31 二日目⑫消えた牛馬と何かの跡

 一方、牛舎に向かった親子はかんぬきのかかった大きな扉を開けようとして来てみた。

 すると足元にガラスの破片が飛び散っている。

 明かり取りの窓が割れたのか、と親父の方は思う。強風だか、鳥がぶつかったんだか。

 よ、と二人してかんぬきの棒を外す。戸を開ける。

 中はがらんとしていた。


「まじで居ねえな、親父」

「ああ」


 二人は日の差し込む牛舎の真ん中をざくざくと歩いて行く。


「うちよりゃ少ないけど、それでも結構この広さに詰めてたなら、居たよな。こんだけの牛、どうやって」


 逃がした、だか盗んだ、だか。

 息子の方は言葉に迷っている様だった。

 だが親父の方は、逃げたり盗まれたにしては、と考えていた。


「足跡が無えな」

「え?」


 逃がすにしても何にしても、自分達が現在通っている通路の砂地には、牛の足跡が残らなくてはおかしい。

 なのに、それがまるで無い。


「わざわざ足跡消すかあ?」

「消さないよなあ…… って、親父、何だこの跡」


 砂地が外に向かって一直線になだらかになっている。

 少し遠くから見てみよう、と親子は壁側に向かう。

 すると、真ん中の道に向かい、砂地が奇妙な模様を描いていた。


「何か、樹のようだ」


 息子に言われて、親父の方はなるほど、枝が中心に向かっている感じか、と思う。

 何となくぞく、として彼は出るぞ、と息子に言った。

 そして出ようとした時、先ほど開けた扉の上に、何やらべっとりと水がかかった様な跡がある。

 しかもそれは、天井近く、明かり取りまで続いていた。

 訳の判らないまま、厩舎の方にも回ってみる。

 こちらも同様だった。

 一体ぜんたい、どうやってこれだけの牛やら馬やらを移動させたんだ?

 親父の方は帽子を一度取って髪をかき回す。


「おーい」


 家の窓からダグラスが手を振っているのに彼等は気付く。

 駆け足で二人は窓の方へ寄って行く。


「あ、親父、ここにもりんごがある」

「……」

「あ、そうそう、それで聞きたかったんだ。その木、どうですかね」

「ああ~見事な実だね~」


 息子の方が採ろうとする。が、親父はその手をぴしゃりと叩く。


「何だよ一体」

「何でダグラスさんが呼んでたんだと思うんだよ。ほれ見!」


 親父は枝や葉や幹を指す。


「あ~蛾の幼虫、結構居るじゃん。あ、結構この木やばくね? ん? 何でそれで、実がこんなつやつやな訳?」


窓の内側でそれを聞いていたダグラスは苦い顔になった。

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