ひとつ抜けてる連中に視線をやると、ザックと呼ばれた冒険者は「ほぅ……」と声を漏らした。
「なるほど、力量を見抜くくらいはできるようだ。俺以外の、Aクラスの存在に気づいくとは」
そう言われて、回りの連中がキョロキョロした後に声をあげた。
「ああっ!あの隅にいる男は、チーム『
「お、おい!あっちには『
それぞれ名前を呼ばれた奴等が、小さく笑ってみせる。
ふーん、まぁどのくらい凄いのかは知らないけど、周囲の驚きようからするとかなりの使い手なのだろう。
でも、ルアンタの武器の師に選ぶには、物足りないかな。
ただ……なんだろう、この連中。
どこかで見た事があるような、ないような?
「女と子供ね……お前らの冒険者クラスは?」
小首を傾げる私を無視し、値踏みするようにこちらを見ながら、ザックとやらが尋ねてくる。
「クラスも何も、私達は冒険者ではありませんから」
「はぁ!?」
呆れたような声が周囲から漏れると、それは大きな笑い声に変わっていった。
「な、なんだよ!迷子かなんかか?」
「それとも、護衛冒険者の下働きでもさせてもらいに来たのかよ?」
「ガキと女じゃ、使い物にならねーよ!」
回りの連中がゲラゲラと笑う中、Aクラスの連中は心底うんざりとした表情になった。
「今、この町は黒狼が討たれた事で、森の開拓護衛の仕事で溢れてるんだがな、食い詰め連中が次々と現れてキリがない」
「お前らみたいなのが、森のモンスターやらに襲われて、俺達の負担を増やされても困るんだよ」
「そういう事だ。せめてBクラス程度の実力がないなら、首を突っ込むんじゃねぇ!」
いや、別に仕事を探しに来た訳じゃないんだけど。
私としては、あまりにも的はずれな指摘ばかりされて呆れるばかりだったが、ルアンタはそうではなかったらしい。
「先生を馬鹿にしないでください!」
「なんだぁ、ボウズ?先生?」
私とルアンタを姉弟と思っていたのだろう、ザックが怪訝そうな顔をした。
「先生こそ、黒狼を倒した張本人です!あなた達よりも、ずっと強いんですから!」
珍しく怒りを顕にするルアンタに、私は胸が熱くなる。
師を馬鹿にされたと思って怒るなんて……なんていい
「ハハハ!馬鹿を言え!」
「黒狼を倒したのは、七大国から派遣された勇者達だよ!」
「えっ!?」
Aクラス冒険者の言葉に、ルアンタが驚きの声をあげる。
そして、私もまったく同感だった。
あの日……ルアンタを弟子に取ってから、配下の獣達に探索させて、森の外に誘導するように指示しておいた、各国の色物勇者達……。
奴等が、黒狼……つまりは、尾ひれが着きまくった空想上の私を倒したと吹聴していたの?
「……証拠は有るのですか?」
「あん?……まぁ、確かに黒狼の死体は無かったよ。だが、奴の活動が無くなった事は間違いない」
そりゃ、ここの所ルアンタの修行に付きっきりだったからね!
「それに大国の威信も背負う国家公認の勇者が、つまらん嘘をつくハズもないからな」
あー、そういう意味では、確かに信用はあるのか。
ルアンタの話を聞くには、とんでもない連中ばかりだけど。
「まぁ、勇者達が殺らなかったら、今度こそ俺達が仕止めていただろうがな!」
「ああ!以前は不覚をとったが、黒狼といえど修行して装備も新たにした、今の俺達の敵ではない!」
「ははっ!黒狼も出会ったのが勇者じゃなくて俺達なら、土下座してからの命乞いくらいで許してやったかもな」
Aクラス冒険者達が、自信に溢れた態度で口々に言う。
ん……?こいつら、
あ!そうか!
何か見覚えがある気がしたのは、私が身ぐるみ剥いだ連中の内の何人かの内が、コイツらだったからか!
つまり、ダークエルフの女一人にやられたと言えなくて話を盛りまくり、黒狼なんて架空のモンスターの話が生まれたのには、コイツらも一枚噛んでる訳ね……。
「はぁ……まさか、こんな奴等のせいで……」
「あ?何か言ったか、ねーちゃん?」
つい漏らした私の呟きを聞きとがめ、Aクラスの連中が睨みを効かしてくる。
「なんでもありませんよ。それより……」
「人に話しかける時は、顔くらい見せやがれ!」
そう言うが早いか、男は私が被っていたフードを跳ねあげた!
「おおっ!?」
「あれって、ダークエルフ!?」
フードの下から現れた、予想外であろう私の風貌に、周囲の人間達がざわめく。
だが、そんな中で一際高い悲鳴が室内に響いた!
「きゃあぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
絹を裂くような絶叫!
その声の主は、
あまりの
「げえっ!あ、あのザックが失禁しながら失神したぁ!?」
「お、おい!『
「ああっ!『不落』のギーヤンが、全裸土下座してるっ!?」
突然のAクラス達が見せた醜態に、ギルドの中は混乱の渦に巻き込まれていた!
いや、こいつらどれだけ私がトラウマになってるんだ?
「あ、あのダークエルフの女は何者だ!?」
「ザック達に、何をしやがったんだ!」
どうやら、彼等が混乱しているのは私のせいだと気づいたらしい何人かが、私の方を恐々と見ている。
ううん、
そんな時、一人の老冒険者が前に歩み出てきた。
「むぅ、間違いない!あれこそ、伝説の『
「な、なにぃ!知っているのか?じい様!?」
「かつて達人達の間では、無駄な争いを避けるために自らの闘気を相手に当てて、己の力量を知らしめたという。相手より力量が低ければ、首を斬られたような感覚を受けた事から、その名がついたそうな」
「そんな技が……だけど、俺達はなんともないぜ?」
「一流は一流を知る……相手の強さが分かるのも、強さのうちというからのぅ。ワシらでは、修行が足りんという事じゃ」
「な、なるほど……」
……なんか、もっともらしい事を言ってるけど、私は何もしていないからね?
こいつらが、勝手にビビっただけだからね?
とにかくAクラスがこんな状態になり、ざわめく他の冒険者達の収拾がつかなくなりそうになってきた。
騒ぎが大きくなっては、私達も困るんだが……。
いっそ、この場にいる全員を気絶させてしまおうか……と、そんな事を考え始めたその時!
「いったい、なんの騒ぎだ!?」
奥の部屋から、威厳のある髭の男が怒鳴りながら姿を現した。
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