第12話 師匠VS女王

 ──それは、私がハイ・オーガ達の砦に突入するよりも、少しだけ時間を遡る。


         ◆


「ここが、ハイ・オーガ女王のハウスですね」

 山間に隠すように建てられた砦の姿を確認し、私は呟いた。


「左様でさぁ。あそこに暴君めいた、あっしらのおかしらがいるんでやす」

「うへへ、ダークエルフの姐さんなら、楽勝でげすよ!」

 ここまで案内させたハイ・オーガ達は、揉み手をしながら媚びを売るような口調で同意する。

 いくら完膚無きまでに叩きのめしたとはいえ、ここまで態度があからさまに変わるのも逆に怪しい。

 ひょっとしたら、何かの罠という線もあるか……そう考えた私は、ここらでオーガ達に簡単な指示を出してみる事にした。


「ここまでの案内、ご苦労さまでした。では、これからあなた達は、砦の中に戻って城門を開いてください」

「へ?」

「さ、先に入っていいんですかい?」

「ええ、私としても無事にルアンタを救い出したいので、下手に騒ぎを大きくしたくありませんし」

「えへへ、ですよねー。じゃあ、俺達が中に入ってから、姐さんを手引きしやすんで!」

 そう言うが早いか、オーガ達は走り出して門の所まで行くと、見張りと何事か言葉を交わしてから、砦の中に入っていった。


 ……ふむ、どうやらこの位置から門の前まで、罠は無さそうだ。

 まぁ、仮に何か仕掛けられていても、オーガ達が通っていった所を歩けばいい。

 私は悠々と歩を進めて、門の前にたどり着いた。

 すると、壁の上から先行したハイ・オーガ達が顔を覗かせる。


「ヒャハハ、引っ掛かったな!バカな女め!」

「誰がお前なんかを、砦入れるものかよ!」

 私を出し抜いたと思い、こちらを見下ろしたオーガ達は、さらに調子に乗って罵倒の言葉を投げ掛けてきた。


「やーい、やーい!おっぱいに栄養取られたお間抜けエルフ!」

「悔しかったら、何とか言ってみろー!」

「ダサ眼鏡かけて知的キャラ気取ってるけど、俺達の方が一枚上手だったようだな!」

「お前ヒロイン面してるけど、眼鏡いらねえんじゃねえか!」

 好き勝手に私を罵る、ハイ・オーガ達。

 はぁ……まさか、こうまで予想通り・・・・のリアクションをしてくるとは。

 あと、ルアンタがプレゼントしてくれた眼鏡をバカにしたのと、前世からの眼鏡者としては断じて許せん罵倒をしてくれたな。


爆発魔法エクスプロード


 私は、すでに詠唱を済ませておいた魔法を発動させた。

 轟音と共に、城門とオーガ達が吹っ飛び、瓦礫の山に死屍累々と横たわる。


「う、うう……」

 黒こげになって呻くオーガ達に、私はゆっくり近付く。

 すると、私に気付いた彼等は「てへっ♥」と可愛く(可愛くない)舌を出してウインクしてみせた。

 だから私は、無言でその顔面を鷲掴みにして、倒れているハイ・オーガの巨体を持ちあげた。

「いだだだだっ!!」

 私に無理矢理引き起こされたハイ・オーガの頭蓋骨が、メキメキと音を立てる。

 たぶん、すごい激痛を感じているであろうオーガに、私は優しく語りかけた。


「ノックも無しに屋内に入るのは、失礼ですよね。客が来たと伝えてください」

 そう伝言を頼み、オーガの巨体を思いきり砦の方へと投げつける!

 派手な音と共に壁がぶち破られ、ぽっかりと開いた大穴から、私は砦の中に入っていった。


         ◆


「私の愛弟子を、返してもらいますよ」


 突然、私という堂々とした侵入者が現れた事で、砦に集まっていたハイ・オーガ達の間に動揺のざわめきが起こる。

 ふっふっふっ、思ったとおり、奴等の度肝を抜いて……はうあっ!?


 困惑しているオーガ達より、私の目を奪ったのは、謎の女オーガに抱き締められて、苦しげな吐息を漏らすルアンタの姿だった!

 あれが、おそらくこいつらの首領であるハイ・オーガの女王なのだろうが……そんなことより、私のルアンタになんて事をっ!?


 激昂のあまり思わず飛びかかりそうになったが、ルアンタはまだ相手の手の内という状況がブレーキとなって、何とか踏みとどまった。

 そうだ、まずは密着してる彼と女王を、引き離さなくては!

「貴女がここの女王なんでしょうが、まずは私の弟子を解放してもらいましょうか」

「ほぅ……アンタが、この坊やの保護者かい」

 どこか挑発的な物言いで、女王は私を値踏みするように眺めた。


「ふぅん、ダークエルフってのは珍しいけど、大した事はなさそうだね」

「大した事はないかどうか、試してみますか?」

 睨み合う私達の間で、激しく火花が散る!

 一触即発な雰囲気を醸す私達を見ていた回りのオーガ達が、慌てて女首領を宥めようとした。


「お、おかしら、落ち着いてくださいよ!」

「そうっスよ!あのダークエルフ、普通じゃないですって!」

「床に転がってる、あいつらだってハイ・オーガなんですよ!? それを、ああも軽々と倒すなんて、絶対ヤバいです!」

 ほぅ、私をここまで案内したオーガ達は暴君のように言っていたけど、一応は慕われてるみたいね。


「はっ!このアタシが、あんなひょろいのに負けると思ってるのかい?」

「しかし、魔法とか……」

「魔法なんざ、発動前に潰しちまえば怖くもなんともないさ。それに、アタシの体にはルアンタが使ったぐらいの魔法なら通じないしねぇ!」

 どこまでも自信満々に言われ、止めようとしていたオーガ達も「あ、あんた程の実力者がそう言うなら……」と説得を諦めたようだった。

 ……ふむ。

 私の教えを受けて、魔法の運用レベルが格段に上がったルアンタの攻撃魔法でも、彼女には通じないというのか。

 それは、中々に脅威かもしれない。


「どうやら、よほど自信があるようですが……エルフが相手と舐めてかかると、死ぬ事になりますよ?」

「言うじゃないか!大口を叩くんだから、ルアンタよりも強いんだろうね!」

「その期待にだけは、応えられると言っておきましょう」

「楽しみだ……ルアンタを預かっておきな!」

 オーガの女王は、近くにいた部下にルアンタを預けると、私の前に歩いてくる。


「そういや、アンタの名前を聞いてなかったねぇ」

「そうですね、私はエリクシア。貴女は?」

「アタシはデューナ!まぁ、覚えておかなくてもいいけどねぇ!」

 名乗ると同時に、デューナは拳を振るってきた!

 だけど、交錯するように放った私の拳が、彼女の顔面に突き刺さる!

 しかし、拳に返ってきた感触は異様に堅い物を殴ったようなイメージだった!


「はっはぁ!悪くないけど、ぜんぜん軽いねぇ!」

 もろにカウンターが入ったにも関わらず、デューナはまったくダメージを受けていない。

 これは、私の攻撃が軽いというより、彼女のフィジカルが異常なんだろう。

 現に先ほどハイ・オーガをボコボコにしたのと同じくらいの攻撃を、デューナが一発殴り付けてくる間に、私は三発ほど返している!

 しかし、彼女はろくにダメージを受けておらず、何なら私の拳をの方が痛いくらいだ。


「ふん、確かにルアンタよりは速いし、力も強いさ。でも、たいした差じゃないね」

「…………」

「そんな拳じゃ、何万発食らったって倒れやしないさ!ルアンタはアタシが面倒を見てやるから、アンタは安心してくたばりなあ!」

 今まで拳ばかりを振るってきたデューナが、ここで突然の蹴りを放つ!

 まともに食らえば、大木をもへし折りそうな、必殺の一撃!

 だが!


「なっ!」

「おおっ!?」

 デューナとオーガ達の、驚愕の声が響く。

 彼女が放った必殺の蹴りを、私が片手で・・・止めたからだ!

「ルアンタは、私が初めてとった弟子なんですよ。それを、貴女のようなショタコンの変態に、預ける訳にはいきませんね!」

 デューナの体勢が整うよりも速く、私の拳が再び彼女の腹に打ち込まれる!


「ごぼっ!」

 ズドンという鈍い音が響き、初めてデューナの口から呻き声が漏れた。

 ついさっきまで、ろくにダメージを与えられなかった私の攻撃だったが、今度はデューナに深いダメージを与えたようだ。

 さらには追撃として、回し蹴りでオーガの女王を弾き飛ばした私は、起き上がろうとする彼女を見下ろす。

 これぞ、『エリクシア流魔闘術』の真髄。

 体内を循環させる魔力を上げる事で、どこまでも強くなっていくのだ!


「ぐっ……今まで、手を抜いていやがったのか……」

「手を抜くというよりは、様子見ですね。貴女だって、本気じゃなかったでしょう?」

 私の言葉に、一瞬だけキョトンとしたデューナだったが、すぐにニンマリと狂暴な笑みを浮かべた。


「違いない……それじゃあ、ここからが本番、殺し合いの始まりでいいんだな?」

「構いませんよ、私も貴女の本気が見てみたい」

 オーガの上位種であるハイ・オーガ、そしてそれを配下に置くオーガの女王。

 前世の記憶を紐解いても、彼女に匹敵しそうな戦士はほとんどいない。

 いずれ、ルアンタと共に魔界に乗り込む時、魔王として君臨しているかつての兄ボウンズールをはっ倒すのが目的のひとつである以上、本気のデューナとの戦いはよい経験になるだろう。


「……本気の殺し合いなら、アタシは武器をつかうが、アンタは?」

「そちらの強さしだい……でしょうか?」

「ククク、舐められていたのはこっちか……」

 うつむきながら、愉快そうに笑うデューナ。

 しかし、顔をあげた彼女の表情には、歓喜と狂気が宿っていた。


「アタシの武器を持ってこい!」

「はいっ!」

 デューナに命令されて、ひとりのオーガが砦の奥へ走っていく。

 すぐに戻ってきたものの、そのオーガはなんとも重そうに一本の大剣を抱えていた。


「ど、どうぞ……」

「ああ」

 怪力を誇るオーガが、ハァハァ言いながらやっと運んできたその大剣を、デューナは軽々と振り回してみせた。

 室内に風が巻き起こり、空気を切る重そうな音が耳を打った。

 ただ剣を振り回した……それだけで、彼女の突出した膂力をまざまざと見せつけられた気分だ。


「もう一度聞くよ……アンタは、武器を使わないのかい?」

「必要になったら、使いますよ」

「そうか……じゃあ使えばよかったと、後悔しながら死ね!」

 ニコリと笑ったデューナは、何でもない事のように言うと、大上段に構えた大剣を、ただ単純に振り下ろす!

 そして、剣の切っ先が床を打った瞬間、城門を吹き飛ばした私の爆発魔法に匹敵する衝撃が、砦全体を震わせた!

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